選手を支配せずに、どう伸ばす? スポーツ心理学者に聞く「自立を支えるコーチング」

Training
2026.08.07

スポーツ現場では、体罰は減少した一方で、暴言や無視、過度な管理など、目に見えにくい支配的な指導は依然として課題として残っている。こうした指導は、選手の主体性や意欲にどのような影響を与えるのだろうか。選手の動機づけやライフスキル、ストレスマネジメント、選手を支配・管理する「統制的コーチ行動」について研究してきた日本女子体育大学教授・澁倉崇行氏は、「選手を伸ばす指導とは何か」を科学的な視点から分析してきた。選手の自立を支える関わり、必要な厳しさと理不尽な指導の違い、暴力的な指導の連鎖を断つための学び直しについて聞いた。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=ロイター/アフロ)

「選手を伸ばす指導」と、「主体性を奪う指導」の違い

――先生は、選手の主体性を尊重する指導と、選手を支配・管理するような指導の違いについて研究されています。両者は、どのような違いがあるのでしょうか。

澁倉:自律性を支援する行動とは、選手の自発性を褒めたり、選手の話を聞いたり、その取り組みを認めたりする関わりです。そうした関わりは、選手の積極的なスポーツ参加を促します。一方、コーチの統制的な行動とは、選手に命令して強制的にやらせたり、管理したり、威圧的、独善的に指導したりする関わりです。こちらは、選手の自立ややる気を低下させるとされています。

――「褒めること」は望ましいこととされがちですが、選手を思い通りに動かすために使えば、統制的にもなり得るのでしょうか。

澁倉:その行為だけで判断するのではなく、文脈や選手との関係性を見る必要があると思います。例えば、「これをあげるから、これをやってごらん」と、賞やご褒美などの報酬を使えば、選手は報酬を得るために一生懸命走ったり、動くようになります。そのような使い方は、統制的な働きかけになり得ます。「お母さんに褒められたいから頑張る」という状態も、場合によっては統制的に働きます。ただ、その子が一生懸命、その子らしくスポーツに取り組んだ姿を見て、心から「よく頑張ったね」と認めてあげるという文脈では、褒めることはとても大切です。「褒める」という一部分だけを切り取って、いいか悪いかを決めることはできないので、それを状況に応じて使うことも、コーチに必要なスキルだと思います。

――体罰は減ってきた一方で、暴言や無視、過度な管理など、目に見えにくい支配的な指導は今も残っています。これからの時代、指導者はどのような点に気をつけるべきでしょうか。

澁倉:例えば「叩く」という行為は目に見えて、客観的にも分かりやすいため、「やってはいけない」という認識が広がり、減ってきました。それはいいことです。ただ、暴言や無視などの目に見えにくく、それと判断しづらい行動は、まだ多い印象がたしかにあります。暴力が減ってきたのは、「暴力が悪い」と言われたから、あるいはコンプライアンスに触れるからやめているだけだとも見てとれます。

 ただ、目指すべきはそのレベルではなく、スポーツ観のレベルで子どもたちがスポーツをする権利や、スポーツの価値というところから自身の指導を顧みて、変わる必要があります。また、叩かれたり暴言を吐かれたりすると、選手には「やらされ感」が植えつけられ、人に「やらされる」スポーツになってしまいます。そうすると、怒られなければ動けない選手になってしまいます。そういうデメリットまで理解し、コーチの側も「資格停止になるからやめる」ではなく、どのような指導が選手を伸ばすのかという視点で行動を起こせることが大切です.指導者育成を巡っても、同様の関心があります。

暴力は、熱意とは切り離して考える

――競技力を高めるには、高い基準や厳しい練習も必要で、怒りという感情は真剣さの裏返しでもあると思いますが、その思いと統制的な指導はどのように区別すればよいのでしょうか。

澁倉:競技力を高めるために、厳しい練習は必要です。スポーツ科学の根拠に基づいた高い負荷も必要でしょう。ただし、そこに理不尽な指導やハラスメントは必要ありません。「厳しい」という言葉の中に、必要な負荷と理不尽な行為が混在していることが問題です。例えば、真夏に水を飲ませず、部室の前で一時間正座させることは「厳しい指導」ではなく、理不尽な指導です。それをしたからといって上達することもありません。その意味でも、厳しさをどう捉えるか、言葉の扱いを整理する必要があります。

――指導者が使う言葉も、時代に合わせて変える必要がありますか。

澁倉:私たちがスポーツをしていた頃は、コンプライアンスという言葉を聞くこともありませんでしたし、勝てばいい、コーチの言うことは絶対だと考えるスポーツ界の組織風土もありました。その時代に使われていた言葉を、今の時代に育った子どもたちへ、そのまま使うことはできませんから、私たちコーチも考え方や指導をアップデートする必要があります。今の時代に合うスポーツ観、指導観、指導スキルを身につけ、それを適切に表現することが求められます。選手が学んでいる以上、コーチも学ばなければなりません。

――過去に、理不尽な暴言や支配的な指導を受けながら、「その指導で打たれ強くなった」と肯定的に受け止める選手もいます。本人の受け止め方と、その指導自体の評価は、分けて考える必要がありますか。

澁倉:それは分けて考える必要があります。選手が上達したのは、ランニングやトレーニング、スキルを高める練習をしたからであって、理不尽な指導を受けたから上達したわけではありません。そこを区別しなければいけません。暴力的な指導が続く理由の一つは、暴力行為を含む指導を受けて仮に優勝することがあった場合に、その暴力行為まで有意義だったと受け入れてしまうことにあります。そして、その人がコーチになった時に同じ行為を繰り返してしまうので、暴力を受容するプロセスや連鎖を断ち切らなければならないと思っています。上達したのは練習をしたからで、そういった暴力的な指導の成果ではないということを切り離して考えることが大切です。

――熱心で、選手思いの指導者だったとしても、暴力を振るう行為は切り離して考えるべきだということですね。

澁倉:そうです。コーチが熱心で、選手のことを思っている、その人間性は素晴らしいと思います。ただ、その人間性と、暴力を振るう行為はしっかり分けなければいけません。私自身は高校野球をやっていましたが、周囲には非常に熱心で、野球に真剣に向き合っていたコーチが数多くいました。そのような指導に取り組む姿勢には感謝する一方で,もし,そこに暴力行為があるようならば,それは別の問題として評価しなければなりません。

選手もコーチも、学び続けることが必要

――厳しい練習を課しながら、選手の主体性を尊重するためには、何が必要でしょうか。

澁倉:厳しい練習をする必要性を、選手にきちんと伝えることです。「私たちはここを目指している。そこにたどり着くためには、こういう力が必要で、その力をつけるには、この練習が必要なんだ。よし、頑張ろう」と、課題の重要性を認識してもらう。そうすれば、選手も「これは必要なんだ」と理解し、自分から向かっていけます。その手続きを踏まずに「これをやれ」とだけ命じれば、競技力向上につながる練習であっても、結局はやらされる練習になり、選手の考える力は身につきませんし、長い目で見れば消極的になります。

――スポーツハラスメントは、指導者個人の問題として語られがちです。一方で澁倉先生は、スポーツ文化や組織の問題にも目を向ける必要があると発信されています。環境面で特に変えていくべきことは何でしょうか。

澁倉:環境の影響は大きいと思います。研修会でよく聞かれる質問は、「講義の内容は理解できますが、それを実践しようと思っても、ヘッドコーチが違う考え方なのでできません」「チームの責任者を説得できません」という話をよく聞きます。同じチームで指導する同僚のコーチや上司、つまり人的な環境要因はすごく重要です。部活動であれば、体育教員室のメンバーがどのようなスポーツ観や指導観を持っているかも関係しますし、職場内の心理的安全性も重要です。「こういう指導をしたい」と言える環境なのか。そういう意味では、競技団体の代表者や学校の校長など、組織をつくる立場のマネジメント能力も問われます。

――指導者個人だけでなく、組織全体で学び直せる環境も必要だということですね。ハラスメントを恐れ、指導そのものが難しいと感じる指導者もいると思いますが、処分を受けた指導者には、どのような再教育や現場復帰のプロセスが必要でしょうか。

澁倉:まず、学ぶことが一番の近道です。心理的安全性を重視し、選手の自立を支援する指導とは何か? 何が選手の考える力や積極性を引き出すのか。停職するような行為をして処分を受けた場合も、「謹慎期間を終えたからすぐ現場に復帰させる」ということではなく、その期間にきちんと学び、現場に復帰する際も、いきなり一人で指導させるのではなく、コーチデベロッパーなどの支援を受けながら、段階的に現場へ戻す仕組みが必要だと思います。過ちを犯したコーチに対して、学び直しを経て復帰させるプロセスをしっかりと制度化できればいいと思います。

【連載前編】「自分で考えろ」では育たない。スポーツ心理学者が語る、自立した選手の育て方

<了>

指導者の言いなりサッカーに未来はあるのか?「ミスしたから交代」なんて言語道断。育成年代において重要な子供との向き合い方

スポーツ界のハラスメント根絶へ! 各界の頭脳がアドバイザーに集結し、「検定」実施の真意とは

高圧的に怒鳴る、命令する指導者は時代遅れ? ビジャレアルが取り組む、新時代の民主的チーム作りと選手育成法

「悔しみ」は才能を伸ばすのか? JリーガーとWEリーガーが語った、厄介な感情との向き合い方

[PROFILE]
澁倉崇行(しぶくら・たかゆき)
1972年生まれ、新潟県出身。日本女子体育大学体育学部スポーツ科学科教授。博士(心理学)。専門はスポーツ心理学。コーチ育成プログラムの開発、選手の心理的ストレス、自立型選手の育成などを研究している。県立新潟南高等学校3年時に第71回全国高等学校野球選手権大会に投手、四番打者として出場。平成元年度優秀選手(財団法人日本学生野球協会)。一般社団法人スポーツフォーキッズジャパンでは、指導者向けの研修やコーチ育成に携わる。日本体育・スポーツ・健康学会体育心理学専門領域理事、日本スポーツ少年団指導育成部会部会員、全日本軟式野球連盟指導部会外部委員などを務める。

この記事をシェア

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事