「準備がすべてだった」日本代表デビューの21歳・伊藤龍之介が救われた、齋藤直人との“試合前の習慣”

Career
2026.07.24

ラグビー日本代表の司令塔は、試合前に何を話しているのか。デビュー戦を終えた明治大学4年の伊藤龍之介が真っ先に名前を挙げたのは、スクラムハーフの齋藤直人だった。「準備がすべて」。相手の映像を見ながらプレーの選択肢を細部に渡るまですり合わせ、不安を消して試合へ向かう――。その習慣は齋藤が日本代表入りした当時、田村優から学んだものでもあった。日本代表の司令塔に受け継がれてきた“準備の文化”を追った。

(文=向風見也、写真=アフロ)

司令塔団を司る齋藤直人と伊藤龍之介

いまのラグビー日本代表の司令塔団には、自然と受け継がれてきた試合前の習慣がある。

「やっぱり準備がすべてかなと。(戦前に齋藤)直人さんとたくさんしゃべって不安を消して試合に臨めたのが、自分のパフォーマンスを発揮できた(理由)」

ラグビー日本代表の伊藤龍之介は7月4日、東京・秩父宮ラグビー場で栄えあるテストマッチ(国同士の真剣勝負)デビューを飾った。下部組織での戦術適応力が認められ、今年、明治大学ラグビー部4年にして正代表に入っていた。

身長172センチ、体重77キロで、ポジションはスタンドオフ。技能と判断を活かし攻めを動かすのが仕事だ。

この日は新設ネーションズチャンピオンシップの初戦に先発し、世界ランクで2つ上回る10位のイタリア代表を巧みなキック戦術で振り回した。蒸し暑い環境をアドバンテージに変え、27―10で勝った。

いい仕事ができた背景を問われ、挙げたのが「直人さん」の名だった。

齋藤直人、28歳。身長165センチ、体重73キロと小柄ながらもスタミナと頑丈さを持つ。接点から球を出すスクラムハーフが役目で、伊藤の務めるスタンドオフとは司令塔団の間柄となる。

齋藤直人が痛感した「万全の準備」の重要性

2人がしたのはすり合わせだ。キャンプ地での練習とは別に話し合いの場を設け、自分たちや相手の映像をチェック。局面ごとにどんなプレーをするかのガイドラインを定める。齋藤の説明。

「どのエリアでボールを持つのか、どのエリアでどういうオプションを使ってボールを手放すのか。そういう話が割と多いですかね」

伊藤の解釈はこうだ。

「それを続けることで(互いの認識の)ズレをなくす。(プレー中に)少ないコミュニケーションでもお互い分かり合えるようにするための時間です。それをやること(自体)に学びがあると思います」

折しも齋藤は、フランスのプロリーグのトップ14をトゥールーズの一員として制した直後だった。帰国から1週間弱で、このほどはじめて一緒に試合をする若者と大一番に挑むところだった。

振り返れば2025年夏、やはりトゥールーズから日本代表に途中合流した齋藤は、対ウェールズ代表2連戦の2戦目でプレーした。フィットしきれぬ感覚がぬぐい切れず、ゲームも22―31で落としてシリーズ連勝を逃した。

「自分的には万全の準備をして臨んだつもりだったんですけど、あれでは足りなかった」

反省を肥やしに「同じことを繰り返さないように」と、フランスにいる時から「毎日ではない」ものの代表のコーチたちと連携。日本へ向かう飛行機では、代表チームのプレーブックを熟読した。万事に備えた。

その一環で伊藤と打ち合わせを重ねたあたりには、つくづく、歴史の流れも感じさせる。齋藤が以前、先輩のスタンドオフとも似たやりとりをおこなっていたからだ。

田村優から受け継いだ司令塔の流儀

2021年6月。パンデミックによる活動中止を経て再始動したその頃のジャパンに、23歳だった齋藤が初選出された。

7月3日の欧州遠征2戦目であるアイルランド代表戦でスタメンとなるにあたり、時間を共にしたのが田村優だった。

2019年のワールドカップ日本大会で正スタンドオフとして8強入りした、9学年先輩の名手である。

結局、敵地アビバスタジアムでの80分は31―39と落としながら、迅速なさばき、インサイドサポートからのトライで存在感を示した。その約1か月後、齋藤は、田村の振る舞いについてこう語った。

「いままで自分がやっていなかったような、より試合を想定した準備をしていた。代表の人にはこういう準備が必要で、そうしてきたんだと思いました。ただ単純にサインを確認するんじゃなく、より具体的に『このエリアでこれが起こったら、基本的にはこれをやる』というものを明確にしていた。試合のプランについて、ハーフ団(司令塔団)で抜けているところ、認識のズレがないようにしているのが印象的でした。その意味では、自分の準備にはまだまだやれる部分があったと思いました」

その後の齋藤は代表に定着し、2023年にはワールドカップ・フランス大会に出場した。翌年には、トゥールーズという海外の名門クラブと契約。2024年以降に大幅に若返ったナショナルチームではリーダー格となり、この夏、新参者の伊藤と例の手順を踏んだのだ。

アイルランド、フランスとの敗戦で得たもの

ネーションズチャンピオンシップの2、3戦目は7月11日、18日に、ニューカッスルのマクドナルドジョーンズスタジアム、東京の国立競技場でおこなわれた。行く先々のホテルで、齋藤と伊藤の2人は同部屋になった。開始時間を定めた小さなミーティング、雑談を交えた対話を積み上げ、世界ランク3、4位だったアイルランド代表、フランス代表という巨木を倒さんとした。

「別に硬い雰囲気じゃなく、普通の会話の中でラグビーの話をしている感じですかね」

こう述べる齋藤は、かつて自身が先輩から受けた事象を安易に結びつけるのとは距離を置きつつ、丁寧に言葉を選んだ。

「優さんとか(多くの先輩)から試合前の準備の仕方を教わった。僕が優さんにしてもらったように……。いや、どうですかね……。まぁ、龍之介君にも、少しでもいい影響を与えられていたらいいなと思います」

今回、他の常連組のケガなどでチャンスを掴んだ伊藤は、世界で戦える自信をつかみ、かつ、伸びしろを発見できた。

個々の身体が分厚いアイルランド代表には20―36と跳ね返された。アタックに勢いがつかなかった時の打開策が課題となった。

生来の強みである突破力を活かそうと心掛けたフランス代表戦では、鮮やかなカウンターアタックでスコアを演出しながら他のチャンスでミスに泣いた。空いたスペースへキックを試みながら向こうにチャージされてしまい、蹴る前の立ち位置やジャッジメントを見直さねばと反省した。

後半無得点で、15―42と屈した。

受け継ぐ意思、自分自身の価値

「プレッシャーのなかでのミスが……。相手はミスしていないなか、うちはミスをしてしまった。それで流れをうまく持っていけなかったところが(思い通りにならなかった)原因かなと」

取材エリアでこう発する伊藤は、齋藤に「若いと感じさせないところが、すごいです」と評された。

事実、黒星を受け改善点を見出すとしても、よかった点もあるのを見失わない。自己肯定感を保つ。

「本当に(フランス代表の)ディフェンスはすごくいいのですけど、アイルランド代表と比べて少しレイジーな部分がある。そこを狙っていけとエディー(・ジョーンズヘッドコーチ)さんにも言われましたし、自分自身も今週はそれまでよりも仕掛けていくようにした。いい結果が出せなくて、悔しいですけど」

ちなみに、こちらも堂々とした振る舞いで知られる田村は、伊藤のいる明大のOBだ。伊藤と同じ國學院栃木高校出身でもある。

ワールドカップ4度出場のリーチ マイケルは「伊藤君は優みたいな感じですね。スキルが高く、キック力があって、指示をどんどん出す」と証言した。

それを伝え聞いた伊藤は、畏れ多いといった口調で「いやぁ……」と柔らかく否定する。日本代表で本質的な準備の仕方を知った点は共通するものの、熟練した田村の凄みと活きのよい伊藤のよさには明確な違いがあると伊藤自身がわかっているようだ。付け加えれば、田村も、齋藤も、伊藤も、自分が自分にしかなれないからこそ価値があると気づいていそうだ。

<了>

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