大一番を「特別」とは思わない。長谷川唯が世界最高峰で貫く“準備の習慣”
国際大会の大一番や世界最高峰のリーグでも、長谷川唯はいつも通りの落ち着いたプレーを見せる。プレッシャーのかかる試合を「特別」と考えすぎず、相手や状況を冷静に見極められるのはなぜか。その土台にあるのが、普段の練習でベストを尽くしてきた自信だ。著書『SMILE わたしを笑顔にする40の思考と習慣』から、一発勝負で感じた緊張や若き日の重圧、大観衆を力に変える長谷川の「準備」に対する考え方を紹介する。
(文=長谷川唯、写真=REX/アフロ)
プレッシャーを上回る、自信のつくり方
読者のみなさんは、仕事の場やスポーツの場面で、緊張することはありますか。
わたしはサッカーの試合で緊張することはほとんどありません。サッカーの試合は90分間あり、一つのプレーですべてが決まるわけではないと思っているからなのかもしれません。だから、プレッシャーのかかる試合でも、「今日は特別だ」と考えすぎることはないです。やることはいつもと同じ。相手がいちばんいいかたちを出してきたときに、自分たちがどうするのか、そういった準備をすることのほうが大事だと思っています。
とくに緊迫した試合では、感情よりも冷静な判断が大事になる場面が増えます。押し込まれる時間帯があってもあわてず、状況に合ったプレーを選べるか。そういう感覚で試合に入っているので、緊張に引っ張られることはないのです。
たしかに日本代表では、ワールドカップ出場がかかる試合や、国際大会での一発勝負のように「絶対に負けられない」といえる試合があります。その重みを理解してピッチに立ってはいますが、そういう試合でもプレーしている最中にプレッシャーを感じることはなく、試合が終わってから「こんなに重い舞台だったんだな」とあらためて実感することのほうが多いです。
それは、日々の練習への自信があるからだと思います。普段の練習からベストを尽くして、意識高く取り組めているという感覚が、自分のなかにあります。日々の練習でできているからこそ、試合でもできるという自信につながり、その積み重ねがあるので、プレッシャーが自信を上回ることがないのです。だから、試合では必要以上に固くならず、自分らしくプレーすることに意識を向けられているのだと思います。
一発勝負で感じた緊張と、メニーナ時代の重圧
ただ、サッカー以外では緊張した記憶があります。小学生の頃は週に1回のマラソンクラブに入っていて、月に1回の記録会や、ときどき大会にも参加していました。マラソンのように長い距離では、スタートでそこまで緊張することはありません。でも、50メートル走や100メートル走のように、短時間で勝負が動く種目では、スタート前の緊張感がありました。
絶対に勝たなければいけない場面だったわけでも、大きな舞台だったわけでもありません。それでも、一発で流れが決まってしまうような感覚があって、あの独特の緊張は今でも覚えています。そういう短い一発勝負の場に立ったら、今でも緊張するかもしれません。その意味では、90分のなかで流れをつくっていけるサッカーのほうが、自分には合っているのだと思います。
サッカーでいちばん重圧を感じたのは、メニーナにいた中学1、2年生の頃でした。メニーナには高校生の選手もいたので、なかなか試合に出られず、やっとスターティングメンバ―で出られたときは、「このチャンスをつかまないといけない」という思いが強かったのを覚えています。試合に出られるかどうかで自分のこれからが決まっていくような感覚があって、いっそう気合が入っていました。日本代表の大舞台とはまた違う意味で、試合に出ることの重みを強く感じていた時期です。
メニーナのセレクションも同じでした。もしも、あのときセレクションに受かっていなかったら、自分は今どこで何をしているんだろうと思うことがあります。ほかのチームのセレクションを受けていたわけではないので、もしかしたらサッカーを続けていなかったかもしれません。
でも、それほど大きな意味をもっていたそのセレクションでさえ、当時はそこまで緊張していなかった印象があります。普段の練習からベストを尽くせているという自信が、あの頃からすでにあったのだと思います。
大勢の観客の前でプレーすることは、わたしにとってプレッシャーにはなりません。むしろ、多くの人に見てもらえることで一つひとつのプレーに対する反応も大きくなり、モチベーションの面ではプラスに働きます。ホームでの声援が嬉しいのはもちろんですが、アウェーでブーイングを受けることも嫌だとは感じません。
むしろ、アウェーでヤジを受けたあとに得点を決めて、スタジアムが静まるような瞬間は独特の気持ち良さがありますし、熱くヤジを飛ばしていた人たちがなんとも言えずに言葉を失っている感じも好きです(笑)。ホームもアウェーもどちらも好きですが、自分のプレーに対して観客が大きく反応してくれることが楽しく、大勢に見てもらえているからこそ、より多くの人にも伝わっていると感じます。
世界最高峰の舞台で味わった熱狂
とくに印象に残っているのは、オーストラリアとニュージーランドの共催で行われた2023年のFIFA女子ワールドカップです。女子ワールドカップ史上最多の観客動員数を記録した大会でもあり、オーストラリアを中心に女子サッカーの熱の高まりを強く感じました。
日本のグループステージはニュージーランドで行われて、チームはベスト8で敗退しましたが、スタジアムの空気は特別なものでした。日本から遠く離れた場所にもかかわらず、多くの日本のサポーターの方が来てくれました。それだけでも嬉しかったのですが、さらに、現地の方や海外の観客の方々が日本を応援してくれていることがすごく伝わってきました。
対戦相手はニュージーランドでもオーストラリアでもなく、お互いにアウェーのような立場で戦っていたのに、日本の応援のほうが多いと感じる試合もあって、ホームのような後押しをもらっている感覚がありました。SNSでも、大会を通してたくさんの応援が届いていることを感じていました。悔しい結果になりましたが、忘れられない大会の一つです。
マンチェスター・シティでプレーするときも、雰囲気の面で特別だと感じる試合があります。
普段、女子チームはジョイ・スタジアムで試合をしていますが、マンチェスター・ユナイテッドWFCとのダービーや、チェルシーFCウィメンとの大一番のような試合は、5万人以上収容のエティハド・スタジアムで行われます。そういう試合の熱量は、日本ではなかなか経験できないものです。
とくに印象に残っているのは、2024年3月にエティハド・スタジアムで行われたマンチェスター・ダービーです。4万人を超える観客が入っていて、グラウンドに立った瞬間にモチベーションが上がったのを覚えています。また、ライバルの一つであるアーセナルウィメンFCはひときわサポーターが多いクラブです。ロンドンという土地柄もあると思いますが、2025-2026シーズンは6万人以上を収容できるエミレーツ・スタジアムで毎試合開催して、常に3万人以上の観客が入ります。
今後、シティも含めたほかのチームも同じように盛り上がっていけばいいなと思いますし、日本代表戦でも大観衆の前でプレーできることを存分に楽しみたいと思います。
【連載第1回】「批判は気にならない」長谷川唯が明かす、評価に振り回されない思考法
【連載第3回】「努力できる人」と「続かない人」何が違う? 長谷川唯が語る、目標設定が人生を変える理由
【連載第4回】世界で勝つには「組織力だけでは足りない」。長谷川唯が語る、なでしこジャパンの現在地
(本記事は徳間書店刊の書籍『SMILE わたしを笑顔にする40の思考と習慣』から一部転載)
<了>
なでしこジャパンの小柄なアタッカーがマンチェスター・シティで司令塔になるまで。長谷川唯が培った“考える力”
憧れの「ベレーザの14番」を背負う覚悟。眞城美春が語る“プロ2年目”の現在地
安藤梢はなぜ浦和を離れ、新天地を選んだのか。ベレーザ移籍に懸けた新たな挑戦
藤野あおばが続ける“準備”と“分析”。「一番うまい人に聞くのが一番早い」マンチェスター・シティから夢への逆算
[PROFILE]
長谷川唯(はせがわ・ゆい)
1997年1月29日生まれ。宮城県出身。女子サッカーのイングランド1部(女子スーパーリーグ)・マンチェスター・シティWFC所属。ポジションはMF。中学1年生で日テレ・東京ヴェルディベレーザの下部組織であるメニーナに加入。年代別代表では2014年FIFA U-17女子ワールドカップ優勝、2016年FIFA U-20女子ワールドカップ3位入賞。2017年になでしこジャパンに初招集され、2度のFIFA女子ワールドカップ、東京五輪とパリ五輪、3度のAFC女子アジアカップを経験。なでしこジャパン通算100試合出場も達成した。2025-26シーズンはマンチェスター・シティの10年ぶりとなるリーグ優勝とFAカップ優勝の二冠に貢献。イングランドプロサッカー選手協会(PFA)選出のベストイレブンを3年連続で受賞し、日本プロサッカー選手会(JPFA)が選ぶ年間最優秀選手賞も2年連続で受賞している。抜群のサッカーセンスとボールコントロール、高い戦術眼を武器に、世界最高峰の舞台で日本人プレーヤーの価値を高め続けている。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
塩貝健人が語る「4年後に向けて」。W杯での課題をドイツ2部で磨き、再び迎えるブラジル戦
2026.09.11Career -
「20時でスマホを切る」原田衛の“休む力”。「ラグビーができる期間は限られている」日本代表の現在地
2026.09.11Training -
世界で勝つには「組織力だけでは足りない」。長谷川唯が語る、なでしこジャパンの現在地
2026.09.10Career -
なぜドルトムントは日本を選ぶのか? CEOが語った「クラブの価値」と「日本の評価」
2026.09.09Opinion -
なぜ優秀な若手がドルトムントに集うのか? 世界中の才能を引き寄せる「5年後、10年後」の育成戦略
2026.09.08Training -
県4部だった豊川高校が、なぜ4年で全国大会へ? 山梨学院を日本一に導いた監督の挑戦
2026.09.07Training -
角田裕毅に再び巡ってきたチャンス。F1残留を懸けてイタリアで問われる「2度目の挑戦」
2026.09.04Career -
原口元気加入が示すベールスホットの現在地。日本人選手の欧州挑戦と日本資本クラブの可能性
2026.09.04Business -
「いつも誤解されてた」25年の時を経て、アレン・アイバーソンが本当に伝えたかったこと
2026.09.04Career -
「努力できる人」と「続かない人」何が違う? 長谷川唯が語る、目標設定が人生を変える理由
2026.09.03Career -
「黄金世代」は育成の失敗なのか? なぜ世界の強豪国は“偉大な才能”を育て続けられるのか
2026.09.02Training -
イングランドが育成で大切にする「3つの言葉」。選手の限界を決めない“正解がない”指導とは
2026.09.01Training
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
塩貝健人が語る「4年後に向けて」。W杯での課題をドイツ2部で磨き、再び迎えるブラジル戦
2026.09.11Career -
世界で勝つには「組織力だけでは足りない」。長谷川唯が語る、なでしこジャパンの現在地
2026.09.10Career -
角田裕毅に再び巡ってきたチャンス。F1残留を懸けてイタリアで問われる「2度目の挑戦」
2026.09.04Career -
「いつも誤解されてた」25年の時を経て、アレン・アイバーソンが本当に伝えたかったこと
2026.09.04Career -
「努力できる人」と「続かない人」何が違う? 長谷川唯が語る、目標設定が人生を変える理由
2026.09.03Career -
170cm弱だった少年が195cmに。G大阪の18歳GK荒木琉偉が語る「鈴木彩艶を追い越す」未来
2026.09.01Career -
「友人を捨てろ」と言われても断った。アレン・アイバーソンが最後まで貫いた“自分らしさ”
2026.08.28Career -
柏レイソル・小泉佳穂はなぜ岩尾憲の名前を口にしたのか。5連敗の夜に語った「腹をくくる」という覚悟
2026.08.21Career -
「あのベンツは返してこい、クソガキが」恩師トンプソンがアイバーソンをNBAへ送り出した日
2026.08.21Career -
「教えることで自分が学ぶ」選手と大学助教の両立。安藤梢が新天地でも挑戦し続ける理由
2026.08.21Career -
「批判は気にならない」長谷川唯が明かす、評価に振り回されない思考法
2026.08.20Career -
安藤梢はなぜ浦和を離れ、新天地を選んだのか。ベレーザ移籍に懸けた新たな挑戦
2026.08.19Career
