W杯ブラジル戦で泣き崩れた田中碧…リーズ監督の「きつい冗談」と、先発を取り戻すまでの3カ月

Career
2026.10.01

あの日、田中碧はピッチに崩れ落ちた。ワールドカップのブラジル戦。自らのボールロストが決勝点につながり、試合後には涙を流した。それから3カ月。リーズに戻った田中を待っていたのは、意外な言葉と、もう一度ポジションをつかむための日々だった。

(文=田嶋コウスケ、写真=ロイター/アフロ)

「這い上がります」と宣言した田中碧を支えたリーズ

6月29日、FIFAワールドカップ決勝トーナメント1回戦のブラジル戦。1-1で迎えた後半アディショナルタイム、自陣ペナルティーエリア際で田中碧がボールを失った。その流れからブラジルに決勝点が生まれ、日本は1-2で敗れた。

試合終了の笛が鳴ると、田中はピッチに崩れ落ちた。ユニホームで顔を覆い、しばらく動けなかった。

試合から4日後、田中は自身のインスタグラムに写真を載せた。その中には、試合後に泣き崩れている自身の姿もあった。

「全部向き合います。自分の実力がただ足りなかっただけ。這い上がります」

そして、尊敬するチームメートやスタッフ、応援してくれた人たちへの感謝も記した。自分にとって最もつらかった瞬間の写真を、自ら選んで表に出した。

その頃、イングランドからも連絡が届いていた。ブラジル戦後、実は所属先のリーズ・ユナイテッドもすぐに動いていた。英メディア『ジ・アスレティック』によると、クラブスタッフはブラジル戦後の早い段階で田中に連絡し、コーチ陣も本人と接触した。

リーズには、選手本人や家族の生活面、環境への適応、心身の状態まで支えるPlayer Liaison(選手サポート担当)と呼ばれる専門スタッフがいる。

プレミアリーグでは一般的な役職で、住居や家族の生活に関する日常の手助けから、選手が精神的に難しい時期を過ごす際の相談まで担う。ブライトンでは、長年この仕事を務めたスタッフが、選手から「daytime dad(昼間のお父さん)」と呼ばれていたという。

田中に実際にどんな言葉が届けられたのかは明らかにされていない。ただ、ブラジル戦を終えて一人で抱え込む時間のすぐそばに、所属クラブとのつながりがあった。

ファルケ監督のきつい冗談「お前は日本国民全員を…」

ワールドカップ後、田中には短いオフが与えられた。やがてリーズへ戻ると、再びボールを蹴る毎日が始まった。プレシーズンでは6試合すべてに出場した。調子の良い試合もあれば、思うようにいかない時間もあった。ダニエル・ファルケ監督は「田中はしっかりトレーニングできている」と話し、チーム合流後の状態を前向きに捉えていた。

そして8月20日。プレミアリーグ開幕を目前に控えたファルケ監督の記者会見で、現地記者が田中について質問した。

この時点で、ブラジル戦から7週間余りが過ぎていた。田中はすでに練習とプレシーズンマッチへ戻っていたが、外から見ているだけでは、あの敗戦を本人がどこまで引きずっているのかは分からない。記者の質問は、そこに踏み込んだものだった。

「ワールドカップは田中にとっても日本代表にとっても、本当に打ちのめされるような終わり方だった。彼が感情の強い人間なのも分かっている。戻ってきた時、肩を抱いてあげるような対応が必要だったか。彼は大丈夫だったか。あの出来事をまだ引きずっているところはあるか」

ファルケ監督は、田中が戻ってきた場所を「家族」にたとえて答えた。

「選手がああいう形で苦しみ、母国でもつらい時間を過ごしたあと、いわば自分の家族のところへ戻ってくる。リーズ・ユナイテッドは、彼にとって家族のような場所だからね」

そしてファルケ監督は、重い空気をそのまま持ち込まないように配慮した。田中にかけたのは、慰めの言葉ではなかった。

「私まで田中の肩を抱いて、『一緒に苦しんでいる』なんて言ったら、それこそ彼が一番聞きたくない言葉になる。だから、一つか二つ冗談を言った」

その冗談は、かなりきつかった。

「お前は日本全体、日本国民全員を落胆させたんだぞ」

ファルケ監督によれば、田中はそこで笑ったという。指揮官は言葉を続ける。

「そう言われたら、笑うしかないだろう。私はこう言いたかった。『ほら、もういい。これはフットボールだ。人生にはほかにも心配すべきことがある。リーズに戻ってきたんだから、また人生を楽しもう』という感じだ」

あの敗戦を田中が重く受け止めていることは、ファルケ監督も分かっていた。だからこそ、落ち込んでいた田中を、もう一度リーズの日常へ戻そうとしていたのだろう。

「時にはミスや悪い結果からのほうが多くを学べる」

ブラジル戦直後にはクラブが連絡を取った。そしてクラブに戻ってきた田中には、今度は笑いが待っていた。支え方の形が、時間とともに変わっていった。

ファルケ監督は、田中のプレーについても率直に語った。昨季のリーズやワールドカップでは、「少しナイーブだった場面もあった」と振り返り、田中のプレーに向けられた批判の中には、妥当なものもあったと認めている。

その一方で、昨季は田中にとって初めてプレミアリーグで戦ったシーズンだったことにも触れた。それ以前のキャリアでは、欧州で主に2部リーグでプレーしてきた。

「田中は、昨季の経験や今回のワールドカップで起きたことから学んでいく。こんなことで折れる選手ではない。フットボールではミスが起こる。時には、ミスや悪い結果からのほうが多くを学べる」

さらに、ワールドカップでの経験も「最終的には彼のキャリア全体、人生全体、そして我々リーズにとってもプラスになる」と話した。

「アオは素晴らしい選手であり、素晴らしい人間だ。彼が戻ってきてくれて、みんな喜んでいる」

ファルケ監督はそう言って、田中への信頼を示した。

先発をつかんだ田中碧、ピッチで示した価値

リーズに戻った田中を待っていたのは、これまで通りのポジション争いだった。

プレミア開幕戦ではベンチに入りながら出番がなかった。そして3日後のリーグ杯ノッティンガム・フォレスト戦で先発し、次のリーグ第2節ブレントフォード戦では後半から途中出場した。そこで田中は、リーズが試合のコントロールを取り戻す一助になった。ファルケ監督も「それほどスポットライトを浴びてはいなかったかもしれないが、田中は、われわれが再び試合をコントロールするのを大いに助けてくれた」と振り返っている。

そして迎えた第3節のブライトン戦。田中はセントラルMFとして今季リーグ初先発を任され、1アシストを記録した。中盤の低い位置からパスを左右に散らし、粘り強く守備をこなす。チャンスと見ればゴール前にも顔を出し、シュートをクロスバーに当てた。試合後のファン投票では63%の支持を集め、見事マン・オブ・ザ・マッチに選ばれた。

試合後、ファルケ監督は、田中を先発に選んだ理由をこう説明した。

「田中は、ノッティンガムでのカップ戦で素晴らしかったし、ブレントフォード戦の後半も良かった。今日は勇気のある選手を使いたかった。田中にはボールを持った時の勇気がある」

ブライトン戦からニューカッスル戦、クリスタル・パレス戦まで、リーグでは3試合続けて先発した。ニューカッスル戦は4-1で勝利し、パレス戦は0-0。田中が先発した3試合でリーズは無敗だ。開幕時をベンチで迎えた田中が、9月にはリーグ戦で続けて先発を任されるようになった。

そして9月28日、日本代表のベネズエラ戦。田中は3-4-2-1のセントラルMFとして後半開始から出場した。

目を引いたのは、ベネズエラに日本の右サイドを突破された場面だった。

後半26分、攻撃に転じていた日本が、相手にボールを奪われた。中盤にいた田中は、すぐに猛然と追った。長い距離を走って、スピードに乗った敵に追いつき、体を強く寄せてボールを奪い返す。イングランドで戦ってきた速さと強さが、同じプレーの中にあった。敵の突破を止めてスローインにすると、田中はそのまま中盤へ戻っていった。

ワールドカップ・ブラジル戦から3カ月。自ら「這い上がります」と記した田中は、もう一度、上を目指して走り続けている。

<了>

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