原口元気加入が示すベールスホットの現在地。日本人選手の欧州挑戦と日本資本クラブの可能性
ベルギー2部のKベールスホットVAには原口元気、倍井謙、ポープ・ウィリアムと日本人選手が相次いで加わり、日本のサッカーファンにとっても関心の高いクラブとなった。金宝堂ホールディングスによる経営参画は、選手の欧州挑戦や指導者の海外進出、Jクラブとの新たな連携に何をもたらすのか。大野祐介代表取締役に、日本人選手への期待、移籍ビジネス、日本サッカー界への還元、そしてベールスホットが目指す未来を聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REALSPORTS編集部]、写真=Belga Image/アフロ)
原口元気の加入と日本人選手獲得の現実
――2025年9月にKベールスホットVAに加入した原口元気選手の獲得は、どのような経緯だったのでしょうか。
大野:買収交渉の過程での話でもあるので、契約上の細かい部分についてはお話しできないところもあります。ただ、時期的に正式な経営参画を待ってからでは間に合わない部分があり、先に動く必要がありました。
もちろん、原口選手を迎えることには、競技面でも、日本との関わりという意味でも大きな意味がありました。ヨーロッパで豊富な経験を持つ日本人選手が加わることで、チームを助けてもらえる部分は大きいと考えていましたし、ベールスホットが日本とつながっていくうえでも重要な存在になると感じていました。
――原口選手に続いて、倍井謙選手(昨季限りで移籍)、ポープ・ウィリアム選手も加入しました。日本人選手の獲得は、当初のイメージ通りに進んでいますか。
大野:2025年の冬のウインドーでも、日本人選手を取っていこうというクラブの方向性はあり、若い選手も含めて、いろいろ声をかけました。ただ、今の日本人選手は、Jリーグである程度プレーして実績を上げると、ヨーロッパへ行くチャンスが過去より広がっています。その中で、ベルギー2部という選択肢は、どうしても優先順位が低くなります。
欧州5大リーグから直接オファーがこなくても、シント=トロイデンVVをはじめ、ベルギー1部には日本人選手が多く、最初から1部に行けるのではないか、というイメージを持つ選手もいます。そうなると、ベルギー2部からステップアップする絵が描けるのか、選手も家族も代理人も悩みます。
――倍井選手の加入時は、どのような状況だったのでしょうか。
大野:倍井選手に加入していただけたことは本当にありがたかったです。ただ、当時は相当悩んでいました。ベルギー2部という環境からステップアップできるのか、1年で昇格できなかったらまた2部でやるのかなど、半信半疑な部分があったと思います。
原口選手は欧州での経験があり、僕たちが声をかけた時にはほぼ即答に近い形で来てくれました。でも、欧州経験のない若い日本人選手にとっては、「ベルギー2部はどうなんだろう」という迷いも生まれます。本人は行きたいと思っても、家族や友人、チームメートからさまざまな意見が入ってくるので、悩んだ末に挑戦をやめることもあります。
倍井謙が示したステップアップの道筋
――昨季はプレーオフに進出したものの、1年での1部復帰はなりませんでした。その後、倍井選手は1部に昇格したKVコルトレイクへ移籍しました。クラブにとっても好例になりましたか。
大野:そうですね。倍井選手には、ベールスホットで活躍して一緒に昇格し、1部に行ければベストだよねと伝えていました。もし1部に行けなかったとしても、残ってもらえたらうれしいし、2部でやりながら、チャンスがあればステップアップしていいとも話していました。
結果的に本人は2部で半年プレーして1部でもやれるという自信をつけ、一度ベールスホットを離れる決断をしました。その後、昨季の昇格争いのライバルだったKVコルトレイクからオファーがきました。1部に昇格した相手が彼を評価してくれたなら応援したいと思っています。2部で半年やっただけで1部にステップアップできたので、同じ道を目指す日本人選手にとっても一つの参考例になりました。
――実際にベルギー2部でプレーしたことで、印象が変わった部分もあったのでしょうか。
大野:倍井選手も、加入前には練習場やピッチ、スタジアムのことも含めて、2部の環境についてネガティブなことも言われて悩んだそうです。ただ加入してみると、プロサッカー選手が受けるサービスはすべて整っていて、「想像していたよりはるかによかった」と言ってくれました。
また、アントワープという街に住めることも大きかったようです。ファンの数は多くないけれど熱量があるという部分もしっかり感じられて、「本当に来てよかった」と言ってくれました。こういう例ができれば、次にもつながってくると思います。
日本人選手に求める資質
――今後、日本人選手を獲得していくうえで、どのような資質を重視していますか。
大野:日本人選手については、僕はエージェントとして長く見てきて、何人かをヨーロッパに送り出してきました。日本人選手は勤勉性や技術力の高さが注目されますが、僕が特に感じるのは忍耐力や集中力の高さです。他国の文化的背景を持つ選手たちと比べても、アドバンテージになると思っています。
失敗すると諦めたり、試合中に集中力が途切れてミスをしたりする選手もいますが、日本人選手は試合に集中し続けることができ、失敗しても次に引きずらない傾向があります。そういう資質を持つ選手をしっかり見極めてチャレンジさせられるようにしたいと思っています。
――日本でまだ大きな評価を得ていない選手にも、チャンスはあるのですね。
大野:そうです。アンダー世代の代表に入っていた選手や、Jリーグのクラブで期待されている若手は、日本のクラブも高く売れることをわかっています。1部のシント=トロイデンVVに日本資本が参入した2017年頃は、今より円高でしたし、クラブ側も日本人選手がヨーロッパに行くなら応援してあげようという雰囲気がありました。でも今は、ヨーロッパのクラブが日本人選手の価値に気づいたので、日本のクラブも安くは売りません。だからこそ、しっかりスカウティングして、日本ではまだそこまでの評価を得ていなくても、チャレンジできる素質があり、さらに成長できる選手を見極めて声をかけていきたいです。
――高校生が卒業後に直接チャレンジできる可能性もありますか?
大野:ベルギーには外国人枠の制限はありませんが、EU外の選手には最低年俸の設定があり、今の金額で言うと11万ユーロ、約2000万円です。高校生にいきなり2000万円というのは、あまりいいバランスとは言えません。そう簡単に高校生からチャレンジしてもらう形には、まだならないかなと思います。
――ポープ・ウィリアム選手の期限付き移籍延長も発表されました。ベルギーは日本人GKの可能性を広げられるリーグでもあるのでしょうか。
大野:僕は、キーパーだからというふうにはあまり考えていません。ベルギーリーグの中で戦える選手であれば、どのポジションでも可能性はあります。ポープに関しては、いろいろな要素がかみ合ってベールスホットでチャレンジしてもらうことになり、継続も決まりました。
キーパーは高さを求められるポジションです。隣国のオランダの選手は特に大きいですし、ベルギーリーグで活躍しているキーパーにもオランダ人は多い。そこに日本人選手が対抗していく難しさはありますが、それを補える足元の技術やシュートストップ能力があれば、十分にチャレンジできると思います。
選手、指導者、日本サッカー界への還元
――ベールスホットの経営を通じて、日本サッカー界に還元したいものはありますか。
大野:日本資本のサッカークラブがヨーロッパに増えることは、日本人選手の受け皿が増えるという意味でもすごくいいことだと思います。日本代表の戦力が上がっている背景には、Jリーグで育った選手たちがヨーロッパに行く環境ができ、さらに欧州で優勝を争うチームやUEFAチャンピオンズリーグに出るチームでプレーする選手が増えてきたことがあります。そういう底上げに、ベールスホットのようなクラブが貢献できれば、さらに裾野が広がっていくと思います。
次のステップとしては、指導者です。JFAのプロライセンス保持者が、UEFAプロライセンスを持っていなくてもヨーロッパで指導できる道が、ルール改正によって開けました。それは宮本恒靖JFA会長が尽力された部分でもあります。欧州でプレーした選手が引退後にJリーグで指導するだけでなく、欧州で指導にチャレンジする機会を増やしたいですし、若い指導者の受け皿にもなれればと考えています。
――原口選手も、いずれ指導者としてヨーロッパからチャレンジできる可能性があるのですね。
大野:そうですね。彼はまだ現役を続けると思いますが、将来的にベールスホットで引退して、指導者としてクラブに残ってステップアップしていく希望があれば、そこはもちろん応援したいです。
――選手の移籍ビジネスという面で、日本のクラブと連携できる可能性をどのように見ていますか。
大野:ベルギーで選手を育てて売却する仕組みへの理解が進めば、日本のサッカー界にお金の面でも還元できると思います。ベールスホットは、たとえ1部に上がっても、何億円も払って選手を獲得できる環境にはならないと思います。比較的リーズナブルな金額で選手を獲得し、そこから先を狙います。
例えば、シント=トロイデンから山本理仁選手がフライブルクに800万ユーロ、約15億円で移籍しました。ベールスホットの選手総予算を超える金額です。ベルギー1部で活躍した選手には、それくらいで売れる可能性があります。 その例を参考に、日本のクラブとともに選手のステップアップを後押しするアプローチも始めています。ベルギーへ移籍する時点では高い金額は出せませんが、例えば1億円で加入した選手が15億円くらいで他クラブへ移籍したとして、その時に日本のクラブへ何割かを支払う契約を事前に結ぶことができれば、日本のクラブにも大きな額が還元されます。そうしてみんながウィンウィンになり、日本のクラブに貢献できるモデルを作りたいです。
育成・売却モデルの成果とクラブの特色
――すでにベールスホットでも、そうした育成・売却モデルの成果は出ていますか。
大野:昨季加入したフランス人選手で、フランス3部からフリーで獲得した選手がいました。その選手がベールスホットで1年間試合に出ただけで、2億円以上の移籍金で移籍した例もあります。そのように育成して売却するシステムは優れているので、それを日本のクラブスタッフにも経験してもらえれば、経営者やスタッフの育成にもつながります。そういう形で、日本サッカーのベースを大きくしていきたいです。
――日本資本のシント=トロイデンとは違う武器を作りたいという意識はありますか。
大野:同じベルギーで、同じフランダース地方のクラブでもあるので、厳密な差別化は難しいと思います。ただ、アントワープは国際都市であり港湾都市で、いろいろな人種が集まる街です。僕たちとしては、日本だけでなくいろいろな国とパートナーシップを組み、そこからビジネスを広げていくところを強みにしたいと思っています。
【連載前編】なぜ日本企業が欧州クラブ経営に挑むのか? 金宝堂によるベールスホット買収、その舞台裏
【連載中編】「活躍しても売る」が大前提。ベールスホット大野祐介代表が見た、欧州サッカークラブ運営の最前線
<了>
なぜ原口元気はベルギー2部へ移籍したのか? 欧州復帰の34歳が語る「自分の実力」と「新しい挑戦」
原口元気が語る「優れた監督の条件」。現役と指導者の二刀流へ、欧州で始まる第二のキャリア
欧州名門クラブに見るサステナビリティ最前線。人種差別、貧困、就労支援…に挑むマルメFF
[PROFILE]
大野祐介(おおの・ゆうすけ)
1973年生まれ、埼玉県出身。KベールスホットVA代表取締役。前 株式会社アスリートプラス代表取締役。慶應義塾大学法学部法律学科卒業(米国メリーランド大学留学)。三菱商事株式会社で欧州サッカーや日本代表戦などのスポーツ放送権ビジネスを担当した後、2004年に日本サッカー協会認定選手エージェントライセンスを取得。株式会社アスリートプラスを設立し、宮本恒靖氏、細貝萌選手、イビツァ・オシム氏、ヴァイッド・ハリルホジッチ氏ら、多くの選手・指導者の代理人を務めてきた。金宝堂ホールディングスによるベールスホットの経営参画に際しては、クラブ買収候補の調査や交渉にも携わり、現在は現地でクラブ運営を統括。日本人選手の欧州挑戦や育成・強化、クラブの持続的な成長を見据えた経営に取り組んでいる。
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