FCジュロン是永大輔チェアマンが語る経営と冒険「シンガポールで100年続くクラブをつくる」
本田圭佑の獲得を発表したシンガポール・プレミアリーグのFCジュロンが掲げるのは、「100年続くクラブ」という未来だ。市場規模の限られたシンガポールでサッカークラブを運営することは簡単ではない。地域からの支援、企業スポンサー、収益源の確保、そして勝利と育成の両立。クラブを長く存続させていくためには、ピッチ上の結果だけでなく、経営のあり方そのものが問われる。アルビレックス新潟シンガポール時代から、カジノ事業、海外展開、地域密着、若手育成など、さまざまな挑戦を重ねてきた是永大輔チェアマンは、FCジュロンでの現在地を「冒険」と表現する。シンガポールをハブとした世界戦略、サッカークラブを「人が集まるプラットフォーム」と捉える経営哲学、そして、新たに打ち出したインド資本との連携。クラブを100年続けるために必要なものとは何か。是永チェアマンに聞いた。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=©︎Albirex Niigata FC (S))
親子3世代に受け継がれるクラブを目指して
――是永チェアマンは、「100年続くクラブになる」という表現をよく使われています。その言葉に込めた思いを、改めて聞かせていただけますか?
是永:サッカークラブは、長い時間をかけて地域の記憶になれる存在で、そのためにも、100年以上続いていかないといけないと思っています。アルビレックス新潟の社長をしていた時から、そのことはずっと言い続けてきました。親子3世代にわたって応援してくれる人がいる。おじいちゃんが応援していたから、その息子も応援して、さらにその子どもにも引き継がれていく。そういう物語にはロマンがあると思いますし、僕たちのクラブでもそういう物語が紡がれていってほしいと思っています。
――100年続けるというのは、経営側から見れば非常に大変なことでもあります。サポーターとともに、運営面でもクラブを存続させていくためにどんなことが必要だと思いますか?
是永:サッカークラブには良い時も悪い時もあります。長い視点で見れば、ずっと強くあり続けるとか、ずっと成功しているということはありえません。だから、うまくいかない時にどれだけ一緒に戦ってくれる人、一緒に歩いてくれる人を集められるかが一つのテーマだと思います。そのためには、「この地域と一緒に100年続けていく」という覚悟を持って運営を続けることが必要です。それが結果的に、クラブを長続きさせることにつながると思っています。
――たとえばヨーロッパでは、週末にサッカーを見に行くという文化が根づいていますが、シンガポールという国で、そうした文化が醸成され、100年続くクラブを支える土壌になっていく可能性を感じますか?
是永:それは難しい質問ですね。正直、今の段階では何とも言えません。ただ、そこに向かう努力を放棄したら、その時点で止まってしまうと思います。サッカーを地域のインフラとして受け入れてもらえるように働きかけていかないと、100年続くクラブにはならないと思っています。
――シンガポールは教育面のレベルの高さも有名ですが、制度的に良いものなどは積極的に取り入れていく印象もあります。
是永:それはありますね。シンガポールは日本に比べて人口も少なく、国土も小さくて資源も限られています。だからこそ、自分たちに必要なものを見極めて、良いと思ったものを取り入れ、違うと思えば切り替える。その判断が早い国だと思います。
シンガポールでクラブを続ける難しさ
――100年続くクラブを目指す上では、安定した収益基盤も欠かせません。これまでのクラブ経営を振り返ると、事業面ではどのような変化がありましたか?
是永:関連事業を含めて、事業規模が50億円規模まで広がった時期はありました。ただ、その多くを支えていたのが、クラブハウスに併設していたカジノ事業です。政府への3年間の申請を経て実現し、2011年以降は大きな収益源になっていました。しかし、それが2022年末に規制によって継続できなくなりました。
その後、病院事業を始めたのですが、そちらも現在は止まってしまっています。
――東南アジア全体のサッカー熱も年々高まっている印象があります。現地で見ていて、どのように感じていますか?
是永:タイ、インドネシア、ベトナム、マレーシアの一部は、ものすごく盛り上がっています。中には、シンガポールとは少し次元が違うクラブもあります。王族やロイヤルファミリーのような人たち、あるいは強いオーナーシップを持った人たちがクラブを持ち、大きな資金を投じるケースもあります。シンガポールにもライオン・シティ・セーラーズという唯一のビッグクラブがあり、規模感で言えばFCジュロンの8〜10倍の予算があると思います。
――是永チェアマンが2008年にシンガポールのクラブに関わり始めて、19年が経ちました。これだけ長くシンガポールにいるからこそ見えてきたものもありますか?
是永:シンガポールは天候があたたかいですし、いいところです。シンガポール人は結構シャイですが、自分の国が好きだというナショナリズムは強いと感じます。ただ、シンガポール代表が負けると、関心がスッと引いていくところもあって、逆に結果が出始めると、一気に人が集まってくる。そこはどこの国も同じかもしれませんが、シンガポールはその傾向がより強いかもしれません。
他にもエンターテインメントはたくさんあります。だから、無理にサッカーを見る必要がない。でも、シンガポールにおいてサッカーは国技のような位置づけで、唯一のプロスポーツでもあります。だからこそ、一定の関心は常にあります。
型のない場所で続けてきた「冒険」
――Jリーグのクラブ経営と、シンガポールでのクラブ経営には、どのような違いを感じていますか?
是永:幸せなことに、Jリーグクラブの社長も経験させていただきました。そのうえで今思うのは、Jリーグは「冒険」よりも「探検」に近いということです。
最近読んでいる本に、冒険と探検の違いについて書かれていて、探検は、すでに地図や手がかりがある場所で答えを探していく行為に近い。冒険は、地図そのものがない場所に踏み出していく感覚に近いと定義されていて、なるほどなと思ったんです。
Jリーグには、ある程度の型があります。たとえば、あるクラブが川崎フロンターレのような地域貢献をするクラブになるにはどうしたらいいのかと考えたとき、地域の違いはあっても、参考になる事例が川崎フロンターレにもその他のクラブにもあります。でも、シンガポールでは、もし地域貢献を主にするクラブをつくろうと思っても、地域と一緒に何かをする、ということをやっているクラブも多いわけではなく、そうした事例や「型」がないんです。もちろんJリーグやその他国外のクラブの事例を引っ張ってきていますが、シンガポールには独自の学校制度や地域文化などがあり、そのまま流用できることは稀です。だからこそ未知の世界ですし、誰もやらないことをやらなければ続けることができませんでした。そういう意味では、毎日を冒険してきたと思っていますし、今も楽しみながら冒険をしている感覚です。
――「型」がないからこそ、クラブとして何を積み上げるのかを自分たちで探していく必要があったのですね。クラブ経営では、勝利と事業性のバランスも重要だと思います。勝つことをどのように位置づけていますか?
是永:やるからにはもちろん勝ちたいですし、優勝して、ACL2(AFCチャンピオンズリーグ2)に出たいです。ただ、最大の目的は100年続くことだと思っています。そのためには勝つことも必要だから、勝つべきだ。そういう感覚です。
――サッカーのスタイルも、クラブを選んでもらう理由の一つになりますか?
是永:そうですね。差別化しないと生き残っていけません。選手や指導者にとって、なぜFCジュロンでサッカーをしたいのか、その理由をたくさんつくらないといけない。その一つがサッカーのスタイルや戦い方だと思います。それがないと、サラリーや地域だけで選ばれてしまいます。そうではなく、「あなたのチームのサッカーがしたいからきました」と言ってもらえるようにしたい。バルサのように、クラブの哲学そのものが選手を惹きつけるクラブになっていきたいですね。選ばれるクラブです。
――若手選手や地元選手の育成については、どのように考えていますか?
是永:すでに着手しています。「シンガポールプレミアリーグ2」という、若手選手や出場機会の少ない選手を対象としたリザーブリーグでは今季優勝しましたし、先日のトップチームの試合でも17歳の選手が先発しました。僕たちほど、若い選手をトップチームに送り出しているチームはありません。若い選手たちは、どこまで伸びていってくれるんだろう、と見ていていつもワクワクします。

地元支援の壁と、インド市場への広がり
――今後、100年続くクラブを目指す上で最大の壁になるものは何だと思いますか?
是永:地元からの支援です。シンガポールでは、国内の企業がサッカーにお金を出すという文化がほとんどありません。ライオン・シティ・セーラーズのように、個人で莫大な資産を持っているオーナーがいれば別ですが、一方でその人がいなくなったら、クラブの持続性が一気に揺らいでしまうという側面もあります。うちはお金がない分、知恵と頭を使って味方を増やしていくことや、地域のスポンサーとつながっていくことが重要だと思っています。
――タイトルを取るクラブであることも大切ですが、それ以上に地域に必要とされるクラブであることを重視されているのですね。
是永:はい。地域貢献活動や小学校の招待活動なども、もっと戦略的に、一生懸命やらなければいけないと思っています。そうしなければ運営が安定しませんし、特定の誰かに依存するクラブにはしたくありませんから。
――今後、別の国の資本が入ってくるそうですが、具体的に教えていただけますか?
是永:インドの会社が資本として入ってくれることになりました。「The Hindu(ザ・ヒンドゥー)」というインドを代表する主要新聞社があり、その創業家のスポーツインベストメント会社からの出資を受けるという形です。うちがその資本を受け入れることで、彼らが「The Hindu」や関連誌などで、毎日のようにFCジュロンを取り上げます。もちろん、インド企業との新たな接点が生まれるでしょう。さらに英字の日刊紙なので、インド国内だけでなく、世界中に発信されます。
シンガポールでクラブを運営する上での難しさの一つは、人口が少ないことです。一方で、インドには約15億人の人口がいます。その1%、100人に1人が興味を持ってくれるだけで1500万人。東京都の人口に匹敵します。たとえばサブスクをはじめたとして、1人100円、極端に言えば1人10円でも非常に大きな収益になるでしょう。それだけ大きな可能性があります。
――インドの中で、サッカーが広がっていく可能性をどのように見ていますか?
是永:もちろん、インドのナンバーワンスポーツはクリケットで、サッカーはナンバー2です。サッカー協会の問題などもあって国内リーグについては時間はかかるかもしれませんが、イングランドのプレミアリーグはインド国内でもとても人気がありますし、その波に乗れたらいいですね。
――インド企業との連携は、FCジュロンが世界に出ていく上でも大きな意味を持ちそうですね。
是永:そうですね。インドの企業がうちをハブにしてシンガポールに進出して、大きなビジネスを展開するかもしれない。彼らはインドで150年くらいの歴史がある新聞社として、多くのナショナルクライアントを持っています。クラブとしてもインド市場と接点を持つ上で大きな後押しになると思います。
「人が集まる場所」から生まれるスポーツビジネス
――Jリーグのクラブでも、アジアのサッカークラブが世界でどう戦っていくかについて課題感を持っているリーダーがいますが、是永チェアマンは世界で戦う上での課題をどのように考えていますか?
是永:シンガポールのレベル感で言うと、フットボール面、たとえば監督や指導者をどうするかという話は、まだ少し先の話だと思っています。その前に、僕はサッカークラブはプラットフォームだと思っています。サッカースクールや広告収入、物販はもちろんですが、極端に言えば、サッカークラブがペットショップを運営しても、楽器を売っても、それはスポーツビジネスだと思います。
なぜなら、サッカークラブは人が集まり、コミュニティが生まれる場所だからです。そこをどう動かして有効活用し、どれだけ「このクラブがあってよかった」と言ってもらえるか。それがサッカークラブの面白いところであり、存在意義だと思っています。ピッチ上の「サッカーが楽しかったね」、だけでは回っていきません。
――今回のインドとの取り組みも、是永チェアマンにとっては「冒険」の一つなのでしょうか。
是永:そうです。これまでも多くの国で挑戦をしてきましたが、外国資本を入れるということは初めてです。インドとの取り組みには明確な狙いがあり、イメージ通りに進んでほしいですが、やってみないと分かりません。いずれにしても、しっかりと向き合うことが重要になります。
既存のやり方だけでは、特にシンガポールではサッカークラブを長く続けていくことが難しいと思っています。だからこそ、常識にとらわれず、クラブの価値をどうやって広げられるのか、高められるのかを考えて、実行し続けなければいけない。そういう意味でも、今回のインドとの連携は、FCジュロンにとって大きな冒険だと思っています。
【連載前編】本田圭佑はなぜFCジュロンを選んだのか。是永大輔チェアマンが語る“クラブの土台をつくる補強”
【連載中編】日本のクラブから“地域のクラブ”へ。アルビレックス新潟シンガポール→FCジュロン改称に込めた覚悟
<了>
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[PROFILE]
是永大輔(これなが・だいすけ)
1977年生まれ、千葉県出身。FCジュロン チェアマン。日本大学芸術学部卒業後、IT企業でサッカーメディア事業に携わり、サッカージャーナリストとして欧州を中心に世界各国で取材を行う。FCバルセロナ、マンチェスター・ユナイテッド、リバプールなど海外クラブとのビジネスにも携わった。2008年、アルビレックス新潟シンガポールのCEOに就任。クラブの経営を立て直し、スクール事業、飲食事業、カジノ事業など多角的な展開で黒字化を実現した。チームも強化し、2016年から2018年まで3シーズン連続で国内タイトル全制覇を達成。2019年にアルビレックス新潟代表取締役社長に就任し、2020年11月に同職を辞任。アルビレックス新潟シンガポールは2004年からシンガポール・プレミアリーグに参戦し、2026/27シーズンよりFCジュロンへ名称変更。同シーズンから本田圭佑が加入することも発表し、シンガポールと日本をつなぐ存在として新たな挑戦を進めている。
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