建設費16億ドルのメルセデス・ベンツ・スタジアム 最新テクノロジーで変わる「ファンの体験」
2016年6月、日本政府が閣議決定した『日本再興戦略2016』で、「600兆円に向けた官民戦略プロジェクト10」の一つに「スポーツの成長産業化」が掲げられた。スポーツ産業を2012年当時の市場規模5.5兆円から2025年に15.2兆円へと目指すとする中で、具体的な施策の一つが「スタジアム・アリーナ改革」だ。実際、全国各地で約60件ものスタジアム・アリーナの新設・建替構想が進んでいる。
一方で、世界のスタジアム事情はどうなっているのだろうか? 今やスポーツと切り離して考えることができなくなったテクノロジーを活用して、どのように「ファンの体験価値」を高めているのだろうか? 「スタジアム×テクノロジー」の最新トレンドを探ってみたい。
(文=川内イオ、写真=Getty Images)
建設費16億ドルをかけたメルセデス・ベンツ・スタジアムのテクノロジー
今年2月、NFL(ナショナルフットボールリーグ/アメフト)の頂上決戦スーパーボウルが開催されたメルセデス・ベンツ・スタジアムは、テクノロジーを活用した世界最先端のスタジアムと評されている。NFLのアトランタ・ファルコンズとMLS(メジャーリーグサッカー)のアトランタ・ユナイテッドが使用するこのスタジアムは、「比類のなきファン体験」をテーマに16億ドルを投じて建設され、2017年8月にオープンした。
入場は、100%ペーパーレス。スマホでチケットバーコードを表示し、ゲートでワンタッチするだけで通過できる。スタジアムに足を踏み入れた時、パッと目につくのは360度、観客席のどこからでも見られるように、天井に円を描くように設置されたプロスポーツ界最大級のビデオボード。さらに、駐車場やトイレなどあらゆるところに2000個のスクリーンが配置され、ファンが大切な瞬間を見逃すことがないように配慮されている。
スタジアムアプリをダウンロードすれば、モバイルパーキングパスの事前購入、駐車場やスタジアム内のナビゲーションも利用できる。アプリには「Ask Arthur」というAIも組み込まれていて、スタジアムについてなにか質問を打ち込めばAIが回答する。また、7万人以上のファンが同時にビデオストリーミングし、メッセージを送信し、SNSに投稿しても問題ないように、高速のWi-Fiが整備されている。
このスタジアムは環境にも配慮されていて、国際的な建築物の環境性能評価制度「LEED」における最高評価「プラチナ」の認証を取得している。太陽光パネル4000枚以上を設置して発電しているほか、 最大容量約636万リットルの貯水槽を備え、貯めた雨水を再利用。一般のスタジアムよりも約29%省エネ、水の使用量は約47%減を実現した。
メルセデス・ベンツ・スタジアムのデジタルテクノロジーは、IBMのサポートで実現した。MLSのチーム、コロンバス・クルーも2021年にオープンする新スタジアムについてIBMと提携することを発表しており、さらに進化したハイテクスタジアムになるだろう。
スタジアム内での買い物にアプリ活用で、62.5%の収入増
スタジアムとテクノロジーというと、どうしても最新のハイテクスタジアムばかりに目がいってしまうが、既存のスタジアムでもテクノロジーがファンの体験の質を高めている。例えば、スタジアム内での買い物。試合の前後や試合の合間にフード、ドリンク、グッズを購入したいと思った時、長々と続く行列にうんざりしたことはいだろうか?
このストレスを解消するために、海外では数年前からモバイルオーダーシステムを導入するチームが増えている。アプリを通してフード、ドリンク、チームグッズなどを注文し、決済はアプリ内で完了。ショップ側の準備が整うとユーザーにテキストメッセージが送信されるので、行列の最後尾に並ぶことなく注文した品物をピックアップできる。
調べてみたところ、2015年2月、アイルランドのアビバスタジアムで「RapidQ」というシステムが導入されたのが最初といわれているようだ。ちなみに、同スタジアムではRapidQの利用者が年々増加しており、2018年6月の時点で約1万ダウンロード。2018年の1年間でRapidQからの注文が前年比64.8%増、収入も62.5%増を記録している。
日本でのモバイルオーダーシステムの導入は、2016年に楽天Koboスタジアム宮城(現・楽天生命パーク宮城)でいち早く導入されたのを皮切りに、サッカーでは2018年から大宮アルディージャ、今シーズンからツエーゲン金沢が取り入れており、ベガルタ仙台、名古屋グランパスもテストを実施している。アビバスタジアムの結果を見れば、ファンにとっても、スタジアムにとってもメリットが大きいのは明らかで、今後は日本でも導入が進むだろう。
ラグビーの聖地でグランピングが可能に
7月24日には、ユニークなニュースが飛び込んできた。「イーデン・パーク、グランピング(※)でファンの宿泊が可能に」という内容だ。イーデン・パークは、ニュージーランドのナショナルスタジアム。116年の歴史を持ち、1987年と2011年開催のラグビーワールドカップで2度、ニュージーランド代表のオールブラックスが優勝杯を掲げたスタジアムとして知られる。ラグビーファンにラグビーの聖地とも称されるこの場所でグランピングとはどんな体験になるのだろう?
(※グランピング:「グラマラス(Glamorous)」と「キャンピング(Camping)」を掛け合わせた造語。従来型のキャンプとは異なり、充実した設備やサービスを利用しながら快適に過ごすキャンプで、テントの設営や食事の準備などの手間がかからず、初心者でも気軽に楽しめる点が人気を集めている)
ニュージーランド発の記事をいくつか読んでみると、こう書かれていた。
「イーデン・パークが民泊仲介サービス最大手のエアビーアンドビー(Airbnb)と提携。6万人収容のイーデン・パーク内の北東側に設置されたグランピングドーム内で宿泊可能になった。ドームはテレビ、ダブルベッド、暖房、バスルームを備えていて、記事に掲載された写真を見るとスタジアムのピッチを見渡せる絶好のロケーションだ。宿泊者にはスタジアムツアーも用意されている」
予約は8月18日からスタート。なんと試合の開催日にも受け付けていて、部屋の中で観戦できる。大人2名までの利用で、大人1人あたりの基本料金は517ニュージーランドドル(約350アメリカドル)。価格は変動制で、11月2日にイーデン・パークでラグビーリーグのトリプルヘッダーが開催される日は、2871ニュージーランドドル、12月にクリケットの試合が開催される日は1773ニュージーランドドルに設定されている。仮に試合のチケットが完売していたとしても、このドームを予約すれば観戦できる。
部屋の中は観客席から丸見えなので、試合開催日は注目の的になるだろう。ラグビーファンにとって、ラグビーの聖地での宿泊はどのような体験になるのか。イーデン・パークとエアビーアンドビーによると、これは「世界のスタジアムで初めての宿泊サービス」。歴史と伝統のあるスタジアムとグローバルで利用されているテクノロジー、サービスが手を組み、ファン垂涎の「体験」が誕生した。
テレビやスマホであらゆるスポーツの観戦ができる時代だからこそ、世界中のプロリーグやプロチームの運営者、関係者が、なんとかスタジアムに足を運んでもらうと知恵を絞っている。テクノロジーを利用したアプローチは、今後ますます増えていくだろう。
<了>
AI活用でNBA初優勝! トロント・ラプターズの独自補強を支えた性格分析
Amazon、Facebook、Twitter 巨大IT企業とスポーツの蜜月が支えるアメリカスポーツの今
バルセロナ、NBAも導入する最新型“ウェアラブルデバイス”とは?
[世界のチーム観客数ランキング]日本は6チームがランクイン! 1位は独ドルトムントを上回って…
[世界のリーグ観客数ランキング]プロ野球がMLB超え!意外な競技が上位に…
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
パリに平和をもたらした『イマジン』、日本を熱くした『飛行艇』と『第ゼロ感』。スポーツを音で演出するスポーツDJ
2024.10.24Technology -
築地市場跡地の再開発、専門家はどう見た? 総事業費9000億円。「マルチスタジアム」で問われるスポーツの価値
2024.05.08Technology -
沖縄、金沢、広島…魅力的なスタジアム・アリーナが続々完成。新展開に専門家も目を見張る「民間活力導入」とは?
2024.04.26Technology -
DAZN元年にサポーターを激怒させたクルクル問題。開幕節の配信事故を乗り越え、JリーグとDAZNが築いた信頼関係
2024.03.15Technology -
「エディオンピースウィング広島」専門家はどう見た? 期待される平和都市の新たな“エンジン”としての役割
2024.02.14Technology -
意外に超アナログな現状。スポーツ×IT技術の理想的な活用方法とは? パデルとIT企業の素敵な関係
2023.10.20Technology -
スポーツ庁の想定するスタジアム像を超える? いわきFCが挑戦する、人づくりから始まるスタジアム構想
2023.08.07Technology -
スマホでピッチングが向上する時代が到来。スポーツ×IT×科学でスター選手は生まれるのか?
2023.06.09Technology -
「一人一人に合ったトレーニングをテーラーメード型で処方」アスリートをサポートするIT×スポーツ最前線
2023.06.06Technology -
スポーツ科学とITの知見が結集した民間初の施設。「ネクストベース・アスリートラボ」の取り組みとは?
2023.06.01Technology -
「エスコンフィールドHOKKAIDO」「きたぎんボールパーク」2つの“共創”新球場が高める社会価値。専門家が語る可能性と課題
2023.04.21Technology -
東京都心におけるサッカー専用スタジアムの可能性。専門家が“街なかスタ”に不可欠と語る「3つの間」とは
2023.03.27Technology