AI活用でNBA初優勝! トロント・ラプターズの独自補強を支えた性格分析 ~スポーツ×テクノロジーの最新トレンドに見るスポーツの未来~

Technology
2019.07.17

今や世界のスポーツ界の発展にとって切り離すことができなくなった、テクノロジー。
強化、分析、マーケティング、ファンエンゲージメント、スタジアムエクスペリエンス、エンターテインメント……。
その可能性はあらゆる分野に及ぶ。日本のスポーツ界はこの分野において世界に大きく後れを取っているといわれるなか、世界の「スポーツ×テクノロジー」の最新トレンドはどのようになっているのだろうか?
今回は、創設24年目にしてNBA初優勝を成し遂げたトロント・ラプターズ、その躍進の裏側にあったAI活用を紹介する。

(文=川内イオ、写真=Getty Images)

IBMが開発したビジネス界での導入が進むAI「ワトソン」を活用

2018-19シーズンのNBAは、大方の予想を裏切る番狂わせの結末となった。スター選手を多く抱え、過去5年連続でファイナル進出を果たしているゴールデンステイト・ウォリアーズに勝利してNBAファイナルを制したのは、トロント・ラプターズ。

その名の通り、カナダのトロントに本拠地を置くチームで、創設24年目にして初の快挙を成し遂げた。
ちなみに、NBA設立から73年、アメリカ国外のチームがタイトルを獲得したのも初めてのことである。

ファイナル進出ですら初めてだったトロント・ラプターズの快進撃の裏には、ある“参謀”の存在がある。
IT業界の巨人、IBMが開発した人工知能(AI)「Watson(ワトソン)」だ。

IBM初代社長の名を冠するワトソンは2006年に登場して以来、金融、医療、製造業などさまざまな産業、分野で活用されており、日本でも導入企業数が1000社を超える。
スポーツ分野ではテニスやゴルフなどに進出しており、例えば先日終幕したウィンブルドン選手権では、ワトソンがわずか2分で自動的に作成したハイライト映像が使用されていた。

トロント・ラプターズが、ワトソンの“知恵”を借りることを決めたのは、2015年のこと。トロントに新しい練習施設を造るにあたり、ホワイトボードにたくさんのマグネットが張り付いた昔ながらの「作戦室」のアップグレードを決定。

試合や練習における選手やチームのパフォーマンス、医療・健康関連などさまざまなデータを一元化してワトソンが分析、シミュレーションするツール「スポーツ・インサイツ・セントラル」を採用したと、アメリカのIBMのコーポレートサイトに記されている。

迎えた2016年2月、タッチ式のスクリーンが並び、さまざまなデータをすぐに検索、表示、分析できるようになった作戦室「ウォールーム(War Room)」の運用が始まった。
当時、ラプターズの親会社メイプルリーフ・スポーツ&エンターテインメントは「ラプターズがNBAで最初のワトソンを使用した選手分析を取り入れるチームとなる」とアナウンスしており、期待の大きさがうかがえる。

プレー分析にとどまらない、選手の性格まで分析

「スポーツ・インサイツ・セントラル」は、選手個々のプレーとチームのパフォーマンスを結び付け、分析することで、チームに不足しているスキルや弱点を浮き彫りにする。
例えば3ポイントが少ない、終盤に足が止まるなどのポイントが抽出され、日々のトレーニングや選手の補強に生かされる。これは対戦チームの分析にも生かされるが、このツールの「売り」はそれだけではない。

鳴り物入りで導入されたこのツールの大きな特徴の一つは、「パーソナリティ・インサイト」という性格分析機能。心理学、言語学など学術的なバックグラウンドがあるデータを使ってSNS、過去のインタビューなどを収集、分析して選手の性格を捉えるものである。

想像してほしい。プレーの分析ではほぼ同じ能力の選手が2人いたとする。
チームの強化を担うスカウトがどちらか1人を選ばなければいけないとして、最終判断に影響するのが自分との相性、いわゆる「フィーリング」だったり、たまたま目についた言動だったりする可能性はゼロではない。

このように見た目や印象、雰囲気といった人間の判断に影響を及ぼしかねない曖昧な要素を排除した性格分析を行うのが「パーソナリティ・インサイト」だ。
これによって、もっとチームを引っ張ってくれるリーダーシップを持った選手が欲しい、協調性のある選手が必要だという「キャラクターのリクエスト」がよりピンポイントで可能になる。

「スポーツ・インサイツ・セントラル」はNBAだけでなく、大学バスケなどさまざまな関連データを取り込んでおり、例えば気になる大学生の選手の名前を入力すると、シュート、アシスト、リバウンドなど主要な統計データとともに性格の分析も瞬時に表示される。このデータによって、ドラフトや補強におけるラプターズの首脳陣やスカウトの決断をサポートするのだ。

躍進を支えたシアカム、ヴァンブリート、レナードの獲得にも

その結果は、既に表れている。2018-19シーズン、NBAで最も成長した選手に贈られるMIP賞を受賞したパスカル・シアカムは、ラプターズが「スポーツ・インサイツ・セントラル」を本格的に活用し始めた2016年6月のNBAドラフト27位で指名した選手。

18歳の時にほぼバスケの経験なしでアメリカに渡ってきたカメルーン人選手は今年のNBAファイナル初戦で32得点8リバウンド5アシスト2ブロックを記録するなど獅子奮迅の活躍を見せ、スター選手の仲間入りを果たした。

NBAファイナルで合計16本の3ポイントシュートを成功させ、同時にゴールデンステイト・ウォリアーズのカリスマ、ステフィン・カリーを堅い守備で封じたポイントガードのフレッド・ヴァンブリートは、パスカル・シアカムと同じく2016年夏に加入したが、実はドラフトではどこからも指名されず、ラプターズが「ドラフト外」で獲得した選手だ。

2018-19シーズンの開幕前に強豪サンアントニオ・スパーズから獲得したカワイ・レナードは、負傷のため前シーズンは9試合しか出場していなかった。
しかし、ラプターズでは覚醒したようにチームをけん引し、自身2度目となるファイナルMVPに選出された。

人間の判断だけで、ここに挙げた3人を獲得すると判断できただろうか?

2011年に公開された映画『マネーボール』に描かれたのは、メジャーリーグの貧乏球団、オークランド・アスレチックスが統計データを駆使してチームを強化する過程だった。
それから数年の時が経ち、ラプターズは、データをベースに選手の「キャラクター」を重視した寄せ集め軍団で、NBA優勝を果たした。

スポーツ界でもデータの活用は常識になってきているが、これから、「キャラクターの時代」が来るのかもしれない。その時はワトソンのようなAIが、さまざまな条件によって目が曇りがちな人間をサポートするのだろう。

<了>

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