顧客のアイデアでハマスタが変わる? DeNAのファンを巻き込む「スポーツ共創」とは

Technology
2020.02.29

現在、横浜スタジアムはどの試合もスタンドを真っ青に染めている。DeNAの経営参画以降、大胆な改革で球界屈指の人気球団へ生まれ変わった横浜DeNAベイスターズは、さらなる進化を続けている。

ファンと一緒にスタジアムを創る――。

2017年に始まったこの「スポーツ共創」の取り組みとはいったいどんなものなのだろうか? Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島(マツダスタジアム)などこれまで数々のスポーツ施設を手がけ、「スポーツ×建築」の専門家である上林功氏が解説する。

(文・写真=上林功)

ベイスターズが進める共創の拠点づくり

昨年12月にこけら落としを迎え、東京五輪のメインスタジアムとして使用される新国立競技場には、実はたくさんのオープンスペースがあります。これは東京五輪後、これらのオープンスペースをどう活用していくのかを含めた運営計画を立案していく中で、国民一人ひとりが関わる、参加するスタジアムが実現できる可能性があるのではないかと考えています。

絵空事のようにも思えますが、ファンや市民参加によるスポーツの場づくりは、少しずつではありますが具体的な事例として実現しつつあります。共に創り、共に楽しむスタジアムやアリーナ、こうした「スポーツ共創」の取り組みの萌芽が、国内の随所に表れてきています。先述の新国立競技場の利活用に限らず、今後のスタジアム・アリーナの新しいつくり方・在り方として注目しています。

「スポーツ共創」について、「共創」とはユーザー参加に比べてより深く対象にコミットする(関わる)ことだといわれています。幅広い範囲で使われている言葉であり、近年スポーツ庁でも、事例を取り上げるかたちで専門サイト「スポつく」を立ち上げ、全国で行われているスポーツ共創の実態について紹介しています。

これらの多くは、スポーツを通したコミュニティづくりや地域社会をつなげる運動会などのイベントです。こうした中、この共創的取り組みについて可能性を読み取り、いち早くチームとして取り組み始めた地域プロスポーツチームがありました。横浜DeNAベイスターズです。

横浜スタジアムに隣接する「THE BAYS」は、横浜DeNAベイスターズ本社が入るれんが造りのオフィスです。スタジアムのオリジナルメニューが楽しめるカフェやレストラン、グッズショップのほか、ランニングステーションやフィットネススタジオなどチームのスポーツ事業の拠点施設になっており、試合日以外も人々でにぎわっています。こうしたファンコミュニケーション施設は他チームにもありますが、「THE BAYS」では国内プロスポーツチームで初となるスポーツ共創のスペースが設けられ、2017年にオープンしました。

具体的には会員制のコワーキングスペースで、ワークスペースといくつかのミーティングスペースが建物内2層にわたって占有しています。こうしたコワーキングスペースは近年、都市部でも増えており、ベンチャー企業やスタートアップ企業の交流の場、コラボレーションや新しいアイデアを生むインキュベーション施設として活用されています。「THE BAYS」ではこれらのスペースをCREATIVE SPORTS LAB(クリエイティブ・スポーツ・ラボ/CSL)と名づけ、国内唯一の「スポーツを核とした共創拠点」として活動を行っています。

こうした取り組みの先駆けはアメリカのMLBで、ロサンゼルス・ドジャースの「ドジャース・アクセラレータ」(2015年発足)では、起業家やスタートアップ企業と共に事業共創プログラムがつくられました。チームが持つデータを使って、スポーツを中心としたさまざまな取り組みに企業や大学、投資家を巻き込みながら提案を集め、チームと一体となったサービス提供、スタジアム環境整備につなげる試みです。

試合が無くても楽しめるスタジアムにするため

「THE BAYS」では2017年の「『超☆野球』開発プロジェクト」を皮切りに、コラボレーション企画を次々と発信し、地域との連携をより強固なものとしてきました。説明してもなかなか伝わりづらいスポーツ共創の取り組みについて、今回はCSLで行われた2020年第2弾となる「Next Ballpark Meeting #2 試合がなくても楽しめるスタジアム」にゲストスピーカーとして参加しましたので、例に挙げて「共創」が生み出す効果について考えてみたいと思います。

今回のテーマになったのは、新シートが増築された横浜スタジアム全体で、ファンと一緒に「試合がなくても楽しめるスタジアム」にするためにはどんな取り組みが考えられるか、ファンと一緒に新シートのスタジアムツアーも兼ねてワークショップが行われました。横浜スタジアムは2017年から東京五輪に向けた観客席の増設に着手、2019年にライト側ウィング席、2020年にレフト側ウィング席とバックネット裏のスイート席・屋上デッキ席が完成し、この春から供用が開始されます。また、外野外周には横浜公園に面した空中歩廊が設けられ外部コンコースとして球場全体を一周できるようになり、大きく観客の流れが変わりました。CSLでは、スタジアムの内外、試合開催の有無を組み合わせて4つのパターンを掲げ、今回はスタジアム内での試合開催のない日の利用の仕方について40名の参加者とともに検討が行われました。

全体の流れとして、まずは世界で行われているスタジアムツアーや試合日以外のスタジアムの活用について学んだあと、複数の班に分かれてスタジアム見学。新設の観客席以外にも普段は入れないようなバックスペース、マスコミエリアなど新しくなったスタジアムを回り、実際にスタジアムを体験しながらアイデアをメモしていきます。スタジアムツアーのあと、戻ってきたファンは班ごとに提案を話し合い、アイデアをまとめます。膝を突き合わせて活発な議論が行われ、まとめたアイデアを各班ごとにプレゼンし、チームやゲストスピーカーが講評を行ってこの日のプログラムは終わりました。

スポーツ共創と顧客サービスのソリューション

ここで印象に残った提案をピックアップすると、以下のようなアイデアが出ていました。

・豊富なスペースを利用した子ども向けのスタジアム内での職業体験
・遠征時のビジター球場でのパブリックビューイングを行うとともに新応援の練習イベント
・新設部のオープンスペースを活用したランイベント
・記者席を利用した大学のサテライト利用
・空きキッチンを利用した料理教室+新スタジアムメニューの開発
・横浜名物の店舗を稼働させて、横浜全体の観光巡りの拠点に

一見して、視点も内容もバラバラであることがわかります。一方で共通していることとして、チームに何かをやってほしいといった一方的要望ではなく、ファン自身が参加して、自分ならこう使うといった利用当事者が見える提案が多かったことです。こうしたアイデアを出すワークショップの場合、一般的な顧客サービスにとどまりがちで、その具体的な利用者の姿が見えてこない場合がほとんどです。ところがより深く対象にコミットする(関わる)「共創」の仕組みでは、アイデアを出す自分自身が同時に利用者でもあるため、その顧客イメージがつかみやすいともいえます。

こうしたマーケティング方法の場合、特殊なアイデアに偏ってしまうのではないかと懸念される人もいるかと思いますが、近年、ペルソナ分析に代表されるような具体的顧客イメージをつかむマーケティング手法は、より詳細なサービスデザインにつながるとして採用されるケースが増えています。この際に限られたスタッフだけで考えていると、どんな顧客イメージを当てはめるかでまず悩んでしまいますし、実在しない顧客イメージはむしろ偏った特徴を持ってしまうことがしばしばあります。「共創」によるメリットとして、アイデアのつくり手を利用者が兼ねることで、具体的な利用者イメージをつかみ、リアリティのあるサービスデザインにつなげることができる部分があるかもしれません。

またこうしたアイデアについて、素人が考えた浅いアイデアだと批判する人もいます。こうした考えは大きくは間違っておらず、ほとんどのアイデアはどこか足りない部分やあと一歩といったものが多いのも確かです。一方で、実際の現場でのアイデアの出し方はどうでしょうか。人にもよるかとは思いますが、何か劇的に素晴らしいアイデアが生まれるケースはまずめったになくて、まずは誰しもが考えそうなアイデアをたくさん積み上げることから始まり、それらを取捨選択することでより良いアイデアになることがほとんどです。この時、多くのバリエーションを持ったアイデアによる積み上げがとても重要になります。似通ったアイデアではダメで、違った視点で異なった考えの積み重ねがより良いアイデアを生みます。だからこそ、より多くの人、より違った視点の人を集めてアイデアを出したほうが合理的かつ効率的といえます。一人ひとりの個性、すなわち「独創」性が集まる中でアイデアが昇華される仕組みが「共創」の特徴といえるかもしれません。

こうした横浜での共創的取り組みが、何か大きなカタチとなるかというと、目に見えるカタチではなかなか現れないかもしれません。しかし、横浜公園の公共スペース利用やエリアマネジメントによるにぎわいづくりなどの高度な官民連携は、行政やチームの辣腕によるトップダウンな施策というより、市民と共に地域をつくる草の根的な活動に根ざしたボトムアップによる施策が、結果としてプロ野球を核としたコミュニティ形成や市民参加による公共サービスの検討につながっていることがわかります。

(参照リンク:「Next Ballpark Meeting #2 -試合がなくても楽しめるスタジアム」イベントレポート

<了>

【連載第6回】なぜサンガスタジアムに多くの批判が寄せられたのか? 専門家に訊く「建築×寄付」の可能性

【連載第4回】新国立は「時代遅れ」になる? カギとなる「街と一体化」は欧州最新スタジアムでも 

【連載第3回】新国立は「時代遅れ」になる? カギとなる「街と一体化」は欧州最新スタジアムでも 

【連載第2回】新国立から外された「開閉屋根」は本当に不要だった? 専門家に訊くハコモノにならない方法 

【連載第1回】新国立は割高? マツダスタジアム設計担当者が語る「リーズナブルなスタジアム」とは

なぜプロ野球はMLBに観客数で勝ってチケット収入で負けるのか? 専門家が解説する仕組みの違い

この記事をシェア

KEYWORD

#COLUMN

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事