
23歳・新卒2年目監督が挑んだジャイキリの夢。6部・福山が描いた「J1撃破」への緻密な筋道
毎年多くのジャイアントキリングが起き、サッカーファンの一喜一憂を生む天皇杯。6月6日〜16日の間に行われた第101回大会の2回戦でも多くのJクラブが足元をすくわれた。
J1勢もサンフレッチェ広島が1対5という衝撃的なスコアでおこしやす京都ACに敗れ、FC東京は順天堂大学に、横浜F・マリノスはHonda FCに、横浜FCはヴァンラーレ八戸にそれぞれ競り負けた。無敗でJ1首位を快走する川崎フロンターレでさえも、AC長野パルセイロ相手にPK戦までもつれている。
そんな中、「天皇杯でのJクラブ撃破」を今季のクラブの目標の一つに掲げ、若き指揮官・小谷野拓夢が率いる福山シティFCは、J1・清水エスパルスを相手に果たしてどのような試合を演じたのだろうか?
(文・撮影=宇都宮徹壱)
「天皇杯でのJクラブ撃破」を本気で目指していた福山
「すべてを出し尽くした。それが、率直な感想です。やりきった感があるので、後悔もないです。選手についても、いい戦いができていたし、準備していたゲームプランをしっかり表現できていました。あとは監督である自分が、もっと成長していかないといけないですね」
福山シティFCの小谷野拓夢監督は、4日前の清水エスパルス戦をこのように総括した。6月9日、IAIスタジアム日本平で開催された天皇杯2回戦。広島県代表の福山は、90+2分の失点により0−1で敗れている。
この2回戦では、6試合で都道府県代表が勝利しており、そのうち5チームがJFL以下のアマチュアであった。J1のサンフレッチェ広島が、1−5という派手なスコアで敗れる波乱もあり(快挙を成し遂げたのは関西リーグ1部所属のおこしやす京都AC)、福山の善戦はほとんど顧みられることはなかった。
しかし私が2回戦の中で最も注目したのが、この清水vs福山というカードであった。なぜなら福山は、今季のクラブの目標の一つに「天皇杯でのJクラブ撃破」を明確に掲げていたからである。
「相手はJ1で、われわれは県1部。カテゴリーが5つ違えば、選手個々の差は当然あります。それを組織でどう打開するか。自分たちの手持ちの武器で、相手に通用するのは、後方からの丁寧なつなぎです。それを(試合の中で)どう生かしていくかを考えました。清水については、4-4-2でも3-4-3でも、高い位置からプレッシングしてくるのは変わらない。ただし、粗さみたいなものも感じていました。付け入る隙があるとすれば、そこじゃないかと」
5月23日の1回戦で松江シティFCに勝利してから、小谷野監督は徹底的に清水を分析。リーグ戦とJリーグYBCルヴァンカップ、さらにはJエリートリーグの試合まで、全15試合をスカウティングしている。清水の全選手の特徴を把握し、4-4-2でも3-4-3でも対応できるよう、緻密なトレーニングを重ねた。そして前日の14時にチームバスで静岡市に到着すると、相手がサブ中心でくることを想定した前日練習を行い、決戦の時に備えた。
予想に反して「ガチなメンバー」だった清水
「広島県から第2のJクラブを目指す」福山シティFCにとり、天皇杯は自らの存在をアピールする重要な大会である。
前回大会は、準々決勝までJクラブが出場できなかったとはいえ、2回戦から出場した福山は地域リーグ所属の4チームを撃破。J3王者のブラウブリッツ秋田には1−3で敗れたものの、初出場の県1部所属クラブが「ベスト6」に上り詰めたことは全国的な話題となった。そして当時、新卒1年目の22歳という格段の若さもあって、小谷野監督自身も大いに注目されることとなった。
若き福山の指揮官が標榜(ひょうぼう)するのは「攻守において主導権を握るサッカー」。GKを含めた守備陣が自陣深くから正確なパスワークでビルドアップし、相手を動かし空いたスペースを生かしながらボールをつなぎ、そしてフィニッシュするというスタイルである。そのスタイルを下支えしているのが、小谷野監督自身による緻密(ちみつ)なスカウティング。しかしキックオフ2時間半前、いきなり出鼻をくじかれることになる。
「先に会場に入っていたコーチの山根(一真)から、相手のスタメンについて知らされたのが16時30分でした。てっきりサブ中心でくると思っていたら、ガチなメンバーだったので思わず武者震いしましたね。予想はハズしてしまいましたが、そこから吹っ切れて覚悟を決めました(笑)。ただ、選手の並びは試合にならないとわからない。ですので、選手には4-4-2と3-4-3、それぞれの対応について、もう一度整理した上で伝えました」
アイスタのピッチに並んだ清水の布陣は3-4-3だった。小谷野監督が選手に注意したのが、右の中山克広と左の西澤健太の両ワイド、そして前線の鈴木唯人とチアゴ・サンタナである。実際、この4人を攻撃の核として、前半の清水は福山を圧倒した。対する福山は、ボールを回せるのは基本的に自陣限定。清水にしてみれば、前線から圧力をかけ続ければ相手のパスワークにほころびが生じ、そこから容易にチャンスを見いだせる──。しかし、前半の福山はなんとか相手の猛攻をしのぎ切り、0-0でハーフタイムを迎える。
「前半は『0-1で折り返してくれれば』と考えていました。よくぞ0-0で持ちこたえてくれたと思っています。ゴール前での守り方も整理できていたし、去年の秋田戦のようなセットプレーでの失点もありませんでした。最初の15分間はかなり押し込まれていましたけれど、そこからは自分たちが準備してきたことを、しっかり発揮できていたと思います」
なぜ交代カードをセーブしていたのか?
ハーフタイムでの小谷野監督の指示は「自信をもって、このままの戦い方で」。福山の基本陣形は4-3-3だが、右FWの隅田航に替えて深田竜大を投入。これは予定どおりの交代だった。
「深田を入れたのは攻撃の活性化、特に相手の背後(を突くこと)を選択肢に加えるのが目的でした。(清水の)3バックの左の福森(直也)選手が、直近の3試合にフル出場していたので、足が止まったらチャンスだと思いました。心理的にも、こちらにアドバンテージがあると考えていました。何しろカテゴリーが5つ下の相手に、得点どころかボールもなかなか奪えなかったわけですから」
後半の清水は、前半以上に攻撃の圧を強めていく。福山のディフェンスラインは高さがないため(4バックの平均身長は177センチ。GKの児玉潤も175センチ)、セットプレーやクロスも有効と思われた。これに対して福山は、的確にシュートコースを切って完璧にブロック。失点につながりそうなミスも1つだけだった。攻撃面では、チャンスの数こそ限られていたものの、縦方向のロングパスから後半だけで4本のシュートを放っている。
対象的だったのが、両監督のベンチワーク。清水のミゲル・アンヘル・ロティーナ監督は、ハーフタイムで2名、そして65分と72分と87分に選手を入れ替えている。これに対し、小谷野監督が後半でカードを切ったのは87分の1枚のみ(吉井佑将→藤井敦仁)。いささか消極的なようにも見えるが、当人はこのように説明する。
「相手のベンチにいる攻撃的な選手のうち、金子(翔太)選手は後半の頭から、指宿(洋史)選手は65分から出場していました。それに対して、後半のウチの交代カードは(87分の)1枚だけ。同じタイミングで、清水も5人目の選手交代をしています。このまま延長戦になれば、交代枠は1枚追加されますが、チャンスは1度だけ。ウチは3回の交代のチャンスが残っていて、あと4人をピッチに送り込むことができます。延長にまで持ち込んだら、必ず勝機があると考えていました」
しかし90+2分、ついに清水が福山のゴールをこじ開ける。途中出場の滝裕太がドリブルで持ち込み、パスを受けたチアゴ・サンタナがシュート。いったんはGKの児玉がセーブするも、こぼれ球を原輝綺が右足で押し込んでネットを揺らす。そして、試合終了のホイッスル。その瞬間、23歳の青年監督は、ピッチを思い切りたたいて悔しがっていた。福山は、そして小谷野監督は、心の底からJ1の清水に勝つつもりでいたのである。
昨年の秋田戦とセットで捉えて見えてくるもの
試合後、両チームの監督が言葉を交わす瞬間があった。「いいゲームができるチームをつくりましたね」というのが、清水のスペイン人指揮官のコメント。対戦相手の監督が高校時代、自身の祖国を訪れて17歳で指導者となる決断をしたこと。そして大学時代は、東京ヴェルディやセレッソ大阪での自分の指導を研究していたこと。親子ほど離れた福山の監督に、そんな過去があることを知ったら、ロティーナ監督はどんな感慨を抱いただろうか。
「去年の秋田戦は『もっとできたのではないか』とか『もう一度やりたかった』という思いのほうが強かったです。清水戦については、もちろん負けたのは悔しいですが、『出せるものを出し切った』という意味では後悔はありません。チームとしても、去年と比べて間違いなく進歩があったと思います。自分自身、監督として成長しているという実感はありますし、自分ができるベストな選択を90分間やりきったとは思います。ただし、現時点での限界を思い知らされた試合だったともいえるでしょうね」
今回の清水戦は、昨年12月23日に仙台で行われた秋田戦とセットで捉えると興味深い。この時は相手の圧力に屈して14分で失点。前半のうちに同点に追いつくも、前半終了間際にCKから再び失点を与えてしまい、後半にFKでダメ押しの3点目を決められている。しかし今回はJ1クラブを相手に、90+1分までは互角の状態で戦い続けることができた。昨年の秋田戦から、スタメンが4人しか変わっていないことを考えても「間違いなく進歩があった」という小谷野監督の指摘は十分に納得できよう。その上で、若き指揮官は語る。
「選手たちは、今できる最高のパフォーマンスを出してくれましたが、それをさらに成長させる必要があります。できないことができるようになるより、できることをさらにレベルアップすることを目指していきます。プレーヤーとしても、チームとしても、それぞれ最大値を上げていきながら、来年もまた天皇杯に挑戦したい。そして今度こそ、クラブの目標である『天皇杯でのJクラブ撃破』を実現させたいと思っています」
今季の福山は「天皇杯でのJクラブ撃破」のほかに、「中国社会人リーグ昇格」と「全社(全国社会人サッカー選手権大会)での優勝」という高い目標を掲げている。どちらも十分に実現可能なターゲットといえよう。そして来年は、中国リーグ所属の福山シティFCとして天皇杯に出場して、今度こそJクラブ撃破の夢を達成してほしい。その瞬間を取材者として、現地に立ち会いたいと思っている。
<了>
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