U24代表選出、浦和・鈴木彩艶の台頭は序章に過ぎない。ロドリゲス監督が語る「若手抜擢」と育成改革
納得のできる成績を残し、一方で若手を育成し、選手層を厚くする。さらにその先にある世代交代への準備を行う。どの団体競技のどんなクラブにおいても、時に並行して求められるミッションであり、その実現はどんな名将にとっても至難の業だ。それは昨シーズン、徳島ヴォルティスを率いてJ2優勝&J1昇格を果たし、今季満を持して浦和レッズの監督に就任したリカルド・ロドリゲスにとっても例外ではない。難題に挑むロドリゲス監督は、浦和レッズの改革にどのような青写真を描いているのだろう?
(文=佐藤亮太、写真=GettyImages)
難題に取り組むリカルド・レッズと“若手の台頭”
浦和はこれまで下部組織から、そして高校、大学からも多くの若く有望な選手を獲得してきた。一方で、その選手の多くが出場機会を求め、他クラブに移った。主な理由はいくつか挙げられる。層の厚いレギュラー陣の存在、必要以上に勝利を求められるチームであること、戦術とのギャップ、実力不足……。ただその多くが新天地で中心選手として活躍しているのも事実だ。
最近ではJ1で目下10得点、得点ランキング2位の横浜F・マリノスFWオナイウ阿道(2017年に浦和でリーグ戦1試合出場0得点)。J2では8ゴール、得点ランキング2位の東京ヴェルディFW小池純輝(浦和レッズユース出身。2006年から3シーズン浦和でプレーし、リーグ戦4試合出場0得点)もその好例だ。
浦和は他クラブ以上に常にタイトルを求められるクラブである。チーム事情としても、選手をじっくり育てるほど悠長ではいられないのかもしれない。
そんな中、今季就任したリカルド・ロドリゲス監督はチームをゼロベースでつくり上げ、結果を出しながら、若手育成に着手する。こうした難しいミッションに取り組む姿勢が感じられる。
その一例が4月21日に行われたJリーグYBCルヴァンカップのグループステージ(以下・GS)第3節・横浜FC戦だ。先発は以下の通り。
GK鈴木彩艶
DF宇賀神友弥・工藤孝太・岩波拓也・福島竜弥
MF田中達也・金子大毅・伊藤敦樹・汰木康也
FW杉本健勇・興梠慎三
GK鈴木、DF福島はともに浦和レッズユース出身の18歳。17歳のDF工藤は同ユース所属の2種登録(5月にプロ契約を締結)。MF伊藤(敦)は同ユース出身の大卒ルーキー。またベンチには大卒ルーキーMF大久保智明(2019年、20年特別指定選手)、青森山田高校卒のルーキーDF藤原優大が控えていた。
試合は14分に横浜FCに先制を許したのの、45分、57分とFW杉本が決め、逆転勝利を収めている。
「面白い選手」と評価する工藤孝太に対する“フル出場”の選択
横浜FC戦、試合の見どころはいくつかあった。まずは左サイドバックで起用された福島。1点目、宇賀神からのパスを受けた福島がゴール前の杉本にフリーでクロスを上げてアシスト。そして2点目、福島が右サイドのMF田中へサイドチェンジ→田中のクロスから杉本のゴールが生まれ、その起点となった。
試合後、「1点目はしっかりクロスを蹴りやすい位置にトラップできた」と語った福島は「(工藤)孝太や(鈴木)彩艶とはJエリートリーグでもキャンプの練習試合でも何度もタッグを組んでいたので、(やり慣れた彼らもいるため)特別変わったわけではなかった。ただ、もう少し話し合ってセンターバックとサイドバックの関係性は見直したい」と手応えと反省を口にした。
そしてユース所属選手だった工藤の先発起用。実はこの試合の1失点目は工藤のミスから失点につながっている。このような場合、前半のみの出場となりがちだが、ロドリゲス監督はあえてフル出場を選択した。
その理由として、ロドリゲス監督自身、工藤を「面白い選手」と以前から高く評価しており、エリートリーグでのプレーを見極めた上で強い意志を持ってスタメン起用に踏み切ったことが挙げられる。
「工藤は若い選手だが、こういう選手を積極的に使っていくこと、試合に出てもらうことは大事。与えられた出場機会をしっかりと戦ってくれた」と監督自身、若手を積極的に起用していく意志を改めて示した。
ロドリゲス監督は、ただ出たとこ勝負で先発させたわけではない。
ロドリゲス監督が語る「選手が成長するポイント」
センターバックにおいて、トップチームでの実戦経験の浅い工藤と経験豊富な岩波拓也を組ませている点も興味深い。
こうした組み方は、ルヴァンカップGSの他の試合でも見られる。
GS第1節・湘南戦、藤原・槙野
GS第4節・湘南戦、藤原・阿部
とそれぞれ若手とベテランをセットで起用している。
さらに注目すべき点は、巧みな途中交代がなされていること。
GS第1節・湘南戦 藤原・槙野(→46分[HT]岩波)
GS第3節・横浜FC戦 工藤・岩波(→46分[HT]槙野)
GS第4節・湘南戦 藤原・阿部(→58分岩波)
阿部勇樹、槙野智章、岩波といった選手たちのコンディションを考慮するとともに、若手選手にとっては長く出場でき、さらに1試合でタイプの違う2選手と組んでプレーすることでより質の高い実戦経験を積むことができる。指揮官にとっては一石二鳥、いや三鳥の狙いがわかる。
横浜FC戦後、ロドリゲス監督に“伸びる若手選手”の条件や共通点について話を聞いた。
「選手が成長するポイントはいくつかある。まずは自分自身に高い要求をしながらしっかりトレーニングすることが一つ。そしてフィジカルコンディションを上げることもとても大事。特にパワー系、筋力トレーニングもやりながら力強さを増していくことが大切」
普段のトレーニングに妥協なく取り組み、加えてフィジカルトレーニングでプロ仕様の身体をつくること。
「そして試合。公式戦に出ることによって経験を積むことができ、それがその選手の成長に大きく影響する。ルヴァンカップのような大会が若手にいい影響を与えている。それだけではなく、ハングリー精神、向上心が重要になる。デビューしたところで満足してしまえば、そこで成長が止まってしまう。デビューしたら次は先発メンバーに定着することを目指さなければならない。先発メンバーになったら代表を目指す、代表になったら代表のレギュラーになることを目標にする、といったように、目標は常に大きく、野心を持つことが大事だ」
試合経験の重要さとあくなき野心の重要性も説いている。
そうした選手の姿勢を監督は練習で、あるいはエリートリーグでプレーを見た上で、是々非々で出場を判断している。また「良い選手がいたらすぐに起用する」という環境。監督が示すビジョンと実際の取り組みがほぼ合致していることがわかる。
こうした積極的な若手起用は監督だけではなく、クラブの本気度も不可欠となる。
クラブが手塩にかけ育てた「近い未来の守護神」鈴木彩艶
先ほど挙げた福島や工藤にしても下部組織の育成態勢が整っていなければ、トップチームで通用する選手の供給はままならない。
これは2019年11月、強化体制が変わったことでトップチームとの連携が以前に増して密になった現れの一つだ。
その中で改めて挙げたいのが、鈴木彩艶の存在だ。
今季、ルヴァンカップGSの5試合で先発。リーグでは第13節・ベガルタ仙台戦、第14節・ガンバ大阪戦と2試合連続で先発している。
鈴木は小学生の頃から逸材と呼ばれ、将来を嘱望されていた。以前、聞いた話では高校生になったばかりの鈴木を早くトップに昇格させたいという要請が下部組織から繰り返しあったという。約10年間、浦和がクラブの総力を結集して手塩にかけ育てた「近い未来の守護神」こそが鈴木である。
安定したセービング。的確なコーチング。正確なロングフィード。それらを支えるのは自身が「元からの性格」と語る、その落ち着きぶり。18歳にしてすでに完成されたGKとの高い評価を受けつつある。それでも「(今のGK陣の中では)自分が一番下」と自らを律していることもまた鈴木らしい。
そして鈴木の周囲にはお手本とする西川周作の他、経験豊富な塩田仁史。そして付きっきりで指導にあたる名伯楽・浜野征哉GKコーチの存在が大きく、万全の体制で徹底した英才教育を受けている感もある。
絶対的な守護神・西川をベンチに座らせて18歳でのJリーグデビュー。初出場とは思えない落ち着きぶりと好セーブでクリーンシートを達成。多くの人に驚きをもたらせた鈴木のリーグ初陣。周りから見ると思い切った抜擢だと見えたとしても、実はチームからすれば満を持しての起用だったのかもしれない。
経験豊富なレギュラー陣との実力差を埋めるための「青写真」
求められる世代交代に少しずつ舵を切ろうとするクラブ。
次世代を背負う若き選手たちについて、宇賀神友弥はルヴァンカップGS第4節・湘南ベルマーレ戦後の会見でこんなことを話している。
「(若手選手の起用は)18歳、19歳の時の自分と比べれば、すごいこと。落ち着いてプレーしていたが、まだまだ足りない部分がある。今日の試合(に出場した若手)は後ろの選手が多いので、前の選手をコントロールしなければならない。もっと自信を持ってストロングポイントを出してほしい。そうしたものを引き出すのも僕の仕事だと思う」
とはいえ、プロになり日の浅い、いわゆる若手選手でレギュラー格、あるいはレギュラー格になりつつあるのは、先ほどの鈴木、伊藤(敦)に加え、ケガ明けのMF武田英寿くらい。経験豊富なレギュラー陣との実力差はまだまだ存在する。
できればルヴァンカップ・プレーオフステージ、その先のプライムステージへ。また6月9日から始まる天皇杯を、若手を多く起用した編成で戦い、勝ち進んでほしい。
数年後の浦和レッズの青写真が見えてくる、そんな今シーズンになるかもしれない。
<了>
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