
新生リカルド・レッズが歩む上々の船出 主力放出・規律違反でも示す「浦和を背負う責任」とは?
相次ぐ主力選手放出、中心選手の規律違反……。まれにみるドタバタ劇からスタートした今季の浦和レッズ。それでもクラブは数年先を見据えながら、毅然とした姿勢で臨むことで今後に期待を抱かせる再出発を歩もうとしている。変わりつつあるクラブが示す「浦和を背負う責任」とは?
(文=佐藤亮太、写真=GettyImages)
阿部勇樹が語る「サッカーが楽しい」が示す意味
明治安田生命J1リーグ開幕戦、浦和レッズはFC東京をホーム・埼玉スタジアム2002に迎え、1-1で引き分けた。90分間の攻防から多くの希望が感じられた上々の初陣となった。
チームはキャンプから開幕まで公開・非公開あわせ、6試合、トレーニングマッチを行った。開幕直前、総仕上げとなる完全非公開の練習試合は内容が悪かったと耳にしていただけに不安もあったが勝点「1」をもぎ取った。
浦和は終始、主体的なサッカーを展開した。間断なく繰り返されたプレッシングと即時奪取。これはリカルド・ロドリゲス監督の味付けはあるが、苦しかった咋シーズン、1年かけて練り上げた大槻毅監督の置き土産であることを忘れてはいけない。もちろんリカルド・サッカーの体現はまだまだ道半ば。その特徴である相手を陽動する攻め方の浸透にはまだまだ時間がかかりそうだ。
スタメンはトップ下にFC琉球から加入したMF小泉佳穂、右MFには栃木SCから加入のMF明本考浩ら昨季J2で活躍した選手が存在感を示し、ボランチには大卒ルーキーMF伊藤敦樹が先発フル出場。それぞれ及第点のプレーを見せつつ、さらなる伸びしろを感じさせた。
今季の補強は強化部と監督の要望をミックスさせて実現した。一部で編成がスケールダウンしたという声もあったが、数年後を見越した適材適所の補強と評価したい。
何より良かったのがキャプテンマークを巻いたMF阿部勇樹のプレー。昨季はケガに泣いたが40歳を迎える今季も抜群な安定感は健在。74分、コーナーキックからの先制点もさることながら、嬉しかったのが試合後の会見の言葉。普段多くを語らない阿部が周囲への感謝とともに滑らかに、にこやかに「サッカーが楽しい」と繰り返し語ったことが印象に残った。阿部の言葉、表情からいまのチームの雰囲気の良さが十分伝わる。
また3月2日、YBCルヴァンカップのグループステージ第1節・湘南ベルマーレ戦ではGK鈴木彩艶をはじめMF大久保智明、DF藤原優大、DF福島竜弥ら若手が先発出場。結果はスコアレスドローだったものの、難解とされる戦術がチーム全体にある程度、均等に浸透し始めていることがわかった。
1-1、0-0と公式戦2試合連続引き分けながら、ここまで肯定感が高いのは、このオフシーズン、近年まれにみるドタバタ劇があったことにほかならない。
ロドリゲス監督はトップ下の第一候補に柏木を据えていた
昨シーズン終了後、MF長澤和輝、MFエヴェルトン、MFマルティノス、MF青木拓矢ら主力が次々と移籍。今年1月31日には生え抜きのDF橋岡大樹がベルギーのシント=トロイデンへの期限付き移籍を発表。2月22日には昨季11得点とチーム内得点王だったFWレオナルドの中国・山東魯能泰山への完全移籍が発表された。
さらにクラブは沖縄合宿中、MF柏木陽介、FW杉本健勇が規律違反行為をしたとしてその処分を2月10日に発表。違反行為が繰り返された柏木には同月16日、他チームへの移籍で合意したと発表。事実上の退団となった。
ロドリゲス監督は4-2-3-1のトップ下のポジションの第一候補に柏木を据えていたと聞く。柏木中心のチームにとすら思い描いていたかもしれないほど意中の存在だった。
2010年にサンフレッチェ広島から加入以来、柏木は監督が代わってもチームの要であり続けた。しかし、リーグ30試合に出場した2018年以降、2019年は17試合、2020年は9試合にとどまるなど、ケガや起用法を理由に出場機会はめっきり減っていた。それだけにロドリゲス監督は柏木にチームの要としてのアイデンティティを取り戻させるべく腕をまくっていたはずだ。
そこでクラブから公表された2度の規律違反行為。出鼻をくじかれた監督としてはかける期待を裏切られたばかりか、すっかり構想が崩れてしまった。「今回の行動は受け入れることができない」と怒りをあらわにするのは無理もない。
今回の処分についてかつて浦和に在籍経験のある選手は「本当にもったいない」と残念がる一方で、その選手がこれまで感じた「選手はサッカーさえしていればいい」というクラブの姿勢が要因だと指摘した。クラブの役割は在籍する選手が練習や試合で100%の力を発揮できるように環境を整えることだ。しかし、その役割も度が過ぎれば、選手に対して過保護になりかねない。
「繰り返しこのような行動をしてしまった選手がいるということに対して、私が見る限り、クラブの中にも疲れを感じている人たちがいるように思う」ロドリゲス監督の言葉からは昨年の写真週刊誌報道のほかにも、これまでいくつか規律違反に準ずる行為があったのかと勘繰りたくなる。
たしかに柏木本人に甘さはあった。ただ「選手はピッチの中で結果を出せばそれでいい」という姿勢を長くクラブが取り続けていたならば、柏木だけの問題ではなくなる。
毅然とした姿勢で示した「浦和を背負う責任」
そんな中、2月16日、戸苅淳フットボール本部長はオンライン会見で柏木に対して「他チームへの移籍の合意」と毅然とした姿勢を示したのは、クラブのルールである「浦和を背負う責任」に則ったからだろう。
選手は何のために戦い、浦和レッズは誰のために存在して、どれほど多くの人たちに支えられ、愛されているのかを肌で感じ、実践すること。
「家族の存在、チームがサポートしてくれて、いろんな方がパワーをくれる。何とか恩返しできればという思いがモチベーションになる。笑顔を見られるように頑張りたい気持ちが動かしている」
奇しくも開幕戦後の阿部勇樹の言葉が思い出される。これこそ浦和を背負う責任の表れではないか。
また今回のことはクラブとしては悪いニュース。影響を最小限に抑える選択肢として内部処理にとどめる、あるいは公表してもリリース1枚で済ませることもできたが、クラブはそうしなかった。「当たり前のことじゃないか」とせせら笑われるかもしれないが、案外、できないこと。悪影響のあることでもしっかり伝える姿勢を見せた。
この背景には広報・メディアプロモーション部のさまざまな交渉、折衝などの尽力があった。
例えば、2月13日に行われた浦和レッズ公式YouTubeチャンネルでLIVE配信されたSC相模原との練習試合前、立花洋一代表、西野努テクニカルダイレクターが今回の処分について、経営状況について、この時点では決まっていなかったレオナルドの移籍について、進捗状況をファン・サポーターに画面を通じて伝えたのもその一つ。
また広報・メディアプロモーション部担当者は会見の最後にメディアに向けて「社会・地域に浦和レッズが明るいニュースを届けられるように」と必ず一言添える。今回の一件は真逆のことではあるが、だからこそ伝えなければならない。そうした強い姿勢がうかがえた。
「浦和を背負う責任」のもと、少しずつ変わろうとするクラブ。そして「3カ年計画」の2年目として新監督のもと、船出をしたチーム。選手を含めたチームが良くなれば、クラブもよくなる。その逆もまた真なりの関係。
コロナ禍で開幕戦の埼玉スタジアムは入場制限下での開催となった。いつの日か、再び満員のスタジアムへ。そのための一歩とすべく、期待と不安の2021シーズンが始まった。
<了>
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