
なぜ浦和・槙野智章は、叩かれてもSNSを続けるのか? 海外も絶賛「バカげた動画」の信条
日本代表では5人の監督からコンスタントに招集され続け、浦和レッズではアジア制覇の立役者に。サッカー選手として確かな実力を持ちながら、積極的にSNSを活用し、他の選手には思いもつかないようなエンターテインメント性の高い投稿を繰り広げる。時には辛辣(しんらつ)な批判を受けながらも、それを歓迎してみせる。なぜ槙野智章はSNSを続けるのか? その答えは明快だ。揺るがない信念があるからだ――。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
アメリカでも絶賛された「リフティングしながらテーブルクロス引き」
独特の発想にあふれた世界が広がっている。リフティングする動画を自身のSNSへ投稿するサッカー選手はいても、流れのなかで食器を載せたテーブルクロス引きに挑むのはこの男しかいない。いすに座ってリフティングしながら、使っていない足でテーブルクロスを引く動画にも笑わされた。
真っ赤なフンドシ一丁の姿でミーティング中の仲間たちに加わり、軽快な音楽に合わせて小刻みに腰を左右に振る。最後に腰に両手を当てながら振り向き、いたずら小僧のような笑顔を浮かべる動画をInstagram(@makino.5_official)越しに見たときには、以前に槙野智章から聞いた言葉を思い出した。
「キックオフ前にみんなをリラックスさせるために、あえて面白い下着をはくこともあります。柄物もあるし、ヒモパンもあるし、なかには『それってどこで買ったの』と思われるような際どいものもあります。それらをロッカールームで見せて、笑いが起きると『あっ、今日は勝ったな』と。逆に笑われなかったときには『あれ、みんな大丈夫かな』と思ったりしますね」
浦和レッズのチームカラーにちなんだ真っ赤なフンドシは、槙野をして「際どいもの」と言わしめる、究極のアイテムの一つなのだろう。ファンやサポーター、そしてメディアからはうかがい知れないエリアで、奇抜な立ち居振る舞いを演じている理由はもちろん勝利にこだわっているからだ。
「僕の姿を見て笑えるのは、それだけ心に余裕があってリラックスできている証拠ですから。逆にキックオフまでまだ時間があるのに力みながら着替えるとか、準備をしている若手は、いざ試合になるとやっぱりいいプレーができない。だからこそ、一度リラックスさせるというか。まあ、物珍しい下着姿になって、わあわあ騒いでいる僕もおかしいですけどね」
サッカーを盛り上げたいから、選手をもっと知ってもらいたいから
新型コロナウイルス禍に見舞われ、サッカーが見られなくなって久しい状況だからこそ、槙野が投稿する動画の数々は世の中に巣食う閉塞感を吹き飛ばしてくれる。テーブルクロス引きに挑んではすべて失敗するシリーズはアメリカにも伝播。スポーツ専門局ESPNでコメンテーターから称賛された。
「このバカげた動画こそ、私たちがいま求めているコンテンツだ」
国境や文化、言語、そして風習を越えて笑いを共有した槙野は「海を越えちゃって申し訳ないです」と苦笑する。真っ赤なフンドシ姿が収められた動画の再生回数は26万回(5月9日時点)を超えているなかで、素朴な疑問が頭をもたげてくる。一線を画す内容のSNSを、槙野はなぜ発信し続けるのか、と。
「サッカー選手というくくりのなかで、もっとサッカーを盛り上げていく、もっと僕たちのことを知ってもらう、もっとスタジアムへ足を運んでもらうための最高のツールとして使っている感じでしょうか。ただ単に自分がどうこうを発信するためではなくて、浦和レッズにはこういう選手がいますとか、いまはこんな刺激をもらっていますといったことを、槙野智章という人間を介していろいろな人により広く知ってもらうために発信をしているつもりです」
他の選手たちに先駆けて動画を駆使するなど、誰よりもSNSを積極的に活用するアスリートとして、槙野は真っ先に名前を挙げられてきた。2月下旬からすべての公式戦が中断を強いられ、緊急事態宣言が延長されたなかで、予断を許さない状況が続く今シーズンは新たな思いも加わっている。
「どのようにすれば、さまざまな方々へ元気や勇気、そして笑顔を届けられるのかを考えて発信しています。フォルダーのなかにストックされている、いろいろな写真や動画をただ単に投稿するのではなくて、テロップや音を入れてうまく編集をかけることで面白さがより伝わればと考えています」
真っ赤なフンドシ姿の動画も、コメントとして「コレは出さないでおこうと思っていた。だが、その箱は今開けられた…赤フンドシの槙野劇場をご覧あれ。しかし身体作れてるなぁ」(原文ママ)とつづられている。サービス精神をとことん貫くなかで、自らの立ち位置もしっかりと見極めている。
「サッカーのテクニックならば、乾貴士選手や宇佐美貴史選手が発信した方が子どもたちを含めてダイレクトに伝わる。ビジネストークになれば、本田圭佑選手が発信した方が面白い。じゃあ槙野は何をすればいいのかといえば、サッカー選手だけどちょっとバカなことをする。芸人さんではないので、面白いことにサッカーをプラスアルファすることで、いろいろな方々が喜んでくれるんじゃないかと」
失敗を恐れて守りに入るのではなく、チャレンジして何度も失敗を積み重ねる
新型コロナウイルスに襲われる前も、未知の敵と戦っているいまも、そして乗り越えた後も。あくまでもサッカーに軸足を置いた上で、あれこれと思いを巡らせるスタンスは変わらない。そして、槙野へ向けられる視線や言葉のなかにも以前と変わらない、辛辣な批判も含まれている。
「使い方や発信の方法などを間違えてしまえば自分が追い込まれ、あるいはマイナスに見られても仕方のないツールでもあるとも思っています」
槙野からこんな言葉を聞いたのは、30歳になった直後の2017年5月下旬だった。ヴァヒド・ハリルホジッチ監督に率いられる日本代表にも継続して招集され、悲願でもあったFIFAワールドカップ初出場を目指していた当時から毎日のように届く辛辣な反応へ、槙野は逆に感謝の思いを抱いていた。
「そういう人がそういう声を上げてくださるほど、自分もやってやろうと思える。もちろん『頑張れ』と言われるのは非常にうれしいですし、そのたびに『ありがとうございます』と返しています。ただ、厳しい言葉がなかったら、おそらく僕はここまで来られていません」
七転び八起きのサッカー人生を歩んできた、と槙野は屈託なく笑う。サンフレッチェ広島ユースからトップチームへ昇格して2年目の2007シーズン後半から定位置をつかむも、チームはJ2へと降格した。1年ほど在籍したブンデスリーガのケルンでは、リーグ戦で8試合しか出場できなかった。
サンフレッチェ時代の恩師、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督に率いられるレッズでも、忘れられないプレーがある。2016シーズンのチャンピオンシップ決勝第2戦。痛恨のPKを献上して鹿島アントラーズに逆転負けを喫し、手中に収めかけていた年間王者のタイトルを逃した責任に唇をかんだ。
ワールドカップへの挑戦も然り。岡田武史監督のもとで臨んだ、2010年の南アフリカ大会は予備登録メンバーに甘んじた。コンスタントに招集され続けたザックジャパン(アルベルト・ザッケローニ監督体制)では、ブラジル大会前年の2013年9月を最後に軌跡が途切れた。三度目の正直で、31歳にしてロシア大会代表を射止めた。
「失敗している人こそ説得力がある、と僕は思うんです。むしろ失敗することを恐れて守りに入っていたら、その人が発する言葉は面白くないはずなので。その意味では僕はいろいろなことにチャレンジして、何度も何度も失敗を積み重ねて、さまざまなことを言われながらここまで這い上がってきた。だからこそいろいろな発信ができると思っているし、自分に対してアンチ的な方々を含めて、見てくださる人がいるということは僕にとってはすごく幸せなことだといつも思ってきました」
再開後の逆襲を誓う。コロナ禍を機に徹底的にトレーニング
自らのサッカー人生をこう語っていた槙野はいま、レッズでも逆境に直面している。3バックから4バックへと変わった今シーズン。中断前に行われたYBCルヴァンカップのグループステージ初戦、そしてJ1リーグ開幕戦で、キックオフを告げる笛をベンチで聞いている。
「いい刺激に、いい危機感になっていますよ。ベンチに座っているのは個人的には面白くないし、試合に出てなんぼだと思っているので、再開したときにベンチでくすぶっているわけにはいきません」
捲土重来を期すためのヒントを、日本代表で苦楽を共にしてきた海外組に求めた。同じセンターバックを主戦場とする、1つ年下の吉田麻也(サンプドリア)がSNSで発信しているトレーニング内容に触発され、コンタクトを取った成果として上半身を徹底的に鍛えている。
「ここ数年、長い休みがなかったことで自分が目を背けていたトレーニングや、弱いところに関して時間を割くようにしています。このネガティブな状況のなかでもポジティブに考えなければいけない部分はたくさんある。自分を見つめ直す意味ではすごく貴重な時間だと思っています」
自宅待機が続くなかでの近況を明かしてくれたのは、オンライン会議アプリ『Zoom』を介して4日に行われた、レッズが主催する合同取材だった。午前中をチーム全体のオンライントレーニングや個人トレーニングに、午後をeラーニングでB級コーチ養成講習会を受講し、現役引退後の夢として掲げる監督業への準備を進めている槙野は、週明けの11日に33回目の誕生日を迎える。
「僕のなかで33歳がベテランだとは思っていないので。若い選手たちと同じぐらいサッカーに対して貪欲に取り組んでいるので、まだまだ世代交代という波にのまれるわけにはいかないですね」
「逃げ出したくなる状況でも、自分が先頭に立ちたい」槙野が掲げる信条
ファーストプライオリティーを、レギュラー再奪取を狙う現役選手に置く槙野は空いた時間をSNSの編集作業に充てている。面白いと称賛されるだけではない。強烈な逆風にも遭うなかで、それでも自分が決めたスタンスを貫く理由は、3年前に聞いたこの言葉に凝縮されている。
「いろいろなとらえられ方があると思うんですけど、普通ならば逃げ出したくなるようなシチュエーションになるほど、自分が先頭に立ちたいという姿勢を大事にしてきたつもりです」
ワールドカップで3大会続けてゴールおよびアシストを記録した本田圭佑(ボタフォゴ)は、サッカー人生でビッグマウスを放ち続けてきた理由を、あえて逃げ道をなくすことでいい意味でのプレッシャーを自分にかけて、周囲を驚かせる力を導き出す状況をつくり出すことに帰結させていた。
プレッシャーをかける手段こそ異なるものの、槙野が歩んできた道からも同じ思考回路を感じずにはいられない。競技人生の刹那でまばゆい輝きを放つために、すべてのアスリートに共通するマインドといっていいかもしれない。そしていま、槙野の視線はSNSを介した新たな発信へと向けられている。
「浦和レッズの選手だからこそできて、関わる方々に喜んでもらえることとして、試合に勝った後にみんなで歌う『We are Diamonds』をチーム全員でパートごとに分けて歌い、ファン・サポーターの皆さんへ届けたいと提案させてもらいました。外国籍選手を含めたみんなが『やりたい』とか『そのアイデア、いいですよね』と言ってくれたので、いま動いているところです」
それぞれが歌う姿が収められた動画に編集作業を施し、一つのストーリーに昇華させるのはもちろん槙野の仕事となる。レッズのアンセムがどのような形で目に見えない敵、新型コロナウイルスを乗り越える思いを共有するためのスペシャルバージョンに生まれ変わるのか。サッカー界で右に出るものはいないSNSのインフルエンサー、槙野が繰り出す奇想天外なアイデアがいまから待ち遠しい。
<了>
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