「浦和を背負う責任」とは? サポーターと共に闘った闘莉王、那須が顕示した再建の礎
AFCチャンピオンズリーグでは決勝に進出したものの、明治安田生命J1リーグでは14位と低迷した浦和レッズ。
定まらない戦術プラン。なかなか進まない世代交代。そして減少傾向にある観客動員数。
かつての浦和レッズ・ブランドを失いつつあるいま、2020シーズンは現状を変える抜本的な変革期にしなければならない。
(文=佐藤亮太、写真=Getty Images)
原点回帰で見据える「3年で優勝を果たせる陣容」
出直しと言うべきか、ここ数年の清算への一歩と言うべきか……昨年12月、浦和レッズは新強化体制の記者会見が行い、立花洋一代表をはじめ、土田尚史スポーツダイレクター(以下SD)ら新強化スタッフが並んだ。
30分にわたる会見の印象はどこか抽象的な表現が目立ち、いま一つ詳細が伝わらなかったが、その中でわかったことがある。これから浦和が目指すサッカーの2つの骨子だ。
1つは「2点取られても3点取り返すサッカー」。
2つめは「ゴールに向かって前進し続けるサッカー」。
目新しいコンセプトのようにも感じるが、実は違う。
「2点取られても3点取り返すサッカー」は、3-4-3の攻撃スタイルを敷いた故・森孝慈監督のサッカーであり、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督時代も当てはまる。
また「ゴールに向かって前進し続けるサッカー」は犬飼基昭代表が在任期間中、提唱した「速く・激しく・外連味(けれんみ)なく」に通じる。当時、犬飼代表はこのサッカーを実現できる監督をリストアップ。面談したうえで監督にギド・ブッフバルト氏、また監督候補者にも名前が挙がっていたゲルト・エンゲルス氏をコーチに招聘した経緯がある。
さきほど挙げた2つのコンセプトは、決して新しい方向性ではなく、いわば浦和レッズの原点回帰なのである。
会見で語られた「勝つだけでなく、見て楽しい魅力的サッカー」。これをベースにクラブは強化部が宣言した「3年でリーグ優勝を果たせる陣容」をいまから整えなければならない。
失いつつある「浦和レッズ・ブランド」
会見で土田SDは補強ポイントを「FWとDF」と明言するなか、我々から見て、補強は思うように進んでいない。昨年末、アルビレックス新潟からJ2得点王のFWレオナルドを獲得。期限付き移籍中のMF伊藤涼太郎が復帰。「柏木陽介の後継者」青森山田高校のMF武田英寿の加入が内定している。
その一方、オファーを出したとされる湘南ベルマーレDF杉岡大暉、サガン鳥栖MF原輝綺、大分トリニータMF小塚和季に断られたと報道された。それ以降、1月7日現在まで獲得リリースはない。土田SDが「契約年数がまたがっている選手が多い」と話したように、チーム編成を切り替えたくてもできない現状も浮き彫りになった。
これまで他チームの選手が浦和に加入する理由はいくつかあった。浦和でレギュラーを取って自身の力を示したい。あるいはミハイロ・ペトロヴィッチ監督のときのように「あのサッカーを体感したい」「あの監督のもとで成長したい」というケース。ドイツ2部・シュトゥットガルトに在籍する遠藤航のように注目度の高いクラブでプレーして海外挑戦への足掛かりとするケース。もちろん、多くの年棒をもらいたい、プロとして格を上げたいということもある。
その中で、杉岡や原のように将来の有望株がなぜ加入しなかったのか? 将来設計、自チームへの愛着はもちろん、昨季、浦和の成績低迷や来季、AFCチャンピオンズリーグに出られないこと。ここ数年、主力選手が変わっておらず、出番が減る恐れなどが考えられるが、最大の問題は、クラブが選手側にそれ以上の価値や指針を提示できなかったことにある。
現役引退した2人のレジェンドが語る金言
では、浦和にはどのような選手が求められているか? そのヒントが昨季限りで現役引退した2人の選手の言葉にある。
「(サポーターとは)時に檄を飛ばし、時に檄を飛ばされ、真剣に向き合ってきた」。引退会見でこう語ったのは田中マルクス闘莉王だ。
その熱情、その激情ゆえ、サポーターと言い合うこともしばしば。浦和在籍時には試合翌日、クールダウンのためピッチをランニングしていたはずの闘莉王が、気づけばフェンス越しのサポーターと言い合いになり、「おい、次の試合で必ず男(漢)を見せてやる!」と激しい口調で言い放っていた。それでも「最後の最後にはやっぱり(サポーターを)リスペクトしていましたし、サポーターのためにも勝ちたかった」とその存在の大きさを語った。
そしてもう一人。「選手の心にサポーターあり。サポーターは一緒に戦う仲間」。この思いで戦った那須大亮だ。
那須といえば、浦和時代、試合前の儀式が有名だった。ピッチ脇でスタッフから背中を力いっぱい叩いてもらい、気合を注入。さらに、キックオフ直前にはさまざまな思いを受け止め、力に変え、戦いたいという誓いを込め、両腕を高く上げる、通称「元気玉」ポーズで気持ちを高めた。また試合では鼻骨を骨折しながらプレーし続けた。その戦いぶりでサポーターから「那須のアニキ」と呼ばれ、加入間もない頃からすぐにチームを支える重要な選手として認められた。
「いろんな人のさまざまな思いに突き動かされ、ここまで来た」。18年間の現役生活の原動力がまさにここにある。
“痛み”を明るい未来に変える方法
かつて浦和に所属した選手たちは異口同音にこう言う。「あれだけの多くのサポーターのために戦わない選手がいるのなら浦和にいる資格はない」。
すべてはこの言葉に行きつく。
長く浦和を見続けるサポーターから「ここ数年、埼玉スタジアム(2002)から熱のようなものが感じられなくなった」と聞いた。その熱なるものは何か。その熱は再び、スタジアムで感じられるものとなるのか。
そのヒントを那須は「火の起こしどころ」という言葉を使い、説明した。
「小さな火が多ければ、大きな火になる。僕の場合は何かを伝えることを大事にしてきたし、自分の思いを絶対に言葉やプレーに乗せてきた。いまの浦和だと、例えば関根(貴大)がガムシャラなプレーを見せることも『火の起こしどころ』の一つ。そこには100%以上にやらないと『大きな火』は付かない。そうしたキッカケに気がついた選手がチーム全体に伝えることが大事。チームを良くするために、何をすればいいか。苦しんでいる選手にどんな言葉をかければいいのか、考えてきた。そして監督、コーチ、選手、サポーターが同じ方向を向いて戦えるかだと思う。浦和に限らず、選手は誰かに生かされているともっと考えたほうがいい。誰かの思いを感じることは必ず自分の力になるから」
勝ち負けだけではなく、最後まで戦う姿勢を伝えることができる選手、あるいは自然と伝わるプレーができる選手。誰かの思いを背負って戦える選手。サポーターのプレッシャーを力に変えられる選手。これがいま浦和に必要な選手ではないだろうか。
これこそ土田SDが再三、語った「浦和を背負う責任」につながっていく。
リーグ戦での成績低迷。不明確な戦術プラン。進まない世代交代。減少傾向にある観客動員数。遠くなるクラブとサポーター、そして浦和という街の距離。
2020シーズンは現状を変える変革期にしなければならない。しかし、そこには必ず多かれ少なかれ“痛み”が伴う。その痛みを必ず明るい未来に変えなければならない。
「浦和を背負う責任」を体現できる選手の出現こそ、巻き返しへの近道だ。
<了>
浦和はいつまで「同じ過ち」を繰り返すのか 優勝を目指せる体制とはいえない歯痒い現実
J1で最も成功しているのはどのクラブ? 26項目から算出した格付けランキング!
なぜ浦和サポは熱いのか? 専門家が分析するスポーツ消費活動「2つの視点」とは
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion -
大型移籍連発のラグビー・リーグワン。懸かる期待と抱える課題、現場が求める改革案とは?
2024.10.22Opinion -
日本卓球女子に見えてきた世界一の座。50年ぶりの中国撃破、張本美和が見せた「落ち着き」と「勝負強さ」
2024.10.15Opinion -
高知ユナイテッドSCは「Jなし県」を悲願の舞台に導けるか? 「サッカー不毛の地」高知県に起きた大きな変化
2024.10.04Opinion -
なぜ日本人は凱旋門賞を愛するのか? 日本調教馬シンエンペラーの挑戦、その可能性とドラマ性
2024.10.04Opinion -
デ・ゼルビが起こした革新と新規軸。ペップが「唯一のもの」と絶賛し、三笘薫を飛躍させた新時代のサッカースタイルを紐解く
2024.10.02Opinion -
男子バレー、パリ五輪・イタリア戦の真相。日本代表コーチ伊藤健士が語る激闘「もしも最後、石川が後衛にいれば」
2024.09.27Opinion -
なぜ躍進を続けてきた日本男子バレーはパリ五輪で苦しんだのか? 日本代表を10年間支えてきた代表コーチの証言
2024.09.27Opinion -
欧州サッカー「違いを生み出す選手」の定義とは? 最前線の分析に学ぶ“個の力”と、ボックス守備を破る選手の生み出し方
2024.09.27Opinion