なぜ世界王者スペインはゲームを支配できるのか? 「ポゼッション」の奥にある“ゲームを止めない”技術
ワールドカップを制したスペインは、なぜゲームを支配できるのか。答えを「ポゼッション」という一言で片づけると、その本質を見誤るかもしれない。ボールを保持することではなく、ボールを動かし、味方を動かし、相手を動かし、そしてゲームそのものを止めない。ドルトムントの育成を率いるトーマス・ブロイヒが、バルセロナのアカデミーを訪れてスペインの育成年代から感じ取ったものとは何か。その細部をひも解く。
(文=中野吉之伴、写真=ロイター/アフロ)
「スペインから学ぶべき」フットボールブレインとは?
2026年FIFAワールドカップ北中米大会で頂点に立ったスペイン代表。彼らはなぜゲームを支配できるのか。
スペイン=ポゼッション。
日本では、そんなイメージがすっかり定着しているかもしれない。だが、スペインが見せるポゼッションを「ボールを保持すること」とだけで解釈していると、その本質を見落としてしまう。
ドルトムントの育成部門でスポーツディレクターを務めるトーマス・ブロイヒは、バルセロナのアカデミーを訪れ、スペインの育成年代で何が行われているのかを細かく観察してきたという。
そこで強く感じたのは、ボールを保持すること以上に、ゲームを止めないことへの徹底したこだわり。
7月にドイツ・マインツで開催された国際コーチカンファレンスで、ブロイヒはそんなスペインのサッカーから何を学ぶべきなのかを情熱的に語ってくれた。
「例えばイングランド。彼らは、フィジカルやパフォーマンスの分野で、本当に素晴らしい仕事をしています。そこは私たちも学ぶべきです。一方で、今大会のアルゼンチンを見れば、あのメンタリティ、あの闘争心、あの勝負への執着が印象的でした。そして、フットボールブレインという部分では、私は迷わず、『スペインから学ぶべきだ』と言います」
「ゲームを止めない」ために必要な基礎技術とは?
大前提として、スペインのサッカーは驚くほど頻繁に1~2タッチでプレーをして、ゲームの流れを生み出そうとする。もちろん状況によっては、一度ボールを止めたり、テンポを落としたりすることもある。しかし基本的には、ゲームを止めず、プレーを流れるように継続させていく。
「彼らがよく使う言葉に、“Continuity over Progression”というものがあります。つまり、『前進することよりも、プレーを継続させることを優先する』という考え方です。『ポゼッション』のようにも聞こえますが、その場でボールを持ち続けて、誰も動かず、プレーが止まってしまうようなプレーではダメだということです。そうではなく、ボールを動かし続ける。ピッチ全体でボールを循環させる。そして、その結果として相手も動かし続ける。それが彼らの根底にある考え方です」
つまり、ボールを保持すること自体が目的ではない。
ボールを動かし続けることで、少しずつ相手の守備を変化させ、最後に空いた場所を突いていく。そして変化させるためには、ボールを受ける一瞬から、次のプレーが始まっていなければならない。
では、「ゲームを止めない」ために必要な基礎とは何だろう? 彼らの何が優れているのか?
「おそらく一番は、ファーストタッチです。一見すると、とても当たり前の話に聞こえるかもしれません。でも、実際にはものすごく重要です。そして彼らが重視しているのは、最初から身体を開いて立っていることではありません。そうではなく、ボールに触れる、そのファーストタッチによって身体が開くことなのです。もちろん、すべての状況でではないので、その点は誤解しないでください。
しかし基本的な考え方としては、ボールを足元にピタッと止めるのではなく、ほんの少し前へ転がす。ほんの少し空いているスペースに運ぶ。その小さな動きによって、ゲームの流れを止めないようにしているのです」
もう一つ重要なのが正しい足で受けるという考え方。例えば、右サイドバックが左センターバックからパスを受け、そのまま前へ運びたいのであれば、スムーズに前へ進める右足で受ける。一方、ボランチの選手で、受けた先に相手がいるのであれば、相手から遠い足で受けたほうがいい。
「つまり、その状況に応じて『正しい足』は変わるのです。しかし、どちらの場合でも共通していることがあります。それは、ゲームの流れを止めないことです」
「3秒先を生きている」選手同士の関係性と守備組織
技術が、単独で存在しているわけではない。
ファーストタッチ、身体の向き、ボールを受ける足。その一つひとつが、次のプレーを決めるための判断とつながっているのだ。
さらにブロイヒがもう一つ強く印象に残ったのが、選手同士の関係性だった。
「パスを出す選手と受ける選手が、同じ世界を見ていることです。つまり、お互いのプレーに対して反応しているだけではありません。彼らは、3秒先を生きている。そんな印象を受けました」
次に何が起こるのかを、すでに理解している。全体像がイメージできているからボールを受けてから考えるのではなく、ボールが来る前から次のプレーが始まっている。このつながりによって、ボールは動き続ける。
「そうした動きの連続によって相手にズレの波が生まれます。そして、その波が十分に大きくなったところで、一気に崩します」
印象に残ったのは、守備でも非常に組織的だったことだという。
「必要な場面ではマンツーマンにもなります。でも基本はブロックをチームできちんと作っています。誰が前へ出るのか。誰がカバーするのか。どうやってスペースを埋めるのか。そうした判断を、選手たちが自然に行っています。その判断力の高さは、本当に印象的でした」
ここに、ブロイヒがスペインの育成から感じた大きな違いがある。
ファーストタッチも、身体の向きも、「正しい足」で受けることも、決して新しい技術ではない。
ポゼッションが目的なのではない。必要なのは…
「この会場にいるどの指導者も、『ファーストタッチで身体を開くことは重要ではない』とは言わないと思います。あるいは、『正しい足で受ける必要はない』とも言わないでしょう。どちらも、100年前から言われているような基本です。新しいことではありません。しかし、スペインでは、その当たり前のことが、驚くほど高いレベルで実践され、解釈され、生活の一部になっています。ボールを受けた瞬間に身体を開き、そのまま次のプレーへつなげていく。彼らは、それを信じられないほどのスピードと精度で繰り返しています。そこが違うのです」
ブロイヒが最も印象的な言葉の一つとして挙げたのが、スペイン側の考え方が「ハイクオリティを求める」ということだった。
「ポゼッションをするか、しないかではないんです。必要なのは、“より質の高いボール保持”です。育成年代からゲームの流れを止めずに、ボールを中心にチーム全体が組織化されていく。すると、選手は自然と、ボールを受ける前に周囲を見て、次のプレーを考え、味方とつながるようになります。つまり、フットボールブレインが鍛えられる。それが狙いなのです」
世界王者スペインを見れば見るほど、何をするかでも、何が足らないかだけでもなく、当たり前のことを、どこまで高い質で積み重ねられるかという問いが浮かび上がってくる。
ドリブルを否定しているわけではない。ただそのプレーが何をもたらすのかがあいまいなままでは、質の高いサッカーにはつながらない。
「私たちは、ドリブルを第一の選択肢にはしたくない」
ブロイヒはスペインで聞いたそんな言葉も紹介してくれた。ボールを持ったとき、選手同士が本当に同じ世界を見ているのか。ファーストタッチによって、次のプレーが始まっているのか。味方を動かし、相手を動かし、その先のゲームを自分たちで動かしているのか。
スペインの強さは、ポゼッションという言葉の中には収まりきらない。むしろ、その言葉の奥にあるサッカー理解とゲームを止めないための細部にこそ、世界王者から学ぶべきものがある。
<了>
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