「英雄」か「凡庸」か。田中碧、プレミアリーグ初挑戦で大きく揺れ動く評価の行方
リーズの田中碧は、プレミアリーグ初戦のエバートン戦でMOM級の活躍を披露。しかしその衝撃も束の間、続くアーセナル戦では大敗と負傷によって強豪チームの壁に直面。わずか2週間で称讃と挫折を味わい、右膝のケガにより数週間の離脱を余儀なくされた。現地での評価が「英雄」から「凡庸」まで大きく揺れ動き交錯する背景には、世界最高峰プレミアリーグで戦う日本人MFとしてのリアルが刻まれている。
(文=田嶋コウスケ、写真=ロイター/アフロ)
1部昇格で役割が変化。アンカーからインサイドMFへ
リーズ・ユナイテッドの日本代表MF田中碧が、ついにプレミアリーグの舞台に立った。
昨季のチャンピオンシップ優勝で、1部昇格を果たした今シーズン、田中はここまでプレミアリーグの2試合に先発出場した。開幕戦では最高評価を受けながらも、第2節では厳しい現実を突きつけられ、早くも明暗が分かれるスタートとなった。だがその姿は、まさに「プレミアリーグに挑戦する日本人MF」の現在地を映し出している。
まず注目すべきはポジションの変化である。チャンピオンシップ(イングランド2部)での田中は、4−2−3−1の守備的MFとして低い位置に構え、ビルドアップ時のボール配給やインターセプトの巧さを武器に、チーム全体のバランスを整えていた。
しかしプレミアリーグ昇格後、チームは4−1−4−1にシステムを変更。田中は中盤「4」の中央、つまりインサイドMFにポジションを一つ上げた。中盤底のアンカーにはセンターバックとしてもプレー可能な守備力の高いイーサン・アンパドゥが入り、田中はより高いエリアでのプレーを求められた。プレスに走りつつボールを前進させ、さらに攻撃の最終局面にも関与する役割が課されたのだ。
鮮烈なデビュー 〜エバートン戦〜
田中は8月18日のプレミアリーグ開幕戦のエバートン戦で先発し、最高級のパフォーマンスを披露した。
この試合で日本代表MFは、チーム2位となる10.8キロの走行距離を記録。相手ボール時には前から積極的にプレスをかけ、味方ボール時も絶えず動いてパスコースを作り出した。後半早々にはスライディングでのパスカットから縦パスを入れ、味方のシュートを演出。試合終盤の後半35分にはボレー気味のシュートも放った。相手のパスワークを寸断しつつ、ボール奪取からチャンスを作り出す場面が多かった。
試合は、1-0で昇格組のリーズが勝利。田中は立役者の一人として、大きな称賛を浴びた。
英BBC放送は視聴者採点を伝え、田中はチーム最高の「7.94点」を獲得。同局は日本代表MFをMOM(マン・オブ・ザ・マッチ)に選んだ。地元紙ヨークシャー・イブニング・ポストも「8点」と高く評価し、「試合が進むにつれて活気を増し、最後まで中盤を支配した」と称賛した。スポーツサイトのジ・アスレティックもやはり高い評価を並べ、「プレミアでも十分にやれる」と太鼓判。交代時には、ホームサポーターからスタンディングオベーションを受けた。
日本人MFが昇格クラブでのデビュー戦でここまでのインパクトを残した例は少なく、田中の鮮烈なプレーはイングランドでも大きな話題となった。
厳しい現実 〜アーセナル戦〜
しかし第2節のアーセナル戦は、正反対の結果となった。リーズはアウェーで前半から押し込まれ、ディフェンスの整備不足を突かれて次々と失点。最終的に0-5の大敗を喫した。
田中は先発したが、アーセナルの高いインテンシティと速いプレーテンポに対応しきれず、後半13分に交代した。ただし前半に右膝を痛め、同27分にテクニカルエリアで治療を受けた影響は大きかった。膝周辺にテーピングを巻いてプレーを続けたものの、内側側副じん帯に問題があることが判明。後に行われた精密検査により「数週間の離脱」になると発表された。
結果として、昨季プレミアリーグ2位のアーセナルを相手に、田中は満足のいくパフォーマンスを見せられなかった。実際に交代時には、ユニホームをめくり上げて顔を隠し、選手通路口へと消えていった。その姿からは、ケガへの苛立ちと、思うようなプレーができなかった悔しさの両方が伝わってきた。取材エリアでも、記者の呼びかけに申し訳なさそうな表情を浮かべてから、無言で通り過ぎていった。
現地メディアの評価は厳しかった。地元メディアのリーズ・ライブは「5点」とし、「後方や横へのパスばかりで効果的なプレーができなかった」と指摘。英サッカーサイトのフットボール・インサイダーはさらに厳しい「3点」をつけ、「プレミア特有の高いインテンシティに苦しんだ」と酷評した。開幕戦との落差は大きく、プレミアリーグの厳しさを突きつけられた一戦となった。
「英雄」から「凡庸」まで。評価の分かれ目にあるもの
開幕からわずか2試合で、田中の評価は「英雄」から「凡庸」まで大きく揺れた。
その背景には相手のレベル差がある。完成度の低いエバートンを相手に、田中の運動量や技術が光った。一方、リーグ屈指のプレー強度とスピードを誇るアーセナルには適応できなかった。もちろん、前半に痛めた膝のケガの影響も無視できないだろう。
しかし、かねてより田中を「信じられないほど素晴らしい選手」と高く評価するアーセナルのイングランド代表MFデクラン・ライスの徹底マークにあった田中は、敵を背負った状態から効果的に前を向けなかった。アーセナルのような強豪相手にどこまで適応できるか――それが田中に課せられた大きなテーマとなる。
数週間の離脱期間を経て、次なる挑戦へ
田中はドイツ2部リーグで3シーズンを戦い、「世界で最も過酷な2部リーグ」と呼ばれるチャンピオンシップでも経験を積んだ。この4シーズンでフィジカル面も十分鍛え上げた。実際、開幕戦のエバートン戦ではアルゼンチン人MFカルロス・アルカラスの寄せに屈せず、逆に身体をぶつけて相手を弾き飛ばす場面もあった。
ところが圧力の強さが一回りも、二回りも変わるアーセナル戦では苦戦した。アーセナル戦後に取材が叶わなかったことから、本人がどう感じたかはわからないが、現地取材の印象ではアーセナルの圧力に相当驚いていたのではないか。
また膝のケガについては、偶発的な接触によるケガで運がなかったといえる。しかしファウル気味のタックルは、イングランドの特徴でもある。ケガを避けることは難しいものの、さらに経験値を積み重ねる中で、うまく対応する能力も求められるだろう。
今後もリバプールやチェルシー、トッテナム、マンチェスター・ユナイテッド、ボーンマスなど、高強度を誇るチームとの対戦が控えている。田中には、インテンシティに屈しない力強さ、あるいは巧みにプレスをいなすプレーが必要になる。
英紙サンデー・タイムズでサッカー部門の主筆を務めるジョナサン・ノースクロフト記者は、昨シーズンから田中に注目していると言い、「非常に良い選手。明らかにリーズの中心にいるプレーヤーで、これからが楽しみ」と期待を寄せていた。
数週間の離脱期間を経て、田中は復帰後どんなプレーを見せてくれるのか──。田中碧の挑戦は、まだ始まったばかりである。
<了>
田中碧はプレミアリーグで輝ける? 現地記者が語る、英2部王者リーズ「最後のピース」への絶大な信頼と僅かな課題
堂安律、フランクフルトでCL初挑戦へ。欧州9年目「急がば回れ」を貫いたキャリア哲学
日本人初サッカー6大陸制覇へ。なぜ田島翔は“最後の大陸”にマダガスカルを選んだのか?
「鹿島顔」が象徴するアントラーズのクラブ哲学とは? 好調の今季“らしさ”支える熱量と愛情
史上稀に見るJリーグの大混戦――勝ち点2差に6チーム。台頭する町田と京都の“共通点”
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
トップ選手でも就職に苦戦する現実――太田宏介が本気で変えるアスリートのセカンドキャリア支援
2026.07.27Business -
なぜ森保監督は「半年だけ」続投するのか。大岩監督への“つなぎ”に不安も…JFA異例人事の舞台裏
2026.07.27Opinion -
「練習、練習って…」は誤解だ。NBA伝説アレン・アイバーソンが初めて明かす“あの会見”の真実
2026.07.24Career -
「準備がすべてだった」日本代表デビューの21歳・伊藤龍之介が救われた、齋藤直人との“試合前の習慣”
2026.07.24Career -
【F1】18歳でメルセデスの未来を背負った天才。キミ・アントネッリが幼少期から「神童」と呼ばれた理由
2026.07.24Career -
崖っぷちの中国男子卓球「最後の砦」梁靖崑。“逆転の王”が世界トップで戦い続けられる理由
2026.07.24Career -
「声が出なくなるまで戦った」ケインでも届かなかった。イングランドが世界一を逃した“37分間”の真実
2026.07.23Opinion -
メッシも快適にプレー? 空調完備「アトランタ・スタジアム」。世界が注目する“官民共同”の運営モデルとは
2026.07.16Technology -
「ロボット」が世界一愛されるスターに。ハーランドの評価を変えたワールドカップの1カ月
2026.07.15未分類 -
「悔しみ」は才能を伸ばすのか? JリーガーとWEリーガーが語った、厄介な感情との向き合い方
2026.07.14Training -
なぜピックルボールは世界を熱狂させるのか。「異種格闘技」の世界で船水雄太が見た2400万人市場の可能性
2026.07.10Career -
世界王者はなぜゼロから挑んだのか。“雑用の立場”から日本人初MLP選手へ、船水雄太が語る過酷な2年間
2026.07.08Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
「練習、練習って…」は誤解だ。NBA伝説アレン・アイバーソンが初めて明かす“あの会見”の真実
2026.07.24Career -
「準備がすべてだった」日本代表デビューの21歳・伊藤龍之介が救われた、齋藤直人との“試合前の習慣”
2026.07.24Career -
【F1】18歳でメルセデスの未来を背負った天才。キミ・アントネッリが幼少期から「神童」と呼ばれた理由
2026.07.24Career -
崖っぷちの中国男子卓球「最後の砦」梁靖崑。“逆転の王”が世界トップで戦い続けられる理由
2026.07.24Career -
なぜピックルボールは世界を熱狂させるのか。「異種格闘技」の世界で船水雄太が見た2400万人市場の可能性
2026.07.10Career -
世界王者はなぜゼロから挑んだのか。“雑用の立場”から日本人初MLP選手へ、船水雄太が語る過酷な2年間
2026.07.08Career -
MLS NEXT Proで見えたトップへの距離。22歳DF秦英志が語るアメリカサッカーの可能性
2026.07.02Career -
進化を止めない早田ひなの現在地。“女王だからこそ逃げない”新しいエース像
2026.07.01Career -
「高校選手権出場7分」からプロへ。秦英志が前橋育英、米大学経由で切り拓いた異色のキャリア
2026.06.29Career -
なぜ鈴木彩艶はオランダの決定機を防げたのか。セリエAで刻まれた“2つの好守”への伏線
2026.06.19Career -
エルフェン育ちの得点王・吉田莉胡。名門で学んだ勝負強さと、なでしこジャパンへの再挑戦
2026.06.18Career -
WEリーグ得点王・吉田莉胡はなぜ覚醒したのか。移籍1年目で越えた“沈黙”と決定力不足
2026.06.18Career
