40歳、まだ速くなる。山田章仁が語る、最多109トライの裏側と“時間の使い方”
2026年4月、40歳の山田章仁が最多記録に並ぶリーグ通算109トライに到達した。だが、この記録は「過去の積み重ね」ではない。むしろ彼は「今のほうが速い」と語り、成長を続けている。本業のラグビー、4児の父としての生活、そして3つのビジネス。すべてを同時に進めながら進化を続ける理由はどこにあるのか。その答えは、経験で研ぎ澄ませた直感と“時間の使い方”にあった。
(文=向風見也、写真=長田洋平/アフロスポーツ)
「子どもに夢を」40歳・山田章仁が到達した109トライ
待つ。待っていれば自分の時間が回ってくる。
2026年4月24日夜。東平尾公園博多の森陸上競技場でのラグビーの試合が前半29分になる頃、山田章仁は敵陣ゴール前右で待機していた。
ゲームは国内リーグワン2部の第12節。九州電力キューデンヴォルテクスの14番をつけた40歳の主役は、中央方向から展開される球を無人の位置で待つ。
ラストパスが来た。
対する豊田自動織機シャトルズがインターセプトを狙う。失敗。楕円球は転々とする。
ここで、もともと最後のアシストをもらうべく前がかりになっていた山田はいったん、後退する。そして、その瞬間にもっともフィニッシュできそうな位置を選んだ。
決断が実る。地面に弾む球を別の味方が拾い、防御にとって死角に立っていた山田へさばく。受け手はダイブ!
この瞬間、旧トップリーグ時代を含むリーグ公式戦の通算トライ数を「109」に積み上げた。すでに引退した小野澤宏時さんの最多記録に並んだ。
試合は29―14で勝利。先般、バラエティ番組の自宅ロケでこのチームからの退団を発表した名物アスリートは、20代の頃から変わらない思いを、こう語っていた。
「やっぱ、代表的にはトライになるけど、歓声があがるようなプレーで、子どもに夢を与える選手になりたい」
異例のキャリアを支える向上心
慶應義塾大学時代には単身でオーストラリア留学をしたり、卒業後のフランス挑戦を目指して約20件に及ぶ自国からのオファーを保留にしたまま卒業したりと、山田は2000年代後半当時にあって異例の決断で議論を招いていた。
やがてこの国でプロ生活をはじめ、2つ目の所属先となる埼玉パナソニックワイルドナイツ(現名称)では3度のプレーオフMVPに輝くなど結果を残した。そのさなかの2012年度には、アメリカンフットボールのノジマ相模原ライズの一員としてXリーグにも挑戦し、同時に進行していたラグビーのトップリーグの2012-13シーズンで初のトライ王に輝いた。2016年には国際リーグのス――パ―ラグビーに日本から派遣されたサンウルブズ、2019年にはフランスのリオンOU、2021年にはアメリカのシアトル・シーウルブズでもプレーしている。
日本代表としては計25キャップを獲得。2015年のワールドカップ・イングランド大会では、サモア代表戦で後世に語り継がれる通称「忍者トライ」を決めた。学生時代から身体の軸を保って回旋するためのトレーニングを重ねた末に、大勝負で自身より巨大なタックラーをくるりとかわした。
その後、盟友が次々と引退するなか、いまなお現役生活を続ける。通算日本で4つ目の契約先となるヴォルテクスで、自身の地元である福岡の愛好家へ活力を示す。身長180センチ、体重80キロ。国際舞台にいた頃よりもややシャープ。おかげで最近のほうが足は速いはずだと自覚する。
「僕、数字ってあまり興味がないんですけど、たまに見たら今までよりもいいスピードが出ている。それに時代が変化すると、周りがどんどん新しいこと(身体開発の理論)を研究してくれる。それを採り入れています。わかりやすく言えば、10 年前にラグビーはブームになったとして(2015年に山田も出場したワールドカップが開催された)、そこでラグビーを始めた選手には日本のラグビーをたくさん見るチャンスがあってうまくなりやすかった。さらに近年はスタープレーヤーが来て試合や練習をしている。いま僕が能力を出せているのは、そういう彼らのおかげでもあります」
競技を続けながら取り組む三者三様のビジネス
話をしたのは4月上旬。福岡市の香椎地区にある練習場でのことだ。トレーニングマッチで使う観客席上のブースから全体を眺めて言う。
「日本代表になってワールドカップでトライさせてもらったし、(ワイルドナイツで)日本一にもなったし、こういう(ファンと選手の)距離が近いところでもやれている。本当に幸せなラグビー生活が送れているのかなと」
充実しているのはワークライフバランスも同様だ。
チームの練習、4児の父としてのタスク、さらには「自分がコントロールできる時間に」と早朝に行うオンラインでの個人トレーニングのほか、自身で3つのビジネスを展開している。
スポーツの引退にちなんで聞かれる「セカンドキャリア」という響きはあまり好きではなく、生涯その時々のしたいことをいっぺんに行う「ファーストキャリア」を志向する。
インバウンド層のニーズを見越し、かつ「ずっとモビリティサービスに興味があった」からと始めたのが「おもしろレンタカー福岡香椎店」。スポーツカーやオープンカーなど珍しい種類の車種を取り扱い、レンタルする。
さらに、若い頃から小さなケガにも丁寧なアプローチを施してきた経験から「Push接骨院」を立ち上げた。小さい頃の自分が診てほしかったクリニックをコンセプトとし、アスリートに限らず一般の方にも親しまれている。スタッフはさまざまな競技経験者を軸に構成すべく面接や採用も自ら行う。
いずれも自分の問題意識から興した。その他、博多に「BOSS BEEF」というイタリアンビーフサンド店も展開。この三者三様のビジネスに共通するのは「昔の友達」と働くことだ。いずれも高校や大学で一緒にプレーしたり、試合をしたりした仲の友人と手を組んでいる。
「僕一人の時間は…」アスリートの時間管理術
それにしても、シーズン中のチームスケジュールが一定程度は固まっているなか、いかにして複数のタスクを同時並行で進めているのだろうか。
時間管理術に話を広げると、本人は「もともとスケジュールって、そんなに大事だと思っていなかったんですよ」と切り出した。
元日本代表コーチの林雅人氏が率いた慶大の最終年度、常に優勝を争っていたワイルドナイツでは、いったん決まった練習開始時間が固定される傾向が強かった。直前に変更されるリスクが少ないと、公私の切り替えがしやすかったために日頃から力を発揮しやすかったという。
「そこ(当該のチーム)にいる時は、そのすごさを感じなかったんです。でも、強かった理由は、スケジュールがガチっと出ていたことでストレスなくできるとか、シーズン後のプランを立てやすいがゆえにシーズン中は集中できるといったことでした。いろんな経営者の方にお会いして話しても、それぞれスケジュールを大事にされていました」
いわば年齢を重ねるごとに重要性がわかった日程管理の感覚を、スポーツと仕事のダブルワークに活かしている。
子どもたちが目覚める前に身体を鍛え、概ね午後に組まれるチーム練習の前後にプレー以外の用事を進める。
「僕一人の時間は、僕がコントロールすればいいだけなので」
競技も、仕事も、人生も。山田章仁を支える習慣
生活する術は数多くある。もっとも、22歳で定めたラグビー選手という本業は50歳が過ぎても終わらせない。きっと次の所属先探しも進めていよう。
「個人競技ではないので、世の中がどれだけ40歳という数字を気にせずフィールドの 80 分を見てくれるかな……というところです」
3月27日、大阪のヨドコウ桜スタジアムでウォーミングアップをしていた時のことだ。本格的な客入り前のため閑散としていたメインスタンドの前列に、一人の少年を見つけた。歩み寄り、ハイタッチし、元の場所へ戻った。この日のゲームでレッドハリケーンズ大阪を31―24で制すると、翌日には少年ラグビーの指導のため韓国へ出かけた。
何者かになる直前だった学生時代から、遠くを見るような澄んだ視線が変わらない。加齢や社交によって本質が変わらないタイプのアスリートは、これからもチャンスを広げに動いたり、チャンスをつかむために待ったりと、経験で研ぎ澄ませた直感を頼りに人生を切り開いてゆく。
<了>
クボタスピアーズ船橋・東京ベイの「得失点差リーグ1位」を操る藤原忍。自ら語る、日本代表で変わった“判断の基準”
「大学×プロの二刀流」ラグビー界の常識を覆す20歳。本山佳龍が選んだ“異例のキャリア”
“勉強するラガーマン”文武両道のリアル。日本で戦う外国人選手に学ぶ「競技と学業の両立」
「自分がいると次が育たない」ラグビー日本代表戦士たちの引退の哲学。次世代のために退くという決断
日本人のフィジカルは本当に弱いのか? 異端のトレーナー・西本が語る世界との違いと“勝機”
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
W杯優勝国はなぜ100年で8カ国しかないのか。日本が“9カ国目”になれるこれだけの理由
2026.06.12Opinion -
日本人選手は技術があるのに、なぜ試合で消えるのか? 混沌を掌握したペップとモウリーニョの最適解
2026.06.11Opinion -
「10番より6番」鎌田大地がプレミアリーグで見つけた最適解。パレスでの進化がもたらすW杯への期待
2026.06.10Career -
久保建英を世界基準にしたものは何か。小学5年生で備わっていた「考える力」の正体
2026.06.10Training -
長友佑都を動かした「世界一のサイドバックになれない4つの理由」。インテルでつかんだ本物の信頼
2026.06.10Training -
吉田麻也の再招集に込められた狙い。新旧キャプテンが明かす、日本代表にもたらした重要な役割
2026.06.09Opinion -
日本人だけが足を滑らせたアーセナルの練習。中西哲生がベンゲルとの邂逅で辿り着いた、世界との差の本質
2026.06.09Opinion -
なぜ神戸スティーラーズは7年ぶり日本一になれたのか。デイブ・レニーが変えた世界基準の組織改革
2026.06.08Opinion -
なぜ久保建英は吹き飛ばされないのか。中西哲生が語る「フィジカルが弱い日本人」という誤解
2026.06.08Opinion -
39歳、5度目の夢へ。長友佑都を支えた「3人の存在」と批判を力に変えた信念
2026.06.05Career -
22年ぶり優勝のアーセナルは何が変わったのか。無敗優勝の伝説とは異なる、新たな強さを手にした理由
2026.06.05Opinion -
田中碧のプレミア1年目は失敗だったのか? 昨季MVPからベンチ要員へ。それでも復活を果たした挑戦の軌跡
2026.06.04Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
「10番より6番」鎌田大地がプレミアリーグで見つけた最適解。パレスでの進化がもたらすW杯への期待
2026.06.10Career -
39歳、5度目の夢へ。長友佑都を支えた「3人の存在」と批判を力に変えた信念
2026.06.05Career -
田中碧のプレミア1年目は失敗だったのか? 昨季MVPからベンチ要員へ。それでも復活を果たした挑戦の軌跡
2026.06.04Career -
オランダMVP・板村真央が磨く世界基準。冨安健洋、毎熊晟矢のアドバイスに学ぶ“嫌なFW像”
2026.06.03Career -
上田綺世と同じ名門・フェイエノールトでの戴冠。19歳・板村真央が掴んだリーグMVP
2026.06.03Career -
ブライトンで高まる信頼。清家貴子が語るWSLの世界基準、三笘薫から受ける刺激とクラブが描く未来
2026.06.02Career -
「美しさ」が際立つ橋本帆乃香が世界を翻弄。カットマンが再び卓球界を魅了する理由
2026.06.02Career -
【F1】41歳ハミルトン、フェラーリで再燃。「過去の自分は間違っていた」と語る“復活の兆し”
2026.06.01Career -
「シティに苦手意識はない」清家貴子が語る、FAカップ決勝進出ブライトン躍進の現在地
2026.05.29Career -
キャッチミスで降格圏転落も…。長田澪がブンデスリーガで“崩れず”評価を高め続ける理由
2026.05.25Career -
「バックスイングがない」18歳・面手凛は現代卓球を変えるか。新世代に起きている新たな現象
2026.05.12Career -
なぜ日本人FWは欧州で苦戦するのか? 町野修斗、塩貝健人、原大智らが直面する“海外の評価軸”
2026.05.11Career
