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新生・平野美宇の破壊力が中国卓球を飲み込む? 盟友に競り勝った国内大会優勝が示した“伏線”
7月2日に行われた卓球のWTTコンテンダーザグレブ決勝。平野美宇が、世界卓球金メダリスト、中国の孫穎莎との大激戦を制し優勝を飾った。前陣では相手を左右に振り回すフリックを含めた、持ち前の高速卓球を披露。しかし、それだけではない。中陣でも強いバックドライブを放ち、世界最強の孫に打ち勝った。この、「今までにない平野美宇」には、ある伏線があった。
(文=本島修司、写真=T.LEAGUE/アフロスポーツ)
孫穎莎撃破の伏線。盟友・伊藤美誠と対戦
2024年パリ五輪選考ポイントで早田ひなに次ぐ2位に付けている平野の復調が目立っている。
6月17日、18日に行われたTリーグ NOJIMA CUP2023。パリ五輪の代表権争いも佳境に入ってきた中、この時からすでに、平野美宇は抜群の存在感を放っていた。決勝では、共に険しい道のりを歩んできた伊藤美誠と対戦して優勝。かつて「ハリケーン」と呼ばれたスピードとキレが復活。そこに新しく加わった要素もある。
その「新しい要素」が、その後に行われたWTTコンテンダーザグレブで孫穎莎をも圧倒することになる。生まれ変わったかのような、新しい平野美宇の強さ。その醍醐味はどこにあるのか?
新生・平野美宇、復活の要素は「スピード」
かつて「ハリケーン」の異名を誇った前陣速攻、そして圧倒的なスピードで体を切り返しながら両ハンドで打つ、まさに女子卓球の鏡のようなスタイル。明らかに、このスタイルのキレが戻ってきている。しかし、“元通り”なだけではない。名を付けるなら「新生ハリケーン」と呼ぶべきだろうか。NOJIMA CUPでの戦いぶりを見ると、高速化のその先にまで辿り着いたかのような、強烈なスピード卓球に仕上がっていた。
この大会の平野のキレのある動きは、準決勝、大藤沙月との試合からすでに光っていた。1ゲーム目を平野が先取して開始したこの試合は、2ゲーム目で6-5へ突き放すボールがとても印象的だった。大藤が出したフォア前へのサーブを平野がフリックで、払う。サーブがやや甘く入ってしまい、ボール1つぶんか2つぶんの高さもあったのだろうが、フリックが強打に見えるほど、クロスに一発で打ち抜いている。
今までの平野は、プレー全体の「テンポ」が速かった。連打の「ピッチ」も速かった。しかし、今の平野は「ボールのスピード自体」が速い。動きが速く、体の切り返しが速く、球のスピードまで速い。一時期の成績がふるわなかった時期と比べるとミスも減ってきている。そうなると手が付けられなくなる。この平野特有の“手が付けられない感”こそ「ハリケーン」と呼ばれる所以だ。
猛烈な勢いで台風がくる。その時、人は、耐えるか逃げるしかない。まるでそんな卓球の世界観を、平野は自力で生み出すことができる。準決勝で2ゲーム目を落としたが、3ゲーム目を奪取。4ゲーム目も、大藤がサイドを切るような順切りの横回転サーブで、平野を大きく横に動かして、10対10のジュース。大藤も譲らない。
しかしジュースに入ると、平野が“ハリケーン”を開始。ピッチの速いフォアの連打で11-10に。次の大藤のサーブも、レシーブからバック深くに打ち抜いて平野が取り切る。5ゲーム目は、深いツッツキとサーブだけで3ポイントを取ってスタート。この深いツッツキを挟みながら、というのも、一度下げられるぶん相手にとってはやりにくい。メリハリもついている。
そのまま、勢いに乗った平野が勝利した。
「追いついて勝利」というしぶとさも。新たに手にした要素は…
決勝戦の相手は、宿敵の伊藤美誠。
1ゲーム目、いきなり平野のフォアドライブが、速い。かつてこの2人の試合から受ける印象は、パワーと回転量の伊藤、ピッチとテンポの平野だった。ただ、この日は序盤から少し様相が違った。点数でリードする伊藤を、平野が、強打のフォアドライブで打ち抜く展開で追いついて勝利。
この「追いついて勝利」というしぶとさも、むしろドライブのパワーで、という試合内容も、今までの平野にはない力強さを感じる。2ゲーム目は、伊藤のバック側を攻め抜いて、連取した。
しかし、この百戦錬磨の2人の対決が、最終セットまでもつれこまないほうがおかしい。結局、いつものような激闘が繰り広げられることになる。ここから、伊藤がサーブを変えた。サーブというよりも、「サーブの立ち位置」を替えた。伊藤が得意の「巻き込みサーブ」を、フォア側から、相手のフォア側へ出す。この回転の見極めが、かなり読みにくかったのだろう、平野は3ゲームを連取されてしまい、ゲームカウントは、2-3となる。
宿敵・伊藤美誠も撃破。新たに加わった「パワー」
状況は「伊藤美誠にひっくり返された平野」。
見ていた観客のイメージからしても、伊藤の逆転勝利を思い浮かべる場面だ。もつれてきた、6ゲーム目。平野は、同じく得意の巻き込みサーブを伊藤のバックに食い込ませて、一気の攻勢。11-3で取り切る。
そう、この2人。前陣で変幻自在という伊藤と、前陣でライジングを捉える速攻の平野、プレースタイルは違うが、実は同じく「フォアの巻き込みサーブ」を得意としている。一番大事な場面では、お互いにこれを使う。
伊藤は「短い巻きこみサーブ」を巧みに使った。「ハーフロング」といった長さ。相手に、台上で取るか、打ちにいくか迷わせる、絶妙な長さだ。この時ばかりは、平野も台の下から軽いループドライブでつなぐような返球をするしかなかった。このあたりは、同じサーブながら「質」が違う2人が織りなす、卓球の面白さといえる。
もつれにもつれた、7ゲーム目。9-7と伊藤がリードするが、ここで平野が、これまでの対戦とは違う姿を見せる。両ハンドで打って出て、伊藤の「ブロックを打ち抜いた」のだ。これは、「ハリケーン」に「大きなパワー」が加わったようなプレーだった。
ブロックを打ち抜く。
これは、初見の相手であれば、タイミングや打ち方も不明なぶん、やりやすいことだが、相手は自分の打ち方や、打つタイミング、ボールの質まで知り尽くしている、宿敵で、盟友で、最高のライバル。あの伊藤美誠なのだ。
その伊藤がブロックの体勢に入ったところを、テンポをズラしたというよりは、パワーで打ち抜いた。打撃で打ち抜いた。筋力の強化、そしてメンタル面の成長も感じられる。
2月のWWTスターコンテンダーゴアではループドライブで緩急を巧みに使った姿が印象的だった。しかしこの大会では、打撃力そのものが増していた。この試合の勝ち切り方に、大きな価値があった。
「スピード+パワー=中国を飲み込む」の実現
世界最強の女子卓球選手を次々に輩出してくる中国は、「女子選手の男子化」を掲げてきた。女子選手の男子化とは、具体的にいえば「ピッチの速さ」だけではなく「パワードライブ」を打つということ。そう、中国の選手は女子とは思えない「ドライブ」を打てる。
日本にも、男子のようなドライブを打つ選手として、現在は早田ひながいる。張本美和もそれに続きそうだ。だが、もともと「速攻力」ではナンバーワンだった平野美宇が、もしパワードライブを打てるようになったらどうなるか。良い意味で、想像するだけでゾクゾクする。
そして、今回のWTTコンテンダーザグレブ決勝での孫穎莎との試合だ。
1ゲーム目こそ劣勢のまま取られてしまう形となったが、そこから一気に巻き返していく展開に。その中には「パワードライブ」が何発も盛り込まれていた。2ゲーム目。8-7から9-7へ突き放すシーンでは、中陣からフォアドライブを連発。孫のブロックも、決してミスはしていないのだが、あの世界最強の孫が根負けするまで、パワードライブを放った。
中盤となった、4ゲーム目もそうだ。7-5からの一本がとても印象的だ。今度はバック対バックの打ち合い。平野は「以前の平野より半歩下がった位置」でも、打ち負けない。明らかにパワーが増している。
見ている者すべてのボルテージが上がる中、そのまま“ハリケーン”の勢いも増していく。6ゲーム目。今度は両ハンドの切り返し。ここでも打ち抜く。このゲームは落としたが、引けをとっているラリーが見当たらないところに、凄味を感じる。あの孫を相手にしても、打ち負けない。
7ゲーム目。5―2の場面では、ネットインもあり、体勢が崩れながらも、切り返しのラリーバッククロスで展開。ここでもとにかく、ミスが出ない。パワーが増して、精度も良い。その後も、丁寧に処理する台上と、そしてそのまま、半歩下がって両ハンドで猛攻撃という流れをつくる。リズムがいい。9-6、10-6と、一本一本、詰めていく。最後はバックミートの打ち合いで、この試合の勝利を決めた。
2023年5月の世界卓球では、中国のトップ選手・王芸迪の前に平野は0―4で完敗していた。しかし、2セット目などは、9―8とリードを奪う場面もあった。レジェンド・水谷隼はよく「中国とは、競り合うところまではいける、あと1本で、差が出る」と発言をしている。その一本を「取り切りる力」とは、何か。それは、相手を圧倒するような筋力。待たれているブロックを打ち抜くようなパワードライブ。今、平野美宇が身につけつつある、そんな要素かもしれない。
これまでにない“最大級のハリケーン”は、いよいよ完成の域に達してきた。これまでも、研究されても、研究されても、その壁を跳ね返してきた平野美宇。パリ五輪では、再び中国人のトップ選手を飲み込んでしまうシーンが見られそうだ。
<了>
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