
早田ひな、卓球大国・中国女子トップ3の王芸迪を撃破! 歴史動かした“伏線”、中陣からの“ユルい”ボール
5月26日に行われた世界卓球2023・女子シングルス、準々決勝。早田ひなの衝撃的な試合が、世界中で話題となった。相手は世界ランク3位、中国の王芸迪。後々まで語り継がれることなりそうなこの試合は、1時間15分を超えた。まさに「死闘」という言葉がふさわしい一戦。日本人による女子シングルスのメダル獲得は、2017年の平野美宇以来だが、「中国人選手に勝ってのメダル」となると58年ぶりのことになる。その時、早田は“何をして”歴史を動かしたのか。
(文=本島修司、写真=新華社/アフロ)
早田ひなの「ラリー力」が中国トップクラスと双璧に
これまで、日本人選手が中国人選手に勝つとなると「先に仕掛けて打つこと」が定石とされてきた。
ラリーに入ると、中国人選手のパワー、角度、コース取り、何よりもミスの少なさはあまりにも厚い壁となる。ラリーが長引く前に、さらにいえば、ラリーに入る前に決めてしまう展開が理想。これが日本人卓球選手の、中国攻略の一手に見えた。しかし、世界卓球2023の準々決勝、王芸迪との対戦で見せた早田ひなの戦術は、少し様相が違うものだった。
1ゲーム目。王は速いバックミートを、左利きの早田のフォアクロスに連発。0-4からの苦しいスタートとなった早田も、ストップやツッツキから、クロスへフォアドライブをたたき込んで反撃していく。このボールは鋭く決まり、「ラリーに入らないで得点する」展開を作れた。それでも最後は、王のサーブからの2本連取でこのゲームを落としてしまう。
厳しい展開が始まったかに見えた。しかし、今大会の早田のすごいところは、ラリーに入ってからも互角だったことだ。
緩急をつけた。わざとロビング気味のボールを入れた。ラリーの中でもこれらを挟める「余裕」があった。それは、2ゲーム目以降でより明確になっていく。
ラリーの中で「速度を変える」創意工夫。それは…
2ゲーム目。7―3とリードを奪った早田は、点数的にも余裕がある状況。
ここで見せたラリーが、この試合のすべてを象徴していくことになる。レシーブは、チキータの構えに入りながら、ふわっと「緩いバックフリック」。
一見するとこれは、ただの甘いボールにすら見える。しかし、王は、まさかチキータの構えから緩いフリックがくるとは、まるで想定していなかったことだろう。それもそのはず。この試合は世界最高峰の高速ラリーになるだろうと注目を集めた、早田ひな対王芸迪の試合なのだ。
王は驚いたように、体勢を崩しながら返球。すると今度は、早田はフォアドライブの構えに入る。今度は明らかに、早田得意の男子顔負けの高速ドライブがくるパターンだ。もし、高速ドライブではないとすれば、フォアのスマッシュだろう。いずれにしてもスピードボールだ。
しかし、早田は、ここでなんとフォアの「軽打」に近い打ち方を見せる。あまりにも、そう、これはあまりにも驚くような一手だった。
ここでの2球は、中国のトップ選手に対して、あえて甘い球を送っているようにすら感じる。しかし、結果はどうか。王は、バックミートで対応しようとしたが、前のめりになり、“腕が伸びた状態”になってネットミス。凡ミスに近いミスだ。中国のトップ選手が、こういった緩くて遅いボールを打ちミスするシーンは、なかなか見ることがない。
なぜ、こんなことが起きたのか。
それは、普段から早田がラリーで見せるドライブを中心とした速いボールは、すでに中国選手と双璧の威力とスピードがあり、それを想定して待たなければいけなかったからだろう。
本気で対応しなければいけない相手。だからこそ…
9-3となった早田は、またしても、フォアから緩いボールをクロスに放った。
放ったというよりは、緩く「入れた」という表現のほうがしっくりくるような遅い球だ。王は、またしてもこれにタイミングが合わずにミスをした。ループドライブのようにも見えない。軽打のようなボールだ。こういったボールで、まさか中国のトップ選手を倒せるとは、なかなか想像がつかない。それでも早田はこのままこのセットを取り切った。
3ゲーム目は、1-1からの攻防で、激しいラリーがあった。しかし、いつもの激しいラリーとはどこか違う。そう感じた人も多かった。
早田のフォア対王のバックの打ち合い。王道のラリーだ。しかし、ここでも早田は、中陣あたりから、速いドライブと、今度は遅いハーフボレーのようなボールを挟んだ。とにかく緩急をつけた揺さぶりだった。中陣からこれができるというのも早田の強みだ。リーチの長さを存分に生かした卓球を展開。サーブもよく効き、このセットを取り切る。
4ゲーム目。早田は、今度は速いドライブを主体にした。王も圧巻の回り込みのスピードを見せて、早田のフォア側を打ち抜いてきた。えげつない角度で、サイドを切るボールだ。ここは11-6で王が奪取。
5ゲーム目に入ると、早田がまた緩急をつけ始める。序盤ではロビングも駆使した。相手のバックの深い所へロビングを落とし、王がこれを打ちミスする場面があった。この戦い方は、まるで「サウスポーでリーチが長い」という自身と同じスタイルで戦うレジェンド・水谷隼を彷彿とさせた。ここは早田が勝ち切る。
観衆も目が離せなくなった第6ゲーム。ここでは早田が再び遅いボールを挟むが、王がこれにしっかり対応。打ち抜いてきた。さらに、王はチキータからバックミートを連発。その精度と速さは、やはり世界最高峰。早田もかなり左右に振られる展開に。最後は王のフォアドライブが決まった。
ラリーが互角だからこそ、驚きを生む“ユルいボール”
ゲームカウントは3-3。もつれこんだ、7ゲーム目。
序盤から中盤まで、バックミートの打ち合いが、さらに激しさを増していく。こうなると、王は有利の展開に。先にマッチポイントを握ったのは王。10-8とリードを取った。
ここで2本を取らなければ、後がない早田は、前後に激しく揺さぶられるラリーを執念のような球際の強さで凌ぎ切って、10-9に。手に汗握る次なる一本は、バックミートの打ち合いにしっかりと「体ごと入り込んだ」早田が制して、10-10。ジュースに。
ここからはもう、執念と執念のぶつかり合いだった。何度も何度も、先にマッチポイントを握られながらも、追いつく早田。それを振り切ろうとする王。ベンチも会場もボルテージは最高潮に達した。
10-11から、11-11に追いついた場面では早田に笑顔が見られた。それは、中国のトップを相手に、この舞台で「ここまで対等にできるんだ」という自信のようにも感じられた。
そして、11―12から、12-12に早田が追いついた場面では、今度は逆に、王が笑顔を見せた。それは間違いなく「早田はすごい」と認め、戦いが終わる前から讃え合っているような表情だった。
12-13へと王が突き放した一本はミドル気味のコースへフォアドライブ。王も、まだままだ、創意工夫をやめない。今度は早田が、ネットインのボールを、バックフリックで打ち抜く。13-13。
終わらない2人だけの世界はさらに続き、早田のバックミートがクロスに決まり、21-19で決着。見ている者、誰もが手に汗握る伝説の一戦が、ここに完結した。
7ゲーム目で際立ったのは、ジュースに入ってからのサービスエースや、速く激しいラリーだ。
しかし、そこにいたるまでには、しっかりとした伏線があった。
そこまで持ち込めた要因。それは、前半に早田が何度も使った「中国のトップ選手ともラリーが互角だからこそ、驚きを生む“ユルいボール”を挟むこと」だったのは間違いない。
互角であればこそ、緩急というラリーのバリーエションが増えたのだ。
戦術の幅が大きく広がった早田ひなによる「歴史が変わる試合」を、すべてのスポーツファンは、これからまた目の当たりにすることになるのではないか。そんな予感が、今、世界中に漂っている。
<了>
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