なぜ日本は卓球強国に変貌できたのか? 次々生まれる才能、知られざる“陰の立役者たち”の存在

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2021.08.23

卓球ニッポンは東京五輪でさらなる躍進を果たした。史上最多4個のメダルを獲得、しかもその1つは中国の壁を打ち破り手にした悲願の金メダルだ。しかしわずか9年前のロンドン五輪で初メダルを獲得するまでは、長い低迷期を過ごしてきた。なぜ日本はこれほどまでに卓球強国に変貌できたのか? そこには知られざる陰の立役者の存在がある――。

(文=渡辺友、写真=Getty Images)

長い低迷期を乗り越え、3大会連続&悲願の金メダル。その背景にあったのは…

多くのメダル獲得に日本中が沸き、数々の感動を生み出した東京五輪。中でも注目を浴びた競技といえば、混合ダブルスの金メダルを含め、4つのメダルを獲得した卓球だ。絶対王者の中国という高い壁がある中、そこに風穴を開けた日本ペアの勝利は、国内のみならず海外でも大きな話題となった。

オリンピックでは3大会連続のメダルを達成した卓球の日本チームだが、初メダルの2012年ロンドン大会までは、なかなか勝てない時代が続いていた。そんな日本がなぜ低迷期を乗り越え、中国に次ぐ強豪国にのし上がることができたのだろうか。

卓球ニッポン復活の理由としてよく語られる要素の一つが、ロンドン五輪での初メダルにも貢献した福原愛さんの存在だ。国民的なスターの誕生が卓球の認知度、人気を高めたことはもちろんのこと、彼女の影響により幼少期から競技をスタートさせる選手が急増。早期の英才教育が日本のレベルアップにつながっていった。

また男子においては、2002年から始まったドイツ留学の効果も大きい。強豪のドイツに中学、高校のトップ選手を送り込み、プロの環境の中で最新の卓球を学ばせたことで若手のレベルが上昇。その一番の成功者こそ、中学2年でドイツに渡った水谷隼である。

そして日本卓球界の大きな変革の一つが、日本卓球協会の宮﨑義仁強化本部長が、2001年の男子日本代表監督就任時に立ち上げたホープスナショナルチーム(HNT)。小学生の日本代表チームをつくり、若い世代に日の丸を背負う自覚を持たせ、世界で戦うために必要なことを学ばせた。このHNTの1期生にいたのも、やはり水谷隼だ。

その他、味の素ナショナルトレーニングセンターという強化の拠点ができたことや、有望な若手を育成するJOCエリートアカデミー事業など、さまざまな要因によって日本の育成システムは整っていき、そのような中で水谷や伊藤美誠のような傑出した才能が開花。そして今年、東京五輪金メダルという形で結実したというわけだ。

ほぼ休みなし。それでも選手のために走り続ける全国の指導者たち

近年の日本の強化を語る上で、選手を育成する指導者の存在も忘れてはならない。中でも、小学生を育成する全国各地の優秀な指導者たちこそ、日本躍進の立役者といってもいいのではないだろうか。

今の卓球界では、小学生時代に全国で結果を残すことが世界で活躍するための条件といわれるほどで、事実、今回のオリンピックに出場した日本代表6選手も、全員小学生の時に日本一に輝いている。

つまり、国際競争力の高い選手を育成するには、強化の入り口である小学生のクラブでどれだけ質の高い指導を受けさせることができるかが鍵であり、未来の日本代表選手の土台をつくり上げる大役を担っているのが小学生指導者なのだ。

現在、日本卓球協会には約1万2000人(2020年度)の小学生が登録をしている(コロナ禍以前は約1万5000人)。子どもたちを指導する指導者は、プロ、アマチュア、ボランティアとさまざまだが、全国トップクラスの選手を育てる指導者の多くは、卓球場を経営するプロコーチ。教え子を日本一に導くため、ほぼ毎日夜遅くまで指導にあたり、土日には大会の引率もあるので、ほとんど休みがないケースも珍しくない。それほどの時間をかけても、ジュニア指導で得られる収入は決して多くはなく、物販などで店舗経営を維持しつつ、日夜強化にあたっている。

全国大会で優勝しても、クラブから世界大会のメダリストを輩出しても、彼らに報奨金が入るわけではなく、ただただ「世界で勝てる選手を育てたい」「チャンピオンをつくりたい」という情熱だけが指導者たちを突き動かしている。世界一を目指す日本の卓球界において、彼らのような熱いハートを持った指導者がいかに貴重な存在か、あらためて認識する必要はあるだろう。

ホープスナショナルチームは、選手だけでなく指導者の質も向上させた

この数年で、選手の実力だけでなく、指導者の質、指導力も大きく向上したといわれている。その理由として、小学生指導者も「世界」を意識するようになったという点が挙げられる。

一昔前は、国内で結果を出すことに主眼が置かれ、世界を見据える指導者はほんの一握りだった。そのため、将来的な国際競争力にはつながりにくいが国内で勝ちやすいプレースタイルが流行し、日本の低迷期を長続きさせる原因にもなっていた。

冒頭で日本復活の要因としてホープスナショナルチームを挙げたが、これは指導者育成という面でも影響は大きいだろう。自分の教え子が日の丸をつけ、世界を目指して練習に励むようになれば、クラブで指導するコーチの視線もおのずと世界へと向いていくからだ。

またホープスナショナルチームには男女合わせて20人を超えるコーチングスタッフがいるが、その多くは現場で活躍するクラブのコーチたち。ナショナルチームのスタッフとして世界を見据えた指導法を学び、それがクラブの指導にも生かされ、培ったノウハウは他のチームにも伝播(でんぱ)していく。

指導者自身の日々の研鑽(けんさん)、そしてナショナルチームからの情報発信、これらがうまくかみ合ったことで、全国の指導者のレベルは飛躍的に高まった。その結果、世界で勝てるプレースタイルを身に付けた有望な若手が多く育成され、日本全体のレベル向上につながったことは間違いないだろう。

また小学生のカテゴリーでは、親が子を指導し、チャンピオンを育て上げるケースも多い。現在の日本代表もほとんどが親の指導を受けて強くなった選手たちだ。

複数の生徒を抱えるクラブとしては、一人の選手に費やす労力には限界があるが、親子指導にはそれがない。多くの場合は自宅に卓球台があったり、卓球場を持っているため練習環境は整っており、時間も自由が利く。そして何より実の親子なのだから、「強くさせたい」という情熱もかなりのものだ。

それゆえに、一般常識と照らし合わせると批判が出かねない“いき過ぎた”指導になってしまうことも多々あるわけだが、彼らのような「超」が付くレベルの英才教育から突出した選手が誕生しているのもまた事実。クラブのコーチと同じく、このような“親子鷹”の存在も、日本の競技力を高める要因になっている。

黄金世代の下にも次世代のスター候補が続々と登場。他国もうらやむ陣容に

また、今までは小・中学校、高校、大学、社会人という各カテゴリーの強化が別々に行われている状況があったが、現在は「世界で勝つ」という共通スローガンの下、一貫指導の体制に改善されている点も大きい。小学生のホープスナショナルチームの上には、中学・高校のジュニアナショナルチームがあり、シニアのナショナルチームへと強化の道はつながっている。

そのような一貫指導の成果もあり、現在の日本では次世代のスター候補選手が次々と育ってきている。

女子のトップで活躍する伊藤美誠、平野美宇、早田ひなの黄金世代でさえまだ20、21歳で、すぐ下には19歳の長﨑美柚、17歳の木原美悠らも2024年パリ五輪候補として名を連ねる。

男子では、張本智和に次ぐ期待の星として、中学2年の松島輝空に注目が集まっている。小学6年の時に全日本選手権ジュニアの部(高校2年以下の部門)で準優勝。今年6月のアジア選手権日本代表選考会では、2020年全日本王者の宇田幸矢を倒すなど、14歳にして、その実力はシニアのトップレベルに到達している。

張本智和の妹、中学1年の張本美和も女子の次世代を担うエース候補だ。小学生の時点でジュニアナショナルチーム(U18)メンバーにも選出されており、来年1月の全日本選手権ではジュニアと一般の両方で活躍が期待される。

さらに下の世代を見ると、松下輝空の妹の美空(小学2年)も新たな注目株だ。今年7月の全日本選手権ホープス・カブ・バンビの部(小学生以下の部門)では、圧倒的な実力でバンビの部(小学2年以下)を制覇。兄とともにこれからどんな成長を見せてくれるのか、非常に楽しみな存在だ。

中国との差を埋めるのは容易ではない。次なる金メダルへ、戦いは続く

このように、継続的に有望な選手を育成し続けている日本は、他国から見たら間違いなくうらやましい存在であり、その未来は明るいといえるだろう。

国を挙げて強化にあたる中国の育成システムにはまだまだ及ばない点は多い。小学生の国際大会では日本と中国はほぼ互角だが、それ以降のジュニア世代では、学校教育の中で強化する日本とプロに近い環境で練習できる中国とでは、どうしても差が開いていくのが現実であり、そこを埋めるのは至難の業だ。

とはいえ、日本が中国を倒し得る存在になったこともまた事実であり、まさに東京五輪でそれは証明された。「打倒中国」という長く使われてきたスローガンが、奇跡に頼った夢ではなく、実現可能な目標に変わってきている。

水谷隼と伊藤美誠が獲得した金メダルは、偶然の産物ではない。世界と戦い続けてきた日本卓球界の長い歴史の積み重ねと、才能にあふれた選手たちのたゆまぬ努力、そして世界を目指して選手を導いてきた指導者たちの情熱の証しなのだ。そして、この金メダルは次世代へと引き継がれ、次なる金メダルへの道しるべになっていくはずだ。

<了>

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