「部活をやめても野球をやりたい選手がこんなにいる」甲子園を“目指さない”選手の受け皿GXAスカイホークスの挑戦
阪神甲子園球場で開催された第106回全国高等学校野球選手権――通称・夏の甲子園は京都国際の初優勝で幕を閉じた。高野連の発表によると、今年の参加数は3715校・3441チーム。人口減やそれにともなう競技人口減少の影響で全盛期には及ばないが、それでも毎年、これだけの高校が「夏の甲子園」を目指して戦っている――。硬式野球をプレーする高校生であれば、誰もが憧れる舞台。それが、甲子園なのは今も昔も変わらないし、それが「当たり前」だと誰もが思うだろう。ただ、中にはそんな「当たり前」を目指さない選手、チームもいることをご存じだろうか?
(文・撮影=花田雪)
部活をやめても野球は続けたいと考えている選手たちの受け皿
夏の高校野球が始まる前、筆者が訪れたのは神奈川県大和市にある大和スタジアム。球場入口には水島新司先生の名作『ドカベン』の主人公・山田太郎と里中智のブロンズ像がたたずむ。夏の高校野球神奈川大会の会場としても知られるこのスタジアムで、平日の午前中から汗を流すチームがいる。
両翼95メートル、中堅120メートル。緑の人工芝がまぶしいグラウンドに出ると、そこには10代後半~20代前半と思しき選手たちが、練習着姿でシートノックを受けていた。「普通」の高校生であれば、授業を受けている時間帯だ。
チームの名前はGXAスカイホークス。大和市を本拠地として活動する、硬式野球クラブチーム(アカデミーチーム)だ。所属するメンバーは現在39名。そのほとんどが、16~22歳までの高校~大学世代の選手たちになる。彼らはみな、事情は違えど「部活動」の野球ではなく、スカイホークスでプレーすることを選択し、入団している。
チームの運営責任者で、コーチも務める鈴木大樹さんは、立ち上げの経緯をこう説明してくれた。
「日本の高校野球は、年間で約1万人の途中退部者がいると言われています。その中には、部活をやめても野球は続けたいと考えている選手が多くいる。そんな選手たちの受け皿としてスカイホークスは生まれました」
チームの創設は2014年。当初は1人の選手からスタートしたが、徐々にその存在が周知され、現在では多くの選手が門戸を叩くまでになった。練習時間は平日が9~13時まで。土日祝日は独立リーグのチームなどと練習試合が組まれることも多い。
高校生は所属全選手が日本航空高校の通信制に籍を置き、平日は練習終了後に大和スタジアムの近くにある大和学習支援センターで高校生コースの授業を受講する。大学生は授業との兼ね合いを見ながらチーム練習、試合に参加しているという。
「ウチに来る選手は、多かれ少なかれ、なにかしらの事情があって野球部をやめたり、部活動でのプレーを選ばなかった選手ばかりです。ただ、だからと言って腫れ物扱いはしません。ダメなものはダメと言うし、時には厳しい言葉もかける。挫折と言ったら少し語弊があるかもしれませんが、だからこそ選手たちには『ウチでも同じことになるようなら、社会に出たとき大変だぞ』ということは伝えるようにしています」 野球を続けたい選手たちの「受け皿」としてだけでなく、プロや大学、社会人など次のステージを目指すサポートを行う――。だからこそ、時には選手を律することも必要だという。
「プロ並み」の体格を持ち、今秋のドラフト指名を目指す強打者
スカイホークスの練習を見ていると、ひときわ目立つ選手がいた。チームでキャプテンを務める木村翔平だ。現在、18歳の高校3年生。187センチ98キロという「プロ並み」の体格はもちろん、フリー打撃では鋭い打球を連発。木製バットながら、決して狭くはない大和スタジアムで柵越えを放つことも珍しくはない。
木村は地元・神奈川の上鶴間ブラックス、座間ボーイズでプレーし、中学卒業後は一度、県外の強豪校へと進学した。高校でも1年夏が終わったあと、いわゆる「一軍メンバー」に選ばれていたが、同年秋に野球部を退部し、スカイホークスに入団している。
「もともと、集団行動が苦手なんです。特に『部活動』というモノが自分には合わないなと思っていて……。上に姉がいることもあって、小さなころから同い年よりも年上と過ごすほうが楽な部分もあったかもしれないです。じゃあ、なんで『野球』を選んだんだよって話ですよね(笑)」
自虐的にそう笑う木村だが、高校をやめたときから、「違う高校で野球をやる」という選択肢はなかった。そんなとき、両親が見つけてきてくれたのがスカイホークスだ。
「練習を見に行って、すぐに『ここでやる』と決めました。実際に入ってみても、年齢が違う選手も多いですし、基本的に自分で自分のことをやらなければいけない。そういう意味では部活とは全然違います。そのぶん、どれだけ自分に厳しくできるのか、という側面もあると思っています。あとは、両親ですね。学校をやめても、チームを探してくれて、お金も出してくれて……少しでも恩返しができるように、結果を残さなきゃいけないと思っています」
卒業後の目標は、プロ一本。どの団体にも加盟していないクラブチームからのプロ入りとなれば異例だが、フィジカルも含めポテンシャルは十分ある。「普通」の高校生とは違い、アピールの場は限られているが、それでも取材時点で対外試合40試合7本塁打を放っているパワーと「練習中」という内野守備を磨き、今秋のドラフト指名を目指している。
3年間所属した野球部の退部を決意した左腕投手
大学4年生の22歳、家接光輝は今年の春からチームに加入した左腕投手だ。中学は地元の横浜北斗ボーイズでプレーし、高校は静岡の静清高校でプレー。その後、明治学院大学に進学して野球部に入部したが、最終学年に上がったタイミングで退部を決断した。
「チームがどうこうというわけでなく、僕自身が卒業後も上のレベルで野球をやりたいと感じている中で『このままでいいんだろうか』と悩んでいたんです。あと1年で卒業して、そこから先も野球を続けたいと考えたとき、どうするのがベストなのか……いろいろと考えた末に、スカイホークスでプレーすることを決めました」
3年間所属した野球部を退部する――。決して簡単な決断ではなかったはずだが、そんな家接の背中を押した存在がいる。それが現在、仙台大学でプレーする渡邉一生だ、渡邉はスカイホークスのOBで、高校卒業後に仙台大へ進学。3年生となった今季、春のリーグ戦でMVP、最優秀投手、ベストナインの三冠に輝いて大学選手権にも出場。来年のドラフト候補にも名が挙がる大学球界屈指のサウスポーだ。
「一生とは中学時代、チームは違ったんですけどよく対戦していて、いわゆる『ライバル』みたいな存在でした。彼がスカイホークスから大学へ行って活躍しているのも知っていたので、チームのことを聞いたりもしました。1学年下ですけど前向きな言葉もかけてくれて、それも、スカイホークスでやる決断をできた理由の一つです」
木村も家接も、事情は違えど「野球を続けたい」という思いから、環境を変える選択をした。スカイホークスには、そんな選手たちが集まっている。
「部活をやめても野球をやりたい選手が…」
さまざまな事情から「普通」の部活動ではない形で野球を続ける選択をした選手たちが集うスカイホークス。そんなチームを率いるのがヤクルト、オリックスでもプレーした副島孔太監督だ。
「お話を頂いて監督をやらせてもらったら、年々選手が増えて『部活をやめても野球をやりたい選手がこんなにいるのか……』と驚きました」
副島監督は、就任当初をこう振り返る。無理もない。自身は全国的にも強豪として知られる桐蔭学園、法政大学を経てプロ入りという「野球選手の王道」のような人生を歩んできた選手だ。ただ、スカイホークスの選手たちは違う。
「もちろん、僕らのころとは時代も違いますし、選手たちにもいろいろな事情がある。ただ、グラウンドでやるべきことって、実はそこまで違いはないんです。自分のやるべきことをやる。礼を尽くす。野球に真剣に取り組む。だから、このチームだからといって指導方法を変えるようなことはありません」
もちろん、世代も実力もバラバラの選手を指導するうえでの工夫は必要だ。
「大学や社会人、プロといった上を目指す選手だけでなく、部活動でやれなかった『楽しい野球』をやりたいと入団している選手もいます。レベルに合わせて求めるもの、指導方法を変える必要はありますけど、それでもやはり、野球にしっかりと向き合うという点は同じだと思っています」
「本当なら、ウチには来ないほうが一番いいんだぞ」
時代は変わり、部活動でもかつてのような厳しい指導は行えなくなった。その一方で、いまなお「行き過ぎた指導」が問題になることもある。そんな日本の「部活動」について、副島監督はどう感じているのか。
「もちろん、部活動という枠組みの中で問題が起こるケースはあると思います。ただ、ほとんどの指導者は本当に選手のためを思ってやっていることも、わかってほしいなという気持ちはあります。部活をやめなければいけない理由も人それぞれで、環境だったり、人間関係だったり……。一概にくくれないからこそ解決しないし、難しい。だからこそ、今はスカイホークスのようなチームが存在する理由もあるのかなと考えています」
副島監督は、チームに入団した選手にこんな言葉をかけているという。
「本当なら、ウチには来ないほうが一番いいんだぞ」
チームを率いる監督としては、矛盾する言葉かもしれない。ただ、野球人として、その言葉が本心なのは十分理解できた。
スカイホークスは現在、高野連はもちろん、JABA(日本野球連盟)にも加盟せずに独自の活動を続けている。そのため、いわゆる「公式戦」に参加することはない。それでも、チームスタッフの懸命の努力もあって、近年は「オープン戦」「練習試合」という形で選手に実戦の場を提供することもできるようになっている。
また、卒業後も大学、社会人、独立リーグなど、次のステージで野球を続けられる選手も増えているという。
野球を続けたい選手の受け皿に――。
甲子園を目指すことはできないが、そうではない次のステップへ。GXAスカイホークスのチャレンジは、これからも続いていく。
<了>
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