高校球児らしさとは何か? WBCとセンバツの事象に見る「野球を楽しむ」重要性と難しさ
日本中がWBCの侍ジャパンの活躍に沸いていた3月18日。高校野球のセンバツ大会1回戦、山梨学院高校と東北高校の試合において、東北高校の選手が「ペッパーミル・パフォーマンス」を行い、賛否を呼んだ。本来スポーツを行う最大の目的であるはずの「楽しむ」という行為が、日本の野球界にとっては、意外に厄介な言葉であるという。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
「とにかく楽しく野球を…」侍ジャパンが示した野球の原点
先に行われたワールド・ベースボール・クラシック(以下WBC)。日本代表こと侍ジャパンは“劇的”と呼ぶことすらはばかられるような衝撃的な展開の末、14年ぶりの世界一に輝いた。
1次ラウンドから決勝までの全7試合が地上波の中継で世帯視聴率40%以上を記録。まさに“国民的行事”となったWBCを振り返ったとき、特に印象に残ったのが大会中の選手たちの表情、侍ジャパンというチームが醸し出す雰囲気だった。
文字通り、投打の柱としてチームを世界一へと導いた大谷翔平は大会中、これまでにないほど感情を爆発させた。大谷以外の選手もみな、その一投、一打に声を上げ、はたから見てもチームの雰囲気は“最高”のものだった。
日本を、世界を代表するスーパースターたちがまるで少年のように一喜一憂する姿は、野球が、スポーツが持つ本来の姿を体現しているように思えた。
決勝戦後、チームの精神的支柱だったダルビッシュ有はインタビューで「とにかく楽しく野球しているところを、ファンの方々に見てもらうのが大事だと思っていた」と語った。
ダルビッシュだけではない。大会前半、不調に苦しんでいた主砲・村上宗隆は1次ラウンド突破後、自身のインスタグラムでケガで代表を辞退した鈴木誠也の動画メッセージを公開。動画は鈴木誠也が村上の打撃フォームをコミカルにモノマネし、最後に「顔を上げて頑張れ」とメッセージを送るというものだったが、相当な重圧がかかっているはずの状況で、「#そろそろ打てや村上って言ってください」と自虐ネタともとれる投稿ができる村上のメンタリティには驚愕するしかなかった。
センバツで起きたペッパーミル・パフォーマンス問題
国を背負い、国旗をまとってプレーする国際大会という大舞台で、侍ジャパンの面々はスポーツの原点である「楽しむ」を最後まで貫き通した。
日本のトップオブトップが示したこの姿は、多くの人に野球の本質を改めて考えるキッカケになったはずだ。
しかし、この「楽しむ」――。日本の野球界にとっては、意外に厄介な言葉でもある。
WBC開催中の3月18日、高校野球のセンバツ大会初日に、事件が起きた。山梨学院(山梨)対東北(宮城)の初回、東北の先頭打者が相手エラーで出塁すると、塁上で侍ジャパンのラーズ・ヌートバーが持ち込み、日本でも大ブームとなっていたペッパーミル・パフォーマンスを披露。直後、一塁塁審は当該選手とベンチに対し「パフォーマンスはダメ」という主旨の注意を行った。
この試合で敗れた東北の佐藤洋監督は試合後、「なんでこんなことで、子どもたちが楽しんでいる野球を大人たちが止めるのかと感じました。もう少し、子どもたちが自由に野球を楽しむことを考えてほしい。日本中が盛り上がっているのになんでダメなのか、理由が聞きたい」と発言。
WBCと高校野球――。立場も、状況も違うとはいえ、佐藤監督もここで「楽しむ」という言葉を発した。そのうえで、なぜ、大人たちがそれを止めるのかと異議を唱えた。
この一件はその後、賛否両論飛び交う一大事へと発展する。
先に筆者の考えを述べさせてもらえるなら、私は「高校野球で、パフォーマンスはアリ」と考えている。高校野球ではこの一件以外にも過去、過度なガッツポーズや感情表現を注意されるシーンがたびたび見られた。そのたびに「そこまで注意しなくてもいいのに……」と感じていたのも事実だ。
「ブラック校則」に近いものを感じる日本高野連の対応
ただし、センバツでの一件については一つだけ、引っかかる部分もある。
それが、パフォーマンスが行われたのが“相手エラー”の直後だったということだ。自らのヒットや、ファインプレーではなく相手のミス――。確かにその一点に関しては突っ込まれても致し方ないと思う。
ただ、だからこそ大人、この場合でいえば日本高校野球連盟(以下、高野連)には、「高校野球としては、不要なパフォーマンスやジェスチャーは従来より慎むようお願いしてきました。試合を楽しみたいという選手の気持ちは理解できますが、プレーで楽しんでほしいというのが当連盟の考え方です」という通り一辺倒のコメントではなく、もう少し具体的に、なぜあの場面でのパフォーマンスがダメなのかを明言してほしかった。
このコメントからは「シチュエーションにかかわらず、試合中のパフォーマンスは禁止」という意図が透けて見える。相手のエラーであろうが、ヒットであろうが、パフォーマンスはダメだと。また「従来より慎むようにお願いしてきました」という一文からは、「これまでもそうしてきたから」という理由だけで一向に改善されない「ブラック校則」に近いものを感じてしまった。
「選手に思いきりプレーしてほしい」という思い
確かに、高校野球は“スポーツ”とは別に“学校の部活動”という側面を持つ。楽しむことは大切だが、同時に100年以上にわたり“教育の一環”という言葉が用いられてきたのも事実だ。
ネットやSNSでこの件についてのさまざまな意見を見るうちに、筆者は過去に取材した一人の指導者の言葉を思い出した。
15年前のことだ。同年、夏の甲子園で準優勝に輝いた静岡・常葉大菊川高校の佐野心監督(当時/現浜松開誠館高校野球部監督)にインタビューする機会があった。常葉大菊川はその前年、2007年のセンバツで甲子園初制覇。特に話題となったのが、大会を通じて犠打がわずか1という「バントをしない野球」だった。高い投手力と守備力が躍進の原動力になったのは間違いないが、やはり最大の“色”は野手全員がフルスイングする攻撃的な野球。
「バントをしない」ことについて当時の佐野監督はこう語っている。
「バントのサインを出さないのは、選手たちに後悔だけはさせたくないから。フルスイングでの三振とバントの失敗、同じ1アウトでも選手の感じ方が違います。好きでバントする子なんていないでしょう。だから、どんな場面でも自分のできるベストのプレーをさせてあげたい。もちろん、バントが悪いとは思いません。どうしても……という場面ではサインを出すこともある。でも、フルスイングできる場面なら『思い切り打ってこい』と選手を送り出してあげたい」
佐野監督は現役時代、浜松商業高校(高校)、専修大学(大学)、いすゞ自動車(社会人)、中日ドラゴンズ(プロ)とすべてのカテゴリでプレーした経験を持つ。「選手に思いきりプレーしてほしい」という思いは、自らの経験からくる部分も多かった。
「高校野球までしかできないことってあるんです。例えば大学では学校の名誉、社会人では名誉はもちろん会社の宣伝、プロでは勝つこと、活躍することが自分の収入につながる。カテゴリが上がるほど“背負う”ものが増えてくる。高校野球はそういう“なにか”を背負わずにプレーできる最後の野球です。だからこそ、選手たちには思う存分、自分のやりたいプレーをしてほしいんです」
「点が入ればうれしいのは日本の子どもも、ブラジルの子どもも同じ」
今でこそ、「バントを(ほとんど)しない」「フルスイング野球」を取り入れる高校は少しずつ増えてきている印象だが、当時の高校野球界では異質でもあった。しかし、佐野監督は15年前の時点で「それこそが野球の原点」とも語っていた。
「高校日本代表に指導者として参加させていただく機会があって、ブラジルへ行ったんです。現地の野球を見て、衝撃を受けました。1点入るだけで、まるでサヨナラ勝ちのようにベンチから選手たちが飛び出してきて大騒ぎする。サッカーの影響もあるのかもしれません。
もちろん国民性も違うし、日本の高校野球で同じことができるとは思わない。ただ、点が入ればうれしいのは日本の子どもも、ブラジルの子どもも同じですよね。そう考えると、1点に大騒ぎすることも別に不思議なことではないんです。ブラジルで見た野球は新鮮だったし、こんな野球があってもいいと。
常に全力でプレーして、全力で楽しむのが、私たちが子どものころから親しんできた野球の原点です。日本の高校野球には勝つまでは冷静でいなければいけないという美学もありますけど、別に、ヒットを打ったり、三振を奪ったり、点が入ったら感情を出してもいいじゃないかと」
高校野球とは、なにか。高校球児らしさとは、なにか。
あれから15年が経ち、今も高校野球の指導を続けている佐野監督が当時と同じ思いでいるとは限らないかもしれない。それでも、15年前の時点ですでに「選手たちには全力で野球を楽しんでほしい」と考えている指導者がいたことは事実だ。
センバツでのパフォーマンスは、シチュエーションを考えると確かに避けたほうがよかったのかもしれない。
ただ、そこで議論すべきは「なぜ、ダメなのか」という理由だ。
なぜ、ダメなのかがわかれば、今度は「なにがいいのか」が浮き彫りになる。
高校野球が100年以上にわたって積み上げてきた伝統の中には、確かに守っていくべきものもあるだろう。ただ、時代は変わる。当然、高校野球の在り方にも変化は必要になる。
「従来より慎むようお願いしてきました」という一言で片づけるのではなく、「なぜ」「なにが」を考えることが、より良い未来につながるはずだ。
高校野球とは、なにか。
高校球児らしさとは、なにか。
野球の原点とは、なにか。
元号が令和に変わり、もうすぐ丸4年が経つ。思考を止めず、それを考え続けることが必要な時代になっているはずだ。
<了>
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