吉田正尚の打撃は「小6の時点でほぼ完成」。中学時代の恩師が語る、市政まで動かした打撃センスとそのルーツ

Career
2023.03.07

3月9日に初戦を迎えるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。14年ぶりの世界一を目指す侍ジャパンは“史上最強”といわれるメンバーが顔をそろえる。なかでもアメリカ・メジャーリーグで活躍中のダルビッシュ有と大谷翔平、サプライズ招集となった日系人メジャーリーガーのラース・ヌートバーに大きな注目が集まっている。加えて、忘れてはならないのが昨年末にレッドソックスと5年契約を結んだ吉田正尚の存在だ。6歳で野球を始め、福井の地で育った日本が誇る“左のスラッガー”は、すでに小学生のときから「モノが違った」という。中学時代の恩師から「挫折を知らない」別格の存在だと言わしめる、吉田のルーツとは?

(文・撮影=花田雪)

「モノが違った」小6の時点でほぼ完成されていたバッティング

「野球人生の中で、“挫折”なんて味わったことないんじゃないかな?」

昨年オフにオリックス・バファローズからメジャーリーグのボストン・レッドソックスに移籍し、WBCでも侍ジャパンの主軸として期待される吉田正尚。

そんな吉田を中学時代に指導した鯖江ボーイズ・佐々木昭弘監督はこう語る。

「挫折を知らない」という言葉を額面通りに受け取ってしまうと、時にネガティブな印象も与えてしまいがちだが、佐々木監督の真意は違う。

「長いこと野球をやっていれば、どこかで壁にぶち当たるのが普通です。中学、高校、大学、プロと進めば、周囲のレベルの高さに戸惑うことも出てくる。でも、吉田にはそういう印象が全くないんです。もちろん、その裏には彼の努力があったのは間違いないと思うんですけどね」

福井県鯖江市で活動する鯖江ボーイズは、2015年に日本一にもなった名門チーム。吉田以外にも過去には東出輝裕(元広島)ら計10人もの選手をプロに輩出している。

だが、のちにプロ入りすることになる選手を何人も指導してきた佐々木監督から見ても、中学校時代の吉田少年は「モノが違った」という。

「初めて見たのは彼が小学6年生のとき。チームの練習体験会に参加したんですけど、その時点で周囲とのレベルの差は明らかでした。とにかくスイングがきれい。今も豪快なスイングが代名詞ですけど、当時からバッティングの印象はほとんど変わっていません。つまり、小6の時点でほぼ完成されていたということですよね」

本稿では、書籍『オリックス・バファローズはいかに強くなったのか~選手たちの知られざる少年時代~』でも明かされ話題になった、吉田の中学時代を振り返る。

一人の中学生が市政まで動かした、当時の怪物ぶりを示すエピソード

中学1年時はヒジの故障もあって試合に出ることはなかったが、ケガが完治し、プレーが可能になると、吉田少年は一気に頭角を現した。

「リハビリ明けなので少し時間がかかるかな……と思ったんですけど、そんなのは関係なかったですね(笑)。2年生になったら学年では唯一のレギュラー。3年生に混ざって、打順も5番を打っていました」

当時の怪物ぶりを示すエピソードがある。

鯖江ボーイズの練習グラウンドは市が運営する西山公園野球場。両翼は91メートルあり、ライト側には道路を挟んで住宅が建ち並んでいる。91メートルといえば、中学生にとっては決して狭くない。だが、吉田少年は打撃練習で場外弾を連発。車や住宅に打球が当たっては危ないと、打撃練習中は保護者たちがライト後方の道路にずらりと並び、ボール拾いを行っていたという。

「吉田が打つときは車が通るたびに練習をストップさせていました。そんな状況が続いたある日、市がライト側に防球ネットを設営してくれたんです。理由は直接言われていませんが、近隣から苦情があったのかもしれません(笑)。ただ、間違いなく吉田が打球を飛ばし過ぎるので建ったんだろうなと、関係者はみんな言っています。だから今でも、あの防球ネットは伝説のように『吉田ネット』と呼ばれているんです」

一人の中学生が市政まで動かしたとは驚きだ。

「3年生になるころには、完全にチームの中心選手。せっかく建ててもらった防球ネットを越えることも珍しくありませんでした。ただ、技術以上に強く印象に残っているのは練習や野球に対する姿勢です。外から見ても『同級生に負けるなんて考えられない』と思ってプレーしているのがわかるくらいでしたし、打撃練習でも放っておくと自分が納得するまで打ち続ける。いつまでたってもチームメートに譲らないので、私たちも『いつまで打っとるんじゃ!』と叱りつけていました(笑)」

技術面では全く問題ない。身長が低かったという一点だけが…

佐々木監督自身も長年の指導者歴で「間違いなくナンバーワン」と太鼓判を押す吉田の打撃技術は、「誰にも負けたくない」という負けず嫌いな気質と、指導者から叱り飛ばされるまで打ち続ける練習熱心さによって培われてきた。

「よく、『当時はどんな指導をしていたのか?』と質問されることがあるんですけど、恥ずかしい話、吉田に打撃について指導したことなんて一つもないんです。中学生の時点で高校生のような考え方を持って野球をやっているのは指導者から見てもわかりましたし、とにかく『全力で打て、全力で走れ』しか言っていません。このまま大きく育ってくれればそれでいい。実際に高校、大学、プロとしっかり結果を残しているので、改めて『すごい選手だったんだな』と感じています」

記事冒頭に「野球人生で挫折を味わっていない」と書いたが、佐々木監督が教え子でありながら吉田を「すごい選手」と感じている理由がこれだ。

とはいえ、どのカテゴリの指導者も、教え子が新たなステージに進めば、期待だけでなく心配するのが親心というもの。佐々木監督も、例外ではない。

「技術面では全く問題ないと思っていましたが、吉田の場合は身長が低かったという一点だけが心配でした。当時から『180センチくらいまで伸びれば間違いなくプロに行く』と思っていましたけど、結果としてそこまで伸びることはなかった。それでも、高校に進学したら1年夏から4番として甲子園に出て、大学に行っても1年春からチームの4番。プロ1年目はケガで出場数こそ少なかったですけど、試合に出れば結果を残しました。

高校に進学してからはなかなか試合を見る機会もなくなりましたけど、周囲から話だけは入ってくる。そのたびに『吉田、すごいよ』と言われる。『今、ちょっと苦しんでる』とか『壁にぶつかっている』なんて話は一度も聞いたことがない。そうやって、気づけば(東京五輪で)金メダルを取って、(オリックスで)日本一になって、メジャーリーガーですからね(笑)」

「WBCでもメジャーでも、きっと結果を残してくれる」

2023年、吉田はこれまでの野球人生の中でも最大の挑戦に臨んでいる。

かねてから目標と公言していたメジャー移籍を果たし、なおかつ移籍1年目にWBC出場も決断した。過去の例を見てもメジャー移籍1年目でのWBC出場は異例中の異例。

新たな環境にアジャストすべきシーズン前に、国際舞台での真剣勝負に挑む。ともすれば、大事な「メジャー1年目」の成績に大きな影響を与えかねない決断だ。

それでも、佐々木監督はかつての教え子に大きな期待を抱いている。

「中学でも高校でも、大学でもプロでも、試合にさえ出られれば最初から結果を残してきた男です。もちろん、これまで以上に大きな挑戦なのは間違いないと思いますけど、吉田ならやってくれる、と期待しています。心配なのはケガだけですね。中学時代もプロ1年目も、そこで少しだけつまずきましたから。ただ、体さえ万全ならWBCでもメジャーでも、きっと結果を残してくれると思います」

「野球人生で、“挫折”なんて味わったことない」

新たな環境でも常に結果を残し続けてきた男・吉田正尚がWBCでどんなプレーを見せてくれるのか。その先にあるメジャー1年目でどんな結果を残すのか――。

かつての恩師の言葉を聞いて、その期待は膨むばかりだ。

<了>

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