「全54のJクラブの中でもトップクラスの設備」J2水戸の廃校を活用した複合施設アツマーレが生み出す相乗効果

Training
2023.08.10

茨城県西北部に位置する城里町。自然あふれる場所に2018年に完成したのが水戸ホーリーホックのトレーニング施設「アツマーレ」だ。天然芝のグラウンドが2面あり、クラブハウスにはトレーニングルームも、食事を提供する環境もある。水戸ホーリーホック取締役GMを務める西村卓朗は、その恵まれたハード面の環境と合わせて「様々なコミュニケーションが育まれる施設」であることが重要だと話す。本稿では、西村の著書『世界で最もヒトが育つクラブへ「水戸ホーリーホックの挑戦」』の抜粋を通して、Jリーグクラブの施設のあり方を考える。

(文=西村卓朗、構成=佐藤拓也、写真提供=水戸ホーリーホック)

全54のJクラブの中でもトップクラスの設備

2018年、水戸ホーリーホックにとって歴史的な出来事がありました。トレーニング施設「アツマーレ」が完成したのです。「アツマーレ」は2015年3月に廃校となった旧・城里町立七会中学校を利用した支所・公民館・バーベキュー施設の機能を集約した複合施設で、水戸ホーリーホックはその施設の一部をクラブハウスや練習場として利用しています。

廃校を活用した行政施設とプロサッカークラブのクラブハウスを兼ねた複合施設は日本初の取り組みということで、スポーツ界から大きな注目を集めました。2018年2月13日の供用開始に先駆けて1月28日に開催された竣工式と内覧会には、Jリーグの村井満チェアマン(当時)にも列席していただきました。

土だった校庭は天然芝グラウンド2面に変わり、校舎内は改修されて、J1ライセンスの基準を満たす選手のロッカールームやシャワー室、ミーティングルーム、トレーニングルーム、監督室、フロント事務所、プレスルームなどが設置されました。ただ、大きな下駄箱のある昇降口、渡り廊下、当時の本がそのまま残った図書室など至る所に校舎だった名残を感じさせる施設となっていて、今でもクラブハウスに入ると、学生時代を思い出してしまいます。

アツマーレが完成するまで、練習場として使用していたのは水戸市水府町の「ホーリーピッチ」と名付けられたグラウンドでした。ホーリーピッチは2006年に那珂川の河川敷に整備された水戸ホーリーホック専用の練習場でした。グラウンドは広く、水戸駅から徒歩10分という好立地にあることはよかったのですが、元々ホテルが建てられていた場所だったことから土が硬く、さらに散水機能を持たないことから芝生の生育に適しておらず、練習施設として“良い環境”と言うことはできませんでした。また、台風や大雨などで川が氾濫した際には水没してしまい、数カ月間使用ができなくなるというリスクもありました。そうした環境で練習する日々が続いていただけに、「アツマーレ」の完成は我々にとって念願でした。

水戸市街から車で40分以上かかる自然あふれる環境にありますが、竣工式に列席された村井チェアマン(当時)に「全54のJクラブの中でもトップクラスの設備。Jリーグ百年構想に基づいた一つの大きなモデルになる」と賞賛していただいたこの施設を最大限に活用することが我々の使命だととらえて、取り組んできました。

サッカー選手はある意味、商品。品質管理は重要

せっかく廃校を利用したクラブハウスができるのだから、その環境を活かした選手教育をやっていきたいというアイデアが出てきたんです。とにかく、シンプルにアツマーレを最大限に活用して、できる限りサッカーに時間を費やしてもらうためにどうすればいいかを考えました。

言葉が悪いかもしれませんが、サッカー選手はある意味、商品なんです。高品質の商品にするためにも、品質管理は大事です。だからこそ、クラブハウスで提供する時間の質や内容を高め、できる限り、長くクラブハウスで過ごしてもらうようにする。それが選手のパフォーマンスアップにつながり、チームの成績向上につながると考えています。そういう観点でアツマーレの活用方法を考えました。

設計などには関わってはおらず、唯一携わったのはウエイトトレーニング用の器具選び。城里町側も意見を聞いてくれたので、筋トレ用の器具だけでなく、血流を促進することによって疲労軽減やケガ予防に効果がある初動負荷用の器具を導入することは、町民のご高齢の方にも効果的だというアドバイスをしたところ、購入していただけました。それ以外にもアスリートが使用する器具を導入してもらうこととなりました。

最近クラブで購入したのは超低温のアイスバスと筋肉の強い緊張をほぐすのに効果的な、衝撃波という治療器具です。あとはアイシングシステム。それらは2021年夏に選手がJ1チームに移籍した移籍金を使って購入しました。その他にも、月に一度、東京からトレーナーに来てもらって選手には良いケア環境を整えています。

選手が成長するために大事なのはフィードバック

練習後に昼食を提供するようにもしています。これは大きいです。練習後、すぐに食事を摂ることは体力回復にも栄養補給にも効果的。けがの予防にもつながります。そして、昼食を食べるために、一度帰ったり、出かけたりすることがなくなり、コミュニケーションを取る時間が増えました。J1クラブでも昼食を提供していないクラブがあるそうですが、そこはクラブハウスを作る際に絶対に導入しないといけないと思っていたところでした。これからはさらに食事の質にこだわっていきたいと思っています。

それまで練習場として使っていたホーリーピッチにはクラブハウスはなく、近くにある選手寮でシャワーを浴びたり、ミーティングを開いたりしていましたが、基本的に練習が終わると、すぐに選手たちは分散してしまうことが多かったんです。練習が終わって食事に行ってから選手寮に戻ってきてケアを受ける選手もいましたけど、全体的に滞在時間は短かった。コーチングスタッフも練習が終わったら、食事に行って、離れた場所にある事務所で集まるという感じでした。選手同士、選手とスタッフがコミュニケーションを取る機会が少なかったんです。

だからこそ、みんなが集まれる場所を作りたかったですし、先ほど言ったように、選手同士で映像を見る場所や複数人が同時にマッサージを行える場所を作りたかったんです。

そして、練習の映像をすべて撮影してデータ化し、練習後すぐにクラブハウス内で見られるようにしています。たとえば、紅白戦の時に連係でうまくいかなかった場面があったとします。その後、2人で話をして考えをすり合わせても、そもそも2人のイメージが異なっているかもしれません。なので、練習後に2人で映像を見ることによって、プレーを共有して、改善することができるようにしています。それが質の向上につながるのです。

選手が成長するために大事なのはフィードバックです。試合で起きたことをそのままにするのではなく、ちゃんと映像で見直して、改善につなげていくことが重要なんです。なので、若い選手は公式戦だけでなく、練習試合でも、1試合通して自分のプレーを映像で振り返ってもらって、その後分析レポートを提出してもらうようにしています。そこに関しては実施率100%ではありませんが、若手の多くは取り組んでくれています。毎年、取り組む選手の人数は増えています。

「水戸らしさ」を作り出す、繋がっているという「実感」

そして、アツマーレの特長として挙げたいのが、様々なコミュニケーションが育まれる施設だということです。たとえば、クラブハウスの一番奥にはコーチングスタッフの部屋があるのですが、その手前にはもうひとつ部屋があり、普段は面談部屋として使用することが多いんです。そこに監督が選手を呼んで話をしている光景をよく目にします。

それと、映像部屋にコーチが行って、選手と一緒に試合を振り返ることも当たり前のように行われています。選手同士だけでなく、監督やコーチングスタッフ、メディカルスタッフとコミュニケーションを密に取ることによって、チーム全体の考えを共有することができるようになると思いますし、一体感が醸成されていくんだと思っています。

また、アツマーレはクラブハウス内にフロントの事務所があり、フロントスタッフともコミュニケーションを取れるんです。これはホーリーピッチではあり得なかったことです。フロントスタッフがグラウンドの選手を見ることも大事ですし、選手たちがフロントスタッフのオフィスワークの様子を見ることも大切だと思っています。

重要なのは、それぞれが一緒にいる、繋がっているという「実感」を持つこと。フロントと現場が分断されているクラブはたくさんあると思います。その分断を防ぐためには、お互いの仕事をしている姿を見ることやお互いにコミュニケーションを取って、互いに考えや価値観を相互理解することが大切です。

フロントスタッフの日常を知ることによって、フロントスタッフの想いに直に触れることによって、「自分がサッカーをする意義」ひいては、「勝利の重み」などを理解していくんだと思います。また、フロントスタッフの働いている姿を日常的に見ているからこそ、水戸の選手の多くは広報活動に出ることやホームタウン活動に積極的に取り組んでくれるんです。そういういい相乗効果が生まれていると思っています。

Jリーグでプレーする選手の多くは事業部スタッフの顔や名前を知らないのではないでしょうか。社長の顔を知らない選手も多いという話もよく聞きます。でも、水戸は社長と選手がフランクに話をしますし、事業部のスタッフとも関係する機会が多く、一言で言えば、仲が良い。移籍した選手が対戦相手としてケーズデンキスタジアム水戸に来た際、コーチングスタッフだけでなく、フロントスタッフに挨拶しに行くことは珍しくないですからね。そういう関係を築けることがアツマーレという施設の特長だと思っていますし、それが「水戸らしさ」を作り出していると思っています。

(本記事は竹書房刊の書籍『世界で最もヒトが育つクラブへ「水戸ホーリーホックの挑戦」』より一部転載)

<了>

【連載第1回】なぜ「育成の水戸」は確立されたのか? リーグ下位レベルの資金力でも選手が成長し、クラブが発展する理由

スポーツ庁の想定するスタジアム像を超える? いわきFCが挑戦する、人づくりから始まるスタジアム構想

「脱最貧」目指すJ2・水戸はなぜ「経営改革」できたのか?

東京都心におけるサッカー専用スタジアムの可能性。専門家が“街なかスタ”に不可欠と語る「3つの間」とは

GAKU-MCと桜井和寿がつないだ「フットボールと音楽」の輪 ウカスカジー、MIFAを生んだ素敵な出会い

[PROFILE]
西村卓朗(にしむら・たくろう)
1977年生まれ、東京都新宿区出身。株式会社フットボールクラブ 水戸ホーリーホック取締役GM。新宿区にあるスポーツクラブシクスで10歳からサッカーを始める。三菱養和SCから1年の浪人生活を経て国士舘大学進学、2001年浦和レッズに加入。その後、2004年大宮アルディージャへ移籍し、2008年シーズン終了後、アメリカのポートランド・ティンバーズに加入。翌年、帰国し湘南ベルマーレフットサルクラブでフットサル選手としてプレー。2010年、再び渡米、クリスタルパレス・ボルチモアへ移籍。2011年コンサドーレ札幌に加入するが、1年限りで退団、11年に渡るプロ生活にピリオドを打つ。その後、2012年に浦和レッズのハートフルクラブ普及コーチに就任。2013〜2015 VOND市原(関東サッカーリーグ)のGM兼監督を務める。2016年より水戸ホーリーホックの強化部長となり、2019年9月からGMに就任、様々な取り組みや事業を手掛けている。2014〜2020年の8年間、J リーグの新人研修の講師を務め、約1000人のJリーガーと関わった。

この記事をシェア

KEYWORD

#COLUMN

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事