「脱最貧」目指すJ2・水戸はなぜ「経営改革」できたのか? コロナ禍にも負けない新体制とは

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2020.04.27

J2リーグ最小の強化費ながら、2000年の参入以来、一度も降格することなく生き抜いてきた水戸ホーリーホック。一方で経営面では何度も存続の危機に直面し、昨年には2008年からの社員への残業代未払いの法令違反も明るみとなった。そして現在、クラブは生まれ変わろうと必死に努力を続け、「経営改革」に取り組んだ成果がここにきて見え始めてきている。「脱最貧」を目指し、コロナ禍にも負けない体制作りをいかにして成し得たのか?

(文=佐藤拓也、写真提供=水戸ホーリーホック)

過去から一歩踏み出せるようになった経営改革

最貧――J2リーグに参入してから20年、水戸ホーリーホックにとってその言葉は代名詞でもあり、また、その言葉と戦い続けてきた。

1997年に責任企業を持たない市民クラブとして立ち上がった水戸だが、毎年のように経営難に苦しみ、2000年にJ2に参入してから何度も存続の危機に直面してきた。かろうじて苦難を乗り越えてはきたものの、リーグ最低レベルの資金力で運営する状況は変わることなく、それゆえ、活躍した選手は他クラブに引き抜かれ、翌年はまた一からのチーム作りを余儀なくされるシーズンを繰り返してきた。2018年の売上はリーグ平均約15億円の半分にも満たない6億2200万円。リーグ最少の強化費でのチーム編成を強いられながらも、一度も降格をすることなく、J2という荒波の中でたくましく戦ってきた。それが水戸の歴史だ。

その中で昨シーズン、水戸は開幕から快進撃を見せた。一時期首位に立つなどシーズン通して昇格争いに食い込み、クラブ史上初めて昇格の可能性を残して最終戦を迎えた。最終的にわずか総得点3差でJ1参入プレーオフ進出は逃したものの、クラブとしてJ1昇格を現実的な目標として捉えられた経験は今後に向けての大きな可能性を感じさせた。

「最貧」のチームが飛躍を遂げた要因は2年間かけてチームを鍛え上げた長谷部茂利監督(現・福岡監督)の手腕と選手たちの頑張りにほかならない。ただ、チームが快進撃を続ける中、選手たちは「クラブとしての進化を感じていた」(細川淳矢)という。観客数は徐々に増えていき、1試合平均観客数は過去最高の6087人を記録(それまでの最高は2016年の5365人)。加えて、開幕2日前にユニフォーム背番号下のスポンサー、5月には背中スポンサーが決まるという明るいニュースもチームを後押しした。年間売上は前年比約120%という過去最高の伸び率を記録することが予想されている。2019シーズンも「最貧」ではあったものの、その状況は昨季までと大きく異なるものだった。経営面において進化を示したことも、昨季の好成績を生み出す要素となっていた。

大きな資本が入ったわけでもなく、経営者が変わったわけでもない。それでも経営的に過去から一歩踏み出せるようになったのは経営改革を遂行してきたことが大きい。

法令違反、そして風通しのいい組織へ

昨年6月、沼田邦郎社長は報道陣を前に深く頭を下げた。地元紙にクラブの過去の社員への残業代未払いが報じられたのだ。沼田社長が就任した2008年11月以降、クラブ社員に残業代を支払っていない法令違反の状況が続いていたという。会見で沼田社長はそのことを認め、謝罪の言葉を述べた。同時に、すでに改善に努めていることを明かした。昨年5月1日には就業規定と賃金規定を整備した上で勤怠管理アプリを導入し、時間外労働手当、休日労働手当および深夜割増賃金を支払う契約を社員と交わした。それが経営改革の第一歩となった。

2018年1月に入社した経営企画室の市原侑祐はこう語る。
「僕が入社した時には会社として労務を変えていこうという状況でしたので、そこは絶対にやらなきゃいけないと思い、取り組んできました。もっと言うと、組織の状態を他の一般企業と同じ土俵に乗せないといけないという考えもありました。組織の風土に関して、もっとみんなが主体的に発言したり、結果に向けて行動を起こしたりするような組織にしたかった。労務の法律的な問題だけでなく、風土そのものを変えないといけないと感じました」

経営的に苦しみ続けてきたゆえ、クラブ内には常に存続への危機感があり、経営的なトライができる空気ではなかったという。そうした体制を変えるためにも、一人ひとりの労働環境を改善して、風通しのいい組織にしなければならないという考えのもと、市原は労務問題と向き合った。

しかし、市原は「自分たちだけでは解決できないかもしれない」と考え、「会社を本質的によくするためのパートナーが絶対に必要だと感じていた」と振り返る。組織改善をするためのパートナーとして、『組織をよくする』『働きがいがある』ことを大切にしている企業をピックアップしていった。その中で最もクラブのビジョンと合致すると感じたのが株式会社アトラエであった。エンゲージメント(自主的貢献意欲)を生かして社員の実力を最大限に発揮させるビジネスアプリを数多くの企業に導入し、働き方改革が推進される近年の日本社会の中で、HR業界のリーディングカンパニーとしての地位を確立していた。

アトラエの新居佳英代表取締役CEOはある仮説を立てていた。
「スポーツチームのパフォーマンスもエンゲージメントによって高めることができる」
それを立証させたいと考えていた時に水戸からアプローチが届いた。交渉の末、「水戸ホーリーホックの非常に高い志を持って、高い人間性のもと、地域の軸に据えながら街を活性化していこうという姿勢にわれわれは非常に共感を覚えた」と新居CEOは参画を決断。2019年5月、両社の思惑が合致した力強いパートナーシップが結ばれることとなった。

“経営の通信簿”と“スピード感”

それにより、経営改革のギアが一気に上がった。クラブ内のエンゲージメントを高めるためにさまざまな取り組みを行った。それを主導したのが2018年12月に取締役に就任した小島耕であった。社員全員と1対1の面談を重ねて、それぞれの考えや本音を聞き出し、社員間の垣根を取り除いた。さらに今までの「守り」の発想から「攻め」の発想への転換を促した。

「会議での『ネガティブ発言』と『人の意見を否定する発言』を禁止することからはじめました。それまではマイナスな発言が会社の動きにブレーキをかけてしまうことが多かったんです。実際、積極的な予算をつけられず、攻めに転じられなかった。なので、200円の利益が出るならば、100円を使っていいよということをスタッフたちに伝えましたし、それにより、攻めのマインドになれるような言葉がけをしてきた」

契約締結後、クラブはアトラエの組織改善プラットフォーム『wevox』を導入。「いわば経営陣にとっては“通信簿”のようなもので、組織全体のエンゲージメントの状況がわかります。ありがたいことに実施をするごとに会社全体の数値は上がっていきました。特に『仕事へのやりがい』や『同僚や上司との関係性の質』への数値は顕著に高くなりました」と小島が誇らしげに語ったように、クラブの変化がデータとして証明された。

経営改革が進む中、最も大切にしたのは“スピード感”だと市原は語る。
「今まで決済まで何段階かの承認が必要でした。一般企業ではそれが普通かもしれませんが、我々は20人ぐらいの小さな組織です。かつ、役割も明確に分かれている。だからこそ、一人ひとりがリーダーであり、一人ひとりが意思決定者であっていいと促し、具体的に実現したいことやチャレンジしたいことに対して、積極的に発言してもらうようにしています。とにかくスピード感を持って動くことを大切にしないといけない。大きな組織と差別化を図る上で、そこをわれわれはストロングポイントにしないといけないし、そこで勝負しないといけないと思っています」
今までネガティブな要素としか考えてこなかった組織規模の小ささを武器に変える。それによりスムーズに意思決定が行われるようになり、さまざまな施策を打ち出すことができるようになっていった。

「脱最貧」への飛躍のシーズン

経営改革に手応えをつかんで迎えた2020年。「脱最貧」への飛躍のシーズンと捉え、昨年度比120%以上の予算を設定。さらに11の項目に分類した経営指標「11のゴール」を設定し、達成に向けた進捗状況をクラブの公式サイトにて公開。サポーターやスポンサーに対しても風通しのよいオープンな姿勢を示した。そして開幕戦では、観客数は7029人にとどまったものの、有料入場者数の割合は昨年平均63%を大きく上回る82.4%を記録。グッズ売り上げを含めて昨年比約140%の収入を得たという。小島は「好スタートを切ることができた」と胸を張った。

その矢先に新型コロナウイルス感染拡大の問題が起きた。第1節終了後からリーグは中断。今も再開の見通しもつかない状況にある。試合を開催できないことはクラブ経営に大打撃を与えている。「経営的に攻めに転じたシーズンだっただけに出鼻をくじかれた感は強い」と小島は唇を噛む。当然、予算のダウンサイジングを強いられ、現在は「収容人数の半分ぐらいの観客しか入場できない状況で再開」「無観客で再開」「再開するけど、シーズンの半分21試合で終わる」「一切試合ができずシーズンを終える」の4つのフェーズを想定した予算に組み直しているという。その中で市原は「工夫次第で(最悪な事態になったとしても)今年1年を乗り越えられる」と明かす。むしろ、「来年のほうがスポンサー、入場料収入に影響してくると想定している」と危惧しており、「スポンサーに対する提案など、これまでと違う形を作らないといけない」と険しい表情を見せた。

水戸の経営改革はコロナ禍で止まってしまうのか。「そんなことはない」と小島は強く否定する。
「水戸で働いて1年ぐらいになりますが、このクラブの社員は愚直で、仕事に対して真摯で、こういう状況になってもペースを崩さず、連絡事項や約束事への徹底もしっかりしているんですよ。今は力を蓄えて、リーグ再開後、一気に加速していく体制作りはできていると感じています」

現在、社員は在宅勤務となっているものの、部署会議の他に定期的にオンラインによるランチミーティングを開催して、談笑の中でアイデアを出し合い、今後に向けたさまざまな施策を生み出している。また、スポンサー向けのメルマガの発行の準備を進めており、営業活動ができない中でもクラブの取り組みを定期的に報告することによって、コミュニケーションを図ろうとしている。「この状況でもわずかでも前に進んでいることをお伝えすることが大事だと思っています」と小島は力を込める。

ここからが改革の成果を見せる時。高まるエンゲージメントこそが、コロナ禍以後の水戸を力強く支えることだろう。「脱最貧」への歩みは止まらない。止めるわけにはいかない。

<了>

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