
ヌートバーが切り拓いた“新たな可能性”。侍ジャパンで「日本にルーツを持つ外国籍選手」の持つ意味
14年ぶりの世界一に輝いた侍ジャパンの中で、一際大きな存在感を示した男、ラーズ・ヌートバー。侍ジャパン初の日系人メジャーリーガーとしてチームに貢献する姿は、多くの日本人を魅了した。そこで本稿では、今月刊行されたムック『WBC2023日本代表激闘録』の抜粋を通してヌートバーの功績を改めて振り返る。彼が日本野球界の未来にもたらしたものとは――。
(文=花田雪、写真=Getty Images)
選出時の評価を覆し、日本中から愛される選手に
ラーズ・ヌートバー。
この名前を昨季時点で知っている日本人がいたとすれば、相当な“メジャーリーグ通”だろう。
侍ジャパン・栗山英樹監督が日系人メジャーリーガーとして初めてヌートバーの招集を発表した際、その選出に疑問を呈する人間は決して少なくなかった。
2022年はセントルイス・カージナルスでプレーしたメジャーデビュー2年目、25歳の若手外野手――。
出塁率が高く、選球眼に優れたプレースタイルはメジャーでこそ評価されていたが、確かにシーズン通して108試合、打率.228、14本塁打、40打点という数字は“凡庸”と取られてもおかしくなかった。
「日本球界に、もっと良い外野手がいる」
「打率が低すぎてトップバッターを任せるのは不安では?」
そんな声が挙がったのも事実だ。しかし、WBCが閉幕した今はどうだろう。彼の選出に異を唱える者など、一人もいないのではないだろうか。
白羽の矢が立ったアメリカ育ちのヌートバー。決め手となったのは…
昨年、栗山監督はWBCを前にNPB出身選手以外のメジャーリーガーから侍ジャパンに招集できる選手はいないか、模索を続けていた。
そんな中、白羽の矢が立ったのが父にアメリカ人、母に日本人を持つアメリカ生まれ、アメリカ育ちのヌートバーだった。
決め手となったのは、プレーのクオリティはもちろん、その人間性だ。栗山監督は招集を前に、ヌートバー本人と面談。会見では「直接話したら、100%全員が好きになる。そんな愛すべき人柄だし、魂を持った選手」と説明した。そして、その言葉が真実であることは、すぐに証明される。
3月初旬にチームに合流したヌートバーは、瞬く間にチームに溶け込む。強化試合が始まり、自身が試合に出場するころには、すっかり侍ジャパンの一員になっていた。
そして、WBC本番。栗山監督はヌートバーを開幕戦から1番センターで起用する。先発の大谷翔平が初回を三者凡退に抑え、迎えたその裏。対戦相手の中国は実力的には格下だが、国際大会特有の緊張感が東京ドームに張りつめていた。
そんな中、ヌートバーは初球を振り抜き、センター前にヒットを放つ。初選出の代表チームで、大会初戦の先頭打者として打席に立ち、その初球をスイングする――。恐るべきメンタリティだ。
今大会チーム初安打が生まれたことで、東京ドームは大歓声に包まれる。この瞬間、ヌートバーは日本の野球ファンから完全に受け入れられた。
特に1次ラウンドでの活躍と日本国内での人気ぶりはすさまじかった。大谷、村上宗隆といった大砲がそろう日本打線の中で、打席ではボールに食らいつき、時には見極め、「出塁」という1番打者の仕事を全うする姿は、誰よりも「日本らしい」スタイルだった。
守備につけば球際の強さを発揮し、ベンチでは積極的に声を出して味方を鼓舞した。
そんな姿が、視聴率40%越えのテレビを通してお茶の間に伝わった。ペッパーミル・パフォーマンスはチーム内のみならず、日本中に波及。センバツ甲子園で同パフォーマンスを披露した選手が注意を受けるという、思わぬ反響まで呼んだ。
「日本にルーツを持つ外国籍選手」の存在は必要不可欠
世界一を決めた直後、栗山監督、ダルビッシュ有、大谷に続いて、選手たちから胴上げされたのも、ヌートバーだった。日本名・達治=タツジからくる愛称は「たっちゃん」。
歓喜の輪の中で選手たちが「たっちゃん、たっちゃん」と手招きすると、戸惑いながら、おそらく人生初であろう胴上げを経験した。
日系人メジャーリーガー初の、侍ジャパン選出。そこにはおそらく、想像を絶するプレッシャーがあったはずだ。もし彼が結果を残せなかったら、次回大会以降の日系人メジャーリーガー招集に逆風が吹くことは容易に想像できる。
しかし、WBCにおいて自国籍以外の選手(該当国にルーツを持つ選手)の招集はすでに盛んに行われている。今大会で例を挙げれば、前回アメリカ代表としてMVPに輝いたマーカス・ストローマン投手が、母親の生まれたプエルトリコ代表として出場している。また、イタリア代表はそのほとんどがイタリアにルーツを持つアメリカ出身者で構成されている。
この潮流に乗り遅れてしまうようでは、いかに大会最多3度の優勝を誇る日本でも、将来的に苦戦を強いられる可能性は否めない。
なにより、「侍ジャパン」というチームの門戸をさらに広げるためにも、ヌートバーのような「日本にルーツを持つ外国籍選手」の存在は必要不可欠だ。
その意味でも、今大会で彼が果たした役割は日本の野球界、今後の侍ジャパンにとって非常に大きなものになったのは間違いない。
大会終了後、ヌートバーは3年後の次回大会への出場意欲を示した。まだ、25歳。2026年には、メジャーリーグを代表するスーパースターになっているかもしれない。
多くのファンを魅了し、侍ジャパンの一員として世界一奪還に貢献したラーズ・ヌートバー。
「あなたがいてくれて、よかった」
すべての野球ファンが、彼に感謝しているはずだ。
<了>
(本記事は電波社刊のムック『WBC2023日本代表激闘録』より一部転載)
山本由伸の知られざる少年時代。背番号4の小柄な「どこにでもいる、普通の野球少年」が、球界のエースになるまで
吉田正尚の打撃は「小6の時点でほぼ完成」。中学時代の恩師が語る、市政まで動かした打撃センスとそのルーツ
大谷翔平が語っていた、自分のたった1つの才能。『スラムダンク』では意外なキャラに共感…その真意は?
この記事をシェア
KEYWORD
#COLUMNRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
躍進する東京ヴェルディユース「5年計画」と「プロになる条件」。11年ぶりプレミア復帰の背景
2025.04.04Training -
育成年代で飛び級したら神童というわけではない。ドイツサッカー界の専門家が語る「飛び級のメリットとデメリット」
2025.04.04Training -
なぜ日本のダート馬はこれほどまで強くなったのか? ドバイ決戦に挑む日本馬、世界戦連勝への勝算
2025.04.04Opinion -
いわきFCの新スタジアムは「ラボ」? スポーツで地域の価値創造を促す新たな仕組み
2025.04.03Technology -
専門家が語る「サッカーZ世代の育成方法」。育成の雄フライブルクが実践する若い世代への独自のアプローチ
2025.04.02Training -
海外で活躍する日本代表選手の食事事情。堂安律が専任シェフを雇う理由。長谷部誠が心掛けた「バランス力」とは?
2025.03.31Training -
「ドイツ最高峰の育成クラブ」が評価され続ける3つの理由。フライブルクの時代に即した取り組みの成果
2025.03.28Training -
アジア女子サッカーの覇者を懸けた戦い。浦和レッズレディースの激闘に見る女子ACLの課題と可能性
2025.03.26Opinion -
近代五種・才藤歩夢が挑む新種目。『SASUKE』で話題のオブスタクルの特殊性とは?
2025.03.24Career -
“くノ一”才藤歩夢が辿った異色のキャリア「近代五種をもっと多くの人に知ってもらいたい」
2025.03.21Career -
部活の「地域展開」の行方はどうなる? やりがい抱く教員から見た“未来の部活動”の在り方
2025.03.21Education -
リバプール・長野風花が挑む3年目の戦い。「一瞬でファンになった」聖地で感じた“選手としての喜び”
2025.03.21Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
なぜ日本のダート馬はこれほどまで強くなったのか? ドバイ決戦に挑む日本馬、世界戦連勝への勝算
2025.04.04Opinion -
アジア女子サッカーの覇者を懸けた戦い。浦和レッズレディースの激闘に見る女子ACLの課題と可能性
2025.03.26Opinion -
なぜJ1湘南は高卒選手が活躍できるのか? 開幕4戦無敗。「入った時みんなひょろひょろ」だった若手躍動の理由
2025.03.07Opinion -
張本智和が世界を獲るための「最大の課題」。中国勢のミート打ちも乗り越える“新たな武器”が攻略のカギ
2025.03.04Opinion -
「あしざるFC」が日本のフットサル界に与えた気づき。絶対王者・名古屋との対戦で示した意地と意義
2025.03.03Opinion -
新生なでしこ「ニルス・ジャパン」が飾った最高の船出。世界王者に挑んだ“強者のサッカー”と4つの勝因
2025.03.03Opinion -
ファジアーノ岡山がJ1に刻んだ歴史的な初勝利。かつての「J1空白県」に巻き起ったフィーバーと新たな機運
2025.02.21Opinion -
町田ゼルビアの快進撃は終わったのか? 黒田剛監督が語る「手応え」と開幕戦で封印した“新スタイル”
2025.02.21Opinion -
ユルゲン・クロップが警鐘鳴らす「育成環境の変化」。今の時代の子供達に足りない“理想のサッカー環境”とは
2025.02.20Opinion -
プロに即戦力を続々輩出。「日本が世界一になるために」藤枝順心高校が重視する「奪う力」
2025.02.10Opinion -
張本美和が早期敗退の波乱。卓球大国・中国が放つ新たな難敵「異質ラバー×王道のハイブリッド」日本勢の勝ち筋は?
2025.02.10Opinion -
女子選手のACLケガ予防最前線。アプリで月経周期・コンディション管理も…高校年代の常勝軍団を支えるマネジメント
2025.02.07Opinion