「誰もが被害者にも加害者にもなる」ビジャレアル・佐伯夕利子氏に聞く、ハラスメント予防策

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2024.12.20

「誰もが被害者にも加害者にもなる」。スポーツ現場におけるハラスメントの現状について、「一般社団法人スポーツハラスメントZERO協会」は、そのように警鐘を鳴らす。加害者は、かつての被害者だったかもしれないからだ。その負の連鎖を断ち切るために、自覚したほうがいい言動や心得はどんなことだろうか。同協会理事で、ビジャレアルCFの組織改革にも携わってきた佐伯夕利子氏に、具体例を交えて解説してもらった。ビジネスにも通じる“ハラスメント対策”は必見だ。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=ロイター/アフロ)

トップクラブに求められる指導者像

――学生の強豪チームでは、高圧的で怒鳴るタイプの監督が少なからずいると聞きます。そういうチームが強くなる傾向は、日本的なものなのでしょうか。あるいは、海外でも同じように「従わせる」指導で強くなるケースもあるのでしょうか?

佐伯:たとえばバルセロナのU-12は同年代ではほとんどのチームに勝ちますが、バルサの指導者にそんな人は一人もいません。つまり、そういう指導が強さとイコールではないですし、ニアリーイコールでもないと思います。私がスペインで出会った育成年代の優秀な指導者たちはいずれも真逆のタイプでした。そのうちの一人は今、若くして校長先生をやっている教育者ですが、「怒鳴る」というツールを用いたのを見たことが一度もありません。「不安」と「恐怖」に感情がピン止めされた選手は、大人も含め、怒られることを回避するような行動しかしなくなるからです。人間は罰されたら、その感情を二度と味わわないために、プレーやピッチ外の行動、発言の場でも、大人が求めている答えを出し、いわゆる“お利口さん”で偽りの自分を演じるようになります。そういう結果を招くような指導者はこちらではまず採用されないですし、マーケットもありません。雇う側にも問題があると思います。ビジャレアルでも、時代の変化に合わせて人材要件は変わってきています。

――ビジャレアルでは、指導者になる人材にどのような要件を求めているのですか?

佐伯:まず、最低限のルールを人として守れることです。「タイトルをいくつ獲得してきたか」で判断するのではなく、彼らのピッチ上の振る舞いを試合や練習風景も含めてチェックします。ただ、人間なのであまり良くない部分を見せてしまう瞬間もあると思いますが、それはクラブが責任を持って方向修正していきますし、指導者の学習や成長のサポートもクラブの役割だと思います。

――ハラスメントの加害者にならないために、迷った時に立ち返るべき考え方や基準はありますか?

佐伯:指導者やスポーツという領域を超えて、人と対峙する時に私はいくつかの心得を自分の中で持っています。一つは「他者を裁かないこと」です。私たちは、ついつい他者をジャッジしてしまうんですよね。それから「相手を攻撃しない」。懲罰主義的に、相手を懲らしめるために何かをしたり、言ったりすることがないように意識を働かせるようにしています。相手が子どもでも大人でも、上司でも部下でも、そういう約束や基準を持って接することを推奨します。

――ハラスメントを受けていた選手が、「あの時に怒られておいてよかった」とか「不条理なこと言われたけど、振り返ってみるとよかった」と、経験を肯定的に捉えることについてはどう思われますか?

佐伯:人間は常に記憶を上書きしていて、過去に起こったことに一つ一つ、意味を持たせないと生きていけない生き物です。特に、ネガティブな経験の場合は、その瞬間に間違いなく脳内からネガティブ物質が分泌されて、感情もネガティブになったはずですが、生きていくために記憶を正当化しようと本能が働いている状態だと思います。  だから、「あの時に殴られてよかった」などと言ったとしても、それは本当の感情だと思うし、彼らに責任や悪気があるわけでもありません。記憶が更新されていくプロセスの中で、「その指導方法がダメだった」と気づいても、葛藤しながらそういう発言に至ってしまうのだと思います。ただ、それも本質的には、強さとイコールではないと思います。

ビジネスにも通じる意外と無自覚な“ハラスメント”言動

――日常の中で、ハラスメントにつながりやすい、気をつけるべき言葉はありますか?

佐伯:意外と無自覚な人が多いと思うのですが、その人から発される言葉の選択を見ているとわかることがあります。私の実体験では、「これやらせておきます」と言って本当にやらせてしまう人は、ハラスメント体質に陥る傾向があると感じます。他にも、傾向として「他者をコントロールしようという傾向が強い」、「相手に対して嫌味を言うようなトーンで発言する」ことなどが挙げられます。そういう言葉を発した時に高揚感や全能感に似た感情を覚える人は、気をつけたほうがいいですし、一つ一つの言葉の選択を含めて指導者や権威者は「自分がどうなのか?」、常に顧みる努力をしなければいけないと思います。

――行動の面で気をつけたほうがいいことはありますか?

佐伯:相手が子どもでも大人でも、「これをするな」と禁止事項を設けて機会や権利を奪い、罰する人は気をつけたほうがいいと思います。罰則として坊主や腕立て伏せを強要したり、「お前は遅れてきたからこれをやっておけ」といった罰則で組織集合体をマネジメントしようとする人は、他にもやり方があるので、一度立ち止まって考えてみたほうがいいと思います。また、権威に対して従順な人、ヒエラルキーに忠実な人は、「リスペクトがある素晴らしい人」のように見られがちですが、立場や役割が変わった時には威圧的な権威者になりやすい傾向があります。個人的には、迎合せず、ニュートラルな立場を保てる人ほどハラスメントとは無縁でいられるのではないかと感じています。

――自分のキャリアの中で無意識に正しいと思ってきた価値観を、もう一度見直す必要がありそうですね。

佐伯:そうですね。狭い世界観で生きてきた人は、自分が知っている領域だけで物事を判断するので、ハラスメントに陥りやすい傾向があると思います。また、伝統とか習慣を盲目的に重んじる人も気をつけた方がいいです。「お父さんが怒るからそれはやめなさい」とか、「親の言うとおりにしなさい」とか、「俺/私の言う通りにしとけば間違いないんだ」と言われるような家庭で育ってきた人は、自分の意見や感情を尊重されてきていないので、立場が上になった時には同じように権威に従わせるやり方で統率しようとする可能性は高まると思いますから。

ハラスメント予防に必要な心得と解決策

――お話を聞いていると、ハラスメントを引き起こすリスク要因は誰しもが持っているように思えますが、自分自身の傾向を自覚するために効果的なことはありますか?

佐伯:ビジャレアルでは自分が指導している自分の音声を聞き直して、それを自分だけで見るのではなく、他者に見てもらい、フィードバックをもらうことを続けています。それは私たち自身にとっても苦しい作業でしたが、3回ぐらいやれば慣れますし、何より効果がありました。映像は部分的な場面ではなく、練習も試合もロッカールームもチームミーティングも1on1もすべて撮影して、いろいろな側面から自分を俯瞰的に見ることができる効果的なシステムだと思います。

――他に、スペインでハラスメント予防のために取られている対策はありますか?

佐伯:スペインでは近年施行された新しいスポーツ法の中で、通報義務が課されるようになりました。「ハラスメントを見たり、聞いたりした人は通報しなければならない」という法律ができたことで、知っていながら通報しなかった人は罰則が設けられたわけです。法律は市民が作っていくものなので、社会の流れの中で市民からそうした法を求める動きがあったことは、スポーツ界にとってもありがたいことだと思います。

 また、クラブに対しては、UEFA関係の大会に出るためのクラブライセンスを取りに行く時の項目や、スペインの国内法でもコンプライアンスとハラスメントに関する文言が掲載されています。その中で示されているのが、まず「予防するための仕組みを組織として設けること」で、通報を受けてから対処するのではなく、「何かが起こっている」ことを組織として事前にキャッチして予防することが求められます。また、通報した人の立場が弱くなったり、もみ消されないように、事実がしっかりと共有されるような状態にしておくことも必要です。それらの要件を満たせなければ、UEFAチャンピオンズリーグには出られないし、犯罪として扱われるわけですから、ビジャレアルでもそのための環境整備には力を入れて、実践しています。

スポーツハラスメントZERO協会が描く未来図とは?

――佐伯さんが理事を務めるスポーツハラスメントZERO協会は、日本でも世界のスタンダードが根づくような流れを生み出そうとしているのですね。改めて、今後の展望について教えてください。

佐伯:アドバイザーに加わっていただいた日本バドミントン協会代表理事兼会長の村井満さんが「スポーツハラスメント検定」の初回を受けてくださった後に、メールでうれしい言葉をくださいました。「全スポーツのNF(特定のスポーツ競技を国内で統括する中央競技団体)の方や会長に、こうした学習を進めてほしい」と。その言葉通り、私たちも「人の概念形成は学習から」ということを信じ続けて、啓発活動や検定事業を地道に続けていくことで人々の概念が変わり、基準が変わっていくように根気強く活動していきたいと思います。そして、私たちのスポーツハラスメントZERO協会が目指すのは「解散すること」です。スポーツハラスメントがなくなれば、私たちのような組織は不要な存在になります。だからこそ、私たちは1日も早く解散宣言できることを望んでいるし、そのために活動を続けていきます。

――佐伯さんご自身の展望も教えてください。

佐伯:私自身、ハラスメントを防ぐためには健全な概念形成が本質だと思っています。学習・検定事業を通して、それを実現していきたいと思いますし、活動を地道に続けていきたいですね。基準が変わらなければ、日本のスポーツ文化は土壌が枯れた状態でアスリートが過ごしていくことになってしまうと思うので、土壌を健康なものに改良して、スポーツ界の発展に寄与できればと思っています。

【連載前編】スポーツ界のハラスメント根絶へ! 各界の頭脳がアドバイザーに集結し、「検定」実施の真意とは

【連載中編】ハラスメントはなぜ起きる? 欧州で「罰ゲーム」はNG? 日本のスポーツ界が抱えるリスク要因とは

<了>

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[PROFILE]
佐伯夕利子(さえき・ゆりこ)
1973年10月6日、イラン・テヘラン生まれ。2003年スペイン男子3部リーグ所属のプエルタ・ボニータで女性初の監督就任。04年アトレティコ・マドリード女子監督や普及育成副部長等を務めた。07年バレンシアCFでトップチームを司る強化執行部のセクレタリーに就任。「ニューズウィーク日本版」で、「世界が認めた日本人女性100人」にノミネートされる。08年ビジャレアルCFと契約、男子U-19コーチやレディーストップチーム監督を歴任、12年女子部統括責任者に。18〜22 年Jリーグ特任理事、常勤理事、WEリーグ理事等を務める。24年からはスポーツハラスメントZERO協会理事に就任。スペインサッカー協会ナショナルライセンスレベル3、UEFA Pro ライセンス。2024年3月に、スポーツにおけるハラスメントゼロを目指して「スポーツハラスメントZERO協会」を創設。理事として名を連ね、精力的に活動を続けている。

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