
杉岡大暉が目指す“0.5メートル”の境地 老獪でダイナミックな“ゴリブラー” への期待
湘南ベルマーレのチョウキジェ監督が、日本代表入りを見据えてルーキーイヤーからウイングバックで使い続けた“逸材”杉岡大暉。チョウ監督が「10メートルや10分ではなく、0.5メートルや1秒にどれだけこだわれるか」と細部の精度にこだわりを持たせ続けた若きDFの素顔とは? 杉岡が高校3年時から、ライター、編集者、時にはカメラマンとしてさまざまな視点で彼を取材した池田タツ氏がその魅力を紐解く。
(文・写真=池田タツ)
サイドを力強く駆け上がる“ゴリブル”誕生秘話
ゴリ・ゴリ、ゴリ・ゴリ。
杉岡大暉のプレーからは常にそんな擬音が聞こえてくる気がする。所属する湘南ベルマーレでは、その力強いドリブル突破から“ゴリブラー”の相性で親しまれる。
杉岡のプレーがゴリゴリしているのはドリブルだけではない。相手からボールを奪うときもゴリ! クロスを上げるときもゴリ! シュートもゴリ! 何ならフリーランニングで駆け上がるときもゴリゴリ! ファインダー越しに杉岡を捉えるといつもそんな擬音が頭に響く。
杉岡は2017年2月26日にJ2開幕戦の水戸ホーリーホック戦でJリーグデビューを果たした。当時は3月に卒業を控える高校生であったが、3センターバックの左で堂々たるプレーを見せてチームの無失点勝利に貢献。ルーキーイヤーの2017年シーズンからレギュラーと呼べる活躍で、クラブもJ2優勝、J1昇格を決めた。J1に上がった2018年もレギュラーを掴み、ルヴァンカップ決勝戦では決勝ゴールを決めて大会MVPにも選出された。ポジションはクラブではウイングバックが主戦場となり世代別代表では左サイドバックを務めるようになった。
湘南ベルマーレのチョウキジェ監督は、チーム加入当時の杉岡について次のように語っていた。
「年齢が若いので杉岡には中央でプレーして老獪さを学ぶより、日本には左利きのサイドバックで背の高い選手が少ないので、A代表でもプレーしてほしいという意図もあった。実際サイドでプレーしてもボールの持ち方は全然悪くなかった。チーム事情と(杉岡)大暉の成長を合わせて考えてサイドで起用しようと決めた」
その年代の最高のセンターバックという評価を受けていた杉岡は市立船橋高校時代から高校生とは思えぬ老獪さを持ち合わせた選手だった。だが今は、ダイナミックなプレーのほうが先に目がつくぐらいプレーの幅を広げている。続けてチョウ監督は2018年シーズンを振り返り、杉岡について次のように評価した。
「大暉は若いのに同じ間違えを繰り返さない。学習意欲と学習能力が高い。ポジショニングを間違えてやられてしまうシーンがほとんどない。ビルドアップなどではまだまだ慌てるシーンがあるが、サイドでしっかり仕事ができる。学習能力の高さが最大の武器になっている。本人には『10メートルや10分ではなく、0.5メートルや1秒にどれだけこだわれるかだ。大枠のところで間違えることはないから、小さい枠のところでどれだけ精度を上げられるか』と話をしている。良い選手になれるかどうかはいつも絶対大丈夫なポジショニングをとることや、絶対大丈夫なところにボールを置くとか、そういうことが大事になる。“大体”の場所でやらないことが大暉にとっては必要なこと。この1年J1の中でそういうことにトライしてやれていた」
“Jリーグ最大の誤審”も謙虚に受け流す「真面目」さ
そして2019年、杉岡は満を持してコパ・アメリカでA代表に初めて選出された。日本代表が長年求めていた左利きの長身(182センチ)の左サイドバックである。チョウの思いは結実し、杉岡はA代表としてプレーすることになる。
私が初めて杉岡に取材したのはまだ杉岡が市立船橋高校の3年生だった頃。当時からすでに試合後は、大人のように冷静かつ客観的に試合を振り返ることができた。とても高校生とは思えない落ち着きぶりで、試合直後にもかかわらず淡々と試合を振り返ってくれた。どんな試合でも謙虚な姿勢で落ち着いて話すのはプロに入って3シーズン目を迎える今も変わらない。それはJリーグ史上最大の誤審と騒がれた2019年J1第12節の浦和レッズ対湘南ベルマーレの試合で、杉岡のゴールが幻となってしまったあとでも変わらなかった。
「ネットに当たったのが見えたので。当たった瞬間に後ろ向いてしまったのはよくなかったかもしれませんが。入ったとは思いました」
まったく感情的にならずに幻のゴールのシーンを振り返った。杉岡がMVPに輝いたルヴァンカップ決勝戦の決勝ゴールを決めたのも同じ埼玉スタジアム2002だった。
「埼スタでは持っていると思ったんですけどね。なくなっちゃったので残念です」
審判への恨み言ではなく、ただ真っ直ぐに自分の感情を述べてくれた。真っ直ぐに事象を捉えられるのは謙虚な姿勢を持っているからこそだろう。
クラブスタッフからも「真面目」と評される杉岡だが、チャームポイントは笑顔である。笑ったときは杉岡がまだ20歳の選手だということを思い出させてくれる。
ブラジルでの初日の練習では、地元サンパウロの子どもたちとの交流の中で多くの笑顔を見せてくれた。意外と言っては失礼かもしれないが杉岡の周りに子どもたちが集まってきた。杉岡も自然な笑顔で子どもたちと触れ合っていたのは非常に微笑ましい光景だった。子どもたちは杉岡の真っ直ぐさを感じたのかもしれない。
杉岡の笑顔といえば忘れられないのが、やはりルヴァンカップでMVPを獲得したときの笑顔だ。
この決勝戦でのゴールも「ゴリ!」という擬音が聞こえてきそうな強烈なキックだった。浦和戦での幻のゴールも、J1初ゴールとなった2018シーズンのJ1第30節のコンサドーレ札幌戦のFKからのトリックプレーで決めたゴールもそうだった。
ブラジルの地でも「ゴリ!」と擬音を響かせて愛らしい笑顔をみせてほしい。
<了>
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