LGBTとも第3の性とも違う「性分化疾患」の誤解 セメンヤが人為的に男性ホルモンを下げるのは正当?

Opinion
2019.07.25

2012年のロンドン五輪と2016年のリオデジャネイロ五輪で、女子800mの金メダルを獲得した南アフリカのトップアスリート、キャスター・セメンヤ。来年の東京五輪でも活躍が期待されているが、悩みのタネが国際陸上競技連盟(IAAF、国際陸連)との戦いだ。
昨年、国際陸連は「テストステロン値が高い女性の出場資格制限」を設け、「参加する場合は薬などでテストステロン値を下げる」ことを求めた。
セメンヤは、早速、南アフリカ陸連とともに規定の無効化を求めてスポーツ仲裁裁判所(CAS)に訴えたが、今年5月、訴えは棄却。6月、上訴先のスイス連邦最高裁判所は、テストステロン値を人為的に下げなくても競技に参加できるとする仮判断を下したものの、戦いは終わっていない。
今回はセメンヤもその一人である「DSD(性分化疾患)」について詳しい「ネクスDSDジャパン」運営者ヨ・ヘイルさんのお話も伺いながら、セメンヤ問題の本質、DSDに対する誤解や偏見について紐解く。 

(文=小林恭子、写真=Getty Images)

セメンヤ問題をきっかけに深めるべき理解

セメンヤの参加資格問題は、男性に多いホルモンの一種テストステロン値を物差しとして競技上の男女を分けていいのかどうかという疑問を引き起こすとともに、一体、どこからどこまでが男性(あるいは女性)なのかといった、性の区別やジェンダーに関わる広い問題をも提起した。

特に、近年はLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)運動の高まりもあって、セメンヤを「従来の男性、女性かの二元論では捉えられない、第3の性」、「両方の性を持つ人」などと捉える風潮が出た。

筆者もそのように捉えてきた一人で、この文脈で、本サイトに以下の記事を寄稿した(6月25日付)。

セメンヤは“公平”のために薬で男性ホルモンを下げるべき? 「私たちを薬漬けにはできない」

しかし、 「DSD(性分化疾患)」に詳しい非営利の情報サイト「ネクスDSDジャパン」(日本性分化疾患患者家族会連絡会)の運営者ヨ・ヘイルさんから連絡をいただき、「第3の性」というジェンダー意識を下敷きにしたDSDの人に対する見方が正確ではないことがわかったため、編集部と相談の上、一部該当箇所を削除した。

では、どのように捉えるべきなのか。ヨさんに伺った話とDSDのウェブサイト上の情報から、状況をまとめてみたい。

「DSD」とは?

まず、「DSD」とはどういう状態を指すのか。

DSDとは英語で「Differences of sex development=DSDs」(胎児期からの、先天的な体の性のさまざまな発達状態)を指す(正式には複数形となるが、以下、「DSD」として表記)。

重要な点は、「男でも女でもない性別」や「もう1つの性・第3の性別」のことではない、ということだ。

そして、その状態はさまざまだ。「染色体や性腺(精巣や卵巣)、内性器(子宮・卵管・膣や、精管、そして尿道)、外性器(陰茎や陰核、陰嚢や陰唇)、性ホルモン(一般的には男性に多いアンドロゲンや女性に多いエストロゲン)など、性に関わる発達の一部が、他の人とは生まれつき少し違った発達をした状態にある」(「教える前に知っておきたい DSD性分化疾患の基礎知識」、ウェブサイトより)。

つまり、体が「男でも女でもない」、「中間の」状態なのではなく、「女性にもさまざまな体の人がいる、男性にもさまざまな体の人々がいる」という意味になる(同資料)。

実際にDSDを持つ人は、ほとんどの場合、自分が生まれた性として認識しているという。男性として生まれたら男性、女性として生まれたら女性である、と。ここが、生まれの性別と相入れない自認を持つトランスジェンダーの人々との大きな違いだ。DSDは性自認の問題ではない。

男性として(あるいは女性として)自己認識して生きているので、DSDではない人同様に、異性を愛することもあれば、同性を愛することもある。DSDであることと、性的指向(どの性別の人を好きになるか)も別になる。

ちなみに、セメンヤは、「女性として生まれ、自分を女性として認識して生きてきた」、と繰り返して述べている。

ヨさんによれば、自分があるいは子どもがDSDであることがわかる時期は、大きくは3つに分けられる。

最初は出生時だ。2番目が思春期で体が成人になってゆく時。3番目が不妊治療時に染色体を調べる時だという。

ヨさんは、いずれの場合も児童や両親の精神的なケアを含めてチーム医療ができる専門の医療機関をお勧めする。

「男性か、女性かの基準を考える時、外性器とか染色体とか、あるいは精巣か卵巣か、どっちなんだというふうに、ある一つの基準にこだわりすぎる傾向がある。DSDの場合、ただ一つの基準だけで判断すると、多くの場合性別判断は間違ってしまう」

20年ほど前から、欧州では患者や家族を支援する会が結成されてきたが、日本では5年ほど前からで、まだ歴史が浅いという。

「家族の中でさえ、話しにくい」状況がある。

 セメンヤに身近な人の姿を重ねる

ネクスDSDジャパンは、セメンヤが今後も、女性の陸上選手として競技に参加し続けるよう、応援している。

「女性選手が不公平感を抱く気持ちは理解できる」が、「本人の同意がないまま」で、「膣の奥まで見られるような、性別検査」には同意できないという。

また、テストステロン値による判断にも異を挟む。

ネクスDSDジャパンの調べによると、男性のテストステロン値は1デシリットルで284から799ナノグラム。女性は6から82ナノグラム。「報道によると、セメンヤ選手のテストステロン値は平均女性の3倍。とすると、約18から246。男性と比較するとはるかに低い」。

また、国際陸連自体が2017年に「ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・スポーツ・メディシン」に発表した調査によると、400m、400mハードル、800m、ハンマー投などで高テストステロン値の女性選手は低テストステロン値の女性選手よりも好結果を出したという。その差は最初の3つの競技では1.8%から2.8%の間となり、ハンマー投げで4.5%だった。英フィナンシャル・タイムズ紙、5月2日付によると、男女別では約10%の差が出ると推測され、テストステロン値以外の何かが男女の差になった可能性がある。「スポーツの結果とテストステロン値を簡単に関連づけられない」。

また、「国際陸連の新規制はそれほど差のない女子400mから、全く差のないマイル走(1600m)に限定されている」と指摘する。

ヨさんは、「高テストステロン女性の中でもその大多数が、実は体の細胞が全く、あるいは一部しかテストステロンに反応しないため、テストステロン値だけを見ても意味がない」という。

ネクスDSDジャパンがセメンヤを応援するのは、その体験が日本のDSDの人々に何らかのヒントを与えることも願うからだ。DSDの人から見ると、セメンヤの体験は「ひとごととは思えない」。

国際陸連の扱いに、セメンヤ自身は「人を破壊してしまうほどの衝撃を感じた」と述べている。「精神的にも、肉体的に破壊される感じだ。自分が歓迎されていないと、と感じた」。

例えて言えば、「まるで十字架にはりつけにされているようなものだ。でも、今でも生きている。今でも立っている」、「勝つまで、戦い続ける」。

セメンヤ選手の動画(BBC)
ネクスDSDジャパンのウェブサイト

<了>

セメンヤは“公平”のために薬で男性ホルモンを下げるべき?「私たちを薬漬けにはできない」

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