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井上尚弥も苦言、「邪悪なネリ」が戦い続けられるボクシング界の問題点
昨年3月、山中慎介(帝拳)との対戦をめぐる忌まわしい記憶。11月23日に行われる予定だったWBC世界同級挑戦者決定戦で、ルイス・ネリ(メキシコ)が再び体重超過で失格、試合は中止となった。すでに日本ボクシングコミッションから活動停止処分を科されているネリだが、井上尚弥の挑戦者に名乗りを挙げるなど、世界のボクシング界では相変わらずの存在感を見せている。今回のトラブルでWBAがランキングから除外するなど、さすがにネリへの風当たりは強まっているが、ボクシング界はなぜ“邪悪なネリ”を追放できないのか?
(文=善理俊哉、写真=GettyImages)
井上尚弥も苦言を呈した、ネリ再びの体重オーバー
とっくに日本のリングからの“出禁”を食らったにも関わらず、「山中慎介に勝った男」こと、ルイス・ネリ(メキシコ)は、今なお日本のファンを苛立たせ続けている。
11月22日(日本時間23日)、WBC(世界ボクシング評議会)のシルバー・バンタム級タイトルマッチの前日計量に臨んだネリは、またも体重オーバーで失格。対戦相手のエマヌエル・ロドリゲス(プエルトルコ)との条件が折り合わず、試合は中止となった。
実現度は別として、日本のスーパーヒーローである井上尚弥(大橋)との対戦がファンに期待され、ネリ自身からも井上戦への自信が語られていただけあって、井上も、思わずSNSでこう呟いた。
ネリどうしようもねぇな、、
また計量失格。
こんな奴にゴタゴタ言われたくない。
ボクシング界から追放でいい。
これまで来日したボクサーで、ネリほど邪悪な印象を与えた外国人は見当たらない。過去の世界タイトルマッチでも、客席から大量の缶ビールを投げ込まれたボクサーがいなかったわけではないが、ネリが他のボクサーと一線を画しているのは、重大なポカを繰り返していることだ。
山中への仕打ちと魅力的な「実力」
2017年8月、当時WBC世界バンタム級王座を12度防衛していた山中慎介の挑戦者として、ネリは初めて日本のリングに登場した。山中が勝てば元WBA世界ライトフライ級王者・具志堅用高(協栄)の持つ日本人男子史上、最多防衛記録に並ぶ。この重要な一戦で、ネリは第4ラウンドに山中をラッシュで追い込んでTKO勝ち。ところが1週間後、WBCからネリのドーピング検査で、禁止薬物の陽性反応が出たと発表された。
その後、二転三転したが、最終的にWBCは、試合を無効、ネリから王座を剥奪するには決め手に欠くとし、代わりに「山中が再戦を希望した場合は最優先される義務」が設けられた。
「具志堅超え」が消滅した山中にとって、心の決着でしかなかった再戦。ところがこの第2戦で、ネリは計量に、体重を2.3キロもオーバーして現れている。
1時間45分後に行われた最終計量までに、約1キロを落としてきたが失格。試合の勝敗が決まる前に王座が剥奪されてしまったのだ。
翌日の試合でネリは山中をパワフルに圧倒した。これに関して、ネリに体重超過のアドバンテージがあったからという声も多いが、当日、両者にあった800グラムの体重差は、勝敗を左右するほどではなく、前日までのいざこざで山中が精神的に平常を保てなかったとしても、ネリが世界屈指の強豪であることが、奇しくも証明されたと言っていい。
自らの行いをまったく省みる様子のないネリ
絶望の試合後、筆者は数人の記者に囲まれたネリのインタビューに耳を傾けた。予想していたよりずっと穏やかな口調に、思わず肩透かしを食らったのを覚えている。紳士的で知られる日本の観客から飛び交った怒号や罵声も「敵地にありがちなブーイング」以上には認識していない様子で、「日本人の親切な対応が好きなので、これからもこの国で戦いたい」と希望したのだ。
体重オーバーについては、2カ月前に契約した担当トレーナーによる「水抜き」を失敗したことで、体重調整ができなかったとして「申し訳なかった」と謝った。その一方で、試合の当日、朝の時点で一定の体重を越えてはいけないペナルティを受けたことで「私のほうが不利な条件だった」とも語った。
あまりに淡々としたこのインタビューを目にしたせいか、今回、新たに起こした体重オーバーの後日、担当トレーナーの名匠フレディ・ローチ氏が語った「体重を落とせていないことを知っているにも関わらず、エナジードリンクを一本飲み干していた」というエピソードも、羞恥心や罪悪感の欠落したネリならば、と想像に難くなかった。
“邪悪なボクサー”が活躍できるボクシング界の問題点
そんなネリが、なぜ試合をし続けられるのか。これはボクシングに「統括団体」がないことが大きい。山中戦後、もしWBCが永久にネリをランキングから除外していたとしても、プロボクシング界には世界王座を管理するメジャーな団体だけでも4つ(WBA、WBC、IBF、WBO)あり、実力さえあれば、他団体でトップを狙うことができる。
団体は、スター選手を抱え込む形で覇権争いを続けており、すべての団体が足並みをそろえて、ネリを追放する可能性は極めて低い。しかも仮にメジャー団体から完全追放されたところで、星の数ほどあるマイナー団体が、話題性のあるネリに関心を示すだろう。現代のボクシング界なら、話題性と実力があればビッグマッチを組めるのだ。
また、日本ボクシング界にとってネリの諸問題は、厄介な方向へ波紋を広げた。ネリを永久追放してから2カ月後、今度は、WBC世界フライ級王者・比嘉大吾(白井・具志堅スポーツ)が3度目の防衛戦で体重オーバーしてしまったのだ。
ネリとは悪質性で比べようもないのだが、公平性を無視して、比嘉を処分するのも違和感があったこともあり、比嘉はボクサーライセンスの無期限停止を言い渡された。
また、山中対ネリの第1戦のドーピング騒動時には、山中と同じ帝拳ジムの尾川堅一が、世界タイトルマッチ後にドーピング検査で陽性反応を出し、試合と王座が無効となった。尾川の人間性に好印象を持つ日本のファンには、持病であるアトピー性皮膚炎の塗り薬が原因だったという弁明を信じる人が多いが、弁明を信じるかどうかは「思い入れ次第」ということになる。ちなみに比嘉も尾川もすでに処分は解除されており、尾川はすでに再起戦を行っている。
国内外で増加する重量オーバーの原因は?
日本では、ノンタイトル戦でもボクサーの体重オーバーが増加している。国内試合で体重オーバーするのは、以前は外国人ボクサーが大半だったが、明らかに日本人ボクサーの体重超過が増えている。ただし、計量が外部に報告されることがほとんどなかったこと、興行に泥を塗りたくないプロモーター(主催者)が「わざわざ発表しなくていい」と希望したり、契約体重を調整したりすることでうやむやになっていたことにも触れておきたい。
体重オーバーの主な原因は、国内外で2つに分けられる。海外の試合に関しては、以前のようなアナログの体重計より厳密なデジタルもものが主流になったこと。これにより以前よりも“イカサマ”が難しくなった。
最近では、プロボクシングが解禁されて間もない中国で、爆買いした荷物を船乗り場で「1キロなど大したオーバーじゃないか」と粘るのと同じ感覚で、計量リミットを大雑把にして乗り切ろうとする選手、関係者が多かったが、最近、ようやく減ってきた。
国内に関しては、減量方法の変化をボクサーたちが追いきれてないことが挙げられる。ボクサーの減量といえば、脂肪どころか筋肉も削るイメージがあるかも知れない。実際、以前はそういう選手がほとんどだった。「炭水化物抜き」もよく試されたが、近年、多くのボクサーが行っているのが「水抜き」だ。
簡単に言えば、水分量だけで体重を減らし、計量後のリカバリーで、大きな体格に戻すというもの。しかし脱水症状と向かい合わせの「水抜き」は研究途中である上に、インターネット上の情報を使って独学で行っているボクサーが大半で、個人の体質に合わせた方法を勘違いして、救急搬送されるような失敗が増えている。ちなみに日本ボクシングコミッションから下されるペナルティは、現時点では、体重計に乗って失敗するよりも、計量会場に来る前に体調不良でギブアップしたほうが軽い。
また、体重オーバーが許されやすい理由として、試合が成立しなければ、プロモーターをはじめとした周囲の人間が金銭的に大損失を被ることも挙げられる。そのため契約書には、明確な罰金制度や、以前の日本のようにグローブの大きさを変えるハンディキャップがある。
体重オーバーについては、日本でも棚に上げられない事例が増加しているのも現実である。しかし、ネリについては、あくまで筆者の個人的な意見としてしか訴えられないが、危険な精神状態を持ったボクサーとの試合は「盛り上がるから」、「やっつけて欲しいから」という火遊び感覚で組まれるべきではないと考えている。
<了>
村田諒太はなぜ社会貢献を続けるのか? プロボクサーとしての信念と生き様を訊く
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