
「悪い意味で個人が目立つチームに」元ロッテのエース・清水直行「新球団初代監督」としての決意
2019年7月、琉球ブルーオーシャンズは将来的なNPB(日本野球機構)参入を目指す沖縄県初のプロ野球球団として発足した。チームには吉村裕基(DeNA、ソフトバンク)、比屋根渉(ヤクルト)、村中恭兵(ヤクルト)、選手兼コーチの亀澤恭平(中日)など、NPBで一定の実績を残した選手も加入。「3年で沖縄におけるNPB参入の機運を高めること」を当面の目標に掲げ、どこのリーグにも所属しないという独自のスタンスを生かして、プロ、アマ、国内外問わず、さまざまなチームと試合を組んでいる。
チームを率いるのは、千葉ロッテマリーンズ、横浜DeNAベイスターズで通算105勝をあげた清水直行氏。新球団発足というゼロからのスタートの中で、果たして彼は監督としてどのようなチームをつくっていくのだろうか。
(インタビュー・構成・撮影=森大樹)
新球団の初代監督としての決意
もともと沖縄は高校野球が盛んで、プロ野球選手も多く輩出しており、さらにNPB球団が春季キャンプを張ることもあって、県民にとって野球は切っても切れないスポーツの一つといえる。
しかし、野球文化が発達しているがゆえに、沖縄県民にどれだけ新球団が受け入れられるかは未知数である。だからこそ地道な地域密着の活動が重要になってくるはずで、清水氏もそのことを理解した上で、最初から沖縄に“入りすぎない”ことを意識したという。
その象徴的な出来事が、昨年10月の監督就任会見だ。当初清水氏は、かりゆしウェアで出席することを提案していたが、スーツで臨むことを選択した。
「やはり、一番最初のご挨拶についてはスーツでやらせていただくべきだろうと。最初から文化に入りすぎると、逆に沖縄の人に抵抗感を持たれてしまうかもしれないと思ってやめました。もちろん、今後は地元の祭りなどに積極的に参加していきたいですし、当然(チームの活動においても)沖縄の文化もどんどん取り入れていくので、その中でかりゆしを着ることはあると思いますけどね」
本当の意味で沖縄に根付いていくための意思は、かりゆしウェアを着るといったパフォーマンスではなく、これからの行動で示していく。スーツ着用での会見は、その決意の表れともいえるだろう。
同時に、今後はチームを存続させていくための資金の調達や人材の獲得なども必要になってくる。そのためにはレベルの高い野球をし、結果を残すということもポイントになるはずだ。新球団の初代監督を務めることは、現場のトップとしてその責任を背負うということでもある。引き受けるには勇気がいることのようにも思えるが、清水氏は「今は良い意味で、チャレンジしている感覚がなくなってきました」と話す。
「昨年10月に監督をやることを発表させてもらって、その間はすごいチャレンジだと思っていたんですけど、今はそんなことを考える余裕もないくらいです。毎日やるべきことがたくさんあって、選手と向き合ってこのチームが良いものになるように、勝てるように、ということばかり考えるうちに、チャレンジしている感覚が良い意味でなくなってきました」
勝利にこだわり、やって当たり前のチームをつくる
琉球ブルーオーシャンズは、特定のリーグには所属しないという方針を取っており、その分NPBの2軍、3軍や沖縄の社会人野球チームなどと年間40~60試合程度の対戦を予定している。つまりシーズンを通した優勝争いはないのだ。ただ、たとえそうであっても清水氏の勝利へのこだわりに変わりはない。
「結局勝つことに変わりはなくて、負けてもいいから打席に立たせるとか、エラーしてもいいとか、そういうことはまったく思っていません。もちろん最終的に勝つという目標に向かう中で、いろいろな試みが多くなることはあります。このケースではどういう動きができるのか、可能性を考えて指示を出しています。逆に場面に応じたサインの傾向を選手にも感じてもらい、いろいろな状況の中で自然と体が動くようになってほしいです」
試合で起用するに値する地力がある選手を使うのであって、単に実戦経験を積ませるためだけの起用はしない。チームには若い選手も多く所属しているが、その考え方の中では若手もベテランも関係ないのである。
では、これからどのようなチームづくりをしていくのか? それを問うと、清水氏から意外な答えが返ってきた。「悪い意味で個人が目立つチームを目指す」と言うのだ。
「今は頑張っている選手が目立っていますが、半年ぐらい経てばむしろ頑張っていない選手が目に付くようになるんじゃないでしょうか。そこが一つ、私が目指すところです。みんながやって当たり前の状態になればついていけない選手が出てくるはずで、それが見えるようになって初めてチームとして形になってきたといえると思います」
どうしても学生野球出身者と元NPB選手では経験に差がある。野球に対する意識にも違いがあり、全体として高いレベルに上がってくるには一定の時間がかかるだろう。しかし、清水氏はあえてそうなるまで“時間がかかる”ではなく、“時間が必要”と表現した。毎日の練習の中で、経験豊富な選手の技術や姿勢を肌で感じ、自らの頭で考え、自分の野球に取り入れていくという過程は必要不可欠なのである。そのためにかかる時間は決してネガティブなものではない。
野球に対する厳しい姿勢がブルーオーシャンズスタイル
NPBの球団エクスパンションの議論の際、懸念材料の一つとして「NPBの野球レベルの低下を招くのではないか」という意見がある。その不安を払拭するためにも、まずはチームからNPBに通用する選手を輩出することが求められるだろう。育成の実績ができればNPBのスカウトからも注目され、結果として有望選手が集まる場所にもなっていくはずだ。
だからこそ、できたばかりの今の時点から、野球に対しての厳しい姿勢をチームの文化として大切にしていきたいと清水氏は考えている。
「琉球は甘くない、これがブルーオーシャンズのスタイルなんだと言えるくらい野球に対する取り組みの姿勢は大事にしていきたいです。ここは野球人生の最後をのんびりゆっくり終えようという場所ではありません。われわれは沖縄県民の皆さんに楽しんで応援してもらい、勝ってほしいという期待に応えていかなければならないわけで、そのスタンスは違うと思います。ここはもう一回野球で上を目指す人たちが集まる場所ですから」
もちろん現時点で球団としてのNPB参入が実現するかは分からない。しかし、少なくとも地元に密着した実力あるプロ野球チームがあり、参入に向けた機運が高まっていれば有力候補に入ってくるに違いない。今はそのための下地をつくっている段階なのである。
まだ見ぬNPBという目標に向けて――。ブルーオーシャンズは今、広く青い大海原へと漕ぎ出したばかりだ。
<了>
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PROFILE
清水直行(しみず・なおゆき)
1975年11月24日生まれ、京都府出身。元プロ野球選手(投手)、野球解説者。1999年に千葉ロッテマリーンズ入団後、9年連続で規定投球回数クリア、2桁勝利の継続、千葉ロッテマリーンズ日本一に貢献するなどの実力を評価され、野球日本代表に選出される。2004年アテネ五輪銅メダル、第1回ワールド・ベースボール・クラシック優勝などを果たし、日本トップクラスの投手として球界の歴史に名を残す。2014年に現役引退後、日本の野球を世界に広めるべくニュージランドに移住し、ニュージーランド野球連盟のゼネラルマネジャー補佐兼代表コーチに就任。帰国後、2020年シーズンから琉球ブルーオーシャンズの初代監督に就任。
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