FC琉球がコロナ禍に決断した「2つの経営強化策」とは? 逆境にも揺るがない攻めの姿勢
2月23日の第1節を最後に公式戦を中断しているJリーグ。現状、公式戦再開日についてはめどが立っておらず、2020シーズンのリーグ戦の成立を危ぶむ声も上がり始めているが、長期にわたる中断はクラブ経営にも暗い影を落としている。そんな中、J2に所属するFC琉球が4月24日付けで新経営体制および資本強化を発表した。2016年、当時Jリーグ最年少社長として話題になった倉林啓士郎就任以降、躍進を続け、小野伸二の加入でも話題を呼んだFC琉球。未曾有の新型コロナ禍にあっていまなぜ、体制変更を発表したのか?
(文=大塚一樹[『REAL SPORTS』編集部]、写真=FC琉球、Getty Images)
緊急事態宣言下に新体制、2億円増資を発表したJクラブ
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者急増に伴い、4月7日には埼玉、千葉、東京、神奈川、大阪、兵庫、福岡の7都府県で緊急事態宣言が発令、同月16日には全都道府県に対象地域が拡大された。Jリーグは2月の段階で公式戦を一時中断、何度かの中断期間延長アナウンスの後、明確な再開時期を設けず6月、7月、8月の3通りの再開案を練っているというが、Jリーグに所属する選手、クラブは、先行きの見えないトンネルの中にいる。
全体練習などの活動を制限され、選手たちも自宅待機を続ける不安な日々が続く中、クラブ運営の根幹をなすチケット収入をはじめ、グッズ収入などさまざまな収入源を長期にわたって断たれる可能性が大きいクラブの経営難が現実味を帯びている。
そんな中、この状況に対応すべく経営体制の変更、さらに第三者割当増資による総額約2億円の資金調達を発表したクラブがある。沖縄からJ1を目指すFC琉球だ。
2003年に創設されたFC琉球は、2016年に当時サプライヤーだった株式会社イミオの倉林啓士郎氏を琉球フットボールクラブ株式会社の社長に迎えて以降、J3優勝、J2昇格、そして2019年9月にはJ1クラブライセンスを交付されるなど、クラブの成績、運営面の両方で快進撃を続けている。
「選手強化、財務、雇用、今までの常識が通じない、難しい経営判断も多くなる」
クラブ躍進の立役者であり、現在は会長職を務める倉林啓士郎氏は、afterコロナ、withコロナを見据えていち早く経営体制の変更という手を打ったという。
「政府から緊急事態宣言が出されて、Jリーグ、クラブを取り巻く環境はさらに不透明感を増しています。クラブ収入の柱であるチケット収入やグッズ収入が入ってきませんし、これ以上延期が続けばスポンサー営業も難しい状況になるでしょう。まず経営としては、この期間を耐え抜かなければいけません」
「緊急時対応」としての新社長就任、新体制発表
倉林会長は、「感染者をこれ以上、増やさないことが最優先。Jリーグの判断も支持する」とした上で、この苦境を耐えるための施策として新人事を挙げた。
新社長に就任したのは、2019年から社外監査役として加わった小川淳史氏。
事業再生と地域活性化を支援する官民ファンドである株式会社地域経済活性化支援機構(REVIC)出身で、沖縄の地域経済にも明るい小川氏は、監査役就任時から倉林会長が「財務のプロである小川氏は、J1昇格、新スタジアム構想、クラブの未来に向けてのラストピース」として期待を寄せていた人材だ。
今回の新人事について、琉球フットボールクラブ株式会社のリリースには、「緊急時対応」と新型コロナウイルスの影響への対応と明記されている。
下記のリリースの文面からもクラブの危機意識、対応の早さがうかがえる。
「新型コロナウイルスの影響でJリーグ再開の時期が未定となるなどチームを取り巻く環境が非常に厳しい状況にある中、経営面におけるこの危機を乗り越える体制をとることが不可欠と判断し、昨期監査役を務めた小川淳史氏を緊急時対応として取締役社長に迎え経営改善と財務の強化に専念する役割を担っていただく他、経営経験の豊富な株主関係者に取締役・監査役を担っていただくこととなりました」
当の小川氏も、REAL SPORTSの取材に対し、「大変な時期だからこそ引き受けた」と決意を語っている。
「倉林会長や廣﨑(圭)副社長からの打診があり、地域の宝、沖縄の宝であるFC琉球を支えるには、選手スタッフ社員たちを守るには、どういう経営体制がベストなのかを考えたとき、自分がやるしかないと決心しました」
森ビル、森トラストや不動産ファンドでキャリアを築き、現在地域経済活性化支援機構(REVIC)でファンド運営や企業支援に力を注ぐ小川氏は、サッカープロパーではない、“門外漢”でもある。倉林会長は「ほぼサッカーに関係ない、業界目線ではなく、『地域のため』という視点を持ってくれる人材」と小川氏を評しているが、“ムラ”社会化、“タコツボ”化、硬直化が問題視されるスポーツ界において、1981年生まれでビジネス界からやってきた倉林会長、金融の専門家である1976年生まれの小川社長を含め、FC琉球のマネジメントサイドは適材適所、若さという面でも他クラブの参考になる面がありそうだ。
沖縄のサッカー、スポーツのともしびを消さない
新体制とともに発表された2億円の資金調達は、クラブ存続はもちろん、経営の安定化に欠かせないものであると同時に、不安な気持ちでいる選手、クラブスタッフ、そしてサポーターに対する力強いメッセージともいえる。
「沖縄のサッカー、スポーツの灯を消さないよう、この逆境をなんとか乗り越え新型コロナウイルス感染収束後、地域に希望を与え、サポーターやスポンサーと共に再び地域活性化をもたらせるのがこのクラブだと信じています」
新型コロナウイルス感染症の脅威それ自体が不安や恐怖の源泉になっている現在だが、FC琉球が健在ぶりをアピールし、未来に向けての歩みを打ち出すことで沖縄のサッカーのともしびを守ろうという気概を小川新社長は語る。
気になるのは、リーグ戦中断、活動自粛による経営面への打撃がどれくらいあるのかということだが、倉林会長によると、クラブ経営の危機が声高に叫ばれている欧州ほどの切迫感はないという。
「不幸中の幸いですが、こういう状況が起きる前からそれなりの金額の増資や、琉球銀行など地元金融機関との折衝による資金調達に動いていたこともあり、当面の心配はいりません。(北海道コンサドーレ)札幌や欧州では選手報酬の返上やカットの話も出ているが、現段階ではそのようなことは考えていません」
今回の発表も、クラブの「生存確認」や「経営状況の安全宣言」にとどまる守りのリリースではなく、あくまでも「J1昇格に向けたさらなる強化」、「新たな練習場」、「J1規格のスタジアム構想の実現」という未来に向けての攻めの一手でもある。
クラブも2月23日のジェフユナイテッド千葉との開幕戦を戦った後、ホーム開幕を迎えることなく、4月7日からは全体練習を停止している。選手たちは自宅でリモートフィットネストレーニングに励んでいるが、5月6日までとされる緊急事態宣言の解除も先行き不透明な現状では、Jクラブが「いつから何を」という見通しを立てるのは難しい。
しかし、倉林会長は「今シーズン集めた選手たちでJ2を戦うのは本当に楽しみだった。このような状況の中でも選手たちは自宅でプロとして目的を失わずに、しっかり準備をしてくれている。政府や県の助成金や支援も、使えるものはどんどん活用していく。リーグ再開後にはしっかり上位を狙い、できれば来年も同じメンバーで戦いたい」と再開後のクラブの躍進に期待を寄せるとともに、さらにその先の未来を明確なものにするため、小川新社長を中心に今後も経営強化を進める。
2020年、未知のウイルス、未体験の状況に時が止まったかのように見えるJリーグにあって、FC琉球は未来を見据えて動き続けている。
<了>
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PROFILE
倉林啓士郎(くらばやし・けいしろう)
1981年生まれ、東京都出身。4歳からサッカーを始め、筑波大駒場高校、東京大学文科Ⅱ類へと進学。東京大学在学中の2004年に創業し、翌05年にSFIDAブランドを立ち上げ。06年株式会社イミオを設立、代表取締役社長を務める。2016年12月、琉球フットボールクラブ株式会社(FC琉球)の代表取締役社長に就任、クラブの経営危機を立て直し、2018シーズンにJ3優勝、J2昇格を成し遂げる。2019年6月より取締役会長。2020年4月より代表取締役会長。
PROFILE
小川淳史(おがわ・あつし)
1976年生まれ、岡山県出身。慶應義塾大学経済学部卒業後、不動産デベロッパーや外資系ファンドを経て株式会社地域経済活性化支援機構(REVIC)在籍、沖縄在住5年目。株式会社地域経済活性化支援機構シニアディレクター、地元金融機関らと沖縄活性化ファンドを組成。2019年6月に琉球フットボールクラブ株式会社(FC琉球)の監査役に就任。2020年4月、取締役社長に就任した。
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