なぜ矢板中央はマネタイズに成功したのか? 高体連主導の総合型スポーツクラブという未来
人口は約3万2000人。総面積の半分以上が山林と農地で長閑な風景が広がる栃木県北部の矢板市。プロのスポーツクラブを持たない町で、近年高校サッカー界を賑わせているチームがある。全国高校サッカー選手権大会を3年連続でベスト8以上に勝ち残っている矢板中央高校だ。今でこそ全国で指折りの実力を備えているが、30年前は県大会1回戦を突破できるかどうかのレベルだった。部員も20人に満たない弱小校は、いかにして強くなっていったのか。その背景には法人化によるマネタイズがあった。
(文・撮影=松尾祐希、トップ写真=Getty Images)
チームを運営するために法人を立ち上げるという選択
今から26年前、髙橋健二監督は矢板中央の監督に就任した。部員数は13人。当時の矢板中央はお世辞にも素行がよいとはいえず、サッカー部も真面目に活動していなかった。全国大会出場など夢のまた夢。いくら髙橋監督が「全国大会に行くぞ」と声を掛けても、真剣に受け止める者などいなかった。髙橋監督はそこから熱量を持って指導にあたり、2004年の夏にインターハイ、同年冬の全国高校サッカー選手権大会に出場。就任から10年の月日を経て、全国で戦えるチームへと変貌させた。そこから3年間は県大会で涙を飲んだが、2007年に再びインターハイと選手権へ。2年後には冬の大舞台で初めてベスト4へと勝ち上がった。以降は安定した結果を残すと、2017年には選手権で2度目の4強入り。2018年はベスト8で青森山田高校に敗れたものの、昨年度は準決勝まで勝ち上がった。
「意志あるところに道は開ける」
第16代アメリカ合衆国大統領のエイブラハム・リンカーンが残した言葉を座右の銘として掲げる高橋監督は、選手たちと向き合いながらチームを強くしてきた。ただ、いくら子どもたちの心と技を育んでも、ある程度の環境がなければ全国で戦えるチームにはならない。潤沢な資金を持っていたわけではないサッカー部にとって、ハード面の整備は非常に難しい問題だった。
そこで高橋監督が知恵を絞り、行き着いた答えはチームを運営するために法人を立ち上げることだった。
今からさかのぼること5年前。県内出身者で固められていたチームに、県外から越境して来る生徒が増えたタイミングだった。全国大会に継続して出場できるようになり、部員数が増加。当時は他の部活と共同で学校の寮に生徒を受け入れていたが、最大20名という枠を超える県外の入学希望者が出るようになった。そのタイミングで高橋監督は学校に要望を出し、サッカー部専用の寮を建ててほしいと願い出る。しかし、学校側の答えはNO。「少子化の影響で生徒は減っている。新たな寮の設置はリスクが伴うのでできない」という判断だった。
普通であれば、学校のバックアップがない以上は諦めるしかない。だが、高橋監督はリンカーンの言葉通り、実現に向けて知恵を絞る。金子文三コーチなどのスタッフだけではなく、司法書士や税理士などに相談。どうすれば寮を作れるのか。そこで行き着いた考えがサッカー部を運営するために会社を立ち上げることだった。
その一般社団法人が土地の確保や寮の建設を請け負い、運営まで行う。前代未聞のプロジェクトはこうして立ち上がり、2015年12月に一般社団法人矢板セントラルスポーツクラブが誕生した。銀行からの融資を受け、16年にはサッカー部専用の新しい寮が完成。県外からの希望者を今まで以上に受け入れられるようになった。
指導者の雇用を生み出すスキームを確立
こうして優秀な選手が集うようになった矢板中央。法人化はもう1つの目的を果たす上で重要な役割を持っていた。それが指導者の受け入れだ。
部員数が増えれば、自ずとコーチングスタッフが必要になる。以前も学校に掛け合ったが、色好い返事をもらえていなかった。しかし、一般社団法人が立ち上がり、自分たちで雇い入れることが可能に。寮を開設した2016年には中学年代の選手が所属する矢板SCを設立し、高校や矢板SCで指導にあたりながら、寮監を務める形で雇用を生み出すスキームができ上がった。
今年度には新たに2つの建物が完成し、学校保有のものも含めて寮は4棟。サッカー部に関わるスタッフがいずれも寮監を務めており、うち3名は矢板中央のOBが担っている。下部組織である矢板SCの指導に当たりながら、福利厚生も付いた環境で生計を立てる。未来を担う若手スタッフにとって、意味は大きい。コーチを務める意思を持っていても、経済的な理由で苦しい生活を強いられたり、断念する者も少なくない。「OBが指導者として戻ってくる場所がなかなかない。ほとんどボランティアとしてやっているし、別の仕事を兼務しているのでかなり厳しい状況」と髙橋監督が話したように、課題を解決する上で法人化は大きな意味があった。
スポーツで地域貢献を行う他にはない取り組み
矢板中央は独自にマネタイズすることに成功した一方で、さらなる発展も目論んでいる。それが地域貢献だ。
「サッカー部が軌道に乗ってきたので、今度は違うスポーツも取り入れて地域の発展に協力したい」(髙橋監督)
昨年、髙橋監督は矢板中央の他競技を巻き込み、バスケットボールの教室を同校バスケットボール部のOBとともに開校。さらには幼児向けの体操教室も運営するなど、サッカー部の枠に囚われない総合型スポーツクラブを目指して動き出している。また、サッカー日本代表の長友佑都が代表を務める「YUTO NAGATOMO Football Academy」の矢板校スタッフとして、矢板中央のコーチ陣が働く予定になっている。10月からプレオープンし、2月から始動するスクールの開校でさらなる雇用を生み出すだけではなく、地元の子どもたちの成長につながるのは間違いない。
現在、矢板セントラルスポーツクラブは多くのスタッフが働いている。雇用を生み出し、スポーツで地域貢献を行う環境は他にはない取り組みだ。髙橋監督は言う。
「社団法人を作っていなければ、生徒を受け入れられなかったし、今の矢板中央もなかった。新たな取り組みはサッカー部だけではなく、学校にとってもメリットがあった」
「意思あるところに道は開ける」を貫き、サッカー部の自立を実現するだけではなく、指導者の雇用や地域貢献でも可能性を示した。今後、高体連主導の総合型スポーツクラブが新たなスタンダードになったとしても不思議ではない。
<了>
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