
藤川球児にも“忖度”が必要だった? 常態化する「公式戦で引退試合」は本当に妥当なのか
今年もプロ野球「戦力外通告」、「引退」の報を聞く季節がやってきた。この季節の風物詩になりつつあるのが、現役生活に別れを告げる選手の「引退試合」だろう。ファンとのお別れ、功労者への花道としての引退試合は感動的だが、同時にタイトルや順位確定がかかったペナントレースにセレモニーが組み込まれることの是非も議論の的だ。スポーツライターの広尾晃氏は、「セレモニーと公式戦を混同してしまう危険性」について指摘する。
(文=広尾晃、写真=Getty Images)
藤川球児の引退試合をめぐる論争
11月10日、阪神・藤川球児がプロ野球生活最後のマウンドを踏んだ。巨人、原辰徳監督は、代打で坂本勇人や中島宏之を起用して対戦させるなど、メディアが「粋な計らい」と呼ぶ演出をして見せ、藤川は最速149km/hのホップする速球で3人の打者を退けた。
藤川球児は今季、名球会入りの基準である「日米通算250セーブ」まであと7セーブという状況で開幕を迎えたが、クローザーとして救援失敗が続き8月10日の登板を最後に二軍落ち。8月末には今季限りの引退を表明したが、今シーズン中はチームに貢献できるならば登板するとの意思を示し、10月20日に再昇格すると5試合、3.1回を投げて3被安打1被本塁打、自責点1という成績を残した。
筆者は藤川のマウンドには何度も魅了されてきた。JFK時代の雄姿も見たし、四国アイランドリーグplusの高知ファイティングドッグスに入団したときは、記者会見にも出席し、彼の心意気を聞いた。記憶にも記録にも残る投手だったと思う。
藤川をセレモニーで送り出すことに異論はないし、区切りをつけたい本人、そして感謝を告げたいファンの気持ちも十分に理解できる。
しかし、「引退」を表明してからの公式戦登板のあり方には疑問が残る。
引退表明、一軍再昇格後の藤川の登板では、1球ごとに場内で拍手が起こり、相手チームの打者は凡退を繰り返した。公式戦にもかかわらず、藤川の登板機会はなかばセレモニーと化していた。
「引退試合」となった11月10日の登板では、巨人の重信慎之介が二死から簡単に二飛に倒れたことに対して「なぜ岡本和真につながなかったのか」「空気を読まないのか」という声が上がった。
テレビで解説を務めた掛布雅之氏が重信に対し「重信君はちょっとわかっていませんね。もうちょっとあるだろう」とコメントし、「できれば申告敬遠でも」と次打者である巨人の四番・岡本との対戦を望むようなニュアンスの発言をした。
重信に奮起を促すのは了としても、ファンはともかく、高名な解説者が、名シーンを作るために、敗退行為に等しい手を打つべきだったとも受け取れる発言するのはいただけない。
これはエキシビションでも、セレモニーでもなく、真剣勝負の公式戦だったはずだ。
公式戦で引退試合を行うことの是非
藤川の例は異色ではあるが、最近は、「引退試合」が、シーズン終盤の公式戦に組み込まれることが多くなった。
投手の場合打者一人との対戦限定でマウンドに上がる。打者の場合1打席限定で打席に立つ。投手はたいてい打者を三振に切って取る。打者の結果はいろいろだが、相手投手は真っすぐをストライクゾーンに投げることが多い。要するに対戦相手が「忖度(そんたく)」する、または忖度せざるを得ないような空気感ができあがっているのである。
11月6日の中日―ヤクルト戦では、引退を発表した中日の吉見一起が先発し、ヤクルトの先打者、山崎晃大朗を三振に切って取り一人限定の登板でマウンドを降りた。同日の楽天―西武戦では同じく引退発表した渡辺直人が1番打者として先発出場、4打席に立って2安打した。
吉見、渡辺ともに試合後の引退セレモニーでファンに別れを告げ、寒い中、ナイターに詰め掛けたファンは大喜びだったが、筆者はやはり、「引退」を表明した選手、セレモニーがなければ戦力としての出場が見込めない選手が、公式戦に出場することにずっと違和感を持っている。
日本プロフェッショナル野球協約(野球協約)の第18章、第177条(不正行為)には
(1)所属球団のチームの試合において、故意に敗れ、又は敗れることを試み、あるいは勝つための最善の努力を怠る等の敗退行為をすること。
を不正行為とみなし、
「選手、監督、コーチ、又は球団、この組織の役職員その他この組織に属する個人が、次の不 正行為をした場合、コミッショナーは、該当する者を永久失格処分とし、以後、この組織内 のいかなる職務につくことも禁止される」
と明記されている。
公式戦で、引退表明したその日の「主役」に対して、わざと三振したり、安打を打たせるように忖度したりすることは、「勝つための最善の努力を怠って」いることにならないのか?
もちろん、優勝やCS出場チームなど、大勢の決した「消化試合」では、ベストメンバーではなく若手主体にオーダーを組むこともある。これを「勝つための最善の努力」をしていないとみなすこともできるが、若手にチャンスを与え、来季に向けたテストをするという目的がある。少なくとも出場する選手は「勝つための最善の努力」をするはずなので、次元の違う話といえるだろう。
長嶋茂雄から始まった? 公式戦内引退試合の歴史
大相撲では、ひとたび「引退」を公言した力士は、以降、一切本場所の土俵に上がって相撲を取ることができない伝統がある。
真剣勝負の舞台に、引退を決めた力士が上がることは、相手力士に失礼だという解釈だ。それに大男がぶつかり合う相撲は、下手をすれば命の危険がある。戦意が衰えた引退力士が相撲を取るのは危険だ、との意味もある。近年は例外もないわけではないが、原則論としては誠に妥当だと思う。
日本相撲協会の規定では、原則として幕内を30場所以上務めた力士には本場所の間の期間に国技館で「引退相撲・断髪式」を行う権利があり、興行収益は引退力士に贈与される。幕内力士が集まって取り組みや相撲甚句などを行い、最後に断髪式を行う。断髪して新親方となった元力士が土俵上から挨拶をするシーンはテレビでもよく報道されている。
NPBでもかつて、功績のある大選手が引退する際には、オフに球団が「引退試合」を挙行した。その興行収益を退職金代わりに引退する選手に贈与したのだ。「引退試合」はおそらく大相撲に倣ったものだろう。
しかしプロ野球で「引退試合」をしてもらえるのは千葉茂、藤村富美男などごく一握りの大選手だけだった。他の選手は契約解除を通告されれば、静かに球団を去ったものだ。
1970年代に公式戦で引退試合を行った例として、1974年10月14日の巨人、長嶋茂雄の例がある。長嶋は引退表明直後の試合でフル出場し、試合の後はグラウンドを1周してファンに別れを告げた。この時期から引退試合は行われなくなったことから、これが公式戦での引退試合の端緒になったともいえる。
プロ野球の歴史や記録のためにも「線引き」を
時は流れ、公式戦での引退試合は、実績にかかわらず、それこそ「平幕クラス」の選手でも行われるようになっている。
球団は少なくとも数日前には選手の引退を発表し、選手は引退試合の日程に合わせてファームから昇格し、試合に出場する。詰めかけたファンが大声援を上げるが、端的に言えば現在の引退試合やそれに伴うセレモニーは、球団の興行的意図で行われているように感じられる。
2018年には、公式戦どころか、「消化試合」ですらない試合で、引退試合が組まれたことがあった。9月21日に、1週間前に引退を表明したDeNAの加賀繁が引退試合のためにファームから昇格し、先発として中日戦に1人だけに投げたのだ。
当時のDeNAと中日は0.5差でCS進出へ向けて「3位」の座を争っていた。緊迫した状況にもかかわらず、この試合で先発した加賀は中日の先頭打者、平田良介を三振に仕留めて降板した。中日は重要なこの試合の最初のアウトを「DeNA、加賀に餞別(せんべつ)として進呈した」「現場の事情よりも興行的な意図が優先された」といわれても仕方がない。
NPBがこれを追認する形で、2017年途中からは、引退試合を行う選手に限って1日限定で出場登録選手の枠を超えて登録が可能となる特例措置が導入された。これにより引退試合を行う選手は1試合に限り28人の出場登録選手の枠を超えて登録することが可能となった。
筆者が懸念するのは、こうした特例措置によって、公式戦の記録が意図的に改変される可能性が生じることだ。
例えば「あと1本で2000本安打」という選手がいたとする。衰えが目立ち、長くファーム暮らしだが、引退を表明することで、公式戦で打席に立つことが可能になる。相手の忖度で「あと1本」を打たせてもらうこともあり得るのだ。
同じように、連続シーズン出場記録や、通算登板記録、通算奪三振記録なども、引退試合に便乗して達成されてしまう可能性もあるだろう。
プロ野球は「文化公共財」にたとえられることもあるが、1936年から営々と記録されていた公式記録は、野球関係者のみならず広く野球ファンのいわば“公共の財産”だということもできる。ここに私的な思惑を混入させることが正当といえるのか。
前述のように、筆者は引退する選手がファンに別れを告げること自体は否定しない。しかし、そこには何らかの線引きが必要だと思う。
「固いことを言うな、俺たちは記録を見に来ているんじゃない、感動しに来ているんだ」というファンの声もあるだろう。しかし、プロ野球は特定チームや選手のファンのためだけにあるのではない。競技の公平性、厳密性が損なわれれば、将来にわたって禍根を残すことになる。
とっくに力が衰えた選手が「引退試合」の美名のもとに公式戦に記録を残すことに妥当性はあるのか? その行為が、選手の記録や功績、プロ野球の価値をおとしめることにならないか? 個々の選手だけでなく、プロ野球の歴史や記録を尊重し、大事にする観点から再考を促したい。
<了>
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