
なぜ元FC東京・石川直宏は常に“平常心”でいられたのか? 結果を出す人が実践する“頭の訓練”
スポーツでも仕事でも勉強でも、結果を出す人と結果を出せない人に分かれるのが世の常だ。では両者の違いはいったいどこから生まれるのだろうか?
総合スポーツメディア『REAL SPORTS』は4月、トップアスリートによる対話を通じたスポーツで心豊かな社会を目指す活動を行う一般社団法人Di-Sports研究所を立ち上げた、スポーツドクターの辻秀一氏と、そのメンバーである元サッカー日本代表・石川直宏氏を迎え、オンライントークイベント『結果を出す人のQOLの高め方』を開催。結果を出す人に共通する子ども時代の経験、日常的に実践する習慣について語ってもらった。
(進行=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部)
心の質の大切さに気づける人とそうでない人の違いは?
『結果を出す人のQOLの高め方』をテーマに、前編(『結果を出す人に共通する3つの要素とは? 元FC東京・石川直宏「嫌だった自分」を抜け出した思考』はこちら)では、“結果”を出すためには“パフォーマンス”を上げる必要があり、“パフォーマンス”を上げるためには、「自分と向き合い、心をマネジメントすること」が重要だと、石川氏の現役時代の話を交えながら聞いた。
だが、「自分と向き合い、心をマネジメントする」という概念に対して、素直に受け入れられる人と、そうでない人がいるという。
辻:私は現在、スポーツドクターとしてアスリートやビジネスパーソンなどに向けてメンタルトレーニングを行っていますが、心の状態をマネジメントするというのは結局、脳の訓練なんです。大人になってからメンタルトレーニングをしても、見えない(心の)質を大事にすることに対して素直に取り組みにくい人が多いんですよ。
素直に受け入れられる人とそうでない人の差は何なのか考えた時に、脳の構造上、機嫌のいい状態でいることや、心を大事にすることにおいて、成育歴が関係しているのではないかという仮説が浮かびました。本人は覚えていなくても、幼少期に「機嫌よくやる」とか、心を大事にすること、自分と向き合う体験をしたことが脳の扁桃(へんとう)体や海馬に記憶されていて、大人になってからふとした時に思い起こされてすっとふに落ちるようになるのかなと思ったんです。
成育歴が大切だという仮説のもと、豊かな人生のために機嫌よく生きることの大切さや、心の質を子どもたちに伝えていくためにDi-Sportsを立ち上げました。感度の高いアスリートたちに声をかけて、30人ぐらいのトップアスリートたちが集まってくれて、「ごきげん授業」という体験型のセッションを行っています。
子どもの教育で大切なことは、周囲にいる大人の“機嫌”
――子どもたちへの教育、指導で心がけるべきことはありますか?
辻:通常の学校教育ではほぼ、認知能力に関わる教育しかやりません。心に関する授業として道徳はありますが、「人には優しくしなければなりません」「意地悪はしてはいけません」と教わるだけで、自分の内側を見つめることがない。なので一番は、親や周りの大人が機嫌よく生きることが、子どもたちに対する最大の社会的使命なんですよ。ところが、実際には大人たちも機嫌が悪いので、大人に“ごきげん”を身に付けてもらうためのオンラインサロン「Di-Park」を立ち上げました。
この活動で大事にしているのが「ダイアローグ=対話」。機嫌がよくなる会話ができる、安心した場所があることが大人たちにとってはすごく重要なんです。やるべきことや結果に追われていて、なかなかその場がないので、まずは大人たちが対話を通して機嫌がよくなって、その機嫌のよい状態で子どもたちと対話をしていけることが何より大事だという考えのもと活動をしています。なので最終的に、子どもたちへの教育において大切なことというのは、大人による「声かけ」なんです。
――親自身が、“ごきげん”な状態を保っていることを見せることが大事なんですね。
辻:そういうことです。反面教師という場合もありますけども、基本的に、不機嫌な両親からはやっぱり“ごきげん”な子どもは育たないですよね。潜在的に、社会に出ると不機嫌になると思っているから。
大人になってからでも遅くない“ごきげん”の身に付け方
――成育歴が大切だということはわかりましたが、“ごきげん”な環境で育ったわけではない大人でも考え方を変えることはできるのでしょうか?
辻:成育歴で心の質を大切にするとか、自分と向き合うという経験があるとその感度が高いので入りやすくなるんですけど、それ以外の大人はダメかというと、そんなことはありません。仕事とかスポーツとか家族とか人間関係とか、機嫌がいい方が最終的にいい結果が出るということに気づくこと、「機嫌がいいこと」の“価値”を重んじられることが大事です。ただ、なかなか最初は気づけないかもしれません。
例えば私は、成育歴上はバスケットボールをやっていたのでサッカーの面白さに全然気づけず、私にとっては“価値”のないものでした。でも、直宏くんを含め、サッカー好きの人と話したり、サッカーの体験を増やしていくことでサッカーの“価値”に気づけるようになりました。
そのように、大人になってからも“ごきげん”の価値の高い人と出会って、しゃべっていくうちに、自分の中でも「やっぱり機嫌が悪いよりいいほうが、いろいろなことがうまくいくんだな」と思い始めるようになると、脳の中の非認知能力がだんだん働き始めて、徐々に機嫌のよさが自分でも体得できるようになる。だから、そういう対話ができる仲間が大事なんですよ。
――実際、石川さんもDi-Parkの活動を通じて感じることはありますか?
石川:そうですね。“ごきげん”な状態に、無理やり持っていくわけじゃないんですよ。だから常に「ごきげんだぜ」みたいな感じではなくて、自分と向き合っていく中で感度が高まっていって、結果として機嫌のいい状態になっているので、Di-Parkに参加する人たちは自然体の人が非常に多いんです。自分の言葉でしっかりと伝えることができるし、謙虚で素直。
でもやっぱりこういう人たちは、僕も含めて、これまでの困難をしっかりと受け入れる姿勢があって、自分の中で消化して自立していくことによって結果的に心をマネジメントできるようになった人たちが多いので、そういった人たちとの横のつながりができたのがよかったです。サッカー以外の競技や、年齢も性別も問わずにさまざまな人たちがいますが、このコミュニティは本当に心地いいです。
辻:Di-Parkでは、そういったトップアスリートたちと、“ごきげん”に興味がある一般のサロンメンバーたちが何の垣根もなく一緒にいろいろな話題について話しています。対話の他にも、書くごきげん、読むごきげん、見るごきげん、出会うごきげん、聞くごきげん、といった、普段の生活のあらゆるところでごきげんの感度を高めていきましょうという活動をしています。
――そういうコミュニケーションを通して、自分自身のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めるためのヒントをもらっているわけですね。
石川直宏の考える「平常心」とは?
辻:例えば、日本を代表するトップアスリートの人たちが、いかに苦しいことをやってきて、どれだけ大変な思いで乗り越えてきたのか、普通の人はなかなか体験できないですよね。だけど、考え方や自分の見つめ方は、誰でもまねできることだと気づくのがすごく大事。誰でもQOLを向上できる、そのヒントをわれわれが提供していくことが、新たなスポーツ選手の価値であり、社会貢献の形になるのではないかと思っています。
――僕自身、仕事で年間130人ぐらいのトップアスリートにインタビューをしていますけども、やっぱりそういった部分に気づいている人が多いので、1時間ほど話を聞いていると、自分の心の持ちようにも影響を与えていると思うので、すごく恵まれているなと思います。
辻:アスリートと1時間話すのは、本当に、1冊の本を読むくらいの価値がありますよね。僕も直宏くんから、たくさん学ばせてもらっています。
石川:いやいや。僕も、そういうふうに話す機会があると、自分の中で整理されるんです。例えば考えながらプレーするとどうしても時間をロスするのでゴールもうまく決まりません。逆に体に染みついた感覚でシュートを打つと、やっぱりゴールが入ることが多いんですけど、入った時ってどんな状態かというと、むちゃくちゃ力んでいるわけでも、脱力しているわけでもなく、本当にリラックスしていた状態。
そういう状況の心の持ちようを語る時に「平常心」という言葉をよく使って、自分でも意識していたことなんですけど、平常心ってどういう状況なのかと考えると、やっぱりシュートだったりドリブルだったり、体に染みついて本能的にやれるまでに育っていた状態なのかなと。やっぱり頭で考えるから体に染みついてくるんですけど、もう一度そのことを誰かに話す時に、また頭で考える。いいループなんですよね。そういうふうに自分の中で整理しながら、また次につなげるといういいサイクルができていると思います。
辻:頭の訓練の基本というのは、知識を得て、自分で意識して、そこで得た感覚を人にしゃべるという、このサイクルがメンタルトレーニングにはすごく必要なんです。アスリートだったら体で表現して、自分で意識した感覚を人にしゃべる。そうして脳の中にシナプスが形成され始めて、だんだん自分のものになってくるので、直宏くんが言ったことは、まさにそのとおりですよね。
思考が変わるきっかけは必ずあると信じる
――石川さんのようにもともと自分自身で考えたり、気づく力がある人もいれば、そうではない人もいますよね。後者の場合はどうしたらよいのでしょうか?
辻:それは、サッカーに興味のない人にサッカーをやらせようとすることと同じで、結論からいうと「無理」なんです。ただ、何か考え方に変化が起こるきっかけというのは人それぞれ。しゃべっているうちに、どこかで「こういうことだったんだ」と見つかることもある。
なので、諦めずに繰り返しやり続けるということしか答えはないのですが、私も仕事でメンタルトレーニングを行う時に投げかけを跳ね返されてしまうこともあります。そういう時にも、こちらが機嫌よく伝え続ける以外になくて、「何でわからないんだよ」「君のために言っているんだろう」って、押しつけようとするのではなく、「今はわからないんだな」と思うようにしています。
――確かに、アスリートでも若い頃にインタビューした時には何を投げかけても全然話してくれなかった選手が、10年後にインタビューをすると、人が変わったようにすごくちゃんと話をしてくれたりするんですよね。きっと何かのきっかけがあって、変わっているんですね。
辻:そうなんですよ。一生、きっかけがなく終わってしまう人もいるかもしれないですけど、きっかけがどこかにあると信じ続けて、今まで見えていなかったものが、その人なりに見えるようになる新しい体験があるかもしれないので。投げかけ続けるということが、僕の使命だと思っています。
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<了>
PROFILE
辻秀一(つじ・しゅういち)
1961年生まれ、東京都出身。スポーツドクター。北海道大学医学部卒後、慶應義塾大学で内科研修を積む。“人生の質(QOL)”のサポートを志し、慶大スポーツ医学研究センターを経て株式会社エミネクロスを設立。応用スポーツ心理学とFlow理論をベースとして講演会や産業医、メンタルトレーニングやスポーツコンセプター、スポーツコンサルタント、執筆やメディア出演など多岐にわたり活動している。アスリートのクライアントは競技を超えて幅広くサポート。スポーツ医学はFemale Athlete Triadとライフスタイルマネジメントを専門とする。志は『スポーツは文化だと言える日本づくり』と『JAPANご機嫌プロジェクト』。2019年に「一般社団法人Di-Sports研究所」を設立。『スラムダンク勝利学』(集英社インターナショナル)、『PLAY LIFE PLAY SPORTS スポーツが教えてくれる人生という試合の歩み方』(内外出版)をはじめ著書多数。
石川直宏(いしかわ・なおひろ)
1981年生まれ、神奈川県出身。元サッカー日本代表。現役時代のポジションは主にミッドフィルダー。横須賀シーガルスでサッカーを始め、その後、横浜マリノスジュニアユース追浜、横浜F・マリノスユースを経て2000年に横浜F・マリノスのトップチームでJリーグデビュー。2002年4月にFC東京へ期限付移籍(翌年8月に完全移籍)。2004年にヤマザキナビスコカップ優勝、クラブ初のタイトル獲得に貢献した。2009年Jリーグベストイレブン選出。日本代表では2003年東アジアサッカー選手権(現EAFF E-1サッカー選手権)でA代表デビュー。2004年アテネ五輪代表。度重なるケガの苦境を乗り越えながらファンを魅了し続け、2017シーズンをもって引退。2018年1月、FC東京クラブコミュニケーターに就任。一般社団法人Di-Sports研究所のメンバーとしての活動など、多方面で活躍を見せている。
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