日本代表の得点力不足に究極の「ストライカー論」。330分で1ゴール、東京五輪で露呈した課題
東京五輪・男子サッカーで日本は4位に終わった。53年ぶりのメダルには手が届かなかったが、十分に称賛されるべき結果だといえるだろう。だがその一方で、大きな課題も露呈した。ノックアウトステージの3試合330分で1ゴール、90分あたりに換算すればわずかに0.27だった。頂点を目指した戦いの中で、いかにゴールを奪うのか。今こそ日本サッカー史上で最高のストライカーによる究極の「ストライカー論」を思い返すべき時だ――。
(文=藤江直人、写真=Getty Images)
もしあの試合でゴールを奪えていたら……結果論とはいえ遠かった“1点”
自国開催のひのき舞台における目標として、オリンピック日本代表チームで共有されてきた金メダル獲得は、延長戦の末にスペインに0-1で屈した準決勝でついえた。
ならば、最後は勝って終わろうと気持ちを奮い立たせて臨んだ3位決定戦でも、グループステージで勝利しているメキシコにリベンジを許して幕を閉じた。
メダリストとオリンピアンとが無情にも分け隔てられた埼玉スタジアムのピッチ。人目をはばからずに号泣し続けた、MF久保建英(現マジョルカ)の姿が強烈な残像として刻まれた東京五輪の戦いで、日本サッカー界が忘れてはならない事実がある。
参加16カ国中で唯一、グループステージを3連勝で突破。1968年のメキシコ五輪で獲得した日本サッカー界で唯一のメダル、銅色のそれをいよいよ越えるのか。期待がさらに膨らんだノックアウトステージで、日本は一敗地にまみれてしまった。
ニュージーランドとの準々決勝、スペインとの準決勝、そしてメキシコとの3位決定戦の計330分間であげたゴールはわずか「1」に終わった。
唯一のゴールもメキシコに3失点を喫した苦境から、78分にMF三笘薫(現サン=ジロワーズ)が一矢を報いたものだった。
結果論になるがゴールさえ奪っていればスペインに勝てた可能性もあるし、ニュージーランドとも延長戦を戦わずに、体力の消耗を最小限に食い止められたかもしれない。
最終的なゴール数を争うサッカーの単純明快な競技性を踏まえた上で、日本の敗因をたどっていけば、ピッチ上に最後まで「ストライカー」がいなかった状況に行き着く。
ストライカーの定義とは?「ゴールを奪う選手は皆、ストライカー」
そもそも「ストライカー」の定義とは何か。思い出したのは日本代表が臨んだ国際Aマッチで歴代最多となる「75」ものゴールをマークし、53年前のメキシコ五輪では7ゴールをあげて大会得点王を獲得した釜本邦茂氏から聞いた言葉だ。
「ゴールを奪う選手のことを『ストライカー』と呼ぶんだよ。だから、たとえ2列目の選手であっても、ゴールを積極的に狙っていく選手は『ストライカー』となるんです」
動詞の『strike』は、基本的な「強く打つ」から広義で「攻撃する」となる。動詞に『er』がつけば「◯◯する人」となるから、おのずと『striker』の意味も分かる。
ただ、サッカー界では「ストライカー」と「フォワード」の定義や役割、意味合いが曖昧であり、さまざまな意見や解釈がある。それらを踏まえた上で釜本氏はこう続けた。
「相手チームのゴールに最も近い場所にポジションを取る選手がフォワードと呼ばれているわけだから、ゴールを決める、つまりは『ストライカー』の役割を果たすのが最大の仕事になる。フォワードの選手がゴールを決められなければ、当然ながら『あの選手はいったい何をしているのか』と批判の的になる。ゴールを決められないフォワードは、厳しい言い方になるけれども、残念ながらストライカーとは呼べない」
ストライカーになる条件とは? 一番必要な思考回路
東京五輪に臨んだ代表チームには3人のフォワードが名を連ねた。当初は上田綺世(鹿島アントラーズ)と前田大然(横浜F・マリノス)だけだったが、コロナ禍が考慮されて、開幕直前になって登録人数が「18」から「22」へ拡大された。
特例に伴ってバックアップメンバーだった林大地(現シント=トロイデン)が昇格。上田の故障もあって1トップのファーストチョイスになり、フランスとのグループステージ最終戦を除く5試合で先発を果たした。
しかし、林を含めたフォワード陣があげたゴールは「0」に終わった。フランス戦で前田が4点目を決めているが、途中出場していたポジションは左サイドハーフだった。
つまりは3人のフォワードは「ストライカー」になれなかった。ただ、釜本氏のストライカー論を古びた取材ノートから引っ張り出したのは、何も3人を責めるためではない。
フォワードを筆頭とするフィールドプレーヤーが「ストライカー」になるための条件を聞くと、釜本氏は間髪入れずに「それは勇気ですよ」と持論を展開してくれた。
「パス、パス、パスよりも一本のシュートを打たれた方が相手にとっては怖い。実際に30cmほどの隙間があればシュートを打てる。だからこそ、特にフォワードは何回でもシュートにトライしなければいけない。野球で際どいファールを連発していくうちにタイミングがあって、最後にホームランを打つのと一緒ですよ。シュートはどこからでも打っていいし、チャンスで遠慮する必要もない。ましてや『失敗したらどうしよう』と考えるなんてもっての外です。失敗してもどうってことない、という思考回路でプレーし続けるために一番必要になるのが、まさに勇気なんですよ」
「戦国時代に例えれば…」フォワードが相手ゴール前で担うべき役割
釜本氏が強調したのは加点方式の思考回路だった。どれだけシュートを外し、あるいは相手キーパーに防がれたとしても一発決めればチャラになり、ヒーローになれる。
単純にして明快な理論はフォワード陣だけでなく、久保や堂安律(PSVアイントホーフェン)、三笘らの2列目、そしてコーナーキックなどセットプレー時に攻め上がる、キャプテンのDF吉田麻也(サンプドリア)らへの時空を超えたエールになる。
例えば日本のセットプレーを振り返っても、6試合を通してあげた得点は、メキシコとのグループステージ第2戦で堂安が決めたPKの1点だけに終わっている。
接戦になるほどセットプレーの重要性が増す。実際に3位決定戦で再び日本と顔を合わせたメキシコはPK、フリーキック、コーナーキックから全3ゴールをあげている。
「相手ゴール前は戦場です。ある時は相手に蹴飛ばされるかもしれないし、またある時には肘打ちを食らうかもしれない。そこへ真っ先に飛び込んでいくのは、戦国時代に例えれば一番槍(やり)と同じですよ。そして、サッカーではフォワードが常に一番槍を担わなければいけない。普通に考えれば一番槍は敵にやられて討ち死にする確率が高くなるけれども、サッカーでは命までは取られない。繰り返しになるけど、だからこそ何回でも勇気を振り絞って挑み続けなければいけない。そして、敵を弾き飛ばして勝ったとき、つまりはゴールを決めたときには大手柄を立てられるんですよ」
銅メダルのメキシコ五輪、得点王だけでなく、実はアシストも。その理由は…
3位決定戦の22分に喫した2点目を振り返れば、左サイドからの直接フリーキックにFWエンリ・マルティンが果敢に飛び込み、DF冨安健洋(ボローニャ)と激しく競り合った背後に落ちてきたボールを、DFヨハン・バスケスが頭でたたき込んだ。
つまりはマルティンが釜本氏のいう一番槍になったわけだ。58分の3点目は、左コーナーキックをFWアレクシス・ベガが完璧なタイミングでたたき込んだものだ。
メキシコ五輪でクローズアップされるのは、釜本氏の2ゴールで開催国メキシコを撃破した3位決定戦となる。6試合を通じた日本の総得点は「9」だったが、釜本氏以外の選手があげた2ゴールをアシストしたのも実は釜本氏だった事実は意外と知られていない。
「アシスト、アシスト、アシストと考えている選手は、それほどアシストできないんですよ。表現は悪くなるかもしれないが、単なる配球役です。ゴールを奪いにいく選手が実はアシストも決められる。シュートを打たれるのが怖いから、相手選手も飛び込んでくる。そこで相手をかわせば、味方へパスを通せるスペースも生まれてくる。試合に勝つためには、やはりシュートを打とうとしないと何も始まらないんですよ」
一連のストライカー論を釜本氏に聞いたのは2000年のシドニー五輪直前だった。いつまでも1968年の銅メダルや、大会得点王にとらわれないでほしい――厳しくも温かく、不思議な説得力も帯びていた言葉の数々からはこんな願いも伝わってきた。
しかし、フィリップ・トルシエ監督に率いられた、史上最強の呼び声が高かったシドニー五輪における代表チームは、FW高原直泰がチーム最多の計3ゴールをあげるも、PK戦の末に準々決勝でアメリカに屈した。
FW大津祐樹が3ゴール、FW永井謙佑が2ゴールをあげた2012年のロンドン五輪に続く4位で東京五輪を終えた今、ピッチ上ではストライカーたれ、と望んだ釜本氏の言葉は全てのカテゴリーの日本代表が臨む新たな戦いへの、普遍的なげきと化していく。
<了>
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