実はプロスポーツ密集県、栃木SCの生き残り戦略。元選手のスタッフが明かす“意外な関係”

Career
2021.09.08

2020年5月に立ち上がったオンラインサロン『蹴球ゴールデン街』では、「日本のサッカーやスポーツビジネスを盛り上げる」という目的のもと、その活動の一環として雑誌作成プロジェクトがスタートした。雑誌のコンセプトは「サッカー界で働く人たち」。サロンメンバーの多くはライター未経験者だが、自らがインタビュアーとなって、サッカー界、スポーツ界を裏側で支える人々のストーリーを発信している。

今回、多様な側面からスポーツの魅力や価値を発信するメディア『REAL SPORTS』とのコラボレーション企画として、雑誌化に先駆けてインタビュー記事を公開する。

第13弾は、栃木SCで選手として活躍し、引退後はフロントスタッフとしてホームタウン活動に携わる赤井秀行さんに、プロスポーツクラブが密集する栃木県ならではの工夫を中心に話を伺った。

(インタビュー・構成=五十嵐メイ、写真提供=赤井秀行)

「選手として参加するほうが、全然気楽だった」Jクラブの舞台裏

──赤井さんは栃木SCで約9シーズンにわたり選手として活躍しましたが、引退後、フロントスタッフになった経緯を教えてください。

赤井:2016年に栃木SCからSC相模原に期限付き移籍をしていましたが、その年のシーズン終了後に両チームから戦力外通告を受けました。当時まだ31歳だったので、次のチームを探していたところ、栃木SCのフロントスタッフの方から「一緒に働かないか」という連絡をいただいたのがきっかけです。

──もともと現役時代から、サッカークラブのフロントスタッフとして働くことは考えていたのですか?

赤井:現役の頃からフロントで働きたいというようなことは考えていました。ただ、具体的にどんなことをしたいとか、そういったことは考えていなかったので、面談をした時にどんなことをやりたいか聞かれ「特に具体的に考えていることはありません」と答えた記憶がありますね。

通常は引退した後にアカデミーのコーチなど現場に携わる方が多いですが、僕の場合は会社に入って、サッカークラブについて内部から知っていこうということで、現在は試合の運営やホームタウンに携わる業務を行っています。指導者に興味がなかったわけではありませんが、フロントに入るというのは、「入りたいです」と言って簡単には入ることができないと思っていたので、そのようなキャリアを選択しました。

選手の頃には分からなかったことがいろいろ見えてきたので、フロントに入ってとても勉強になっているなというのが率直な感想です。

──現在の具体的な業務内容を教えてください。

井:試合に関わる業務でいえば、ボランティアスタッフやボールパーソン、担架スタッフをまとめる業務を行っています。市町民デーといって、地域支援パートナーを組んでいる市町村の冠試合に関しては、相手方とのさまざまな調整を行っていますね。 

ホームタウン担当としては、主に栃木SCが行うさまざまなイベントの調整を行っています。あとは、アカデミーのコーチが足りない時は、コーチとして現場で指導することもあります。今でも栃木SCは数々のホームタウン活動を行っていますが、僕が現役選手だった頃もサッカークリニックやトークショーなど、さまざまなイベントに参加してきました。参加する側と企画する側では全然違うなと実感しています。振り返ると選手として参加するほうが、今より全然気が楽でしたね(笑)。

──どういった時にそれを感じますか?

赤井:一番難しいのは、日程調整ですね。先方の日程を確認して、選手と強化部の予定を確認して、互いの予定をすり合わせるのに苦労しています。サッカー教室も、先方の予定、アカデミーコーチの予定、選手の予定、この三者の予定が合わないと開催できません。その「調整」という部分で、気を揉むことが多いですね。

現役の頃にイベントに呼ばれて、子どもたちと楽しくサッカーをしているほうがはるかに楽しいです(笑)。

ライバルではなく、競技を超えた“つながり”で栃木を盛り上げる

──栃木県はサッカー、バスケットボール、アイスホッケー、野球、自転車など、さまざまな競技のプロスポーツクラブが密集していますが、ホームタウン担当としてメリットやデメリットを感じることはありますか?

赤井:それぞれのクラブがライバル関係になっていると思っている方もいるかもしれませんが、実は現役選手だった頃、イベントで一緒になった際に仲良くなったバスケットボール、アイスホッケー、自転車のチームの選手たちで自主的に集まり、どうやったら栃木県を盛り上げていくことができるかというのを話し合っていました。引退した後も集まったりしていろいろな話をしていて、そのつながりというのは現在も続いています。

企業のイベントに出演する場合は、企業が考えた企画に参加することになります。だけど、僕たちはそこを選手側から何か発信できたらいいねというような話をよくしていました。

──これまでに、そういった選手が中心となって形になったイベントなどはありますか?

赤井:栃木県は温泉がたくさんあります。若手経営者らでつくる栃木県旅館ホテル若旦那の会といって温泉を仕切る団体から「新型コロナウイルスの影響でお客さんが減ってしまっているので、温泉をPRしたい」という相談を、ロードレースチームの那須ブラーゼンさんが受けました。

そこで、那須ブラーゼンさんから栃木県の全プロスポーツチームに話がきて、直接温泉地に来ていただくのは、感染拡大の懸念があるので、温泉を配ろうという案が出ました。昨年度行った「源泉デリバリー」という活動は、栃木県の全部のプロスポーツチームが協力して実現しました。

プロスポーツクラブが密集するデメリットよりメリットのほうが大きい

──これだけスポーツチームが密集していると、お客さんの取り合いが生じてしまうのではないかというイメージがあります。でも栃木県はそうではなくて、それぞれのチームが協力し合っているんですね。

赤井:ファンの気持ちは止められないですからね(笑)。バスケットボールチームの宇都宮ブレックスさんが好きなのに、無理やりサッカーの栃木SCの試合を見に来てとは言えないです。そういう活動を通して、別の競技のファンの方が自然に栃木SCに興味を持ってくれたらいいなと思っています。

栃木SCのファン・サポーターの中には、例えば土曜日に栃木SCの試合を見て、日曜日は宇都宮ブレックスさんの試合を見にいく方も多くいます。僕たちも試合を見に行かせていただくことがありますが、よくサポーターの方に試合会場でお会いすることがあります。栃木県の傾向として、やっぱりプロスポーツチームが多いので、スポーツを見に行くという文化が根付いているのかなと思います。

──それでは、特に大きなデメリットを感じることは、あまりないのですか?

赤井:一つはやっぱり、ファンが分散しているなと感じることですね。もう一つは、スポンサーさんです。栃木県のスポーツクラブのスポンサーさんは、実はほとんど同じ企業に偏ってしまっています。そういった意味では、影響が全くないとはいえません。

だけど、本当にさまざまな競技のクラブが存在しているので、いろんなスポーツを見に行けるメリットのほうが大きいと思います。栃木県には自転車のチームが2チームあって、宇都宮市では、とても大きな自転車の大会(ジャパンカップサイクルロードレース)が開かれていますし、アイスホッケーは、日本で5チームしかないので、県内で見ることができるのは珍しいことだと思います!

栃木SCがホームタウン活動に力を入れる理由

──栃木SCとしては、どのような志を持ってホームタウン活動に取り組んでいますか?

赤井:栃木SCが多くのホームタウン活動を行っているのは、僕自身も現役の選手の頃に体感しています。栃木SCとしては、監督にも「栃木SCはホームタウン活動もしっかりやっていくので、よろしくお願いします」というのを、就任してから最初の段階で伝えます。強化部にも伝えているので、もちろん移籍をしてくる選手にも契約の時に、しっかりと話をしてもらいます。

J2やJ3のチームは、やっぱりそういう普段からの地道な活動をしっかり行っていかなければファンも増えていかないですし、都市部にあるビッグクラブではないので、地元の方に応援していただけるクラブを目指していかなければいけないと思っています。

スポンサーさんや、栃木県の県民の皆さんのおかげでクラブが存在しています。その関係性がなくなってしまったら、クラブも消滅してしまいますし、サッカーを続けられなくなってしまいます。もちろんプレーで恩返しをすることが一番だと思っていますが、そういった感謝の気持ちを、ファン・サポーター向けイベントでも表現していけたらと考えています。

──現役時代の経験で、今の仕事に生かせていることはありますか?

赤井:僕はけっこうサポーターとフレンドリーにコミュニケーションを取るタイプでした。オフ期間などに食事会を企画して、自分のユニホームを着てくれているサポーターと食事に行ったりしていました。周りからは「突っ込みすぎじゃない?」と言われることもありましたね。

もちろんその当時は、将来自分がこういった職業に就くなんて思ってもいなかったので、特に意図していたわけではありませんが、僕は変わった選手だったんじゃないかなと思います(笑)。

なので、サポーターの方と直接コミュニケーションを取る機会が多かったので、そういう経験は今の仕事に生きているなと感じます。

コロナ禍だからこそ見えた、ファン・サポーターとの新たな関係構築

──栃木SCではイベントに力を入れているということでしたが、このコロナ禍において難しい状況が続いたのではないでしょうか?

赤井:そうですね。やっぱり、スポーツクラブが行うイベントの最大の魅力というのは選手を出すことだと思います。コロナ禍以前は、選手がサッカー教室をやったり、トークショーを開催していましたが、今はそうもいきません。サポーターの方に練習を公開することもできないので、ファンとの触れ合いは一気に減ってしまいました。

このコロナ禍で、オンラインという言葉が一気に一般的になりました。昨シーズンは突然の出来事だったので、動きが止まってしまっていたところもありますが、オンライン上で選手との触れ合いを増やすことで、ファンを減らさない活動をしています。栃木SCでは、Zoomを使ってファン感謝祭を開催したり、小学生との交流会を開催しています。 

もちろん大変ではありましたが、ファンとのコミュニケーションの形という意味では新しい発見がたくさんありましたね。

──赤井さん自身がフロントスタッフとして、今後栃木SCでかなえたい夢はありますか?

赤井:千葉県には3歳から15年、その後茨城の大学で4年間過ごした後は、ずっと栃木県で過ごしているので、自分の中では栃木県は地元みたいな感覚です。その栃木県をスポーツで盛り上げていきたい、そしてやっぱりスタジアムを満員にしたいと思っています。

──新しく「カンセキスタジアムとちぎ」ができましたが、周りからの反応はいかがですか?

赤井:本当に綺麗で、周りの反応もとても良いですね。今まで試合をしていた栃木県グリーンスタジアムより、お客さんがよく入っています。バスも出していますが、電車でアクセスできるようになり、交通の便はすごく良くなりました。グリスタは駅からバスを出していますが片道30分ほどかかってしまうので、試合に足を運びやすくなった影響はあると思います。

今はコロナ禍で集客人数の上限がありますが、それがなくなった時に2万5000人が入る新しいスタジアムを、お客さんで満員にするのが僕の目標です!

<了>

「Jリーグ再開後のカギはSNS」栃木SCの敏腕マーケター“えとみほ”に聞く活用術

J1で最も成功しているのはどのクラブ? 26項目から算出した格付けランキング!

日本代表に最も選手を送り出したJクラブはどこだ? 1位はダントツで…

「辞表と刺し違えでお金を出してください」。J3富山・左伴社長、“力業”も辞さないプロ経営者の覚悟と矜持

なぜ高校出身選手はJユース出身選手より伸びるのか? 暁星・林監督が指摘する問題点

PROFILE
赤井秀行(あかい・ひでゆき)
1985年生まれ、千葉県出身。流通経済大学を卒業後、栃木SCで選手として活躍。2016年SC相模原に期限付き移籍、シーズン終了後の2017年に現役引退とフロントスタッフ就任が発表される。以後、運営部ホームタウン担当として働いている。

この記事をシェア

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事