大畑大介が語る、ラグビー新リーグ成功のカギは?「神鋼」の名前をあえて捨てたコベルコ神戸の情熱と意志
2022年1月、ジャパンラグビーリーグワンが開幕する。日本ラグビーの実力、人気をさらに加速させることが期待される新リーグだが、果たして成功のカギは何だろうか?
リーグワン参入に伴いチーム名を変更したコベルコ神戸スティーラーズ。これまでもチームは神戸市を拠点に活動してきたが、今後はより地域に根差したチームへ生まれ変わる決意を明確に掲げている。歴史と伝統のある、日本のラグビーファンになじみ深い「神戸製鋼」「神鋼」の名前をあえて“捨てる”決意をしたのも、その意志を表したものだ。それだけ神戸市、神戸市民と共に「笑顔あふれる未来」を創りたいと心から願うクラブの信念にこそ、新リーグ成功のカギがあるように思える。元日本代表で世界最多トライ記録を持つ大畑大介アンバサダー、そして福本正幸チームディレクターに話を聞いた。
(取材・文=向風見也、写真提供=コベルコ神戸スティーラーズ)
「神戸製鋼」の名前を“捨てて”までも、意思表明したこと
いわば「折衷案」の象徴である。
神戸製鋼コベルコスティーラーズ改め、コベルコ神戸スティーラーズ。1988年度から日本選手権を7連覇し、2003年度からの国内トップリーグで2度、優勝した強豪クラブが、チーム名を変えた。
国内リーグの新装開店に伴い、「リブランディング」を強調する。10月4日に会見し、新ジャージー、アカデミーの創設、神戸製鋼と共にチームを支える協賛企業の発表に時間を割いた。
大畑大介。実績あるOBの一人で、チームのアンバサダーを務める。現役時代は日本代表としてテストマッチ(代表)世界最多の通算トライ記録(69)をマークしたこの人は、今度のチーム内外での変革をこう見る。
「新しいリーグ。よかれと思われることなら何でもやっていき、そこから徐々に柔軟性を持って(刷新させて)いければいいと思うんです。ラグビーのルールだって、そうして年々、変わっていっているじゃないですか。日本ラグビー界がどこに向かうかのベクトルさえ定まっていれば、(開幕後に変化があっても)そう大きくぶれることはない」
2022年に開幕するジャパンラグビーリーグワン(リーグワン)はまず、参加チームの在り方を問う。25チーム(廃部したコカ・コーラを除く24チームが正式参戦)に、書面を通しての自治体との連携、小中高生向けのアカデミーの設置を求めた。
社会貢献には神戸製鋼時代から注力してきた。選手はたびたび地元の小学校へ訪問し、会社側も全国高校ラグビー大会などを支えた。つまりリーグワン発足によって名称こそ変えたものの、部の本質を変えたわけではない。
福本正幸チームディレクター(TD)はざっくばらんに言う。
「今までは会社からというよりラグビー部が――勝手にと言ったらおかしいですが――よかれと思って、社会貢献活動を積極的にしてきました。僕が入社した1990年以降も地域の人を呼んでタッチフットボール(タックルを伴わないゲーム)大会、バーベキューをしていました。雲仙普賢岳が噴火した1993年にはチャリティーイベントも始め、1995年に阪神・淡路大震災があってからは神戸の街を元気づけようと思って活動しています。それをこれからは会社としてもラグビー部を使って神戸市、神戸の人たちにラグビーで元気になれるようなお手伝いをしようとしています。以前なら予算上できなかったことができるようになる。教える人の確保、安全面の考慮が必要なアカデミー設立は、その一つです」
ネクスト構想とプロリーグ構想の「折衷案」
リーグの構造全体を見れば、従前との違いはチームの興行化に見られる。今度の改革を経て、試合を運営するのに必要な主管権は日本ラグビーフットボール協会から「一般社団法人ジャパンラグビーリーグワン(JRLO/今年9月下旬までの名称は一般社団法人ジャパンラグビートップリーグ)」に移った。
2021年5月まで開かれていたジャパンラグビートップリーグは、日本協会が運営していた。それに対して今度のリーグワンでは、ホームゲームを行うチームがその試合の興行権を持つ。チケットやグッズを売る。ホームスタジアムの確保も努力目標に掲げられる。
チームの存続が親会社の業績や方針のみに左右される構造とは、一線を画すわけだ。とはいえこのリーグワンは、完全なるプロリーグではない。
さかのぼれば2019年夏、清宮克幸・日本協会副会長が参加チームの法人化を求めるプロリーグ構想を提案した。ところが、その大胆な動きは摩擦を招く。結局、その前から水面下で練られていたトップリーグネクスト構想とプロリーグ構想の「折衷案」として、今度のリーグワン発足の準備が始まった。それが2020年5月までの流れだ。
やや複層的な流れが影響してか、加盟クラブの形は千差万別だ。
すでに法人化したり、将来的な法人化を検討したりするチームがある一方、旧神戸製鋼はかねて完全プロリーグ化へ慎重な構え。新装開店してからも、あくまで本社傘下でのプロフィットセンター化を求める。複数のスポンサー企業と手を組み、神戸市と事業連携協定を締結して行政のPR活動に選手を積極的に派遣するなど、事業化と社会化を目指す。
ホストタウンの神戸市は、プロ野球の阪神タイガース、オリックス・バファローズ、サッカーのヴィッセル神戸のお膝元でもある。福本TDはあらためて強調する。
「われわれは企業スポーツのカテゴリーにいて、他のプロチームと比べて皆さんにとって距離があったかもしれません。今回からは垣根を取っ払い、皆さんに愛される、応援されるチームになりたい。試合会場では、他のチームがやっていることを学びながら家族連れの方々にも楽しんでいただける空間づくりをしたいです」
ラグビー界の現状を踏まえると、リーグワンの理念は実に練られたものだ。企業に支えられるメリットを損なわぬ範囲で、イノベーションを促しているのだから。
力強い情報発信があれば、もっともっと前進できる
ちなみにリーグワン発足前のチームのディビジョン(1~3部)の振り分けでは、競技成績に加えて事業性、社会性に関する項目が重視された。選考の途中結果に一部のクラブが反発したことは後に伝わるが、旧神戸製鋼の福本TDはこうだ。
「難しいですね……。それぞれ、『自分たちのチームはこれだけやっているんだ』と考えている。ラグビーの成績だけで決められれば世間も納得したと思いますが」
そう。立場によってクラブの思いが異なることも善しとされた上で、今がある。その意味でも練られている。最近は実業家の玉塚元一氏を理事長に据え、リーグ運営の区画整理にも着手する。本当の意味での「折衷案」の良さはもっと広く伝えられてもよい。
裏を返せば、リーグワンの本質そのものが正確に伝わっていない点は今後の伸びしろといえよう。
今季の対戦カード発表は9月下旬予定としながら、スタジアム確保が困難だったことから10月4日まで持ち越されたこと。情報発信の遅れをユーザーに詫びるSNSツールすら持ち得ていなさそうなこと。かような情報発信に関する領域にメスを入れれば、ごく一部の報道で伝わった過度なネガティブマインドも軽減できそうではないか。
今回、会見後の個別取材に応じたコベルコ神戸側は、ここまでのリーグ側の準備状況には一定の満足感を得ている。ただし、その準備と距離を置いていた大畑は、あくまでファンファーストの目線で述べる。
「裾野はかなり、頑張っています。選手も、チームも。だから、しっかりとリーグ自体に力強い情報発信をしてほしいです。そこをクリアにすれば、もっといろんな人が気持ちよく協力してくれるようになると思います」
SNSの普及前にプレーしていたこの人は、現役引退時にはシーズン開幕前にその旨をメディアへ伝達。日本ラグビー界が苦しい時期に「広告塔」を買って出た人とあり、各クラブがTwitter、Facebook、Instagramをアクティブ化させるあたりに進化の鼓動を感じている。
日本ラグビー界のさらなる発展のために…コベルコ神戸が背負う責任
課題を顕在化させながらも前進しようとするリーグワンには、日本代表強化という命題もある。
2019年のワールドカップ日本大会8強入りの前は、国際リーグのスーパーラグビーに日本のサンウルブズを派遣。テストマッチ(代表戦)という「入試本番」に受かるために良質な「模試」を受けていたのと同じだ。
リーグワンはもともと、シーズン終了後に海外クラブとぶつかる「クロスボーダー大会」への参加を目指していた。日本代表サイドは、その大会とは別に若手の海外挑戦に関する要望を提出している。ただし現状では、いずれも成立するかは不透明。場合によっては、日本代表が「難関校突破」に役立つ「模試」を満足に受けられなくなるかもしれない。
日本と世界との接点が薄くなる中、リーグワンでは外国人枠の決まりを既存のトップリーグでのそれから大きく変更すると伝わっている。詳細の説明は再度求められるが、とにかく、日本代表資格を持つ海外出身者を今まで以上に多く出せるようにし、他国の大物の競演機会も向上させる構えだ。
コベルコ神戸は、2018年に指導体制を強化している。元ニュージーランド代表アシスタントコーチのウェイン・スミス総監督の下、スペースに球を動かすスタイルとチームへの忠誠心を貴ぶ文化を涵養(かんよう)。以前からジャージーに高炉をあしらっているのは、その思いと無関係ではない。優れた首脳陣という資源を最大化させるべく、近年では20歳前後の若手との契約と育成に積極的だ。帝京大を1年で退学して昨季加入した李承信新副将は、その象徴といえる。
なお東芝ブレイブルーパス東京からは、高卒ルーキーのワーナー・ディアンズが日本代表予備軍のナショナル・デベロップメント・スコッドに名を連ねている。これまで日本の高卒選手の多くが大学へ進んでいた歴史を踏まえ、大畑氏はこのように続ける。
「リーグワンがスーパーラグビーに近い質のラグビーをするしかない。ないものねだりをしてもしゃあないので。それに最近では各チームに、大学を経由していない選手がいます。彼らによって日本代表を目指すルートが少しずつ変わっています。20歳前後は、選手自身がより伸びる時期。レベルの高い環境に身を置き、目指すべきものを見るのが大事です。リーグワン側もそれらを促すような(出場枠などに関する)ルール整備をしていってほしいと、個人的には思います」
コベルコ神戸は、将来の金の卵や自称「にわかファン」へ世界基準を示す責任を負っているような。グラウンド外はもちろん、グラウンド内でも日本のラグビー界をボトムアップする。
<了>
[コベルコ神戸所属]ラグビーW杯戦士・ラファエレと高校生の「知られざる約束」
混迷のラグビー新リーグ「その時々で言っていることが違う」。クラブと平行線の背景は?
屈強に見えるラグビー選手も…大坂なおみ問題提起の「メンタルヘルス」誤解と実情
NZの姫野に仏の松島。なぜ今ラグビー日本代表は世界で求められる? エージェントが明かす移籍市場原理
ラグビーW杯、前代未聞のSNS戦略とは? 熱狂の裏側にあった女性CMOの存在
PROFILE
大畑大介(おおはた・だいすけ)
1975年11月11日生まれ、大阪府出身。現役時代には、神戸製鋼コベルコスティーラーズ、ノーザンサバーブス(豪)、モンフェラン(仏)でプレー。元日本代表で、ワールドカップに2度出場(1999年、2003年)。テストマッチ世界最多トライ記録(69)を持つ、日本が世界に誇るトライ王。2011年に現役引退後、メディア・講演等で精力的に活動。日本人史上2人目となるワールドラグビー殿堂入り。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会アスリート委員会委員、ラグビーワールドカップ2019アンバサダーを歴任。2022年1月に開幕するリーグワン参入のコベルコ神戸スティーラーズのアンバサダーを務める。
福本正幸(ふくもと・まさゆき)
1967年10月16日生まれ、大阪府出身。現役時代は神戸製鋼でプレーし、日本選手権7連覇に貢献した。2000年に現役引退。チームマネージャー、日本ラグビーフットボール協会への出向、ラグビー部を離れて社業へ専念した後、2017年5月にチームディレクターに就任。2018年に現総監督のウェイン・スミスを招聘(しょうへい)。2022年1月に開幕するリーグワン参入のコベルコ神戸スティーラーズにおいても引き続きチームディレクターを務める。
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
なぜNTTデータ関西がスポーツビジネスに参入するのか? 社会課題解決に向けて新規事業「GOATUS」立ち上げに込めた想い
2024.12.10Business -
青山敏弘がサンフレッチェ広島の未来に紡ぎ託したもの。逆転優勝かけ運命の最終戦へ「最終章を書き直せるぐらいのドラマを」
2024.12.06Career -
三笘薫も「質が素晴らしい」と語る“スター候補”が躍動。なぜブライトンには優秀な若手選手が集まるのか?
2024.12.05Opinion -
ラグビー欧州組が日本代表にもたらすものとは? 齋藤直人が示す「主導権を握る」ロールモデル
2024.12.04Opinion -
卓球・カットマンは絶滅危惧種なのか? 佐藤瞳・橋本帆乃香ペアが世界の頂点へ。中国勢を連破した旋風と可能性
2024.12.03Opinion -
非エリート街道から世界トップ100へ。18年のプロテニス選手生活に終止符、伊藤竜馬が刻んだ開拓者魂
2024.12.02Career -
なぜ“史上最強”積水化学は負けたのか。新谷仁美が話すクイーンズ駅伝の敗因と、支える側の意思
2024.11.29Opinion -
FC今治、J2昇格の背景にある「理想と現実の相克」。服部監督が語る、岡田メソッドの進化が生んだ安定と覚醒
2024.11.29Opinion -
スポーツ組織のトップに求められるリーダー像とは? 常勝チームの共通点と「限られた予算で勝つ」セオリー
2024.11.29Business -
漫画人気はマイナー競技の発展には直結しない?「4年に一度の大会頼みは限界」国内スポーツ改革の現在地
2024.11.28Opinion -
高校サッカー選手権、強豪校ひしめく“死の組”を制するのは? 難題に挑む青森山田、東福岡らプレミア勢
2024.11.27Opinion -
スポーツ育成大国に見るスタンダードとゴールデンエイジ。専門家の見解は?「勝敗を気にするのは大人だけ」
2024.11.27Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
三笘薫も「質が素晴らしい」と語る“スター候補”が躍動。なぜブライトンには優秀な若手選手が集まるのか?
2024.12.05Opinion -
ラグビー欧州組が日本代表にもたらすものとは? 齋藤直人が示す「主導権を握る」ロールモデル
2024.12.04Opinion -
卓球・カットマンは絶滅危惧種なのか? 佐藤瞳・橋本帆乃香ペアが世界の頂点へ。中国勢を連破した旋風と可能性
2024.12.03Opinion -
なぜ“史上最強”積水化学は負けたのか。新谷仁美が話すクイーンズ駅伝の敗因と、支える側の意思
2024.11.29Opinion -
FC今治、J2昇格の背景にある「理想と現実の相克」。服部監督が語る、岡田メソッドの進化が生んだ安定と覚醒
2024.11.29Opinion -
漫画人気はマイナー競技の発展には直結しない?「4年に一度の大会頼みは限界」国内スポーツ改革の現在地
2024.11.28Opinion -
高校サッカー選手権、強豪校ひしめく“死の組”を制するのは? 難題に挑む青森山田、東福岡らプレミア勢
2024.11.27Opinion -
スポーツ育成大国に見るスタンダードとゴールデンエイジ。専門家の見解は?「勝敗を気にするのは大人だけ」
2024.11.27Opinion -
「甲子園は5大会あっていい」プロホッケーコーチが指摘する育成界の課題。スポーツ文化発展に不可欠な競技構造改革
2024.11.26Opinion -
なぜ大谷翔平はDH専念でもMVP満票選出を果たせたのか? ハードヒット率、バレル率が示す「結果」と「クオリティ」
2024.11.22Opinion -
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion