
マリノス・水沼宏太が2歳の娘に伝えたい唯一つのメッセージ。「娘が生まれて素直にそういう気持ちになった」
横浜F・マリノスのジュニアユースに入ったころから、「水沼貴史の息子」と呼ばれることが多くなった。元日本代表で、クラブのレジェンド。そんな偉大な父を持ち、時に葛藤を抱きながらキャリアを歩んだ水沼宏太も、気が付けば父になった。娘が生まれ、自然と考え方も変わった。今大事にしている人生観を明かしてくれた。
(インタビュー・構成=野口学、写真提供=株式会社UDN SPORTS)
「日常を当たり前と思わない」。水沼宏太が見据える先
9月末、スポーツマネジメント事業を手掛ける株式会社UDN SPORTSは、新たに始動したプロジェクト『地方からミライを』のトークセッションを開催した。
同社はもともと所属アスリートの社会貢献活動を積極的に後押ししてきた。昨年はSDGs(持続可能な開発目標)に積極的に取り組むと宣言するなど、スポーツマネジメント会社としては異彩を放つ存在でもある。
新プロジェクト『地方からミライを』では、所属アスリートの出身地やゆかりのある地方を活性化させ、ゆくゆくは日本全国を元気にすることを目標に掲げる。スポーツの大会やイベントを通じて子どもたちとの触れ合いや競技の促進を目指すだけでなく、コロナ禍で打撃を受けた地方企業、中小企業と連携をして、新たなビジネスの創出にもチャレンジしていくという。
桃田賢斗(バドミントン)、橋岡優輝(陸上)、楢﨑智亜、楢﨑明智(共にスポーツクライミング)、大竹風美子(7人制ラグビー)らと共に本プロジェクトのアンバサダーを務める水沼はトークセッションに参加。「関心の高いSDGsの17の目標は?」という質問に対して「飢餓をゼロに」を挙げ、「日頃から感謝の気持ちを持って、日常を当たり前だとは思わずにやっていくことが大事」と語り、「自分ができる支援をしたり、SNSを使いながら呼びかけをしたり、例えばチャリティー的な寄付の制度を自分でつくってみたり、自分にできることをどんどん増やしていきたい」と目標を掲げた。
トークセッション後、SDGsに対する考えから、さらには2歳になるお子さんへの親としての想いまで個別取材で聞いた。
「知ったにもかかわらず、何もしないわけにはいかない」
――トークセッションで最も関心の高いSDGsの目標に「飢餓をゼロに」を挙げていました。日本にいるとなかなか身近で飢餓を感じることがないこともあり、意外に感じました。
水沼:正直、SDGsを勉強するようになって知ったんですが、海外ではまだ達成できていない国があって、「まだそんな感じなんだ……」という気持ちになったのが率直なところです。でも、今日本にいる僕たちにできることは絶対何かあるはずです。世界にはこういう国があると知らない人も多いと思うので、まずは知ってもらうための行動を起こすのがすごく大事かなと考えています。僕自身、知ったにもかかわらず、何もしないわけにはいかないと思ったので。具体的に何をしていくか、これから真剣に向き合って考えていかないといけませんが、そのきっかけをUDN SPORTSを通して得られたのはすごくよかったと思っています。
――知ることで危機感を持ち、危機感を持つことで勉強したり行動することにつながりますからね。
水沼:僕は食べることがすごく好きなのですが、それができない人たちがいると知って、やっぱりすごく悲しいなという気持ちにもつながりました。自分自身、そうした現実に少しでも目を向けたり、みんなで何かできることを考えられればと思います。
――日本も決して他人事ではなく、食料自給率は先進国で最低レベルですし、人口増加や気候変動、戦争などの世界情勢によって今後も安定した食料供給が見込める保障はありませんよね。最近では、元日本代表の石川直宏さんや徳永悠平さんら元Jリーガーの方が農業を始めて注目されています。
水沼:アスリートや元アスリートが発信することで多くの人が知るきっかけになりますし、地域の活性化にもつながるので、すごくいいことだなと思って見ています。
(地元の)神奈川にはめちゃくちゃポテンシャルがあると思っていて、そのポテンシャルを最大限に生かすためにアスリートとして何ができるかを真剣に考えて、いろんな企業の人たちとも連携しながら、少しでも神奈川を発展させることができればいいかなと思います。
「水沼の息子」と呼ばれた葛藤と、親になって変化した人生観
――トークセッションの中で印象に残ったのが、「未来ある子どものために」という言葉を何度も使っていたことです。水沼選手は2年前にお子さんが生まれました。親になるとものの見方や考え方が変わることがあるじゃないですか。
水沼:ありますね。
――水沼選手自身はいわゆる“2世選手”としてキャリアをスタートさせました。当時葛藤はありましたか?
水沼:サッカーをやる上で、やっぱり偉大なサッカー選手だった父(貴史さん)の息子として取り上げられるのは当たり前のことで、小さいころからずっと言われてきましたし、父からも母からもそうやって見られるのは覚悟しておきなさいと昔から言われていました。小学生の時はあまり感じていませんでしたが、中学生になって(横浜F・)マリノスのジュニアユースに入ったころからですね。高校生でユースに上がって、(年代別)代表に入ったころからメディアでも「元日本代表の水沼の息子」と取り上げられるようになって、「息子」とか「七光」と言われたり……。当時は今ほどSNSが発達していたわけではありませんが、やっぱりどこからかそういう話は耳に入ってくるようになったので、「ああ、やっぱり言われるんだな」という気持ちにはなりました。
――父・貴史さんとの関係に変化はなかったのですか?
水沼:だからといって、父を嫌いになることはありませんでしたし、そう言われるんだったら、自分も父親のように有名になって親子で一緒に有名になればいいじゃないかと。そういう方向に気持ちが向きました。それは多分、家族、父と母、妹みんなで一緒に向き合ってくれたのは間違いなくよかったですし、自分のポジティブな性格もあって乗り越えられたんだと思います。
――そんな水沼選手が今度は親になりました。お子さんが今後、サッカー、スポーツをやるようになるか今は分かりませんが、今度はお子さんが「水沼宏太の子ども」という目で見られることになるかもしれません。そのときに水沼選手は親としてどうお子さんと向き合っていきますか?
水沼:今思えば、自分自身、周りの言うことって正直気にすることはまったくないと思っていて。自分のやりたいことを、やりたいようにしていけば、絶対幸せな未来が待っていると思って僕はやってきたので、それは娘にも伝えていきたいです。
とにかく限界をつくらないで、自分のやりたいことを自由に伸び伸びとやれる環境づくりというのは、自分もやってもらったことでもありますし、親としてできることだと思うので。娘が毎日何かに対して楽しい気持ちを持ってやってくれたら僕としてはすごくうれしいので、とにかく娘の笑顔をずっと守っていくことができればいいなと思っています。
「諦めなければ夢はかなう」。2歳の娘にサッカーを通じて見せたい姿
――2歳になるとおしゃべりも上手になってきますよね。
水沼:結構しゃべれるようになってきて、自分がサッカーをやっているというのもなんとなく分かってくれるようになってきていますし、毎日すごくパワーをもらえていますね。やっぱり生まれてくる子どもって、変な先入観もなく、とにかくまっすぐな気持ちでいろんなものを吸収していると思うので、そういうところは今の自分も学ぶべきことだなというのはすごく感じています。
――子どもから学ぶことって本当にいっぱいありますよね。
水沼:はい、子どもから日々学びまくりですね。
――お子さんが生まれてから、サッカー観、人生観が大きく変化したことはありますか?
水沼:やっぱり親としては自分の仕事を通して見せていくことが多くなるのかなと思うので、夢をかなえてこの職業に就いたというのを見せていければ。諦めなければ夢はかなうんだよというのを示していくことができれば、本当に可能性は無限大なので。もし“これぐらいでいいや”と自分でもふがいないと感じる姿を娘が見ていたら、そんな悲しいことはないなと思うので、とにかく何事も全力でやっている姿、夢はかなうという姿をどんどん見せていきたいですね。これまではあまり意識したことはありませんでしたが、娘が生まれてからは本当に素直にそういう気持ちになりました。
――これから水沼選手の運動量がますます増えていくかもしれないですね(笑)。
水沼:そうですね。パワーもらいまくっています。パワーの源です(笑)。
(取材後記)
極論をいえば、SDGsは何のためにやるかというと、自分の子どもが安心して生きられる社会を創るためにやるものだと考えることもできるだろう。その積み重ねの先に、持続可能な世界がある。難しいことを考え過ぎず、まずは一番大切で身近な人のために、自分なら何ができるかを考えてみるのでもいいかもしれない。そんなことを考えさせられる時間となった。
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<了>
PROFILE
水沼宏太(みずぬま・こうた)
1990年2月22日生まれ、神奈川県横浜市出身。中学から横浜F・マリノスのアカデミーに所属、2008年トップチームに昇格した。栃木SC、サガン鳥栖、FC東京を経て、セレッソ大阪に移籍。2017年にYBCルヴァンカップ、天皇杯で優勝。自身初のタイトル獲得となった。2020年横浜FMに移籍、10年ぶりの復帰となった。父は元サッカー日本代表の水沼貴史氏。2020年6月、第一子の長女が生まれた。
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