「決して簡単ではないかもしれませんが…」。桃田賢斗が語る“恩返し”、第二の故郷・福島で叶えたい夢
桃田賢斗にとって、福島県は特別な思い入れのある場所だ。中学から6年間を過ごし、バドミントン人生が培われた。だからこそ恩返しの気持ちを忘れたことはない。震災からの復興は道半ばにある第二の故郷へ、自分にはいったい何ができるのか――。内なる想いを明かしてくれた。
(インタビュー・構成=野口学、写真提供=株式会社UDN SPORTS)
「恩返しがしたい」。第二の故郷の復興、活性化への挑戦
9月末、スポーツマネジメント事業を手掛ける株式会社UDN SPORTSは、新たに始動したプロジェクト『地方からミライを』のトークセッションを開催した。
同社はもともと所属アスリートの社会貢献活動を積極的に後押ししてきた。昨年はSDGs(持続可能な開発目標)に積極的に取り組むと宣言するなど、スポーツマネジメント会社としては異彩を放つ存在でもある。
新プロジェクト『地方からミライを』では、所属アスリートの出身地やゆかりのある地方を活性化させ、ゆくゆくは日本全国を元気にすることを目標に掲げる。スポーツの大会やイベントを通じて子どもたちとの触れ合いや競技の促進を目指すだけでなく、コロナ禍で打撃を受けた地方企業、中小企業と連携をして、新たなビジネスの創出にもチャレンジしていくという。
橋岡優輝(陸上)、楢﨑智亜、楢﨑明智(共にスポーツクライミング)、水沼宏太(サッカー)、大竹風美子(7人制ラグビー)らと共に本プロジェクトのアンバサダーを務める桃田はトークセッションに参加。今後の目標に、「中学からは福島県に住んでいたので、恩返しの意味でも子どもたちと触れ合うイベントに積極的に参加していきたい」と語った。
「バドミントンをやりたくてもできる環境が整っていない」
トークセッション後、個別取材に姿を現した桃田は、UDN SPORTSが立ち上げた『地方からミライを』プロジェクトの意義を口にした。
「一人の力で大きなイベントを立ち上げるのは難しいですし、バドミントンだけではなく、サッカーや陸上、クライミング、ラグビー、そういう他の競技の選手たち、心強い仲間たちと一緒にイベントに参加できるのはすごくありがたいなと思います」
桃田は今回のプロジェクト発足の前から、競技外での活動を継続的に行ってきた。チャリティーイベントに参加して子どもたちと交流を深めたり、小学校を訪問して夢の大切さを伝えてきた。新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた2020年5月にはUDN SPORTS所属のアスリートらと連携して「#つなぐ」プロジェクトを発足し、マスク20万枚とアスリートからのメッセージレターを全国に配布するなど、自分にできることは何かを考え素早く行動に移してきた。
そんな桃田にとって今、気掛かりなことがある。
「中学生やジュニア世代の選手たちがバドミントンをやりたくてもできる環境が整っていないことが多かったりします。部活がなかったり、近くに体育館がなかったりする場合には、片道1時間かけて練習に行かなくてはならないこともある。そうした環境で続けていくのは難しい」
桃田は幼少時代、家から近くの体育館にスポーツ少年団があったという。バドミントンと出会い、続けることができたのは、そうした環境があったおかげだと感じている。だからこそ桃田は、自分でバドミントン施設を造ったり、既存の体育館や公園でバドミントンができる環境を整備する活動をやっていきたいという目標を掲げている。
「やったことがない人でも気軽にバドミントンができたり、いろんな人が集まってきて触れ合える環境があればすごくいいなって」
『地方からミライを』では、アスリートの出身地やゆかりのある地元の活性化に取り組んでいく。桃田にとってそれは、出身地である香川であり、中学から6年間を過ごした第二の故郷である福島だ。
「香川と福島の人からは本当に今でもいろいろ応援のメッセージをもらいますし、恩返ししたいという気持ちが強いです」

進まない復興に、次の10年で大事になるのは?「難しいですね。ただそれこそ…」
東日本大震災が起きたのは、富岡高校(福島)に通う1年生のときだった。強化練習のため訪れていたインドネシアのテレビでその光景を見た。富岡高校は事故が起きた福島第一原発から10km圏内のため避難を余儀なくされた。
「11年もたった今、復興ももうだいぶ落ち着いてきたんじゃないかと考えている人も多いと思います。でも、僕が過ごしてきた寮は入ることができないまま、荷物を取りに行けないまま、取り壊されてしまいました。心の傷が癒えていない人たちはまだ多くいるので、絶対に風化させてはいけないと思います」
この11年で復興が十分に進んだとはいえないのが現実だ。ではこれからの10年、いったいどんなことが大事になってくるだろうか。
「(その問いは)難しいですね……。ただそれこそスポーツの力が大事になるんだと思います。大人数で取り組んで一つのことを、スポーツをするというのは、やっぱり楽しいし、一体感が生まれます。多くの人が集まって気軽にスポーツをする場をつくるのは決して簡単ではないかもしれませんが、スポーツならどんな壁も乗り越えられると思うので」
桃田が造った施設で、普段は子どもから老人まで地元の人たちが気軽に集まって心を通わせ合う。年に何度かは、同じ施設で桃田プロデュースの大会・イベントが開催される。地元企業が協賛し、地元の人たちが力を合わせて盛り上げる。全国から人が集まり、地元の人たちと交流し、地元の名産・名所を知ってもらう。復興の現状を目にするきっかけづくりにもなる――。
あくまでこれは筆者の妄想にすぎないが、いつかはそんな光景が現実のものになるかもしれない。『地方からミライを』プロジェクトの先に見える未来は、きっとそういう姿なのだろうと思う。
福島は桃田にとってバドミントン人生が培われた場所だ。だからこそ感謝と恩返しの気持ちを忘れたことはなく、復興への想いはひとかたならぬものがある。
「安心して生活を送れるように。まずはそこからですよね。当たり前のことを当たり前にできる環境になってほしいと願っています」
桃田賢斗の挑戦は、始まったばかりだ。
【前編】「逃げるわけにはいかない」。桃田賢斗が“勝てない”苦悩の日々も、決して変わらぬ真摯な信念
<了>
【桃田選手も参加】アスリートがSDGsに取り組む真の意味とは? 異彩を放つスポーツマネジメントの飽くなき挑戦
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PROFILE
桃田賢斗(ももた・けんと)
1994年9月1日生まれ、香川県出身。中学から福島県で過ごし、富岡高校1年生の2011年に東日本大震災が起きる。富岡高校が避難区域に指定されたことに伴い、同校バドミントン部は猪苗代町に拠点を移転した。2013年NTT東日本所属。世界選手権2018年、2019年連覇。BWFスーパーシリーズ/ワールドツアーファイナルズ2015年、2019年優勝。全英オープン2019年優勝。2018年9月27日~2021年11月23日の3年以上にわたり世界ランキング1位を維持。2019年は国際大会で11勝をマーク、「男子シングルス年間最多勝利数」のギネス世界記録に登録された。
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