子どもの「やる気スイッチ」が押される瞬間とは? 育成年代の海外遠征を実施する専門家が、女子サッカーに抱く可能性と課題
2月11日、東京・立川でU-14とU-12の女子サッカーのセレクションが行われる。バルセロナ、ビジャレアルなどが参戦し、4月にスペイン・サバデルで初めて行われる女子の国際大会「第1回SWITカップ」に出場する女子選抜チームを選出するためだ。世界的に強豪チームが参戦する女子の国際大会は数が少ないといわれるなか、年2回の国際大会参加を企画するスペイン遠征事業のスペシャリスト・高橋尚輔は、なぜ女子チームでの海外遠征に力を入れるのか?
(インタビュー・構成=中林良輔[REAL SPORTS副編集長]、写真提供=部屋長&部屋っ子チャンネル)
育成年代の女子の国際大会は世界でも数が少ない?
――昨年10月、女子サッカー国際大会「East Mallorca Girls Cup 2022」に、事前にセレクションを行った上でのU-16とU-14の選抜チームを連れて出場されています。女子チームでの海外遠征は2019年に同大会に初参加し、これが2回目ということですが、2019年に最初にこの大会に参加されたきっかけからお聞かせください。
高橋:これまでも男子の育成年代の子どもたちをスペインに連れていく海外遠征はずっと続けていて、女子の参加希望者は男子と一緒に行くというかたちでした。最初に連れていった女の子はいまは女子サッカーの名門・十文字高校でプレーしています。
スペインでは育成年代から女子は女子だけのチームで育つのが普通です。でも日本はまだまだ女子チームが少ない。それもあって、女子だけのチームをつくって世界にチャレンジしたいという思いはずっと抱いていました。そんななかで、「East Mallorca Girls Cupに日本のチームで参加しないか?」という話があって、初参加したのが2019年の大会です。その後、2年間はコロナ禍で大会が行われず、2022年に2度目の参加となりました。
――育成年代の女子の国際大会は世界でも数が少ないのですか?
高橋:少ないと思います。特に欧州の強豪チームが集まる女子の大会はほとんどありません。East Mallorca Cupは男子のほうも歴史ある国際大会なのですが、もともとマジョルカ島はドイツ人を中心に欧州の人たちのリゾート地として有名なんです。ホテルや食事、グラウンドなど環境面も整っていて、アクティビティーも充実しているのでバケーションを兼ねた感覚もあります。そのため、スペイン国内のバルセロナやレアル・マドリード、アトレティコ・マドリードのみならず、ドイツのバイエルンやフランスのパリ・サンジェルマンも参戦する大会となっています。
スペイン遠征に求めるメインの考え方は…
――実際に昨年、女子のスペイン遠征を行って、その手応えはどのように分析されていますか?
高橋:参加者の満足度の高さは男子よりも高かったのではないかと思います。全国各地でのセレクションを経て集まった急造チームであるはずなのに、スペイン遠征を経験して仲間として結束していく姿はなかなか男子では見られないものでした。帰国後も、LINEグループで連絡を取り合ったり、またみんなで集まろうという企画があったり、強い仲間意識が生まれました。親子の距離感も男子よりも女子のほうが近いのかなと感じましたね。お母さんとの仲の良さはもちろん、お父さんも「娘が頑張っていることを全力で応援したい」という温かくも熱い気持ちが皆さんから強く伝わってきました。
――確かに、男子の場合はもう少し親側が我が子にかける期待値やプレッシャーの度合いが高く、殺伐とした雰囲気を感じることがあります。
高橋:男子の場合は、スペイン遠征を上を目指すための過程の一つと考えているケースが多いのかもしれません。女子の場合はもう少し純粋に「ご飯がおいしかった」「スペインの女の子たちがかわいかった」というふうな海外経験そのものを楽しんでいて、親御さんもそのことを喜んでくれていました。
――高橋さんが共感するのは後者の女子の考え方なのですか?
高橋:どちらが正しい、間違っているという話ではないですが、スペイン遠征に求めるメインの考え方は前者が多いのかなと思います。高速道路と一般道の違いのようなものでしょうか。スピードを出して目的地に最短で向かおうとするのか、信号に止まりながら進むのか。景色を楽しめるのは後者だと思います。
子どもの「やる気スイッチ」が押される瞬間とは?
――女子に限らず、海外遠征においてなるべく固定のチームではなく、選抜チームを編成して出場しているとのことですが、何か理由があるのですか?
高橋:固定のチームって、レギュラー組と控え組が明確になるじゃないですか。選抜チームを編成して出場することで、より多くの子どもたちに平等に国際大会での出場機会を与えてあげたいと考えています。いつもの選手といつもの指導者で行く場合、どうしてもその時点で優れている選手を優先的に使いたくなってしまいますよね。出場するからには勝ちたいと多くの指導者は考えると思うので。
だから私たちは選抜チームで、出場時間を平等に時間で区切って、全員に同じ経験を積んでもらいます。日本一になった川崎フロンターレU-12だって、スペインの大会に出たらなかなか勝てないわけです。即席のチームで勝つことなんてさらに難しいのは初めからわかっています。けど、私はそれでいいと考えていて、仮に試合に負けたとしても、1点取った、1対1の局面で負けなかった、そういったことが子どもたちにとって喜びや自信につながるわけです。
――素晴らしい考え方ですね。本来、固定のチームにおいても育成年代ではその考え方であってほしいのですが……。スペインで行われる大会に出場して優勝することが目的ではないわけですね。
高橋:はい。一瞬一瞬の勝負、何十回のなかの一回でも勝てば、それこそがかけがえのない経験であり価値だと思うんですよ。そして最終的にサッカーをもっともっと好きになって帰ってほしい。成長してまたチャレンジしたいと感じてほしい。そして、2度目に参加するときは、より子どもたちの目的と目標が明確になって、得るものも多くなるんです。私自身、これまで海外遠征を通して子どもたちが変わっていく姿を何度も目にしてきました。まさに「やる気スイッチ」が押された瞬間と言いますか。
――子どもの「やる気スイッチ」はどのような瞬間に押されることが多いのですか?
高橋:やっぱり十回負けても一回勝ったときです。勝てない子っていないんですよ。試合結果ではなく、例えば1対1の局面、イメージ通りのプレーができたか、気持ちの部分で負けなかったか、その勝ち負けというのは価値観の話なので。試合に負けて落ち込んでしまっている子には、帯同している私たち大人が褒めてあげます。「ここが良かったよ。できるじゃん。次はここで勝負してみたら?」と。そもそも小学生が親元を離れてスペインで自分のことは自分でやって生活するということ自体が、自信を持つべきことの一つなので。
女子は女子トイレで着替える日本の現実
――そもそもなぜ女子のサッカーに力を入れようと考えたのですか?
高橋:男子以上に世界との差が広がってしまっていると感じたからです。2011年にFIFA女子ワールドカップで日本が優勝を果たしましたが、草の根の女子サッカーの成熟度では日本は世界に大きく劣っています。僕は男子と女子のサッカーは戦術も育成の仕方も違うと思っていますし、女の子は女子チームで育成するべきだと考えています。
近年、欧州では女子サッカーの人気が高まっていますが、草の根から身近に女子チームのサッカーを見る環境が成熟していることも理由の一つだと思うんです。欧州の人たちは女子サッカーを男子のプレーを基準に見ていません。リオネル・メッシのプレーはメッシのプレーで楽しみ、女子サッカーは女子サッカーで楽しむ。この文化の部分から日本にも浸透させていかないといけないと感じています。
――草の根の女子サッカーの普及のために具体的にわれわれにできることはなんでしょう?
高橋:例えば、何年か前に男子に混じって一人だけ女子をスペイン遠征に連れていったことがあるんです。その時、スペイン側の施設は当たり前のように女子一人のための更衣室を用意してくれていました。
日本ではまだ、更衣室がなくて女子は女子トイレで着替えるしかないような環境も多いと思います。施設における更衣室やシャワーの設備を充実させていくことももちろんですが、例えば更衣室でなくても、施設の空いている部屋を一部屋用意して「ここで着替えて、荷物置きとして利用してください」と鍵を渡して案内することだってできると思うんです。このあたりは育成年代のサッカーに携わる人間の一人として認知・理解を広める活動を地道に続けていきたいですね。
「日本でクラシコを実現させたいですね」
――女子の海外遠征の今後の展開としては、スペインに年に2回、4月にサバデル、10月にマジョルカに女子の選抜チームを連れていく計画だとお聞きしました。
高橋:はい。4月のSWIT(Soccer Womens International Tournament)カップは、サバデルで初めて女子の国際大会を行うということで、今年が記念すべき第1回大会となります。バルセロナ、ビジャレアル、エスパニョール、ベティスなどが参加する予定です。U-14とU-12の7人制での大会です。2月11日に東京・立川でメンバー選考のセレクションを行う予定です。
――日本の女子サッカーのさらなる発展のため、今後どのような取り組みを行っていく予定ですか?
高橋:年に2回、選抜チームをスペイン遠征に連れていく活動を続けながら、日本にバルセロナやレアル・マドリードの育成年代の女子チームを招待して、大会を開催したいと考えています。日本でクラシコを実現させたいですね。
<了>
【後編はこちら】サッカー海外遠征に子どもを送り出す親の出費はいくら? 中井卓大を見出した人物が語る、スペイン遠征の魅力と現実
スペイン・サバデルで開催される第1回女子国際トーナメント「SWITカップ」に出場する、U-14クラスとU-12クラスの選手を選抜するセレクションが開催される。
日時:2023年2月11日(土) 19:00-20:30(18:30受付開始)
会場:MIFA Football Park 立川(ららぽーと立川立飛内)
東京都立川市泉町935-1
→詳細・参加申し込みはこちら
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[PROFILE]
高橋尚輔(たかはし・なおすけ)
1975年7月23日生まれ。株式会社エクスクルーシボ代表。学生時代は三菱養和SC、国士舘大学サッカー部でプレー。卒業後、イベント会社やJリーグクラブ、スポーツ選手のマネジメント会社を経て、独立。2012年にはスペインサッカーのラ・リーガ2部CEサバデルのスカウティングディレクター&球団取締役に就任。同年、日本でレアル・マドリード・ファンデーションキャンプを開催。中井卓大のレアル・マドリードのカンテラ入りを後押しした。現在は育成年代の少年少女のスペイン遠征事業に精力的に取り組んでいる。
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