欧米のスポーツバブルの波が日本にも? 女子アスリートの未来を照らす「KeepPlaying プロジェクト」とは

Opinion
2023.03.08

女子スポーツ競技登録者数が高校卒業を機に激減してしまう背景には、環境、選択肢の少なさ、ケガの影響など、さまざまな課題が見えている。競技用ボールの製造やスポーツエキップメントを手掛ける株式会社モルテンは、「好きなことを続けよう。スポーツを続けよう」をスローガンに「KeepPlaying プロジェクト」を2021年より開始。Wリーグ(バスケットボール女子日本リーグ)、WEリーグ(日本女子プロサッカーリーグ)、JHL(日本ハンドボールリーグ)の競技横断座談会などを開催し、サポートの輪を広げる取り組みを進めている。担当の長谷川乃亜さんに、プロジェクトの現状と展望について話を聞いた。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=Kazuki Okamoto)

給与や競技力が上がり、アスリートを目指す選手が増える循環をつくる

――高校卒業後に女子の競技人口が大きく減ってしまう課題に対して、どのような対策が有効なのでしょうか。

長谷川:他競技に転向しやすくすることも一つの有力な策ですね。ハンドボールは中学年代から高校年代にかけて女子の競技人口が80%増えるというデータ(2021年、公益財団法人日本ハンドボール協会公式データより)があって、高校から競技を始める選手も少なくないようです。また、スポーツ庁が主導している、オリンピックで世界を狙えるアスリートを発掘する「J-STARプロジェクト」のように、トップアスリートが他競技に転向することを支援する形で成功している例もあります。

――たしかに、ウエイトリフティングの八木かなえ選手は体操を、スピードスケートの高木菜那選手・美帆選手姉妹はサッカーをやっていたという例もありますね。

長谷川:はい。ただ、トップアスリートではなくても、そのように転向しやすい環境づくりができるといいですよね。それも長くいわれてきてはいることですが、現実としてなかなか進んでいません。

――アメリカではNCAA(全米大学体育協会)によって、学生アスリートに多額の奨学金が出されたり、競技によってはプロスポーツをしのぐ予算規模になると聞きます。そうした国の施策も大きいのでしょうか。

長谷川:そうですね。ただ、まさに、私たちもそういった施策を実現するために取り組み始めたところで、株式会社モルテンが進めている「KeepPlaying」の活動は、スポーツ庁のJSPINネットワーキングカンファレンスいうところでも共有させてもらっています。

高校卒業後の競技人口減少への取り組みは、2022年にWリーグと共に動き始めたのが最初で、まだ本当に最初の一歩なのですが、まずは課題認識を広げることが大切だと感じています。今ではWEリーグ、JHL、そしてFリーグ(日本フットサルリーグ)のクラブ、さいたまサイコロにも賛同していただくなど、輪が広がっているんですよ。今後、その輪を大きくしていくことで専門的な知識を持った方が入ったり、予算も増やしながら、魅力を高めていく。そうすることで、最終的にクラブやリーグの価値や魅力を高めていければ、「世の中の取り組みが変わる」ところにつながっていくと思っています。

そのための活動を大きくしていくことが大事なので、我々モルテンが一メーカーとしてやるのではなく、「KeepPlaying」というメッセージを強く押していきたいですね。今は球技がメインですが、将来的にはさまざまな競技の魅力を伝えて、「環境とか法律の整備をしましょう」と、制度面などを変えるような流れをつくりたいです。それによって長期的には選手の給与とか競技力が上がり、スポーツをしたい、アスリートを目指したいといった選手が増えるような循環をつくることが理想ですね。

――現在は、その根本のところに働きかける流れをつくっているんですね。手応えはいかがですか?

長谷川:スポーツ庁の方ともいろいろとお話しさせていただいていますが、女子の競技人口について課題認識は持っているけれど、予算はまだ十分ではない印象です。例えば、イギリスで「This Girl Can」というキャンペーンが今、話題になっています。スポーツにおけるジェンダーギャップを解消することが背景になっているのですが、「女性がスポーツする上でどのようなハードルがあるか」という調査で彼らが導き出したのは、汗をかいた時の見栄えなど、「周りの目を気にする」ことが障害になっているということでした。それを逆手にとったキャンペーンで、投資も広がっているようです。ニュージーランドなど他国でもひろがっており「日本でもそういうことをやったらいいんじゃないか?」という話はありますが、まだまだ実現には至っていません。まずは「KeepPlaying」の活動を世の中に認識してもらった上で、最終的にいろんなものが変わっていくといいなと思っています。

スポーツバブルの「波」が来た時に受け止める準備が必要

――競技を継続するためには、セカンドキャリアなど、解決すべき課題も多岐にわたると思いますが、そういったところにもアプローチされる予定はありますか?

長谷川:はい。セカンドキャリアもそうですし、プレーをする環境や、月経の話なども、不可欠なテーマになると思います。それぞれの課題に対して、専門的な企業を招くのもいいと思いますし、まずは仲間がほしいですね。持続可能な形にするためには、ビジネスとして成り立たせなければいけない面もありますから。

――投資が広がってスポーツを楽しむ環境や文化がもっと広がっていけば、プレーする人も観戦する人も増えて、メディアも取り上げやすくなる。その市場を大きくするイメージですね。

長谷川:そうですね。例えば女子サッカーはUEFA欧州選手権とかUEFA女子チャンピオンズリーグなどで最多の観客動員数を更新していますし、アメリカの女子プロサッカーリーグに2022年から参入したエンジェル・シティーFCは非常に優秀な収益構造を持っている。そのように、新しいロールモデルが出てきているんですよね。

私はもともと食品メーカーで働いていたんですが、波はアメリカからヨーロッパにきて、ヨーロッパから日本にくるという印象を持っています。スポーツでも、その大きな波は日本にも確実にくると思うんです。

――それは楽しみですね。ただ、その波がきた時に受け止める準備ができているんでしょうか…。

長谷川:そのときのために矢印を進めていく必要があると思います。例えば女性の管理職や執行役員の比率を一定数にすることは、スポーツに限らず社会として求められていることですし、SDGsやジェンダーの話など、ビジネスにおいて誰もが認識を変えなければいけないときがきています。認識が変わると、これまでの見え方も変わってくる。そうしたら、欧米でおこっている「女性スポーツって楽しいよね」という波も絶対くると思います。現在も未来も、プレーしている選手たちにスポットが当たってほしいし、部活やクラブでやっている子たちが生き生きと輝いていてほしいし、プレーする環境がある、という状況をつくりたいですよね。

――変化が目に見える数字などで現れてくるといいですよね。楽しみにしています。

長谷川:ありがとうございます。部活の地域移行もそうですけど、競技の継続の問題はジェンダーを超えると思います。女性スポーツから始めて、いずれはもう少し広げた視点でもやっていきたいなと思っています。

【連載前編】バスケ73%、サッカー36%、ハンドボール82%…。なぜ女子競技人口は18歳で激減するのか?

<了>

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[PROFILE]
長谷川乃亜(はせがわ・のあ)
幼少からサッカーを始め、高校時はJリーグ下部組織に所属。大学在学中にサッカーを続けることを夢にメキシコ、ドイツでプレー。その後、日本・英国・米国での10年以上のマーケティング、ブランドマネジメントの経験を経て、2021年より株式会社モルテン入社。ブランドマーケティンググループのグループリーダーとして、グローバルで競技団体と協業した活動や商品のプロモーション、ブランドコミュニケーションなどの戦略や企画立案、実行を担当。

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