実力を100%発揮するには「諦め」が肝心? 結果を出しているアスリートに共通するメンタリティとは
多くの人は、本来持っている力のうちわずか10%しか使えていないという。なぜなら、“10%しか使えない”と思い込んでいるから――。メンタルトレーナーの鈴木颯人氏は、その「思い込みのフタ」を外し、アスリートが勝負どころで力を出せるように導いてきた。試合で100%の力を発揮するためにはどうしたらいいのか?意図的に「ゾーン」に入ることはできるのか?逆境を乗り越えるために必要なこととは?プロ野球選手やJリーガーなど、プロアスリートのメンタルをサポートしてきた鈴木氏の答えに耳を傾けてみたい。
(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=鈴木颯人)
結果を出しているアスリートに共通するメンタルとは?
――サッカーや野球、サーフィン、ボディーボード、空手、モトクロスなど、様々な競技のアスリートをサポートされていますが、スポーツメンタルコーチとして向き合うには、それぞれの競技のことも知らなければいけないですよね?
鈴木:もちろん、ある程度のルールは知らないといけませんが、最初は知らない方が良いと思っています。なぜならば、バイアス(思い込み)がかかってしまう怖さがあるからです。というのも、「経験もないのに偉そうなことを言わないでほしい」と思われることもありますから。そんな経験は一度もないですが、私だったらそう思ってしまうので、極力しないようにしています。その選手と知り合って、競技特性を学びながら一緒に成長していく感じも楽しんでいます。昨年はボディービルの選手も見させてもらって世界観が広がりました。
――ボディービルの選手も、メンタルが変わることでパフォーマンスに明らかな変化が出るものですか?
鈴木:ステージの上に立って表現するという意味では、フィギュアスケートなどの表現系の選手と変わらないです。ステージに立つまでに自分のパフォーマンスをベストに持っていくモチベーションや、自己管理の部分でメンタルがすごく大事で、過酷な試練も多いです。メンタル面でどの競技にも共通しているのは、モチベーションの高め方やコミュニケーション力の重要性です。
――サポート選手の中で、オリンピックや世界大会で結果を残してきた選手に共通することはどんなことですか?
鈴木:抽象的ですが、「自分に対して満足できるようになる」ことです。うまくいかない選手の多くは完璧主義に陥っていることが多いです。失敗をしても自分を慰められなかったり、受け入れられなかったりすることが多く、自分を認めてあげる時間が極端に少ないんです。
そのように、自分へのダメ出しをしていたところから「これはできたよね」と考えられようになる割合が増えていくことで、結果が自然と出るようになっていくことが多いです。悪いところばかりに目がいっていた中で、いいところにも目が向けられるようになって、パフォーマンスや日々の過ごし方などが変わっていくからです。
――「完璧でなければいけない」という思い込みを変えるのは難しそうですね。
鈴木:そうですね。そのためにも、まずは深く話を聞くところからスタートしています。最近は「ビッグファイブ」という、心理学的に信頼性が高いと言われているテストも活用しています。いくつかの簡単な質問に答えてもらうことで「緊張しやすい」とか「不安になりやすい」という傾向がわかるので、それをベースに話を進めていきます。これはチームビルディングでも使えるんです。うまくいっていないチームは、お互いのことをわかっているつもりでも表面的で、実は理解できていない仲間の一面がありますから。実際に、それでだいぶ雰囲気が良くなったチームもあります。
――メンタルコーチングの効果が出やすい条件はありますか?
鈴木:クラブやチームのトップの考え方がメンタルコーチの考えと相反してしまうとうまくいかないです。私の場合は相手が受け入れてくれて、お互いの関係性をうまく築くことができるとやりやすいです。そのためにも、自分の考えを押し付けることではなく、まずはクラブやチームのトップの考えを聞くことをとても大事にしています。
「自分らしさ」を発揮するために必要なこと
――鈴木さんは著書「メンタルコーチが教える潜在能力を100%発揮する方法」の中で「自分らしさこそ最強の武器」と書かれています。「自分らしさ」を出すためにはどんなことが必要ですか?
鈴木:アスリートの中には完璧主義な人もいますし、モチベーションをどう作っていくかで困っている人がいます。だからこそ、まずはしっかりと話を聞いて、その人のやる気の妨げになっている「思い込みのフタ」を見つけることを大事にしています。そして、自分で気付けるようになれれば、自分らしさは自然と戻ってきます。
例えば、完璧を目指しても、日によってコンディションは違うものだと思うので、いい意味で「諦める」ことも大事です。ただ、頭ごなしに「諦めてください」と言っても抵抗があると思います。アスリートには「諦めちゃいけない」という一種の洗脳がありますから。こちらから誘導することなく、自然と自分と向き合うことができると自分で気付けるようになるのが私がやっているメンタルコーチングの特徴でもあります。知識を伝えるのは簡単ですが、知っているのと理解しているのは雲底の差です。
サッカーならボールタッチやキックの感覚、仲間とのコンビネーションなど、すべてにおいて100%を出そうと意識しすぎると、頭の中で限界がきます。だからこそ「何ができて、何ができないのか」を見極めて、「今日はこれができないなら諦めよう」と割り切る潔さが必要です。仏教の言葉で言うと、「執着を捨てる」ということに繋がります。
――その時にできることを見極めてプレーすることが重要なのですね。
鈴木:そうです。「今日はこれがいい」「これはダメ」「これはちょっと良くなるかも」というように、柔軟に考えられればいいですね。欲張るとうまくいかないことが多いですし、特にチームスポーツの場合は、一人が悪くなると全体に影響するので、早い段階で割り切ることが大切です。これも、頭で分かっていても心が追いつかないこともありますが。
――アスリートには「ゾーンに入る」という感覚がありますが、その感覚は意識的に作り出せるものですか?
鈴木:作り出せると思います。ただ、そのためには自分が「やるべきこと」に意識を向けることが大切です。まずは思い込みのフタになっている執着を捨ててほしいですね。執着があると意識が散漫になって集中できず、ゾーンには入れませんから。
――その前の目標設定の段階で、気をつけた方がいいことはありますか?
鈴木:目標設定はすごく繊細なところだと思います。多くの人は目標と夢を混同させてしまうんですよ。夢は一つではなく、いくつ持ってもいいです。「バロンドールを取る」でも、「いい家に住みたい」でも、とんでもなく高い夢でもいいです。
ただ、目標は違います。具体的な方がいいですし、「目標を口にすることで実現するからどんどん言った方がいい」という人もいますが、実際には諸刃の剣です。言って良くなる人もいれば、それがプレッシャーになって潰れる選手もいるからです。
卒業文集に夢を書いた生徒全員がその夢をかなえているか統計を取ったら、かなっていない人の方が圧倒的に多いはずだと私は思っています。メディアがその部分だけ切り取って伝えてしまうので、いかにも「夢を公言した方が結果が出る」と刷り込まれている人が多いんです。そういうことを軌道修正するのも、スポーツメンタルコーチの仕事です。
逆境を乗り越える「やり抜く力」は、どう身につける?
――世界大会などで活躍するアスリートの中には、過酷な練習を乗り切ったことが原動力になったと話す選手もいます。メンタルの強さと練習量は比例しているんでしょうか?
鈴木:ある高校野球のチームは、毎日100mダッシュを100本やっていたそうです。無茶なトレーニングは意味がないようにも思いますが、指導者がそれをやって選手たちに「自分たちはやれるんだ」と思わせれば、やれてしまうこともあるんです。たとえばオフに山登りをすることはフィジカル的に考えたらむしろ逆効果だと思います。ですが、「登り切った」経験が心の支えになったりもするんです。それは、いわゆるグリット(※)という「やり抜く力」に影響してくる部分だと思います。
(※)ガッツ(気力)、レジリエンス(回復力)、イニシアチブ(自発性)、テナシティ(粘り強さ)の頭文字をとってGRIT=「やり抜く力」と定義される。
――メンタル的に「やり抜く力」を身につけるには、肉体的に厳しい状況を乗り越えることも一つの手段なのですね。
鈴木:そうですね。合理的で科学的なトレーニングを重ねれば、技術的にうまい選手は多くなりますが、やり抜いた経験が少なければ、最後の粘り強さとかメンタル的なしぶとさが足りなくなることは考えられます。その「やり抜いた経験」は、気合とか根性に付随するトレーニングからきている場合も多いと思います。一概にダメだと言えないのです。私自身、高校で嫌になるほど走らされました。ですから、個人的には選手がそういうことを乗り越える経験もある程度は必要だと思います。ただ、それを指導者がトップダウンで強制することは諸刃の剣だと思います。
――指導者が選手の自主性に任せて「やり抜く力」を育てることは、難しそうですね。
鈴木:選手の自主性を引き出すボトムアップの指導は、年齢を重ねて経験を積んだトップチームでは相性がいいのです。しかし、成長段階の子どもたちはまだ自分で考える力が十分に備わっていなくて、ボトムアップだけではうまくいかないことが多くあります。だから、トップダウンのチームがいまだに負けない現実があると思っています。
そのジレンマと戦っている指導者はすごく多いです。その上で、トップダウンと、ボトムアップの両方をうまく使い分けられる指導者がこれからは伸びてくるのではないかと思います。
<了>
【前編はこちら】「メンタル=弱い」という言葉のジレンマ。メダリスト支えたスポーツメンタルコーチに聞く、結果を出すための「心」の整え方
PMSやメンタルは“食事”で解決できる? アスリートのコンディショニング支える「分子栄養学」とは
屈強に見えるラグビー選手も…大坂なおみ問題提起の「メンタルヘルス」誤解と実情
ダルビッシュ有が否定する日本の根性論。「根性論のないアメリカで、なぜ優秀な人材が生まれるのか」
長谷部誠はなぜドイツ人記者に冗談を挟むのか? 高い評価を受ける人柄と世界基準の取り組み
[PROFILE]
鈴木颯人(すずき・はやと)
1983年、イギリス生まれの東京育ち。プロスポーツメンタルコーチ/一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会代表理事。中学までは野球部のピッチャーとして活躍し、強豪校にスポーツ推薦で入学するものの結果を出せずに挫折。その後、ビジネスの世界でも様々な経験をし、自身の経験を生かして脳と心の仕組みを学び、2011年にプロスポーツメンタルコーチとして独立。プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートをサポート。野球、サッカー、水泳、柔道、サーフィン、競輪、卓球など幅広く、全日本優勝、世界大会優勝などの実績を導いている。これまで8冊の著書を出版。
この記事をシェア
KEYWORD
#INTERVIEWRANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
大谷翔平のリーグMVP受賞は確実? 「史上初」「○年ぶり」金字塔多数の異次元のシーズンを振り返る
2024.11.21Opinion -
いじめを克服した三刀流サーファー・井上鷹「嫌だったけど、伝えて誰かの未来が開くなら」
2024.11.20Career -
2部降格、ケガでの出遅れ…それでも再び輝き始めた橋岡大樹。ルートン、日本代表で見せつける3−4−2−1への自信
2024.11.12Career -
J2最年長、GK本間幸司が水戸と歩んだ唯一無二のプロ人生。縁がなかったJ1への思い。伝え続けた歴史とクラブ愛
2024.11.08Career -
なぜ日本女子卓球の躍進が止まらないのか? 若き新星が続出する背景と、世界を揺るがした用具の仕様変更
2024.11.08Opinion -
海外での成功はそんなに甘くない。岡崎慎司がプロ目指す若者達に伝える処世術「トップレベルとの距離がわかってない」
2024.11.06Career -
なぜイングランド女子サッカーは観客が増えているのか? スタジアム、ファン、グルメ…フットボール熱の舞台裏
2024.11.05Business -
「レッズとブライトンが試合したらどっちが勝つ?とよく想像する」清家貴子が海外挑戦で驚いた最前線の環境と心の支え
2024.11.05Career -
WSL史上初のデビュー戦ハットトリック。清家貴子がブライトンで目指す即戦力「ゴールを取り続けたい」
2024.11.01Career -
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
2024.11.01Opinion -
日本女子テニス界のエース候補、石井さやかと齋藤咲良が繰り広げた激闘。「目指すのは富士山ではなくエベレスト」
2024.10.28Career -
新生ラグビー日本代表、見せつけられた世界標準との差。「もう一度レベルアップするしかない」
2024.10.28Opinion
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
指導者育成に新たに導入された「コーチデベロッパー」の役割。スイスで実践されるコーチに寄り添う存在
2024.10.16Training -
海外ビッグクラブを目指す10代に求められる“備え”とは? バルサへ逸材輩出した羽毛勇斗監督が語る「世界で戦えるマインド」
2024.10.09Training -
バルサのカンテラ加入・西山芯太を育てたFC PORTAの育成哲学。学校で教えられない「楽しさ」の本質と世界基準
2024.10.07Training -
佐伯夕利子がビジャレアルの指導改革で気づいた“自分を疑う力”。選手が「何を感じ、何を求めているのか」
2024.10.04Training -
高圧的に怒鳴る、命令する指導者は時代遅れ? ビジャレアルが取り組む、新時代の民主的チーム作りと選手育成法
2024.09.27Training -
「サイコロジスト」は何をする人? 欧州スポーツ界で重要性増し、ビジャレアルが10人採用する指導改革の要的存在の役割
2024.09.20Training -
サッカー界に悪い指導者など存在しない。「4-3-3の話は卒業しよう」から始まったビジャレアルの指導改革
2024.09.13Training -
名門ビジャレアル、歴史の勉強から始まった「指導改革」。育成型クラブがぶち壊した“古くからの指導”
2024.09.06Training -
バレーボール界に一石投じたエド・クラインの指導美学。「自由か、コントロールされた状態かの二択ではなく、常にその間」
2024.08.27Training -
エド・クラインHCがヴォレアス北海道に植え付けた最短昇格への道。SVリーグは「世界でもトップ3のリーグになる」
2024.08.26Training -
指導者の言いなりサッカーに未来はあるのか?「ミスしたから交代」なんて言語道断。育成年代において重要な子供との向き合い方
2024.07.26Training -
ポステコグルーの進化に不可欠だった、日本サッカーが果たした役割。「望んでいたのは、一番であること」
2024.07.05Training