「メンタル=弱い」という言葉のジレンマ。メダリスト支えたスポーツメンタルコーチに聞く、結果を出すための「心」の整え方

Opinion
2023.03.31

大事な試合で力を出すために必要なことは、不安を打ち消す練習量なのか、それとも「心」の不安を取り除くことなのか――。世界大会やオリンピックで戦うアスリートたちの中には、本格的なメンタルトレーニングを取り入れている選手が少なくない。だが、フィジカルやスキルに比べて、メンタルの重要性については一般に知られていない面も多くあるようだ。野球、サッカー、柔道、フィギュアスケート、サーフィン、競輪、ボディービルなど、様々な種目のアスリートをサポートし、輝かしい結果を導いてきたプロスポーツメンタルコーチ・鈴木颯人氏に、「心」の整え方や、メンタルトレーニングの効果について話を聞いた。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=鈴木颯人)

個人競技と団体競技で異なるメンタルアプローチ

――スポーツメンタルコーチとして、12年間で1万人近いアスリートと向き合ってこられたそうですね。なぜスポーツ選手に特化したメンタルコーチになろうと思われたのですか?

鈴木:私は中学時代に野球をしていて、ポジションはピッチャーでした。高校は私立の強豪校にスポーツ推薦で入学したんですが、指導者との関係がうまくいかず、結果を出せなくて挫折したことがキッカケになっています。それで、心理学や脳の仕組みなどを学び始めて、スポーツ科学とかフィジカル系のことも勉強しました。

大学卒業後は航空会社に契約社員として勤め、車椅子で飛行機に乗る方をサポートする介助業務を2年間やりました。ただ、2008年のリーマンショックの影響でクビになってしまったんです。それでも、お客さんから心のこもった感謝のお手紙をいただくことがあって、人に幸せや喜ばれる仕事に就きたいと思いました。多忙な日々の中で心と体のバランスを崩してうつ病になった経験や、野球をしていた経験も踏まえて、スポーツに特化したメンタルコーチを目指すようになりました。

――個人からチームまで様々な形で関わっていると思いますが、どのような依頼が多いのでしょうか?

鈴木:団体競技と個人競技で求められるニーズは変わってきます。個人の場合は、「緊張してしまう」とか「集中できない」「自信がない」ということに対してアプローチしています。一人に対して1回1時間ぐらいのメンタルコーチングを行っています。また、試合前などに選手と直接電話などで話して試合前の心の準備を整えるお手伝いも行います。 

――団体競技ではどのようなアプローチをされていますか?

鈴木:たとえば以前、あるチームから依頼をいただいたのですが、選手間の派閥ができてしまって、本音が言いたくても言えない環境でした。その環境を変えるために、お互いの信頼関係を整えてコミュニケーションを取りやすくするサポートをしました。依頼をもらったのが全国大会の5カ月前ぐらいだったんですが、無事にチームは優勝しました。

ベースになる考え方としては、「人との関係性を整えることで思考(メンタル)が変わって、思考が変わることで行動が変わり、最終的に結果が変わる」という「成功循環モデル」をベースにして団体競技や個人を支えるチームに関わっています。ありがちなのは、思考(メンタル)や行動だけを変えようとしたりしてしまうことです。団体競技などではその前の根本的な選手同士や指導者と選手同士の信頼関係を構築しないと、いくらメンタルや行動を変えようとしても変わらないことがあるので、そういうところにアプローチしています。

――人間関係の調整役になることもあるのですね。フィジカルコーチに比べて、メンタルコーチをつけているチームや個人はそこまで多くない印象ですが、その理由や現状をどう捉えていらっしゃいますか?

鈴木:たとえば、お腹が空いていないのにご飯を与えられても「今、いらないよ」となりませんか。スポーツメンタルの世界もそうで、メンタルコーチを必要としている人もいるし、していない人もいます。私自身の感覚では、競技に関わらず、ベテラン選手ほど「もっと若い時にやっておいた方がよかった」と気づくことが多いように感じます。それで、現役を引退した30代、40代のコーチ陣が、自分たちが求めていたものを若い子たちに還元しようと思って選手たちに提供しようとするけれど、当の選手たちが必要性を感じていないこともあります。

また、メンタルの講習を受けることは、「自分のメンタルが弱い」と認めることだと思ってしまう人もいます。日本は特に、そのジレンマが結構根強いと感じますね。「メンタル=弱い」という言葉に紐づいたイメージなのかもしれません。そこでいかにプラスの効果があることを伝えて必要性を感じてもらえるかがメンタルコーチの腕の見せどころだと思っています。

メンタルの状態はケガに直結する

――フィジカルはケガ予防などにつながるイメージもありますが、メンタルが意外なところにつながっているということはありますか?

鈴木:スポーツメンタルコーチの資格講座や一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会の設立から運営をやっています。その中で、フィジカルトレーナー、整体師、さらには栄養士の方がよく受けに来てくれるんです。つまり、メンタルはケガや体の不調にも直結していて、体をケアしている人は心と体がつながっているのをよくわかっているんです。

――ということは、心に不調があったら、体のどこかに痛みが出ることもあるのでしょうか。

鈴木:よくお腹を下してしまうアスリートがいたのですが、メンタルを整えたら下さなくなったケースがあります。心理学の実験で「パブロフの犬」という、有名な条件反射の実験があります。そのように具体的なところは選手によって様々ですが、試合前などにネガティブな反射が出る時に、ポジティブな刺激を同時に入れると脳がどちらに反応していいかわからなくなるので、そこでニュートラルな状態になれば成功です。もちろん、メンタル以外にも理由がある可能性があるので専門の内科医などと連携し、選手に診察を促しています。

――緊張したり、ネガティブなイメージを持ちやすい人にも効果的なアプローチですね。

鈴木:緊張しやすい人は、セルフトークの中でうまくいかない言葉を使っていることが多いです。例えば、「わからない」と言う言葉を日常で使っている人に、「わからない、という言葉を使ったら、左腕につけている輪ゴムを右腕につけてもらう」という認知行動療法をやりました。無意識で言ってしまって、その都度ゴムを動かすのですが、その行動って、実は結構面倒くさいんです。それを繰り返していくと、次第に「わからない」という言葉を使うこと自体が面倒くさくなるんです。そうなればメンタルの改善ができた証拠です。ネガティブなものに対してネガティブなものをかけ合わせることで、マイナスとマイナスをかけ合わせてプラスになる。そんな方法もあります。

――面白いですね。スポーツは「心技体」と言われますが、スキル・フィジカル・メンタルの中で、メンタルはどのぐらい重要だと思われますか?

鈴木:心・技・体はすべて等しく大切で、割合にするのは難しいです。「心技体」という言葉は「心」が一番最初にくるので「心が一番大切」という捉え方もあるのですが、経験値の高いトップアスリートの中には、「体が一番大切」と考えて「体技心」と言う人もいます。たとえば、落合博満さんは、「イメージできても体が動かなければ意味がない」という意味で、体をどれだけコントロールできるかを重要視されていました。ただ、私としてはどれも切り離せないものなので、等しく大事だと考えています。

あと、たとえばサッカーではがむしゃらに走ればいいのではなく、「走るべきところで走る」賢さが必要だと思います。その賢さや走力を「技術」と捉えることもできるし、「メンタル」と捉えることもできるし「フィジカル」と捉えることもできます。だから、何かに偏りすぎると盲目になってしまうと思うんです。

――心・技・体が作用し合って良くなっていく部分もありますからね。鈴木さんの書籍の中で「親との関係や過去のトラウマを見つめ直す」という話も出てきました。そのような自己分析も、メンタルを強くする上では必要なのでしょうか? 

鈴木:そういうパーソナルなところは意外とメンタルに影響していて、私は「思い込みのフタ」と言うこともありますが、人それぞれ、いろいろな思い込みを持っているんです。そこをしっかりケアしてあげないと、目に見える行動や現象も変わっていかないんです。

メンタルコーチングで期待できる効果とは?

――メンタルコーチングをすると、目に見える効果はどんなところに表れるものですか?

鈴木:ほとんどの方が、「メンタルトレーニングやメンタルコーチングをしたから結果が出る」と考えると思いがちです。しかし、最初にお伝えしておきたいのは、いくらフィジカルやメンタルやテクニックが良くても、結果は必ずしも比例するものではないということです。だから、最初はメンタルと結果は切り離して考えます。本人の幸福感が上がったり、感謝の気持ちがより持てるようになったりという、いわゆるEQ(Emotional Intelligence Quotient/心の知能指数)とかQOL(Quality of life/生活の質)を重視しています。それらを私は「結果に相応しいメンタル」と言っています。結果に相応しいメンタルになれれば必然的に結果は後からついてくると考えています。また、短期的な結果を追うと幸福感が下がっていくことは証明されていて、幸福感が下がるとイライラしやすく、意識が自分にばかり向くので他者を思いやれなくなります。逆に幸福感が高いと「結果は仕方ないよね」と割り切れる部分も出てきます。

WBCで、ダルビッシュ選手が「人生の方が大事ですし、野球ぐらいで落ち込む必要ないと思います」と言っていました。これまで、そういう発言をするアスリートはあまりいなかったですが、それは、彼がアメリカに渡ったことも大きいのではないかと感じました。そのように「アスリート人生がすべてではない」ということを心の底から感じられるようになるお手伝いをするのも、スポーツメンタルコーチの仕事だと思っています。

<了>

PMSやメンタルは“食事”で解決できる? アスリートのコンディショニング支える「分子栄養学」とは

屈強に見えるラグビー選手も…大坂なおみ問題提起の「メンタルヘルス」誤解と実情

ダルビッシュ有が否定する日本の根性論。「根性論のないアメリカで、なぜ優秀な人材が生まれるのか」

長谷部誠はなぜドイツ人記者に冗談を挟むのか? 高い評価を受ける人柄と世界基準の取り組み

[アスリート収入ランキング2021]首位はコロナ禍でたった1戦でも200億円超え! 日本人1位は?

[PROFILE] 鈴木颯人(すずき・はやと)
1983年、イギリス生まれの東京育ち。プロスポーツメンタルコーチ/一般社団法人日本スポーツメンタルコーチ協会代表理事。中学までは野球部のピッチャーとして活躍し、強豪校にスポーツ推薦で入学するものの結果を出せずに挫折。その後、ビジネスの世界でも様々な経験をし、自身の経験を生かして脳と心の仕組みを学び、2011年にプロスポーツメンタルコーチとして独立。プロ野球選手、オリンピック選手などのトップアスリートだけでなく、アマチュア競技のアスリートをサポート。野球、サッカー、水泳、柔道、サーフィン、競輪、卓球など幅広く、全日本優勝、世界大会優勝などの実績を導いている。これまで8冊の著書を出版。

この記事をシェア

KEYWORD

#INTERVIEW

LATEST

最新の記事

RECOMMENDED

おすすめの記事