
第二の冨安健洋は“DAO”が生み出す。アビスパ福岡の未来を創る、サポーター参加型プロジェクトとは?
アビスパ福岡が、株式会社フィナンシェとともにスタートさせた「Avispa Fukuoka Sports Innovation DAO」(以下、アビスパDAO)は、クラブのビジョンに賛同するトークンホルダーが主体的にプロジェクトを推進できる、日本初のスポーツDAOだ。その中で、クラブはアビスパから世界に羽ばたいた冨安健洋に続く日本を代表する選手を送り出すべく、「Avispa Global academyプロジェクト」を準備している。トークンホルダーが選手育成やJリーグの移籍ビジネスの未来について考え、クラブの未来を共創していくことができる――。この画期的な施策の裏側やクラブの未来について、REAL SPORTS編集長で南葛SC(関東リーグ1部)代表取締役を務める岩本義弘が、アビスパ福岡の川森敬史社長に話を聞いた。
(インタビュー=岩本義弘[REAL SPORTS編集長]、構成=REAL SPORTS編集部、写真提供=アビスパ福岡)
DAOがもたらすクラブ×サポーターの双方向のメリット
――アビスパDAOでは、トークンを持ってもらうことでサポーターにどのようなインセンティブがあるのですか?
川森:最初にFiNANCiEさんとプロジェクトをスタートしたときは、トークンを「遊園地に入るチケット」と表現したんです。遊園地に行くときには入場券を買って楽しむけれど、払ったチケット代は戻ってこないですよね。でも、トークンは入場するための権利で、中に入ればいろいろな楽しみ方ができるし、トークン自体は減らないからずっとその遊園地で遊べますよ、と。加えて、もしその遊園地が人気になって人がたくさん来るようになったらそのチケットの価値が上がって、チケットを売却したら二次流通でキャピタル(利益)も得られるかもしれないですよ、と説明したんです。ただ、最初は経済的なメリットよりも、「遊園地で一緒に楽しむことに価値を感じていただけたら」という思いでスタートしました。
――クラブ側から見たメリットは?
川森:クラブチームのファンやサポーターでトークンホルダーになっていただく方はもともと熱量があって、クラブにいろいろな形で意見を伝えたり、後押しをしてくれたりする方が多いです。そういう方々に支えられていますので、トークンホルダーになってDAOの中でご意見をいただくことで、プロジェクトの実行、検証やフィードバックに至るまで、アビスパDAOの中でPDCAサイクルを回すことができるメリットがあると思います。今までだとツイッターのコメント欄や大量に届くDMの中で埋もれてしまうご意見もあって、匿名でコメントをいただいても体系的な取り組みとして向き合っていくことが難しい面もありましたが、DAOの仕組みではオフ会もあるので、とてもやりやすいです。
――とても勉強になります。南葛SCではファンクラブをなくしてFiNANCiEに一本化しているのですが、ファンクラブや後援会との違いはどのようなところにあるのですか?
川森:ファンクラブは子どもから大人まで入ってくださいますが、DAOのように事業運営や経営に関わるリアルなことではなく、スポーツの感動とかさわやかさを求める方々も一定層いらっしゃると思うんです。だからファンクラブには楽しいニュースや、選手との関わりなど、カテゴライズを変えていくことを考えています。後援会も、スタジアム運営などを手伝ってくれるフィジカルボランティアの皆さまとは定期的にミーティングを重ねていますが、経済的なメリットや経営の話を望まれるような感じではないので、皆さんに合ったサービスや情報共有をしていきたいと思っています。今回のアビスパDAOは、そういうことをトータル的に網羅してくれる仕組みとして非常に面白いなと感じていますし、そこに価値を感じていただいた皆さんがご購入いただいているのかなと思います。
――どのように差別化されているのかがクリアになりました。逆に、ファンクラブだったり後援会の方が損をした気持ちにならないように、気を遣われたりもするんですか?
川森:そうですね。ファンクラブはコロナ禍もあってリアルな会合がないのですが、僕は後援会のミーティングには顔を出して、サポーターやファンの方から心配や不満や喜びの声を直接聞いて、直接答えるようにしています。そこで、トークンやDAOに関してネガティブな声はないですし、運営系や経済的なメリットに関心がある方はトークンホルダーになっていただくこともあります。
第二の冨安健洋を生み出すDAO発プロジェクトとは?
――アビスパDAOではいくつかのプロジェクトがすでに動き始めていますが、第二の冨安健洋選手の輩出を目指す「Avispa Global academyプロジェクト」はとても興味深い取り組みですね。
川森:ここ数年のスポーツビジネスの中で、クラブ経営のサポーターへの情報開示が進んで、いろいろなことをオープンに話すことが一般的になってきましたよね。でも、アカデミーがどういう仕組みで子どもたちの成長を促しているのか、ということはまだブラックボックスの中にある部分だと思います。そこに関して、収益構造やアカデミーの課題、また、冨安選手を超えるような選手を送り出すために何をしなければいけないかということを、DAOの中で皆さんと共有して考えていきたいと思っています。ですので、トークンホルダーの中で「アビスパをアカデミーから盛り上げていかなきゃいけない」という熱量が高まったタイミングでプロジェクトをスタートする予定です。
――アカデミーのために資金を集めるプロジェクトはこれまでにもいくつかのチームが行っていますが、アイデアを含めてプロジェクト自体に関わってもらうというのは新しいですよね。
川森:今年の1月に、ベルギーリーグの「シント=トロイデンVV」CEOの立石敬之さんに副社長になっていただいて、育成に関する知見は抜群にあります。また、サポーターの中でも特に、ゴール裏の皆さんとか、年間シートを持っている方などは、アカデミーに対してもすごくポジティブに関わってくださるんですよね。そういうコア層にも刺さるようなプロジェクトもやっていくことによって、新しいものが共創できるんじゃないかなと。
――それだけの叡智と情熱が集まれば心強いですよね。
川森:ええ。例えば、クラブには獲得ROI(※)という考え方があることはあまり知られていないかもしれません。例えば選手の移籍金を考えた時に、単純に選手の保有権を100%で渡して移籍させてしまったら、クラブには連帯貢献金しか入ってきませんが、しっかりと保有権を持った形で移籍することによって、クラブもROIを得ることができます。その獲得ROIをステップ1ならいくら、2ならいくら、というふうに設定して、アカデミー部門でロードマップを作って選手とその保護者に公開しているんです。
Jリーグのチーム人件費は、「クラブが現場にどれだけのお金を使っているのか」という一つの指標です。アカデミーにも投資をしないと、育成の環境も整っている中で育った子がトップチームでプレーするという、地域に根差した欧州クラブのようにはなっていかないと思うんですよ。Jリーグの歴史が50年、60年となっていったときに、そういうフットボールの深い部分の情報を共有することは絶対に必要なところだと思いますし、サッカーが好きな人たちは反応してくれると期待しています。
(※)Return on Investmentの略。投資(費用)対効果
アビスパ経由での欧州挑戦という選択肢
――立石さんから知見も得ながら、アビスパ福岡から、シント=トロイデンVV、イタリアのボローニャを経て、プレミアリーグの強豪アーセナルへとステップアップを果たした冨安選手のような成功例の再現を目指しているのですね。
川森:そうですね。2016年をピークに、アビスパ福岡は観客数も、事業収支も含めて下降線をたどったのですが、その理由として、経営はできてもフットボールのプロ人材がいないとなかなか難しいという感覚がありました。それで、もともと親交のあった立石さんが福岡の出身なので、2019年にご縁をいただいてうちの顧問になっていただき、シント=トロイデンとも提携しました。冨安選手も両方のチームにいたから、アンバサダーのような形で記者会見にも出てくれて。そのルートが整備できたので、いきなりベルギーに挑戦する自信や経験はなくても、アビスパのアカデミーやトップチームで頑張って自信をつけてから欧州のチームに行くチャンスがある、という絵を描ければいいですよね。DAOのプロジェクトはその第一歩です。
――サポーターの皆さんが、そのプロジェクトに喜んで参加してくれそうな手応えはありますか?
川森:現状、そういう話をするのは、この仕事に携わっている関係者の方やコアサポの方ですね。その輪を今後、ライト層までいかなくても、レギュラーサポーターの皆さんに広がって「集客をもっと増やそう」とか「スタジアムをもっとネイビーに染めよう」という目標を達成した次の目標になるプロジェクトなんじゃないかなと。その意味で、少し時間をかけながらやっていくイメージです。
J1最長の古株。長く続けることで継続性を担保できる
――こうやってお話をお聞きしていると、自分も南葛SCでやらなければいけないことが山積みです。川森社長は今年で社長になられて9シーズン目ですよね。
川森:ええ。アパマン社から兼務で来ていますが、当初はこんなに長く代表を務めると思っていなかったんですよ。でも、今となってはJ1で一番古い社長になっちゃいましたね。取り組みを持続させていくためには、ある一定の方針でずっとやっていかないと尻切れになってしまうので、長くやることで継続性は担保されていると思います。ただ、親会社があるビッグクラブの子会社でも、社長は大体2期4年で変わるケースが多いので、よほど現場が体系化して取り組まないと、難しいと思います。
――アビスパにとって川森社長が長くクラブを見ていることのメリットは大きいと感じます。なぜ、そんなに長く社長を続けられているのですか?
川森:なり手がいないからです(笑)。アパマンが経営に参画した14年以降、外部から2人ぐらい社長候補を採用したのですが、双方がなかなかしっくりこなかったんですよね。個人的には、中から育って30代、40代のスタッフが経営できるようになるのが一番いいのではないかと思っているんですけどね。あとは、立石さんのように、福岡にゆかりのあるプロ人材の方々と一緒に経営チームを組めれば、すごくいい方向に進んでいけるじゃないかなと思っています。
<了>
【前編はこちら】なぜアビスパ福岡は“日本初のスポーツDAO”に挑戦するのか? 「チームに恥ずかしくないアクションを」
[PROFILE]
川森敬史(かわもり・たかし)
1965年11月30日生まれ、東京都出身。アビスパ福岡社長。1991年、エドケンコムズ(現Apaman Property)で賃貸営業に携わり、2003年にアパマンショップネットワーク(現APAMAN)に入社。2004年から常務取締役になり、2014年、傘下のIT関連会社システムソフトがアビスパ福岡の増資を引き受けて筆頭株主となったことを機に、経営に携わるようになり、15年3月からアビスパ福岡社長を務める。
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