欧州遠征1分1敗、なでしこジャパン新たな輪郭。メンバー固定で見えてきた“第2フェーズ”
欧州の女子サッカーが、想像以上の速さで進化している。イタリア、ノルウェーという欧州女子選手権上位国との2連戦を通して、なでしこジャパンはその現実を突きつけられた。守備はよりソリッドに、攻撃は精度と迫力を増しつつも、欧州勢の完成度には一歩及ばなかった。ニルス・ニールセン監督が「第2フェーズ」と位置づけたこの欧州遠征。結果はイタリアに1-1のドロー、ノルウェーに0-2で敗れて1分1敗に終わったが、その過程にはチームが勝ち方を模索する確かな進化のプロセスが刻まれていた。
(文=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真=REX/アフロ)
欧州の強豪に挑む意義。「ある程度メンバーを固定していく」
イタリアとノルウェー。いずれも今夏の女子UEFA EUROで上位に進出した強豪である。イタリアは延長戦の末に大会2連覇を果たしたイングランドに惜敗し、ベスト4。ノルウェーもそのイタリアに1点差で敗れ、ベスト8に終わった。なでしこジャパンは、そんな欧州勢の成長を象徴する2チームと、イタリア北部のコモ、そしてスペイン南部のマラガというアウェーの地で対戦した。環境も、相手も、簡単な条件ではない。
世界ランキングはイタリアが12位、ノルウェーが13位。日本は8位と数字上は上回るが、近年の欧州勢の強化スピードを考えれば、ランキングが示す力関係はすでに現実とは乖離しつつある。ネーションズリーグの導入やクラブレベルでの投資拡大により、欧州女子サッカーの競争力は明らかに高まっている。
ニルス・ニールセン監督は就任から10カ月を経て「選手選考とコンセプト浸透の第1フェーズ」を終え、今回の欧州遠征を「結果を求める第2フェーズの幕開け」と位置づけた。
「素晴らしいパフォーマンスを出している選手には常にオープンだが、(来年3月の)アジアカップに向けてはある程度メンバーを固定していく」。そう語った言葉通り、今遠征では選考から戦術まで一貫性を重視したアプローチが取られた。「日本の強みを活かしてボールを保持する」スタイルを軸に、試合状況に応じてシステム変更やオプションを柔軟に使い分けることをニールセン監督は明言している。
今回の23人のうち20人が海外組で、うち14人がイングランド・女子スーパーリーグ(WSL)所属。半年ぶりに復帰した長谷川唯や膝のケガから復帰した清水梨紗と遠藤純、若手の藤野あおばや松窪真心、さらにその下の世代の小山史乃観や白垣うのといった新戦力の台頭もあり、世代と経験のバランスがとれた顔ぶれとなった。
来年3月のアジアカップ、そしてその先のワールドカップに向け、なでしこジャパンは「成熟」を目指す次の段階へと足を踏み入れている。
機能したダブルボランチ。長谷川×宮澤が描いた新たな中盤像
今回の2試合を通じて、ニールセン監督は言葉通りメンバーを固定した。GKは山下杏也加、ボランチに長谷川唯と宮澤ひなた、前線に田中美南、清家貴子、藤野あおば。最終ラインは高橋はなと古賀塔子が2試合連続で先発し、サイドバックは守屋都弥。この8人を軸に、イタリア戦では松窪真心と熊谷紗希、ノルウェー戦は浜野まいかと清水梨紗が先発メンバーに起用された。
所属クラブでの好調ぶりを反映した人選であり、現状このメンバーがファーストチョイスと見ていいだろう。選手の見極めから結果を求める段階へ、チームが“第2フェーズ”に入ったことを象徴する起用だった。
イタリアとの10年ぶりの対戦は、両チームが主導権を奪い合う緊迫した一戦となった。イタリアは女子サッカーへの投資を強化しており、国内リーグはすでに完全プロ化。守備時は5バックでサイドを封じ、奪えば縦パスとカウンターで一気に仕留めにかかる。カテナチオの伝統に現代的なテンポを融合させた戦い方だった。
日本はボールを保持しながらもなかなか崩せず、前半をスコアレスで折り返す。52分、右サイドを起点にエリア内を横に揺さぶられて失点。守備の枚数は揃っていただけに、局面の強度と集中力の差が結果に表れた。
後半はラインを押し上げ、中盤の距離感を整えながらテンポを取り戻すと、64分に試合を振り出しに戻す。宮澤の絶妙なスルーパスから長谷川が完璧なタイミングで抜け出し、柔らかいループでネットを揺らした。喜びを表す間もなくボールを抱えてセンターサークルへ戻る姿に、新キャプテンとしての覚悟がにじんだ。
この試合で見られた最大の収穫は、長谷川と宮澤のボランチが機能したことだ。池田太前監督の下ではスピードを生かしたカウンターの起点としてサイドを主戦場にしていた宮澤だが、今季マンチェスター・ユナイテッドで見せる配球と守備範囲を評価され、長谷川と並ぶ形で中央に。長谷川が一列前で攻撃のリズムを作り、宮澤が後方で安定感をもたらす。2人の役割が入れ替わることもあり、バランスの取れたこの配置が、攻守の基盤を支えた。
一方で、熊谷が指摘したように「ボックス内での怖さ」は不足していた。支配率を高めても決定機の数は限られ、最後の一押しを欠いた。チームとして対戦経験が少ない3-5-2の相手への対応力を後半にかけて高められた点は収穫と言えるが、試合の中でその修正をもっと早めたい。2つのビッグセーブも含めた山下の安定感、守屋の推進力や清水のゲームメイクはポジティブな材料だった。
強度と一瞬の判断力。ノルウェーが突きつけた“世界基準”
イタリア戦から中3日。ノルウェー戦は、「一瞬の判断と強度の差」を突きつけられる内容となった。
28分と51分の失点は、いずれも右サイドを崩された。1点目は相手陣内のボールロストからシグネ・ゴープセットにカットインを許し、2点目は1対1で打開されて強烈なミドルを浴びた。前線と中盤のプレスの連動性が崩れた隙を鋭い縦パスで貫かれ、最後の対応の一歩が遅れた瞬間に個の力で試合を決定づけられた。
ニルス・ニールセン監督は「ノルウェーの方が速く、強かった」と率直に語り、「自分たちが仕事を終わらせる部分で半歩足りない」と総括。宮澤と田中が指摘したように、このレベルでは「プレスに出るタイミングが後追いになると相手に剥がされる」ため、「行く時と行かない時の意思統一」をさらに高める必要がある。攻撃面では、イタリア戦よりもゴールに迫る形は作れていたが、決定力不足の課題は依然として残った。
欧州でつかんだ進化の輪郭
欧州遠征を終えて、ニルス・ニールセン監督の下での通算成績は3勝2分4敗(E-1選手権を除く)となった。ノルウェー戦は就任後初の無得点試合となったが、強豪相手に現在地と課題を明確にできた意義は大きい。
2試合を通じて、ボールの失い方やプレスの連動性には改善の余地が見えた。イタリアとノルウェーは戦術的にも整理されており、流動的なポジション変化への対応に苦しむ場面もあった。その対応力を高めつつ強度と両立していくことが今後の課題だろう。一方、試合中のサイドや前線の配置換えや攻撃パターンの変化には柔軟さも生まれており、成熟への道筋が見えた。
「ボックス内での迫力」を出すためには、男子の三笘薫、久保建英、伊東純也のように1枚を剥がせるアタッカーの台頭が不可欠だろう。その点で今回印象を残したのは藤野のみだったが、松窪や浜野のさらなる成長に期待したい。
藤野は左で起用されることが多いが、右の方が機能しており、国内組で唯一先発に名を連ねた高橋も、サイドバックよりセンターバックに一本化した方が連携面で安定するのではないか。そうした組み合わせやポジションの最適化も今後のアップデートを注視したい。
個々のパフォーマンスには光があった。長谷川は2列目から鋭い飛び出しを繰り返して攻撃にリズムを生み、宮澤はアンカーとしての安定感と、これまであまりフォーカスされてこなかったパスセンスの高さを見せた。藤野はドリブルで相手を脅かし続け、守屋と松窪も個で局面を打開し、NWSL(アメリカ女子サッカーリーグ)の強度で結果を残している成果を感じさせた。清水と遠藤の復帰はサイドが推進力を取り戻す大きな要素となり、代表デビューの白垣も短時間ながら見せ場を2つ作り、次世代の可能性を感じさせた。
直近5カ月間での欧州・南米の強豪国との対戦を踏まえれば、現状はワールドカップでベスト16が現実的なラインだろう。2年後の本大会に向けて「優勝」から逆算し、4カ月後のアジアカップまでにはもう1、2段階レベルアップしたい。
次戦は11月末、国内・長崎で行われるカナダ戦。強豪国の貴重なテストマッチとして、いよいよ内容と結果の両立が求められる。欧州で得た痛みと学びをどう昇華させるのか。ニルス・ジャパンは、アジアカップで結果を残すための最終調整段階に入っている。
<了>
「普通のボランチにはならない」宮澤ひなたがマンチェスター・ユナイテッドで示す“6番の新境地”
即席なでしこジャパンの選手層強化に収穫はあったのか? E-1選手権で見せた「勇敢なテスト」
世界王者スペインに突きつけられた現実。熱狂のアウェーで浮き彫りになったなでしこジャパンの現在地
なでしこジャパン2戦2敗の「前進」。南米王者との連敗で見えた“変革の現在地”
女子サッカー過去最高額を牽引するWSL。長谷川、宮澤、山下、清家…市場価値高める日本人選手の現在地
この記事をシェア
RANKING
ランキング
LATEST
最新の記事
-
「個を育てる」をどう実現するのか? イブラヒモビッチを育てたマルメの現場に見る育成の本質
2026.11.02Training -
「プロなんて全然考えてなかった」常松広太郎はなぜ慶應からカブスへ? 異色の挑戦を生んだ原点
2026.11.02Career -
「カットマンは5番手に置け」橋本帆乃香が中国撃破で示した、卓球の定石
2026.11.02Opinion -
ハリー・ケインはイングランド代表史上最高の選手か? バロンドール受賞でも残る「無冠」の壁
2026.10.29Career -
引退を告げた妻の涙に秘められたもの。川崎F・小林悠を支えた家族の絆と最後の戦い
2026.10.26Career -
小杉啓太がフランクフルトで抱く危機感。昨季は公式戦出場ゼロ、今季は定位置確保も「改善が必要」
2026.10.26Career -
なぜマンチェスター・シティ「2季の2部生活」が浮上したのか? 英国で広がる厳罰論の背景
2026.10.23Opinion -
批判と低迷から始まったエディー体制の現在地。ラグビーW杯まで1年、日本代表に起きている変化
2026.10.23Opinion -
「小学生の全国大会が一つしかない」Fリーグ引退・森岡薫、GM転身で目指すフットサル界の改革
2026.10.22Career -
世界3位ドイツ戦で見えた、なでしこジャパンの変化。新体制で増えた選択肢と残された課題
2026.10.14Opinion -
世界1位・松島輝空も安全圏ではない。卓球で相次ぐ大番狂わせ、101位が中国女王を破った背景
2026.10.13Opinion -
「自信を失った経験がない」瀬古歩夢、4戦連続先発で示した成長。森保ジャパンで高まる存在感
2026.10.09Career
RECOMMENDED
おすすめの記事
-
「カットマンは5番手に置け」橋本帆乃香が中国撃破で示した、卓球の定石
2026.11.02Opinion -
なぜマンチェスター・シティ「2季の2部生活」が浮上したのか? 英国で広がる厳罰論の背景
2026.10.23Opinion -
批判と低迷から始まったエディー体制の現在地。ラグビーW杯まで1年、日本代表に起きている変化
2026.10.23Opinion -
世界3位ドイツ戦で見えた、なでしこジャパンの変化。新体制で増えた選択肢と残された課題
2026.10.14Opinion -
世界1位・松島輝空も安全圏ではない。卓球で相次ぐ大番狂わせ、101位が中国女王を破った背景
2026.10.13Opinion -
「国内組」からなでしこジャパンへ。アジア大会3連覇で見えた現在地と、W杯への生存競争
2026.10.05Opinion -
コモで見つけたクラブの魅力、日本への感謝。なでしこジャパン前監督ニルス・ニールセンが語る現在
2026.09.29Opinion -
張本智和が託し、松島輝空が決めた中国撃破。日本男子卓球、60年ぶり金で変えた景色
2026.09.28Opinion -
なぜドルトムントは日本を選ぶのか? CEOが語った「クラブの価値」と「日本の評価」
2026.09.09Opinion -
高校生が示した男子卓球の未来。インターハイで垣間見た新時代の「ハイブリッド化」
2026.09.01Opinion -
16歳・三井寺眞が開幕戦で放った「シャペウ」の衝撃。10代が互いに刺激し合う、Jリーグ新時代
2026.08.14Opinion -
欧州名門クラブに見るサステナビリティ最前線。人種差別、貧困、就労支援…に挑むマルメFF
2026.08.07Opinion
