「木の影から見守る」距離感がちょうどいい。名良橋晃と澤村公康が語る、親のスタンスと“我慢の指導法”
鹿島アントラーズのレジェンドであり、現在は解説者としても活躍する名良橋晃。その実子・名良橋拓真は、父と同じサイドバックではなく、自らの意志でゴールキーパーの道を選び、2025年はいわてグルージャ盛岡でプレーしている。拓真を育成年代から支えてきたのが、川崎フロンターレのアカデミーで指導にあたり、現在は高知ユナイテッドSCのGKコーチを務める澤村公康だ。息子への“ノータッチ”を貫いた父と、その成長を見守ってきた指導者。専門家二人が考える「選手育成」とは?
(インタビュー・構成=鈴木智之、写真提供=いわてグルージャ盛岡)
「親」という字は“木の上に立って見る”
澤村:僕が名良橋さんと最初にお会いしたのは、息子の拓真選手が小学生の頃でしたよね。僕がやっているGKスクールに来てくれて。ベンチに名良橋さんが座っていらしたので、「名良橋晃さんだよな……」と。テレビや雑誌で見ていた方ですから、ご挨拶するのも緊張しました。息子さんが僕と名良橋さんをつないでくれたんだなと感謝しています。
名良橋:息子はもともと、僕と同じサイドバックをやっていたんです。でも、どこか嫌々やっている感じがあって、本人に聞いたら「キーパーをやりたい」と。思えば、一年ほど野球をかじっていた時も、彼はキャッチャー、つまり後ろから全体が見えるポジションを選んでいました。ミニゲームでも率先してキーパーをやっていましたし、本当にこのポジションが好きだったんでしょうね。妻は最初、納得いってなかったみたいですけど(笑)。ある大会でキーパーをやって優勝したのが、彼にとっての転換点でした。
澤村:お子さんとは、どのような接し方をしていました?
名良橋:息子に関しては、僕はほぼノータッチでした。小さい頃もそうですし、GKになってからは、なおさらアドバイスはしていません。澤村さんにすべてお任せしていたので(笑)。
澤村:ありがたいことですよ。
名良橋:面白いのは、たまに息子に「日本代表の失点シーンをGK目線で見るとどうなの?」といった話を聞くと、僕らフィールドプレーヤーの目線とは違う答えが返ってくることです。
澤村:キーパーならではの視点がありますからね。
名良橋:テレビなどで解説をしている立場からすると、勉強になりますね。子どもの頃の話で言うと、基本的に僕は送り迎えをするだけでした。遠方の遠征に行ったときは、試合が終わるまで、木の影に隠れてこっそり見ていました。後で息子に「バレバレだよ」と言われましたけどね(笑)。
澤村:「親」という字は「木の上に立って見る」と書きますが、今の時代は「口」の中に「親」が入って、つい口出ししてしまうケースが多いですよね。そう考えると、名良橋さんのスタンスは素晴らしいと思います。
名良橋と三笘薫の意外な関係。「当時から薫は…」
名良橋:僕は今、中学校の外部コーチもしていますが、選手がプレーの合間に親御さんの顔色をチラチラと伺う場面をよく目にします。1プレーごとに親を見る。でも、見るべき場所はそこじゃないだろう、と。
澤村:子どもたちに「試合中に何を見ている?」と聞くと、ゴールや相手に混じって「親」という答えが出てくることがあります。今はスマホで簡単に映像が撮れるので、家に帰ってから、見たくもない失点シーンを見せられたりする。そうなると、楽しむためのサッカーが「ミスを気にするためのサッカー」になってしまう。それがなくなれば、もっと伸びる選手が出てくるはずなんです。
名良橋:環境の影響は大きいですよね。実は、三笘薫選手がうちの息子と同期で、小学生の頃は、よく一緒に車で送り迎えをしていたんです。これは僕の自慢なんですけど(笑)。
当時から薫は、周りに流されない強さを持っていました。サッカーに対して非常にストイックで、自分を律する姿勢が際立っていました。それはご両親が作られた、家庭環境もあったのかもしれません。
彼が筑波大学時代に天皇杯の予選で負けた試合を、僕が解説したことがあったのですが、試合後に会った時の彼の表情が忘れられません。久々の再会だから「お久しぶりです」なんて挨拶があるかと思いきや、顔には負けた悔しさしか浮かんでいなかった。
あの「勝ち負け」に対する執着心を見た時、「この選手はもっと上に行くな」と確信しました。
当時の川崎フロンターレのアカデミーは、三笘選手以外にも三好康児選手、田中碧選手、板倉滉選手など、ただ上手いだけでなく、戦える選手を育てる素晴らしい環境でした。息子に関しては、本当に周囲の人々に恵まれて大きくしてもらったので、親の僕は何もしないのが一番だと思っていました。
どう伝えれば、伸びるきっかけになるか?
澤村:僕はたくさんの保護者の方と話をさせてもらうことがあるのですが、「見守ること」に尽きますね。GKは結果論で言われがちなポジションです。「なんで取れなかったの?」と追い詰めるのは、傷口に塩を塗るようなもの。そこは控えてほしいと思うことがあります。
名良橋:子どもには、楽しみながらサッカーをしてほしいですよね。親の圧に負けて嫌々やっている状態になってほしくない。僕は息子がジュニアユースの頃は、現役を引退していたので、息子どうこうではなく、一つのサッカーの試合というフラットな目線で見ていて、結果やプレーに対して、何も言いませんでした。
澤村:よくあるのは、ダメ出しのオンパレードになってしまうケースです。「よくそこまで細かく分析して欠点を見つけられるな」と驚くほどネガティブな指摘が続く。これでは子どもは心を閉ざしてしまいます。
僕がプロ・アマ問わず選手に接する時に意識しているのは、「今日は動きが良かったと思うけど、自分ではどう感じた?」という聞き方です。まずこちらが「ポジティブに見ていた」という前置きを伝える。すると選手は「あ、コーチは今日のプレーをいい風に見てくれたんだ」と安心し、自分から心の内を話し始めてくれるんです。
名良橋:その「我慢」こそが、親にとっても選手にとっても成長の機会なんですよね。言いたいことがあっても、すぐ口に出さずに我慢する。親御さんが一歩踏みとどまって「どう伝えれば、伸びるきっかけになるか」を考える。その余白が、子どもの自立を促すのだと思います。
澤村:野球のメジャーリーグでプレーする、ある日本人選手とコーチとのエピソードがあります。そのアメリカ人のコーチは2年間、一切技術的なアドバイスをしてくれなかったそうです。選手が痺れを切らして「なぜ教えてくれないんだ」と聞きに行くと、コーチは「待ってました」とばかりに、膨大な分析資料を出しながら「今のお前のフォームはこうで、調子がいい時とはここが違う」「資料は用意していたけど、お前が必要としていなかったから渡さなかっただけだ」と言ったそうです。
僕らコーチは、つい良かれと思って「指導の押し売り」をしてしまいがちですが、選手が自ら求め、変わろうとする瞬間を待つ。その忍耐こそが、指導者に大切なことだと改めて感じます。
名良橋が解説の仕事で絶対に使わない言葉
名良橋:最後に一つ、僕が解説の仕事で絶対に言わないようにしている言葉があります。それは「今日のキーパーは当たってますね」という表現です。
澤村:「たまたま当たっている」「調子がいい」「ラッキー」というニュアンスになってしまいますからね。
名良橋:そう。あれは「当たっている」じゃなくて「自ら体に当てにいっている」んですよね。
澤村:そのとおりです。これからは「素晴らしいポジショニングでしたね」「シュートを打たれるまでの微調整が良かったですね」など、GKのわかりづらいプレーにも言及していただけると、GKコーチとしてはとてもうれしいです。そうした細かい専門性への理解が広まることで、GKがもっと魅力的なポジションとして認知されていくのだと思います。
名良橋:ぜひ次の解説から、そこにも注目したいと思います。
【連載前編】「伸びる選手」と「伸び悩む選手」の違いとは? 名良橋晃×澤村公康、専門家が語る『代表まで行く選手』の共通点
<了>
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[PROFILE]
名良橋晃(ならはし・あきら)
1971年11月26日生まれ、千葉県出身。解説者、サッカー指導者。元サッカー日本代表。現役時代のポジションはディフェンダー。千葉英和高校を卒業後、1990年に日本サッカーリーグ1部のフジタ(ベルマーレ平塚〜現湘南ベルマーレ)に加入。1997年に鹿島アントラーズへ移籍。アントラーズ黄金期を支えた。2007年に湘南ベルマーレに復帰したのち、2008年2月に現役引退を発表。日本代表としては国際Aマッチ38試合に出場。1998年フランスワールドカップでは全3試合で先発出場。引退後は解説者として活躍するほか、指導者としても活動している。
[PROFILE]
澤村公康(さわむら・きみやす)
1971年12月19日生まれ、東京都出身。J3高知ユナイテッドSC GKコーチ。三菱養和SCユース、仙台大学でプレー。1995年に鳥栖フューチャーズの育成GKコーチに就任。以降、ブレイズ熊本アカデミー、大津高校、日本高校選抜、JFAナショナルトレセンコーチ、浦和レッズアカデミー、女子日本代表、川崎フロンターレアカデミー、青山学院大学、浜松開誠館中学校・高校などさまざまなカテゴリーでGKコーチを歴任。2015年からロアッソ熊本、2019年はサンフレッチェ広島、現在は高知ユナイテッドSCでトップチームのGKコーチを務める。これまでシュミット・ダニエルや大迫敬介など日本代表GK、JクラブのGK、GKコーチなどを数多く輩出している。
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