
ドイツ五輪代表ブローダーセンが語る「一流GKの育て方」 キーパー大国の“育成指針”とは
東京五輪のドイツ代表に名を連ね、現在J1・横浜FCで素晴らしい活躍を見せているスベンド・ブローダーセン。GK大国のドイツにおいて年代別代表に選ばれ続けてきた若き守護神が、GKというポジションについて、トレーニングについて、育成について語り尽くす。GK大国がどのような考え方で、どのような取り組みをしているのかの“指針”を知ることで、日本の育成の目指すべき方向性が見えてきた。
(文=中野吉之伴、写真=GettyImages)
GKとバスケットボールに熱中した少年時代
「アイドルはオリバー・カーンだった」と笑顔で振り返るブローダーセンがサッカーを始めたのは4歳半のころ。ハンブルク生まれの彼が最初にプレーしたクラブは熱狂的なウルトラスがサポートすることで有名なザンクトパウリ。ちょうどザンクトパウリが1部リーグに昇格を果たした2000-01シーズンだったという。
週に1回グラウンドに集まってみんなでワイワイサッカーをするところからブローダーセンのサッカー人生はスタートした。最初からGKだったわけではなく、他の子どもたちと一緒にフィールドプレーヤーとしてサッカーを楽しんでいた。
GKに魅了されたきっかけは10歳のころ。ある公式戦で普段GKをやる子が病欠したために、代理でGKを務めたことがきっかけだった。
「それまでもGKをしたことはあった。チームではGKを交代でするようにしていたけど、僕はあまり積極的にGKはやっていなかったんだ。でもその試合ではたまたま僕がGKをやることになって、それがすごく楽しかった。プレーもよかったと思うよ」
日本においてGKというポジションが子どもたちにあまり人気がないポジションとされる理由として、「少しのミスですぐに怒られる」「プレーにあまり関われない」などが挙げられる。ブローダーセンはどんなところにGKの魅力を感じたのだろう?
「ピッチ内で唯一手を使っていいというところだね。ボールを投げることもできたし、ジャンプしてシュートに飛びついたりできるのも楽しかった。フィールドプレーヤーだったら、ジャンプしてボールに飛びついたりしたら一発レッドでしょ(笑)。
(自然とGKに適応できた理由として)当時バスケットボールもプレーしていたというのもあると思う。バスケットボールも好きだったから小学生の間はどちらも続けていたんだけど、12、13歳のころにどちらかに絞ったほうがいいという時期がきたんだ。GKとしてハンブルク州の選抜にも選ばれていたし、どちらも続けるとなるとさすがに練習時間があまりに多すぎるからね。最終的にサッカーを選んだ」
バスケットボールとサッカーの両立となるとほぼ毎日スポーツをしていることになる。週末はサッカーで1試合&バスケットボールで1試合とフルプログラム。とはいえそれぞれの練習時間は1時間半、週末の試合も1日で何試合もプレーするようなことはないので、疲労困憊ということにはならなかった。ブローダーセンにとっては体を動かせる時間が毎日あることが幸せだった。
「楽しかったよ。誰かに『こうしなさい!』と言われてやっていたわけじゃなくて、僕自身いつもエネルギーがあふれていたというか、家にいても静かにしていられないタイプだったから。時間があれば外で遊んでいたし、毎日トレーニングに行く機会があったのは幸せな時間だった」
ドイツではどのようにGKを育成しているのか?
本格的なGKトレーニングを受けるようになったのはザンクトパウリのU-14チームに入ってからだった。
ザンクトパウリではレジェンドとされるリヒャルド・リツケがGKコーチだった。リツケは70年代にザンクトパウリの正GKとして活躍して1部昇格の立役者となった選手。元プロGKの下でシステマチックなGKトレーニングがされていたのかと想像したが、実際はハードなフィジカルトレーニングが多かったそうだ。
「ジャンプとかダッシュとかフィットネス系のトレーニングが多かったんだ。休憩も少なめでとにかくハードだった。現代のGKトレーニングは、GKに必要なテクニックとか、認知能力へのアプローチがよりフォーカスされている。頭を使って正しい決断をすることが大切にされているけど、彼のトレーニングはとにかくいつでも全力(苦笑)。
でもそれが僕にとってはためになったし楽しかったんだ。僕の場合はアスレチックな要素をU-14からU-15の時に徹底的にやって、その後にテクニックを重点的に学んで、戦術とか認知や判断力を築き上げていった」
では現在ドイツの最前線ではGKはどのように育成されるべきだと捉えられているのだろう? 「試合経験が大事」という話もよく耳にする。
「ドイツのGK育成はかなりシステマチックになってきている。GKにとって何より大事なのはフィジカル的な要素。フィールドプレーヤーよりもそこの前提条件は重要視されていると思う。正直なところチームで一番アスレチック能力が求められるポジションともいえる。スピード、敏捷性、コーディネーション能力、身体的な強さや安定感も大事だね。
そうした前提条件を備えた子どもたちがまず最低限GKに必要なテクニックを身につけていく。小学校高学年年代からはボールをキャッチしたり、パンチングしたりするテクニック、足や体全体を使ったブロックの仕方、ボールに向かって飛びつく時の足や手の動き、移動する時の足の運び方、体が後ろ方向に倒れないための体の使い方という基本的な動きを学ぶ。簡単な試合状況に合わせたポジショニングも少しずつ覚えていく。
認知などゲーム状況に応じたさまざまな対応については、U-14くらいから始めるのがいいとされている。脳内のキャパシティや成長段階から考えても、小学生年代の子どもたちに多くを要求しすぎるのはよくない」
基本的なGKのテクニックとポジショニングやプレーに関する基礎を身につけた後、14、15歳ごろから「いつ、どこで、どんな技術をどのように活用するのか」を掘り下げて、重点的に取り組むのが現在のドイツ流だという。
「距離7mは一つの目安。『レッドゾーン』と呼んでいる」
ブンデスリーガの育成アカデミーでGKコーチをしている人たちに話を聞くと、GKにとって大事なのは、どんなテクニックがあって、それをどの状況で使うのかの判断が大事だと指摘する。その点をブローダーセンにも尋ねてみた。
「まず大事なのはベースとなるGKとしてのテクニックを身につけること。そしてボールにどのようにアプローチするのか、シュートを防ぎにいくのか待つのか、などといった試合状況に合った判断ができるようになることだね。まさに『どの状況でどの技術をどのように使うのか』というところだ。
例えば、相手に対して距離を詰めてブロックをするのか、あるいはその場にとどまってシュートに反応するのかの基準を持つことが大切だ。距離が近すぎたら反応することはできない。距離が遠すぎたらブロックすることができない。その点でシュートを打つ選手までの距離7mというのは一つの目安で、僕らは『レッドゾーン』と呼んでいる。その距離からシュートを打たれたら体を広げてブロックをしようにも、防げる面積が少ないので止めるのは難しい。でもとどまってシュートに反応しようとするには距離が近すぎて打たれてから反応することはほぼ無理だ。
そういったことを基準に正しいポジショニングと体の向きを決めて、状況に応じたテクニックをタイミングよく行使することに取り組むのがGKにとってはとても重要なことなんだ」
GKのプレーを見ると華やかなビックセーブがどうしても印象に残る。しかしGKにとって大切なのは「100%どんなシュートも止めようとすること」ではなく、「相手がシュートを決める可能性をできる限り下げるための準備」が大事になってくる。どれほど優れたGKでも止めようがないシュートがあることを知らなければならない。
「GKができるのは反応することだし、そのためのよりよい状況をつくり出せるかが大事なんだ。四隅への正確で強烈なシュートを止めるには、打つ前に直感でその方向へ飛び出さない限り止められない。でも早すぎる反応をして相手がゴール中央にシュートを打って決められたら、『あのGKなにやってんだ!』ということになるでしょ?
だから自分がゴールのどの部分をどのようにカバー&ブロックできるのかを考えてプレーすることが大事なんだ。相手がシュートに持ち込む角度を狭めることができたら、決められる可能性を下げることができる。それでも決められることはあるよ。それは相手が素晴らしいシュートを決めたということだ。でも相手が少しでも不正確なキックをしたらシュートが外れたり、GKにぶつけることになるよね。それはこちらがパーフェクトな準備をしたということになる。それが大事なことなんだ」
「GKは何をしなければならないか」の指針が重要
どれだけ素晴らしいGKテクニックや身体能力を持っていても、ピッチ上での正しいポジショニングと正しい決断について学んでいなければ、本領を発揮することはできない。そのためには「GKは何をしなければならないか」を知ることが先にあるべきだとブローダーセンは指摘する。
「GKとして何をすべきかのベースを知って、トレーニングしていないと、そもそも試合におけるプレーで正しい決断だったのか、間違った決断だったのかを区別することもできない。
試合の中でミスがあったとして、それをビデオ分析した時に、『トレーニングでできていたようなポジショニングがとれていたかどうか』という判断基準があるから、振り返ることに意味があるんだ。正しい決断を高い確率でできるようになるためには、それができるようになるためのトレーニングをしていくことがとても重要なんだ」
失点シーンがあった時に、ビデオ映像を見直して分析することが大切だというのは誰もがうなずくところだが、だからといって間違った視点でそのシーンを見直していては意味がないということだ。
「『実践可能なものなのか』という視点で検証しなきゃダメだよ。ビデオ分析といっても、何度もストップして、スローモーションで見ていたら、そりゃ誰だってミスを見つけて指摘することができる。さっきレッドゾーンの話をしたけど、そこからシュートを打たせないためにはどうしたらいいか考える時に、どうしようもないことをあれこれ指摘されても困るわけだよ。
例えばサイドからの鋭いセンタリングで、ゴールラインから飛び出せなくて、そのボールがゴールから7m離れたところにピンポイントで送られてきて、ダイレクトでシュートを打たれたら、こちらとしては対応できない。そこをディスカッションしてもしょうがないんだ」
だからこそGKを指導するために必要なのは、試合におけるやるべきことをしっかりと理解した上で、育成年代から順序立ててトレーニングを組んでいくことが大事になる。
「GKコーチがそうしたビジョンなくトレーニングをして、試合で経験を積めといわれてもそれは無理だ。試合後に『あそこではこうしなきゃいけないだろ!』と言われても、『いや、トレーニングでやってもいないのに……』ってなるだろ? ゴール前のエリアをそれぞれの状況で、誰がどのように守るのか。ビルドアップの時はどこに位置すべきなのか、いつ、どんな状況でどこにボールを要求し、どこへ送るべきなのか。
そうした指針というのはドイツサッカー連盟でもしっかりつくられているし、それぞれのブンデスリーガ下部組織でも実践されている。ザンクトパウリでもそうで、そこで学んだことが僕の基盤となっているんだ」
一か八かのビックセーブにかけるのではなく、すべてのプレーには論理的な思考がベースにあり、試合の流れと状況に応じて今すべきプレーを瞬時に脳内メモリから検索し、タイミングを合わせて正しく実践する。何でもないように見えるセーブ、ペナルティエリア内での何気ない移動。そのすべてに意味がある。それは小さいころから積み重ねてきたあらゆる取り組みのたまものなのだ。ブローダーセンの何気ない一挙手一投足に注目してみると、GKというポジションの奥深さがこれまで以上に見えてくるはずだ。
<了>
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