GK大国ドイツ「セオリーを更新する」新常識 ブンデス下部組織コーチが明かす育成の秘訣とは?

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2020.04.15

GK大国ドイツでコンスタントに優れたGKが生まれてくるのはなぜだろうか? 彼らはどのようにして見出され、育成されてきたのだろうか? 日本代表・遠藤航が所属するVfBシュトゥットガルトのU-14、U-15でGKコーチを務めている松岡裕三郎は、ドイツの体系化された指導法について触れるとともに、「GKのセオリーは常に最新のサッカーとともにある」とも語る。

(文=中野吉之伴、写真=Getty Images)

なぜドイツはサッカー大国となったのか?

ドイツがGK大国であることに異論をはさむ人はいないだろう。

マヌエル・ノイアー(バイエルン)とマルク・アンドレ・テア・シュテーゲン(FCバルセロナ)が代表正GKの座を争うという構図は他国からすればなんと贅沢な選択肢かと思わずにいられない。他にもベルント・レノ(アーセナル)、ケヴィン・トラップ(フランクフルト)、オリヴァー・バウマン(ホッフェンハイム)、アレクサンダー・シュヴォロウ(フライブルク)とそれぞれ高く評価されているGKが名を連ね、さらに新シーズンにシャルケからバイエルンへ移籍することが決まっている23歳のアレクサンダー・ニューベル、そのシャルケで次期正GKとして期待されている21歳のオリンピック代表GKマルクス・シューベルトと次世代のGKも次々に出てきている。

しかしドイツといえど、指導者としての育成を受けたGKコーチがすべての街クラブにいるわけではない。多くは現役時代にGKとしてプレーしていたお父さんコーチだ。そんなお父さんコーチでもある程度整理された指導ができるようにと、いまドイツではGKのプレー基準が簡略化されたペナルティーエリアのゾーン分け理論というものが利用されている。

その理論について、そしてドイツにおける具体的なGK指導や選手の見極め方について、VfBシュトゥットガルトのU-14、U-15でGKコーチを務めている松岡裕三郎氏に話を聞いた。

「まずペナルティーエリアを3つのゾーンに分けます。ゴール正面からみて真っすぐ前がゾーン3、そこから左右斜めのところがゾーン2、そしてゴールライン寄りのところをゾーン1とします。ゾーン3の場合は相手にもこちらにもさまざまな選択肢があり、いろんなテクニックが必要になってきます。ゾーン2だと相手が斜めの位置からシュートを打つことが多いので、ドイツ語で『アップキッペン(斜めに倒す)』という体を倒してセーブするテクニックがより重要になりますね。そしてゾーン1だと、相手は角度のないところに立っているので、こちらは基本的に先に倒れないで我慢して長く待つ。シンプルな分け方ですが、『GKコーチとしての経験がまだ短い』という人にとってはそうした指針があるのは助かると思いますし、街クラブレベルだとそれで十分。最初の入り方としてはすごくいいと思います」

どんな技術も判断基準が伴っていないと求められるプレーに結びつかない。GKとしてどんな状況だったら、どんな優先順位があり、どんなプレー選択肢があるのかを知ることで、「なぜ失点したのか?」「どこのプロセスでミスをしたのか?」と後で振り返ることができる。ここが大切だ。そうした基準をもって、所属クラブでリーグ戦を継続的にプレーすることで、選手は成長していく。

プレーを選べるようになるまで辛抱強くGKトレーニングを重ねる

ただこのゾーン分け理論はこれだけやれば大丈夫というものではなく、あくまでも入門編。

「ある程度ゾーンで決まり事があるというのはわかりやすさという点では良いことだと思うんですけど、実際の試合だとそれぞれの判断基準は局面によって変わってくる。相手ボール保持者の近くに味方選手がいるのか、相手がどの角度からゴールに向かってきているのか。正対しているのか、背を向けているのか。それぞれでこちらの対応だって変わってきます」

相手の技術やアイデアレベルが高くなればなるほど、GKとしての準備もより洗練されていなければならない。そして局面分けがより細かくなり、それぞれに応じた技術を身につけるためには、十分なトレーニング時間も必須だし、そのなかでより専門的な指導を受ける必要がある。

VfBシュトゥットガルトではU-11からチームを持ち、GKはU-13までまず基礎を徹底して学ぶという。順序立てて基本的な技術に触れ合い、そうした技術を楽しみながらトレーニングをする。そして11人制となるU-14から本格的にGKとしての指導がスタートされる。

小学生年代のスカウティングも行う松岡コーチがGKに求める要素とはなんだろうか?

「一番は雰囲気です。まずはGKとしての雰囲気を見て、その次にサッカー選手としてのアスリート能力と勇気を見ています。それがある程度できていれば、テクニックを身につければ成長はしていくと思っています」

U-14の選手はまだまだ技術の使い分けや状況判断など伸びしろの部分がとても多い。その分、集中的にGKトレーニングを繰り返していくことで目に見えた成長をみせるという。そのためにはチーム練習で行うゲーム形式やシュート練習を数多くするよりも、この年代ではとにかくGKトレーニングを高頻度でやることが大切だと松岡コーチは主張する。それはまだ自分の中で判断と実践が結びついていないことが多いからだ。高頻度とは具体的にいうとGKトレーニングを全体の40%、チームトレーニングを60%くらいの割合だ。

「例えば、ボールに反応する時に、手と足を両方出してしまうことがあったりします。それぞれの局面ごとで頭の中で、GK自身が『どのテクニックを使ったらいいか』が自動的に整理されておらず、それで技術がうまく発揮できずに失点するというのが多いんです。GK自身が試合中のこういう局面の時は手のほうを意識して、という考えができるようになれば、自分に必要な技術がわかってくるので、そこに集中できる。ただU-14、U-15の頃はまだそのあたりが難しいんです。判断がうまくできない。だからGKトレーニングでしっかり修正して、それをゲームで使えるように、という繰り返しが必要ですね」

すべて直感でプレーするのではなく、意識してプレーを選べるようになるところまで、辛抱強くトレーニングを重ねていくことが求められる。GKはフィールドプレーヤーと比べて、試合局面に応じたプレーが多少は整理しやすいポジションだ。最後尾から試合の状況を観察できるという点もあり、次の展開を推測する時間とタイミングがある程度は取りやすい。

だからこそ味方と相手、ボールとゴールの位置から、自分のポジショニング、プレー選択肢を絞っていくプロセスで、判断基準を明確にし、一つひとつのプレー精度を高めていくことが重要になってくる。それぞれの技術を突きつめていくことが、まず失点を防ぐために欠かせないからだ。

そしてセオリーを身につけることは重要だが、それだけで守れるわけではない。ペナルティーエリア内では研ぎ澄まされた判断力とポジショニングと反射神経が求められるし、タレント性のあるGKは場合によって直感もすごく大事にする。

「上に行けば行くほど、プレースピードが速くなって、判断も早くなることを求められます。そうした能力を高めていくためにも、選手の判断、自分が思った判断をさせるというのが大事だと思います」

セオリーは常に最新のサッカーとともにある

指導にしても手本となるプレー原則を示しておしまいではない。コミュニケーションを密にとり、選手視点でどのように状況を把握し、なぜその判断をしたのかを聞き、選手の理解度を確認する。

「ミーティングの時はシーンごとに『どう思う?』と振ったら、『ここはこうだから、こうだと思う』と自分の意見を言ってくれますね。U-14の子はまだちょっと物足りないですけど、U-15の子はもうかなり意思疎通ができます。GK練習の時はそこまでは話さないですけど、合間ごとに話を振って、意見を聞いて、それをもとに修正したりします」

また全体的な戦術の変化にGKも対応しなければならない。例えば相手選手がゴールライン際までボールを持ち込んだ時、以前であればGKはまずボールに近いサイドのポストにピッタリ立ってゴールを守ることがセオリーとされていた。だが攻撃戦術として、深いところまで攻め込んだ時は必死に戻るDFが対応できないPKマークあたりに折り返してゴールを狙うチームが増えてきており、そうなるとGKの立ち位置も変えなければならない。今ではポストから内に1mほどのところへのマイナスのクロスにも迅速に対応できるようなポジショニングを取る。時には相手との駆け引きやプレッシャーから、近いサイドのボールへの対応が遅れて失点となってしまうこともある。だが全体的な割合から考えてみると、どちらの場合がより失点につながりやすいだろうか。そうしたリスクマネジメントを理解してプレーすることが求められるのだ。

「もちろんニアサイドへのシュート・クロスにもしっかりと対応することが前提になりますけど、PKマークあたりのエリアが特にブンデスリーガでは狙われることが多いので、勇気をもって前に出て守りましょう、と。確率的にみると、ゴールラインまで相手が運んできたら、ゴール前への横パスが多くなる。ゴール前のエリアに通させないためには、勇気をもって高めにポジションを取ってスペースを抑えましょうというところが大事になります」

「時代というか、最新のサッカーではどういう失点が多くなってくるという分析を踏まえます。セットプレーの時も今はDFが高い位置を取るじゃないですか。ペナルティーエリア内への味方DFの背後へ飛んでくるボールは、すべて勇気をもってGKが守らなければならない。となると、ゴールラインに立つわけにはいかないので、ゴールから4〜5m離れたところに立たないといけない」

体のサイズが大きいから、あるいは反応スピードが速いから、そうした資質だけで良いGKになれるわけではない。ドイツでは小さい時からゴールの4隅を狙ったり、GKとの駆け引きでゴールを狙ってくるストライカーが多い。かつてシュトゥットガルトに所属していた岡崎慎司選手が「名前も聞いたことがないユースからきている練習生がものすごいシュートをバンバン打ったりする」と語っていたことがあった。そうした選手を相手にするには、育成年代からGKとしてゴールを守るスキルを着実に身につけていかなければならないし、そうでなければトップレベルでやっていくことはできない。失点の危険性を最小限にするために、プレーの細部にとことんまでこだわり抜いていく。その積み重ねがチームを鼓舞し、相手を絶望させる偉大な守護神を生み出しているのだ。

【前編はこちら】なぜドイツは「GK人気」高く日本では貧乏くじ? GK後進国の日本でノイアーを育てる方法

<了>

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PROFILE
松岡裕三郎(まつおか・ゆうざぶろう)
1984年10月8日生まれ、鹿児島県出身。ドイツ・ブンデスリーガ2部VfBシュトゥットガルトのU-14、U-15・GKコーチ。鹿児島実業高校、同志社大学を経て、ドイツに渡り、2009年から2017年までSVフェルバッハでプレー。2011年よりSVフェルバッハのU-11〜U17のGKコーチも兼任し、以降、さまざまなチーム・カテゴリー・スクールでGKコーチを担当。2017年6月にUEFA Bゴールキーパーレベルの修了証取得。

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