「6歳の娘に寂しい思いをさせている」 それでも女子バレー荒木絵里香が東京五輪に挑戦する理由
バレーボール女子日本代表のキャプテンを務める荒木絵里香選手。今年4度目の五輪出場を目指す彼女は、2013年に結婚し、2014年に女児を出産。バレーボールを続けながら子育てをする「母」という顔も持つ。この春から小学生となる娘さんとはどのように向き合っているのか? 家族と会えない時間が長く後ろ髪を引かれる思いを抱えながら、覚悟を持って挑む東京五輪への決意を語る。
(インタビュー・構成=米虫紀子、撮影=浦正弘)
「そこに意味がある」2012年以来のキャプテン就任
——東京五輪が開催される今年、銅メダルを獲得した2012年ロンドン五輪以来の、日本代表キャプテンに就任しましたが、その経緯をお聞かせください。
荒木:昨年末に(日本代表監督の中田)久美さんから直接、電話で連絡をもらって、「やってくれない?」というような感じで話があったのでびっくりしました。「1日考えさせてください」と一度持ち帰って、次の日に返事をしました。「やります」って。簡単な理由でキャプテンを代えるということはないので、意味があってのことだというふうに考えて、精一杯頑張ろうと思いました。
——返事をするまでの1日はかなり悩みましたか?
荒木:家族に相談しないといけない、自分一人では決められないと思っていました。夫(元ラグビー選手の四宮洋平さん)と母に話して、後押ししてもらいました。夫はいつもスーパーポジティブなので(笑)、すぐに「やるしかないでしょ。頑張れ」みたいな感じで言ってくれて。母のほうは、「いやー、大変でしょ……」という感じでしたけどね。でも、さっきも言ったように、このことには意味があると思うし、自分自身も成長させてもらえる機会だと思うので、必要としてもらえるなら精一杯頑張りたいと思っています。
——その「意味」とは。中田監督からは、荒木選手に主将を任せたい理由などはお話がありましたか?
荒木:私の今までの経験であったり、培ってきたものを、しっかりとチームの中で、キャプテンという立場で出していってほしいという話がありました。
ママがバレーボール選手であることより大きい「会えない寂しさ」
——娘さんはもうすぐ小学生でしたよね?
荒木:春から小学1年生です。
——娘さんには、今回のことは何か伝えましたか?
荒木:キャプテンということまではまだ理解できないので、言ってはいないです。幼稚園でお友達に「ママ、出てたね」とか、そういうふうに言ってもらえることは娘もうれしい……のかな? たぶん。でも、ママがいない寂しさをすごく感じさせてしまっている。娘にとっては、ママがバレーボール選手であることや、東京五輪に出るということのうれしさよりも、一緒にいない寂しさのほうが大きいから、「行かないでー」ってずっと言われています(苦笑)。
——今年も日本代表合宿が始まりましたが、合宿が始まってしまうと、会う機会はオフの日だけですか?
荒木:はい。オフの日は、私が会いに行くこともありますし、母が連れてきてくれることもあります。
——今回の合宿に来る前に、娘さんに何か話したことはありますか?
荒木:全部はっきりとは覚えていないんですけど、「ママは目標があって、そこに向かって挑戦するから、ちょっと長い間、一緒にはいられなくなるよ」という話はしました。もう娘もいろいろなことが理解できるから、変に、中途半端な嘘やごまかしよりも、ちゃんと伝えるということが大事だと思ったので、そういう話はして出てきました。でもなんか、卓上カレンダーに「今日もママに会えない」って言ってバツ印をつけて、会える日は丸印をつけるというのを毎朝やっていて、「バツばっかりー!」って言ってます(苦笑)。
「玄関にヒモを張って、罠をしかけて……」
——電話で話したりはするんですか?
荒木:テレビ電話は毎日するんですけど、画面の中のママにはもう興味がないんです。ほんと、塩対応です。ほぼ無視です。「もういい、ママなんか」みたいな感じで、テレビを見ている、フリなのか、本当に見ているのかわからないけど。何かに夢中になって遊んでいたり。全然喜ばないですね、テレビ電話は。
——そうなんですね。じゃあオフの日に会えた時はすごく喜んでくれるんでしょうね。
荒木:そうですね。でも、またすぐにいなくなるってことももう今はわかっているから……。昨日も休みだったので家に帰ったんですけど、私が(合宿に)戻る前に、玄関にヒモを張って、罠をしかけて、出られないようにしていて……(苦笑)。
——そうなんですか!
荒木:なんかもう……すごく愛おしく感じて、胸がキューンとなりますけど、でも、決めたから。今はこうだけど、あと何十年後、10年か20年か30年かわからないけど、いつか少しでも、今自分がやっていることが伝わるというか、受け取ってもらえたらいいなというふうに。もう本当に自分勝手な考え方ですけど、今はそうやって都合よく解釈しています。
——娘さんが成長して、何か挑戦したいものができた時に、「ママもこんなこと言ってたな」と思い出すかもしれませんね。
荒木:本当に、私の都合のいい考え方です。
チャレンジしたいと思わせる原動力
——娘さんに「ママは目標があって」という話をされたということですが、その目標というのは?
荒木:東京五輪に出て、メダルを取るという目標です。娘には、東京五輪に出るということだけ伝えて、具体的なところまでは伝えていませんけど。
——ロンドン五輪でメダルを獲得して、一度その「オリンピックでメダルを取る」という目標はかなえましたが、またそこにチャレンジしたいと思わせる原動力はどこにあるのでしょうか?
荒木:もう、バレーボールが好きだから。それだけです。好きでやっていて、ここ(代表)で挑戦できる立場というか、そういうチャンスがあるということは、本当に幸せなことだと思うから。
——ただバレーボールをするんじゃなく、やるからにはやはり高いところを目指してやりたいと。
荒木:うーん、なんかそうなっちゃいますよね。産後はそうならないのかな?と思っていたんですけど。そうなっちゃいました(笑)。
<了>
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PROFILE
荒木絵里香(あらき・えりか)
1984年8月3日生まれ、岡山県出身。トヨタ車体クインシーズ所属。ポジションはミドルブロッカー。2003年に東レ・アローズに入団。2008年にイタリアのベルガモへ1シーズンの期限付き移籍を経験。2013年10月、出産予定を機に東レを退社。2014年1月に女児を出産後、同6月、上尾メディックスにて現役復帰。2016年よりトヨタ車体クインシーズでプレーする。日本代表としても長年活躍し、オリンピック3大会(2008、2012、2016)に出場。2012年のロンドン五輪では主将を務め、28年ぶりとなる銅メダル獲得に貢献。
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